26話 二十三、豐玉姫と玉依姫
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間もなく以前の小娘が再び現われました。
『何うぞおあがりくださいませ……。』
言われるままに私は小娘に導かれて、御殿の長い長い廊下を幾曲り、ずっと奥まれる一と間に案内されました。室は十畳許りの青畳を敷きつめた日本間でございましたが、さりとて日本風の白木造りでもありませぬ。障子、欄間、床柱などは黒塗り、又縁の欄干、庇、その他造作の一部は丹塗り、と言った具合に、とてもその色彩が複雑で、そして濃艶なのでございます。又お床の間には一幅の女神様の掛軸がかかって居り、その前には陶器製の竜神の置物が据えてありました。その竜神が素晴らしい勢で、かっと大きな口を開けて居たのが今も眼の前に残って居ります。
開け放った障子の隙間からはお庭もよく見えましたが、それが又手数の込んだ大そう立派な庭園で、樹草泉石のえも言われぬ配合は、とても筆紙につくせませぬ。京の銀閣寺、金閣寺の庭園も数奇の限りを尽した、大そう贅沢なものとかねてきき及んで居りますので、或る時私はこちらからのぞいて見たことがございますが、竜宮界のお庭に比べるとあれなどはとても段違いのように見受けられました。いかに意匠をこらしても、矢張り現世は現世だけの事しかできないものと見えます……。
ナニそのお室で乙姫様にお目にかかったか、と仰ッしゃるか――ホホホ大そうお待ち兼ねでございますこと……。ではお庭の話などはこれで切り上げて、早速乙姫様にお目通りをしたお話に移りましょう。――尤も私がその時お目にかかりましたのは、玉依姫様の方で、豐玉姫様ではございませぬ。申すまでもなく竜宮界で第一の乙姫様と仰ッしゃるのが豐玉姫様、第二の乙姫様が玉依姫様、つまりこの両方は御姉妹の間柄ということになって居るのでございますが、何分にも竜宮界の事はあまりにも奥が深く、私にもまだ御両方の関係がよく判って居りませぬ。お二人が果して本当に御姉妹の間柄なのか、それとも豐玉姫の御分霊が玉依姫でおありになるのか、何うもその辺がまだ充分私の腑に落ちないのでございます。ただしそれが何うあろうとも、この御二方が切っても切れぬ、深い因縁の姫神であらせられることは確かでございます。私は其の後幾度も竜宮界に参り、そして幾度も御両方にお目にかかって居りますので、幾分その辺の事情には通じて居るつもりでございます。
この豐玉姫様と言われる御方は、第一の乙姫様として竜宮界を代表遊ばされる、尊い御方だけに、矢張りどことなく貫禄がございます。何となく、竜宮界の女王様と言った御様子が自然にお躯に備わって居られます。お年齢は二十七八又は三十位にお見受けしますが、もちろん神様に実際のお年齢はありませぬ。ただ私達の眼にそれ位に拝まれるというだけで……。それからお顔は、どちらかといえば下ぶくれの面長、眼鼻立ちの中で何所かが特に取り立てて良いと申すのではなしに、どこもかしこもよく整った、まことに品位の備わった、立派な御標致、そしてその御物越しは至ってしとやか、私どもがどんな無躾な事柄を申上げましても、決してイヤな色一つお見せにならず、どこまでも親切に、いろいろと訓えてくださいます。その御同情の深いこと、又その御気性の素直なことは、どこの世界を捜しても、あれ以上の御方が又とあろうとは思われませぬ。それでいて、奥の方には凛とした、大そうお強いところも自ずと備わっているのでございます。
第二の乙姫様の方は、豐玉姫様に比べて、お年齢もずっとお若く、やっと二十一か二か位に思われます。お顔はどちらかといえば円顔、見るからに大そうお陽気で、お召物などはいつも思い切った華美造り、丁度桜の花が一時にぱっと咲き出でたというような趣がございます。私が初めてお目にかかった時のお服装は、上衣が白の薄物で、それに幾枚かの色物の下着を襲ね、帯は前で結んでダラリと垂れ、その外に幾条かの、ひらひらした長いものを捲きつけて居られました。これまで私どもの知っている服装の中では、一番弁天様のお服装に似て居るように思われました。
兎に角この両方は竜宮界切っての花形であらせられ、お顔もお気性も、何所やら共通の所があるのでございますが、しかし引きつづいて、幾代かに亘りて御分霊を出して居られる中には、御性質の相違が次第次第に強まって行き、末の人間界の方では、豐玉姫系と玉依姫系との区別が可なりはっきりつくようになって居ります。概して豐玉姫の系統を引いたものは、あまりはしゃいだところがなく、どちらかといえばしとやかで、引込思案でございます。これに反して玉依姫系統の方は至って陽気で、進んで人中にも出かけてまいります。ただ人並みすぐれて情義深いことは、お両方に共通の美点で、矢張り御姉妹の血筋は争われないように見受けられます……。
あれ、又しても話が側路へそれて先走って了いました。これから後へ戻って、私が初めて玉依姫様にお目にかかった時の概況を申上げることに致しましょう。