小桜姫物語 03 小桜姫物語

35話 三十二、無理な願

1,953字 約4分 2012年10月9日 公開

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(なに)やら(むかし)香織(かおり)らしい面影(おもかげ)(のこ)って()れど、それにしては随分(ずいぶん)()()ぎている……。』(わたくし)が、そう(かんが)えて躊躇(ちゅうちょ)して()りますと、先方(むこう)では、さも()()れないと()った様子(ようす)で、(ひざ)をすり()せてまいりました。――

(ひい)さまわたくしをお(わす)れでございますか……香織(かおり)でございます……。』

矢張(やは)りそうであったか。――(わたくし)はそなたがまだ息災(そくさい)現世(げんせ)(くら)して()るものとばかり(おも)っていました。一たいいつ歿(なくな)ったのじゃ……。』

『もう、かれこれ十(ねん)(くらい)にもなるでございましょう。(わたくし)のようなつまらぬものは、とてもこちらで(ひい)さまにお()にかかれまいとあきらめて()りましたが、今日(きょう)(はか)らずも念願(ねんがん)がかない、こんなうれしいことはございませぬ。よくまァ御無事(ごぶじ)で……()ッとも(ひい)さまは往時(むかし)とお(かわ)りがございませぬ。お(なつ)かしう(ぞん)じます……。』現世(げんせ)らしい挨拶(あいさつ)をのべながら、香織(かおり)はとうとう(わたくし)(からだ)にしがみついて、()()りました。(わたくし)もそうされて()れば、そこは矢張(やは)人情(にんじょう)で、つい一(しょ)になって()いて(しま)いました。

 (こころ)昂奮(たかぶり)が一(おう)(しず)まってから、私達(わたくしたち)(あいだ)には四方八方(よもやま)物語(ものがたり)(ひと)しきりはずみました。――

『そなたは一たい、何処(どこ)(わる)くて歿(なくな)ったのじゃ?』

腹部(おなか)病気(びょうき)でございました。(はり)()されるようにキリキリと毎日(まいにち)(なや)みつづけた(すえ)に、とうとうこんなことになりまして……。』

『それは()(どく)であったが、()うしてそなたの()ぬことが、(わたくし)(ほう)(つう)じなかったのであろう……。普通(ふつう)なら臨終(りんじゅう)思念(おもい)(かん)じて()ない(はず)はないと(おも)うが……。』

『それは(みな)わたくしの不心得(ふこころえ)()めでございます。』と香織(かおり)面目(めんぼく)なげに(かた)るのでした。『日頃(ひごろ)わたくしは、()ねば(ひい)さまの形見(かたみ)小袖(こそで)()せてもらって、すぐお(そば)()ってお(つか)えするのだなどと、口癖(くちぐせ)のように(もう)していたのでございますが、いざとなってさッぱりそれを(わす)れて(しま)ったのでございます。どこまでも執着(しゅうじゃく)(つよ)(わたくし)は、自分(じぶん)家族(みうち)のこと、とりわけ二人(ふたり)子供(こども)のことが()にかかり、なかなか死切(しにき)れなかったのでございます。こんな心懸(こころがけ)()くない女子(おなご)臨終(りんじゅう)通報(しらせ)が、どうして(ひい)さまのお(もと)にとどく(はず)がございましょう。(なに)()(みな)(わたくし)(わる)かった()めでございます。』

 正直者(しょうじきもの)香織(かおり)は、(なみだ)ながらに、臨終(りんじゅう)(さい)して、自分(じぶん)心懸(こころがけ)(わる)かったことをさんざん()びるのでした。しばらくして彼女(かのじょ)言葉(ことば)をつづけました。――

『それでもこちらへ()て、いろいろと神様(かみさま)からおさとしを()けたお(かげ)で、わたくしの現世(げんせ)執着(しゅうじゃく)次第(しだい)(うす)らぎ、(いま)では修行(しゅぎょう)(すこ)()みました。が、それにつれて、()ましに(つの)って()るのは(ひい)さまをお(した)(もう)(こころ)で、こればかりは()うしても我慢(がまん)がしきれなくなり、幾度(いくど)神様(かみさま)に、()わせていただきたいとお(たの)みしたか()れませぬ。でも(かみ)さまは、まだ(はや)(はや)いと(おお)せられ、なかなかお(ゆる)しが()ないのでございます。わたくしはあまりのもどかしさに、よくないことと()りながらもツイ神様(かみさま)()ってかかり、さんざん悪口(あくこう)()いたことがございました。それでも神様(かみさま)(ほう)では、格別(かくべつ)(いか)りにもならず、内々(ないない)(ひい)さまのところをお調(しら)べになって()られたものと()えまして、今度(こんど)いよいよ時節(じせつ)()たとなりますと、御自身(ごじしん)(わたくし)案内(あんない)して、()れて()(くだ)すったのでございます。――(ひい)さま、お(ねが)いでございます、これからは、どうぞお(そば)にわたくしを()いてくださいませ。わたくしは、(むかし)のとおり(ひい)さまのお()のまわりのお世話(せわ)をして()げたいのでございます……。』

 そう()って香織(かおり)(また)もや(わたくし)(すが)りつくのでした。

 これには(わたくし)もほとほと()ちあつかいました。

神界(しんかい)(おきて)としてそればかりは(ゆる)されないのであるが……。』

『それは(また)()ういう(わけ)でございますか? わたくしは是非(ぜひ)こちらへ()いて(いただ)きたいのでございます。』

『それは現世(げんせ)ですることで、こちらの世界(せかい)では、そなたも()(とお)り、衣服(きもの)()がえにも、頭髪(おぐし)手入(ていれ)にも、(すこ)しも人手(ひとで)()らぬではないか。それに(なん)とも致方(いたしかた)のないのはそれぞれの霊魂(みたま)因縁(いんねん)、めいめいきちんと()()てられた境涯(ところ)があるので、たとえ親子(おやこ)夫婦(ふうふ)間柄(あいだがら)でも、自分勝手(じぶんかって)同棲(どうせい)することはできませぬ。そなたの芳志(こころざし)はうれしく(おも)いますが、こればかりはあきらめてたもれ。()おうと(おも)えばいつでも()える世界(せかい)であるから何処(どこ)()まなければならぬということはない(はず)じゃ。それほど(わたくし)のことを(おも)ってくれるのなら、そんな我侭(わがまま)()うかわりに、みっしり身相応(みそうおう)修行(しゅぎょう)をしてくれるがよい。そして(おも)()したらちょいちょい(わたくし)(とこ)(あそ)びに()てたもれ……。』

 最初(さいしょ)(あいだ)香織(かおり)はなかなか()()ちぬらしい様子(ようす)をしていましたが、それでも(ようや)くききわけて、()おしばらく(かた)()った(うえ)で、その()(いとま)()げて自分(じぶん)(ところ)(もど)って()きました。

 (いま)でも香織(かおり)とは()えず通信(つうしん)(いた)しまするし、(また)たまには()いも(いた)します。香織(かおり)はもうすっかり(あか)るい境涯(きょうがい)()り、(かお)なども若返(わかがえ)って、自分(じぶん)にふさわしい神様(かみさま)御用(ごよう)にいそしんで()ります。

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