51話 四十八、妖精の世界
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竜神界、天狗界と、まるきり人間には見当のとれそうもない、別世界のお話を致した序でに、一つ思い切ってもっと見当のとれない或る世界の物語をさせていただきましょう。外でもない、それは妖精の世界のお話でございます。
『研究の為めに汝に見せてやらねばならぬ不思議な世界がまだ残っている。』と、或る日指導役のお爺さんが私に申されました。『人間は草や木をただ草や木とのみ考えるから、矢鱈に花を《むし》ったり、枝を折ったり、甚だしく心なき真似をするのであるが、実を言うと、草にも木にも皆精……つまり魂があるのじゃ。精があればこそあんなにも生を楽しみ、あんなにも美しい姿態を造りて、限りなく子孫を伝えて行くのじゃ。今日は汝を右の妖精達に引き合わせてやるから、成るべく無邪気な気持で、彼等に逢ってもらいたい。妖精というものは姿も可愛らしく、心も稚く、少しくこちらで敵意でも示すと、皆怖がって何所とも知れず姿を消して了う。人間界で妖精の姿を見る者が、大てい無邪気な小児に限るのもその故じゃ。今日の見物は天狗界や竜神界の大がかりな探検とはよほど勝手が異うぞ……。』
斯んな事を話してくれながら、お爺さんは私を促して山の修行場を出掛けたと思うと、そのまま一気に途中を飛び越して、忽ち一望眼も遥かなる、広い広い野原に出て了いました。見ればそこら中が、きれいな草地で、そして恰好の良いさまざまの樹草……松、梅、竹、その他があちこちに点綴して居るのでした。
『ここは妖精の見物には誂向きの場所じゃ。大ていの種類が揃って居るであろう。よく気をつけて見るがよい。』
そう注意されている中に、もう私の眼には蝶々のような羽翼をつけた、大さはやっと二三寸から三四寸位の、可愛らしい小人の群がちらちら映って来たのでした。
『まあ何という不思議な世界があればあったものでございましょう!』と私はわれを忘れて、夢中になって叫びました。『お爺さま、彼所に見ゆる十五、六歳位の少女は何と品位の良い様子をして居ることでございましょう。衣裳も白、羽根も白、そして白い紐で額に鉢巻をして居ります……。あれは何の精でございますか?』
『あれは梅の精じゃ。若木の梅であるから、その精も矢張り少女の姿をして居る……。』
『木の精でも矢張り年齢をとりまするか?』
『年齢をとるのは妖精も人間も同一じゃ。老木の精は、形は小さくとも、矢張り老人の姿をして居る……。』
『そして矢張り男女の区別がありまするか?』
『無論男女の区別があって、夫婦生活を営むのじゃ……。』
そう言っている中に、件の梅の精は、しばらく私達の方を珍らしそうに眺めて居ましたが、こちらに害意がないと知って安心したものか、やがてスーッと、丁度蜻蛉のように、空を横切って、私の足元に飛び来り、その無邪気な、朗かな顔に笑みを湛えて、下から私を見上げるのでした。
不図気がついて見ると、その小人の躰中から発散する、何ともいえぬ高尚な香気! 私はいつしかうっとりとして了いました。
『もしもし梅の精さん、あなたは何とまあ良い香を立てていなさるのです……。』
そう言いながら、私は成るべく先方を驚かさないように、徐かに徐かに腰を降して、この可愛い少女とさし向いになりました。