6話 三、輿入れ
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やがて私の娘時代にも終りを告ぐべき時節がまいりました。女の一生の大事はいうまでもなく結婚でございまして、それが幸不幸、運不運の大きな岐路となるのでございますが、私とてもその型から外れる訳にはまいりませんでした。私の三浦へ嫁ぎましたのは丁度二十歳の春で山桜が真盛りの時分でございました。それから荒井城内の十幾年の武家生活……随分楽しかった思い出の種子もないではございませぬが、何を申してもその頃は殺伐な空気の漲った戦国時代、北條某とやら申す老獪い成上り者から戦闘を挑まれ、幾度かのはげしい合戦の挙句の果が、あの三年越しの長の籠城、とうとう武運拙く三浦の一族は、良人をはじめとして殆んど全部城を枕に打死して了いました。その時分の不安、焦燥、無念、痛心……今でこそすっかり精神の平静を取り戻し、別にくやしいとも、悲しいとも思わなくなりましたが、当時の私どもの胸には正に修羅の業火が炎々と燃えて居りました。恥かしながら私は一時は神様も怨みました……人を呪いもいたしました……何卒その頃の物語り丈は差控えさせて戴きます……。
大江家の一人娘が何故他家へ嫁いだか、と仰せでございますか……あなたの誘い出しのお上手なのにはほんとうに困って了います……。ではホンの話の筋道だけつけて了うことに致しましょう。現世の人間としては矢張り現世の話に興味を有たるるか存じませぬが、私どもの境涯からは、そう言った地上の事柄はもう別に面白くも、おかしくも何ともないのでございます……。
私が三浦家への嫁入りにつきましては別に深い仔細はございませぬ。良人は私の父が見込んだのでございます。『たのもしい人物じゃ。あれより外にそちが良人と冊くべきものはない……』ただそれっきりの事柄で、私はおとなしく父の仰せに服従したまででございます。現代の人達から頭脳が古いと思われるか存じませぬが、古いにも、新らしいにも、それがその時代の女の道だったのでございます。そして父のつもりでは、私達夫婦の間に男児が生れたら、その一人を大江家の相続者に貰い受ける下心だったらしいのでございます。
見合いでございますか……それは矢張り見合いもいたしました。良人の方から実家へ訪ねてまいったように記憶して居ります。今も昔も同じこと、私は両親から召ばれて挨拶に出たのでございます。その頃良人はまだ若うございました。たしか二十五歳、横縦揃った、筋骨の逞ましい大柄の男子で、色は余り白い方ではありません。目鼻立尋常、髭はなく、どちらかといえば面長で、眼尻の釣った、きりっとした容貌の人でした。ナニ歴史に八十人力の荒武者と記してある……ホホホホ良人はそんな怪物ではございません。弓馬の道に身を入れる、武張った人ではございましたが、八十人力などというのは嘘でございます。気立ても存外優さしかった人で……。
見合の時の良人の服装でございますか――服装はたしか狩衣に袴を穿いて、お定まりの大小二腰、そして手には中啓を持って居りました……。
婚礼の式のことは、それは何卒おきき下さらないで……格別変ったこともございません。調度類は前以て先方へ送り届けて置いて、後から駕籠にのせられて、大きな行列を作って乗り込んだまでの話で……式はもちろん夜分に挙げたのでございます。すべては皆夢のようで、今更その当時を想い出して見たところで何の興味も起りません。こちらの世界へ引越して了へば、めいめい向きが異って、ただ自分の歩むべき途を一心不乱に歩む丈、従って親子も、兄弟も、夫婦も、こちらではめったにつきあいをしているものではございません。あなた方もいずれはこちらの世界へ引移って来られるでしょうが、その時になれば私どもの現在の心持がだんだんお判りになります。『そんな時代もあったかナ……』遠い遠い現世の出来事などは、ただ一片の幻影と化して了います。現世の話は大概これで宜しいでしょう。早くこちらの世界の物語に移りたいと思いますが……。
ナニ私が死ぬる前後の事情を物語れと仰っしゃるか……。それではごく手短かにそれだけ申上げることに致しましょう。今度こそ、いよいよそれっきりでおしまいでございます……。