虎の牙

10話 猛虎ヨーガ

5,845字 約12分 2017年4月14日 公開

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 花田君が、ふと目をひらくと、そこはやっぱり自動車の中でした。あのおそろしい虎は、いつのまにか、いなくなり、そのかわりに、ひとりのおじいさんが、ニコニコ笑っていました。白いひげを胸までたらして、まんまるい顔が、つやつやと赤くて、サンタクロースのようなおじいさんです。そのおじいさんが、背びろの洋服を着て、花田君のとなりに腰かけて、花田君を()くようにしていました。

「おお、よくねむっていたね。ああ、ついたよ。きみも見おぼえがあるだろう。あのうちだよ。」

 車の窓からのぞいて見ますと、もう、しらじらと夜があけて、そのほの白い空に、お城のような洋館が、そびえていました。赤レンガの古い建てかた、つたのはったまるい塔、たしかに見おぼえがあります。それは、勇一少年が行くえ不明になった、あの魔法博士の洋館でした。花田君は、小林団長といっしょに、勇一少年のおうちをたずねるまえ、この洋館を、ちゃんと見ておいたのです。

「おじいさんは、だれですか。ぼく、早くうちへ帰らなければ、うちで心配しているから。」

 花田君が言いますと、おじいさんは、それをうち消すように、ニコニコ笑って、

「なあに、心配することはないよ。じき帰してあげる。だが、せっかくここまで来たんだから、あの子にあっていったほうがいいじゃないか。」

「あの子って、だれですか?」

「天野勇一っていう、かわいい子どもさ。」

「えッ、それじゃあ、勇一君が、このうちにいるんですか。」

「そうだよ。さあ、車をおりて。」

 どうも、がてんがいきません。魔法博士のうちは、からっぽのはずです。あれほど、みんなでさがしても、ネコの子一ぴきいなかったのです。そこに勇一君が、帰って来ているなんて、信じられないことです。

 しかし、花田少年は、さがしにさがしていた勇一君が、この洋館にいると聞いては、うちに帰ることもなにも、忘れてしまいました。

 サンタクロースのようなおじいさんに、手をとられて、車をおり、門をくぐり、洋館の中へはいって行きました。

 話に聞いていた、魔法博士の顔のつくりものや、鏡の部屋などは、もう取りかたづけられたのか、まがりまがった廊下には、べつにかわったものはありません。やがて、廊下のつきあたりの、奥まった一つの部屋に、たどりつきました。

「さあ、ここだよ、この部屋に勇一君がいるんだよ。きみ、自分でドアをあけてごらん。」

 花田君は、おじいさんの言うままに、そのドアをソッとひらきましたが、その中を一目見ると、ハッと、息をのんで、たちすくんでしまいました。

 おそろしいものがいたわけではありません。部屋の中が、あまり美しかったからです。

「ホラ、あすこにいるのが、勇一君だよ。早く行って、あうがいい。」

 老人はやっぱりニコニコしながら、花田君を部屋の中にみちびきました。

 それは、まるでお菓子のように、きれいな部屋でした。天井もかべもまっ白、じゅうたんも、まっ白、テーブルやイスや、そのほかのかざりものも、みんなまっ白で、まるでクリスマス・ケーキのおさとうの家の中へでも、はいったようです。

 魔法博士の洋館の中は、化けもの屋敷のように、うすぐらくて、古めかしくて、いんきだと、聞いていたのに、いつのまに、こんなまっ白な、美しい部屋ができたのかと、あっけにとられていますと、正面のイスにかけていた、ひとりの美しい少年が、立ちあがって花田君に、ちょっと、おじぎをして、ニッコリ笑いかけました。

 写真で見た天野勇一君です。服装も写真と同じでした。しゅすのように光った、まっ白な上着、まっ白な半ズボン、まっ白なクツしたとクツ、童話にある西洋の王子さまとそっくりです。

「さあ、さあ、花田君も、勇一君と向かいあって、ここへかけなさい。いま、すてきなごちそうを持って来てあげるからね。」

 サンタクロースのおじいさんは、なにかひとりでホクホクしながら、部屋の外へ出て行きました。花田君は、そのすきにと、ささやき声で、勇一少年に話しかけます。

「きみ、天野勇一君ですね。ぼくは小林さんの少年探偵団の団員で、花田っていうのです。きみを助けに来たんです。」

「ありがとう。でも、とてもだめですよ。」

「きみからおとうさんに送った写真と手紙も見ました。あの手紙、ほんとうに、きみが書いたの?」

「エエ、ぼくが書いたんです。魔法博士の命令で書いたんですよ。だから、ぼくの思うとおり書けなかった。」

「魔法博士って、ここのうちにいるの?」

「いますとも、いまのおじいさんが魔法博士です。あいつは、何にだって化けるんです。だから、ゆだんしちゃだめですよ。」

「やっぱり、そうだったのか。それで、きみは、ひどいめにあわされたの?」

「いいえ、まだそんなことはありません。でも、逃げだそうとしたら、虎にくわせてしまうと言うんです。」

「エッ、虎にくわせる。」

「シッ。」勇一少年は老人がもどって来たと、目で知らせました。

 サンタクロースのおじいさんは、両手に大きな銀のおぼんをさげて、ニコニコしながら、はいって来ました。そして、「そら、ごちそう。」と言いながら、それを大テーブルの上におきました。

 おぼんの上には、西洋のお城のようなたてものの、さとう菓子がのっています。りっぱなクリスマス・ケーキです。しかも、ふしぎなことに、そのさとうのおうちが魔法博士の洋館とソックリ同じ形をしているではありませんか。

「とてもみんなは、たべられないだろうね。まあ、塔の屋根からたべはじめるんだね。さあ、ここにナイフもホークもある。えんりょなくやりなさい。」

 ふたりの少年は、うたがわれてはいけないと考えて、塔の屋根をナイフで切って、たべましたが、このおじいさんが魔法博士かと思うと、ちっともおいしくありません。たべないさきから、おなかがいっぱいなのです。

 しばらく、それをながめていた老人は、大声に笑いだしました。

「ワハハハハハハ、きみたち、子どものくせに、あまいものが、あまりすきでないとみえるね。よし、よし。それじゃあ、またあとで、ゆっくりたべることにして、きみたちに、おもしろいものを見せてあげよう。さあ、こちらへおいで。」

 二少年は、まるでネコの前のネズミのように、老人に何か言われると、いやだと思ってもさからうことができないのです。しかたなく、老人のあとについて部屋を出ました。

 また廊下を、いくつかまがって、一つの広い部屋にはいりました。こんどは、まえの部屋とちがって、ひどくうすぐらいのです。目がなれるまでは、何があるのか、よくわかりませんでしたが、やがて、向こうのすみに、ふとい鉄棒のはまった、大きな(おり)がおいてあるのが見え、それといっしょに、動物園のけだもののにおいが、プーンと鼻をうちました。

「あの檻の中に何がいるか、こちらへ来てごらん。」

 老人にせきたてられて、二少年は、檻の正面に立ちました。うすぐらい檻の中には、一ぴきの大きな虎が、うずくまっていました。

「これはたいせつなわしの宝ものじゃ。わしのまもり神じゃ。よいかな、わしの言うことをきかぬやつは、この檻の中へぶちこんで、虎のえじきにしてしまうのだよ。わかったかな。」

 老人は二少年をジロリとにらんでおいて、コツコツと檻の鉄棒をたたきました。

「これ、ヨーガ、ヨーガ、お客さまじゃ、起きて、お客さまに、あいさつせぬか。」

 猛虎は、かいぬしのことばを聞くと、ねむりからさめたように、ガバとはね起き、背中の毛をさかだて、まんまるな目で二少年をにらみつけ、まっかな口をひらいて、ゴオオ……と一声ほえました。

 少年たちは、思わず、タジタジとあとじさりしました。なるほど、勇一少年が「とても逃げだすことはできない。」と言ったわけがわかりました。それにしても、花田君を背中にのせたり、自動車にいっしょに乗ったりしたのは、この虎だったのでしょうか。花田君はジッと虎の顔を見ていましたが、どうもよくわかりません。同じ虎だったようにも思われ、そうでないようにも思われるのです。

 サンタクロースのおじいさんは、そんなことを考えている花田少年のうしろへ、ソッとまわっていました。そして、なにか白い綿のようなものを持った手で、花田君の鼻と口をおさえてしまいました。自動車の中と同じことがおこったのです。なんとも言えぬ、いやなにおい。花田君は、息ぐるしさに、もがいているうち、スーッとたましいがぬけるように、目の前がまっ暗になって、そのまま、気をうしなってしまいました。

怪屋(かいおく)の怪

「オーイ。オーイ。」と遠くのほうから、呼ばれているような気がして、フッと目をひらくと、すぐ目の前に、おまわりさんの大きな姿が、のしかかっていました。

 へんだなと思って、あたりを見まわすと、花田君は、ただひとり、森の中のくさむらに、たおれていることがわかりました。

「オイ、きみ、どうしたんだ。きぶんが悪いのか。」

 おまわりさんが、やさしくたずねてくれます。

「アッ、あれだッ。」

 花田君は、なにかを見つけて、とんきょうな声をたてました。

「エッ、あれって、なんだね?」

「あれです、あのうちです。」

 森の木のあいだから、魔法博士の洋館が見えています。花田君は、それを指さして、きちがいのように、さけびました。

「あすこに、虎がいるんです。それから、天野勇一君が、いるんです。それから魔法博士が、いるんです。」

 それを聞くと、おまわりさんの顔色が、サッとかわりました。一大事です。おまわりさんは、花田君をひきおこして、しんけんな顔で、ことのしだいを、聞きだしました。

 花田少年の、とぎれとぎれの物語で、ゆうべからの出来事がわかると、警官は花田君をつれて、大急ぎで交番にひきかえし、そこから電話で、本署に報告しました。花田君は、本署からふつうの電話で、明智探偵事務所の小林少年にも知らせてもらうようにたのみました。

 それから一時間ほどのち、魔法博士の怪屋は、警視庁からもかけつけた人々をあわせて、十数名の武装警官に、とりかこまれていました。

 その中から、決死隊ともいうべき、五名の警官がえらばれ、手に手にピストルをかまえ、案内役の花田少年をかばうようにかこんで、怪屋の表口からしのびより、そこの大とびらをサッとひらきました。

 うちの中は、まるで墓場のように、しずまりかえっています。

「オーイ、だれかいないか。」

 どなってみても、答えるものはありません。

 ピストルをかまえて、ドアというドアを、かたっぱしから、ひらきながら、廊下をすすんで行きました。しかし、どの部屋も、道具も何もない、空家のような、からっぽの部屋ばかりです。

 花田少年は、大きなからだの警官のかげに、かくれるようにして歩いていましたが、見おぼえのある廊下を、いくつもまがって、とうとう例の白い部屋の前にたどりつきました。

「ここです。この中に、天野勇一君がいたんです。」

 ソッとささやきますと、五人の警官はいきなりドアをひらいて、その部屋にふみこんで行きました。

「なあんだ。だれもいないじゃないか。そして、ちっとも白くないじゃないか。」

 おや、これはどうしたのでしょう。それはたしかに、さっきの部屋なのですが、中はやっぱり、空家のようにからっぽです。あの美しい、まっ白な天井や、かべや、じゅうたんは、いったいどこへ行ったのでしょう。白いテーブルもイスも、何もかも、かき消すように、なくなっていたではありませんか。

「虎の檻はどこにあるんだ。」

 聞かれて、花田君はドギマギしましたが、

「こっちです。」

と言って、先に立ちます。その部屋もよくおぼえていました。ここと指さすと、警官は、こんどは、じゅうぶん用心しながら、ドアをひらきました。

「おやおや、ここもからっぽじゃないか。虎の檻は、いったいどこにあるんだ。きみは、夢でも見たんじゃないのかい。」

 花田君は一言(いちごん)もありません。たしかに、たしかに、この部屋だったのに、虎の檻なんか、どこにも見あたらないのです。

 もしや、花田君が部屋をまちがえているのではないかと、一階の部屋という部屋を、ぜんぶ見てまわりましたが、白い部屋や虎の檻なんて、影も形もないことがわかりました。

「たしかに、一階だったんだね。二階や地下室ではなかったのだね。」

「たしかに、一階でした。一度も階段をのぼらなかったのですもの。」

 花田君は、もうベソをかいています。ねんのためというので、二階や塔の中まで、くまなくしらべましたが、みんな、からっぽの部屋ばかりです。

 地下室は、炊事場の下に、ひとつだけありました。しかし、そこは、いぜん酒ぐらに使っていたらしく、古い酒だるなどがころがっているばかりで、すこしもあやしいところはありません。ゆかやかべを、たたきまわってみましたが、どこにも秘密の入り口はありません。

 しまいには、外をかこんでいた、十数名の警官が、みんな家の中にはいって、手わけをして、しらべたのですから、万一にも見おとしなどは、ないわけです。

 それでは、花田君が見たのは、みんな夢だったのでしょうか。いや、けっしてそうではありません。一ぴきの大きな虎が、花田君を背中にのせて、深夜の町を歩いているのを見た、女の人があります。その女の人の知らせを受けた交番のおまわりさんが、矢のように走りさる怪自動車を見とどけています。知らぬ女の人が、花田君と同じ夢を見たとは考えられません。花田君は、けっして、夢を見たのではないのです。

 あとで時間をしらべてみると、花田君が、サンタクロースのおじいさんにねむらされてから、おまわりさんに起こされるまでには、一時間ほどしかたっていないことがわかりました。たった一時間や二時間のあいだに、あの虎の檻をどうして、はこびさることができたのでしょう。また、あのまっ白な部屋を、どうしてぬりかえることができたのでしょう。人間わざにはおよびもつかぬ、ふしぎです。

 いったいこれはどうしたわけでしょうか。魔法博士は、またしても、大魔術を使ったのです。

 魔法博士は、わざわざ花田少年を、怪屋の中へつれこんでおいて、そのまま、とりこにもしないで、森の中へほうりだしておいたのは、なぜでしょう。そこになにか、深いこんたんがあるのではないでしょうか。

 ここまで言えば、かしこい読者諸君は「ハハーン。」とお気づきになったかもしれませんね。魔法博士の大魔術の種が、諸君には、もうちゃんとわかってしまったかもしれませんね。

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