虎の牙

4話 ふしぎな国

5,901字 約12分 2017年4月14日 公開

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 その日曜日の午後一時、小林少年は、電話で約束したとおり、勇一君のおうちへやって来ました。こんの洋服を着て、リンゴのようにつやつやした(ほお)、いつも元気な小林君でした。

 二少年はすぐに、つれだって、魔法博士の洋館にいそぎました。鉄の門はひらかれていますが、まだ時間が早いせいか、ほかの少年たちの姿は見えません。

 ふたりは門をはいって、玄関の石段をあがり、柱についているベルのボタンを押しました。すると、中から「どうぞおはいり。」という声がしたので、ドアをひらいて、はいりましたが、だれもいません。正面にもう一つドアがあります。しかし、だまってあけていいかどうかわからないので、モジモジしていますと、また中から声がひびいてきました。

「そこのげた箱へクツを入れて、正面のドアから、はいってください。」

 ふたりは言われるままに、クツをぬぎ、げた箱に入れて正面のドアをひらきました。そこはホールというのでしょう。広い板の間です。

 そのホールへはいったかと思うと、ふたりは、いきなり頭をガンとやられでもしたように、アッと言ったまま、立ちすくんでしまいました。正面のかべいっぱいに、とほうもないお化けが笑っていたからです。

 それは何千倍に大きくした魔法博士の顔でした。さしわたし一メートルもあるようなデッカイメガネの玉が二つ、その中に光っている、ほそいけれども、メガネの玉よりも長い目、小山(こやま)のような鼻、くさむらのような(まゆ)、例の黄と黒のダンダラのかみの毛は、部屋の天井にただよう、あやしい雲のようです。

 正面のゆかから天井までが、一つの顔なのです。よくもこんなに、にせたものだと思うほど、魔法博士とソックリの顔なのです。それが、ほそいつり竿(ざお)を何十本もそろえたような口ひげを、左右にピンとのばして、ほら穴のような大きな口をあいて、笑っているのです。

 ふたりの少年は、なんだかおそろしい夢でも見ているような気がして、しばらくはものも言えませんでしたが、よく見ているうちに、その顔はハリコのつくりもので、べつにおそろしいものではないことがわかってきました。

「ワハハハハハハハ。」

 どこからかギョッとするほど、大きな笑い声が、聞こえました。

「きみたち、ビックリしているね。ワハハハハハハ、だが、こんなものにびっくりしちゃだめだよ。ここはまだ入り口なんだ。中にはもっと、ふしぎなものが待っている。」

 たしかに魔法博士の声です。まさか、あのつくりものの大きな顔が、ものを言っているのではないでしょう。しかし、博士の姿はどこにも見えません。

「どっかにラウド・スピーカーがあるんだよ。そして、ぼくたちに見えないような場所に、のぞき穴があって、博士はそこからのぞきながら、マイクロフォンに向かってしゃべっているんだよ。だから、あんな大きな声がするんだ。」

 小林君が、ソッと、勇一少年にささやきました。

「きみたち、なにをグズグズしているんだね。早くはいって来たまえ。ウフフフフフフフ、入り口がわからないって言うのか。ほかに入り口なんかありゃしないよ。わしの口の中へはいるのだ。わしの口が、ふしぎの国の入り口だよ。」

 わしの口というのは、つまり、つくりものの博士の顔の、ほら穴のような口のことです。その口が大きくひらいているので、しゃがんで、通れば、通れないこともありません。

 口の中はまっ暗です。そこへはいって行くのは、なんだか怪物にのまれるようで、いやな気持ちでしたが、ほかに入り口がないとすれば、しかたがありません。ふたりは、ふとんのようなまっかな唇と、のこぎりの岩のような歯をまたいで、オズオズと巨人の口の中へはいって行きました。口の中は、せまい廊下のようなところです。ふたりは手を引きあって、かべにさわりながら、歩いて行きますと、まもなく、行きどまりになってしまいました。正面にも板かべがあって、すすむことができないのです。しかたがないので、入り口のほうへひきかえそうとしていますと、また、ラウド・スピーカーの声が、ひびいてきました。

「その正面のかべをさぐってごらん。ドアのとってがある。それをひらいて、中へはいるんだよ。そして、中へはいったら、ドアは、かならず、もとのとおり、しめなくてはいけないよ。」

 ふたりは、まるで催眠術(さいみんじゅつ)でもかけられたように、夢ごこちで、言われるままに、ドアをひらいて、中にはいり、もとのようにそれをしめました。

 すると、そこには、気でもちがったのではないかと思うような、ふしぎなことが、おこっていたのです。

 おそろしい明かるさに、まず目がくらみました。目が光になれると、こんどは、ふたりのまわりに、何百人ともしれぬ少年の大群衆がひしめいているのに、きもをつぶしました。少年たちは、それぞれ、セーターやジャンパーを着ています。それが、学校の式場にでもあつまったように、四方八方、すきまもなく、ならんでいるのです。

 読者諸君は、そんなバカなことがあるものかと思うでしょう。そのとおりです。魔法博士の洋館が、いくら広いといっても、何百人という少年がはいれる部屋なんか、あるはずがありません。では、戸をひらいて出たのは、建物の外だったのでしょうか。これは洋館の外の広っぱなのでしょうか。

 広っぱならば、空が見えるはずです。小林少年と勇一君とは、そう思って頭の上を見ました。すると、あまりのふしぎさに、ふたりは目がクラクラッとして、たおれそうになりました。そこには青空がなかったばかりか、やっぱり何百人という少年が、さかさまになって、あるいは横だおしになって、天からふって来るように見えたのです。

 いや、それだけではありません。ビックリして、見あげていた顔をふせて、足もとを見ますと、ハッとしたことには、足の下のゆか板がなくなっていました。そして、下のほうにも、何百人という少年がウジャウジャしているのです。ああ、いったい、これはどうしたというのでしょう。何百何千という少年のむれにかこまれて、宙にただよっているとしか考えられないのです。

 こんなふうに書くと長いようですが、小林君と勇一少年が、このふしぎな群衆を見て、おどろいていたのは、ほんの二十秒ぐらいのあいだです。二十秒もたつと、すっかりなぞがとけてしまいました。そこは広っぱどころか、わずか一坪ほどの小さな部屋にすぎなかったのです。

 読者諸君、おわかりですか。わずか一坪の部屋に、どうして、そんなにたくさんの少年がいたのでしょう。

 二十秒ほどたったとき、まず、ふたりが気づいたのは、上下、左右、前後をヒシヒシとかこんでいる、何百人の顔が、みんな同じだということでした。いや、正しく言えば、ふたいろの顔でした。つまり、小林少年の顔と、勇一君の顔と、そのたったふたいろの顔が、数かぎりなく、ならんでいたのです。

 自分とまったく同じ少年が、何百人もいて、それがウジャウジャと、まわりをとりかこんでいたのです。もうわかったでしょう……。それは八角形につくられた鏡の部屋だったのです。

 八角形になったかべが、ぜんぶ鏡ではりつめられ、天井も鏡の板、ゆかもあついガラスの鏡、その小部屋は、どこにも鏡でないところはないのです。そして、天井とかべと床のすみずみに、小さいくぼみがあって、その中に一つずつ電灯がついていました。つまり十六個の電球が、四方八方からてらしているわけです。

 なぞはとけましたが、でも何百人という自分の姿に、かこまれているのは、あまりいい気持ちではありません。手を動かすと、何百人が、いっぺんに手を動かします。ものを言うと、何百人の口が、いっぺんに動くのです。こんなきみの悪いことはありません。

 ふたりは、早く鏡の部屋を出たいと思いました。しかし、どこが出口だかわかりません。はいって来たドアも、うちがわは、やはり鏡のかべになっているので、どれがドアだか、けんとうがつきません。どうしたらいいだろうと、マゴマゴしていますと、ちょうどそのとき、八角のかべの一つが、スーッと外へひらいて、そこに、魔法博士の顔がニコニコ笑っていました。あの千倍のお化けの顔ではありません。ほんものの魔法博士の顔です。

(こく)魔術

「ワハハハハハハハ、おどろいたかい。ふしぎの国というのは、ざっとこんなものさ。まだおもしろいしかけはいろいろあるけれども、きょうはこのくらいにして、あとは、いよいよ本舞台の大魔術を、お目にかけよう。さあ、こちらへ出て来たまえ。」

 ふたりは鏡の部屋を出て、魔法博士の前に立ちました。博士はきょうは、まっ白な服を着ています。エンビ服のように、しっぽのついた、白じゅすの上着、同じズボン、それから、肩にはおった、例のコウモリの羽のようなマントも、やはり、まっ白なラシャです。

 小林少年が、おじぎをしますと、博士もかるく頭をさげて、

「ああ、きみが有名な小林君ですね。きみの名探偵ぶりは、本で読んで、よく知っています。少年名探偵のご光来(こうらい)をかたじけなくしてわしも光栄ですよ。ワハハハハハハハハ。」

 博士は黄と黒のしまになったかみの毛をふりみだし、まっかな唇を思うさまひらいて、さもゆかいらしく笑いました。入り口の千倍の化けものの笑い顔と、ソックリです。

「さて、これから、わしの大奇術をお目にかける。奇術といっても、手品師がやるような、ありふれたものではない。わしは魔法博士だからね。ナポレオンと同じように、わしの字引(じびき)には、不可能という文字はない。どんな大魔術をやるか、しばらく、その見物席に腰かけて待っていてくれたまえ。お客さんが、まだそろわないからね。わしは楽屋にはいって、準備をしなければならん。」

 博士はそう言って、舞台のうしろへ、姿を消しました。あとにのこったふたりは、見物席のイスに腰をおろし、大魔術の舞台というのをながめるのでした。

 そこは十メートル四方ほどの大広間で、見物席には三十あまりもイスがならび、一方には一段高い舞台がしつらえてあります。しかし、ふつうの劇場などとちがって、ここの舞台はなんのかざりもない黒ずくめです。幕はありません。はじめから、舞台はまるだしになっています。背景には一面に黒布がはられ、舞台のゆかも、すっかり、おなじ黒布ではりつめてあります。つまり、全体が黒ひと色なのです。

 見物席の窓はみなしまっていて、ちょうど映画館のように、黒いカーテンでおおわれています。ですから、太陽の光はすこしもささず、広間の中は夜のような感じです。見物席には電灯はありませんが、舞台の前の天井と、一段高くなった台の前とに、ズーッと電球がならんでいて、それが見物席のほうをてらしているので、なんだかキラキラして、まばゆいようです。

 見物席には、勇一君たちよりもさきに、五、六人のおとなや子どもが来ていました。やがて、例の鏡の部屋から、つぎつぎとお客さんの姿があらわれました。博士の助手が出て来て、鏡の部屋のドアをひらいてやり、見物席に案内しています。お客の少年たちは、ひとりでくるのは、めずらしく、たいていは、おとうさんらしい人、にいさんらしい人とふたりづれでした。中にはおかあさんらしい女の人と、いっしょに来た少年もあります。

 鏡の部屋を出てくる少年たちは、みなビックリしたような顔をしていました。よほどこわかったのか、まっさおになっているのもいます。また、やせがまんで、さも平気らしくゲラゲラ笑いながら、出て来るのもいます。

「さあ、これで、きょうのお客さまは、すっかりそろいました。では、これから大魔術をはじめることにいたします。」

 助手がそう言って、舞台の奥に、姿を消したときには、かぞえてみると、お客の数は、おとうさんやおかあさんなどもあわせて、二十五人でした。

 しばらくすると、舞台の上に、まっ白な服を着た魔法博士が立ちあらわれました。そして、見物席に向かって、うやうやしく一礼すると、エヘンとせきばらいをして、もったいぶった口調で、何かしゃべりはじめました。

「みなさん、きょうは、ようこそおいでくださいました。鏡の部屋には、ちょっとビックリしたでしょう。しかし、あれは、ふしぎの国では、幼稚園ぐらいのところですよ。ほんとうにビックリするのは、これからです。わたしは、この舞台で、大魔術をお目にかける。手品や奇術ではありません。魔術ですよ。魔術には何百という種類がありますが、これからやるのは、そのうちのブラック・マジック、すなわち黒魔術というやつです。そこで、まずこてしらべとして、このなんにもない舞台に、諸君のビックリするようなものを、あらわしてお目にかける。では、はじめますよ。」

 博士はそう言っておいて、二、三歩あとにさがると、両手をグッと前に出して、舞台の空間を、二、三度、スーッとなでまわすような、しぐさをしました。

 すると、どうでしょう。いままで何もなかった舞台の中央に、雨戸ほどの大きさの、一枚のトランプの札が、パッとあらわれたではありませんか。それは、ハートの女王で、もようも、ほんとうのトランプとすこしもちがいません。ただ、それが千倍に大きくなっているだけです。

 博士は、空中に立っている大カードに近づくと、両手でそれを持ち、グルッと裏がえしにして見せました。裏もほんとうのトランプと同じもようです。そうして、しかけのないことを、あらためたうえ、またもとのように正面を向け、ヒョイと一歩あとにさがって、一つ手をたたきました。すると、どうでしょう。ハートの札のほうの女王さまが、いきなりニコニコ笑いだしたではありませんか。

「オヤッ。」と思って、見つめていますと、女王さまは、トランプからぬけだすように、スーッと上半身を前にのりだし、両手を、ひろげて、見物席に向かって、にこやかにあいさつしました。

 ああ、なんというあざやかな奇術でしょう。しかし、これだけならば、ふつうの奇術師にも、できないことではありません。読者諸君も、よくお考えになれば、そのやり方がわかるはずです。

 ところが、博士はこれを、こてしらべだと言っています。ほんとうの大魔術はこれからなのです。いったい、どんな魔法を使おうというのでしょう。

 何かおそろしいことが、おこるのではないでしょうか。魔法博士は、なんの目的で、こんな魔術の会をひらいたのか。ただ子どもたちをよろこばせるため? いや、いや、どうもそうではなさそうです。小林少年が、ちょうどこの会に来あわせたというのも、もしかしたら、博士がわざと、そうさせたのかもしれません……。では、なんのために?

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