15話 五つのダイヤモンド
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さて、わしはS市に上陸すると、市中第一等の旅館Sホテルに宿を取った。そして、べら棒な宿料を奮発して、いつも高貴の方がお泊りになるという三部屋続きの洋室を占領した。南米で大金儲けをして帰った、成金紳士里見重之という振込みだ。
さて、宿が極まると、先ず着手しなければならぬ仕事が三つあった。第一は姦夫姦婦と懇親を結び、大復讐のいとぐちを作ること。わしは、わしがされた通りを、彼等にして返さねばならぬのだから、それには彼等の甘心を得て、無二の親友となることが何よりも必要であった。
第二は、住田医学士と懇意になる事だ。皆さんは住田医学士の名を覚ていますかね。ホラ、わしの妻瑠璃子が身体中に妙な腫物が出たといって、Y温泉のわしの別荘へ湯治に行っていたことがある。その時瑠璃子を見ていたY町の医者が住田医学士なのだ。なぜそんな医者と懇意になる必要があったか。それには深い仔細がある。やがて皆さんに分る時が来るだろう。
第三は、忠実なる一人の従者を傭入れ、色々復讐事業の手伝いをさせることであったが、これは到着早々、ホテルの支配人の世話で、恰好のものを手に入れることが出来た。志村という元刑事巡査を勤めたこともある三十男で、使って見ると、極正直な上に、仲々探偵的手腕もあって、実に適当な助手であった。
無論志村にわしの身の上や復讐のことを打開けはしなかった。わしは非常な変り者で、理解し難い命令を下す様なこともあろうが、それを少しも反問せず、唯々諾々として遵奉するという約束で、その代り給金は世間並の倍額を与えることにした。
志村を傭入れて一週間もすると、わしは彼を大阪へやって、奇妙な品物を買求めさせた。当時日本に幾つという程珍らしかった実物幻燈機械――皆さん御存知じゃろう、生きて動いている蜘蛛なら蜘蛛が、そのままの色彩で、畳一畳敷程の大きさに写る、あの不気味な幻燈機械だ。もう一つは、大きなガラス壜の中にアルコール漬になっている、嬰児の死体――どこの病院にもある、解剖学の標本だ。一体全体、何の目的でそんな不気味な品々を買い求めたか。皆さん、試みに推量してごらんなさい。フフフ……。
ところで、話は少し先走りをしたが、元に戻って、Sホテルに着いた翌日のことだ。わしはホテルの談話室で、運よく姦夫の川村義雄を捕えることが出来た。イヤ、そればかりではない、もっと意外な人物にさえ会うことが出来た。が、まず順序を追ってお話しよう。
Sホテルの談話室は、S市上流紳士が組織するクラブの会合場所になっていた。クラブ員達は夕方そこへやって来て、球を撞いたり、カルタを弄んだり、碁を囲んだり、煙草の煙の中で世間話にうちくつろいだりするのだ。
その夕方何気なく、わしが談話室へ入って行くと、広い部屋の向うの隅で、雑誌を読んでいる男が、ギョット目についた。外ならぬ川村義雄であった。仇敵との初対面。わしは心を引きしめて、黒眼鏡の位置を直した。
見ると川村奴、以前に引かえて、なかなか立派な服装をしている。二月ばかり見ぬ間に、男ぶりも一段と立ちまさって、どこやらユッタリと落ちつきが出来ている。悪運強く、わしの財産と、美人瑠璃子を我物として、すっかり満足し切っている証拠だ。あの立派な洋服も、どうせ瑠璃子が拵えてやったものに極まっている。と思うと、わしは今更の様に、はらわたが煮え返った。
わしは川村の傍らのソファに腰を卸して、部屋の中をアチコチしていた一人のボーイをさし招いた。
「オイ、君は大牟田子爵を知っているだろうね。あの人はこのクラブの常連ではないのかね」
わしは、川村に聞える様に、大声で尋ねた。
「ハ、大牟田の御前様は、二月余り前、おなくなり遊ばしました。飛んだ御災難でございました」
ボーイはわしが当の大牟田子爵と知る由もなく、わしの死にざまを手短に話して聞かせた。
「フン、そうか。それは残念なことをした。わしは大牟田子爵とは子供の時分の馴染でね、あれと面会するのを楽しみにしていたのだが……」
聞えよがしに残念がって見せると、案の定川村の奴わしの手に乗って、見ていた雑誌を置き、わしの方に向直った。
「失礼ですが大牟田子爵のことでしたら、僕からお話申上げましょう。僕は子爵とは非常に親しくしていた川村というものです」
川村奴わしの顔をジロジロ見ながら、自己紹介をした。無論、わしの正体が見破られるものではない。奴のことだ、何となく裕福らしい紳士につき合って置いて損はないと考えたのであろう。
「そうですか。わしは二十年も日本を外に暮して、やっと昨日この地に帰って来た、里見重之と申すものです。大牟田敏清とは親戚の間柄で、あれの父とごく親しく行来していたものですよ」
わしは例の老人らしい作り声で、落ちついて答えた。
「アア、里見さんでございましたか。よく承知致して居ります。いつ御帰りなさるかと、実は心待ちにしていた位です。子爵夫人も、このことを伝えましたら、定めしお喜びでしょう。瑠璃子さんとは、度々あなたのお噂をしていたのですから」
川村は例の新聞記事を読んでいたと見えて、この白髪の成金紳士にさも親しげな口を利いた。
「エ、瑠璃子さんといいますと?」
わしは小首を傾けて見せた。ナニ知らぬものか、わしの帰郷の最大目的は、過去の妻瑠璃子の息の根をとめることであったのだもの。だが、大牟田敏清ならぬ里見重之は瑠璃子を知ろう筈はない。
「イヤ、ご承知ないのはご尤もです。瑠璃子さんといいますのは、なくなった子爵の夫人で、当地の社交界の女王といってもよい方です。若くて、非常に美しい方です」
「ホウ、そうですか、大牟田はそんな美しい奥さんを持っていたのですか。わしも是非一度御目にかかって、故人のことなどお話ししたいものですね」
「如何でしょう、一度子爵邸をご訪問なさることにしては? 僕ご案内致しますよ。瑠璃子夫人はどんなに喜ばれるでしょう」
「イヤ、それはわたしも願う所です。併し、まだ旅の疲れもあり、永年の異国住いで、貴婦人の前に出る用意も出来て居りませんから、訪問は二三日あとに致しましょう。併し、その前に、川村さん、あなたに一つご厄介を願い度いことがありますが、承知して下さるでしょうか」
「何なりとも……」
「イヤ、別に難しいことではありません。わたしは実は、あちらで買い溜めた少しばかりの宝石を、大牟田へ土産として持ち帰ったのですが、当人が死んだとあれば、それを、さし当り奥さんへのお土産にしたいのです。大牟田が生きていたところで、宝石などは、さしずめ奥さんの装身具となる訳ですからね。ところで、ご無心というのは、その宝石を、あなたから夫人に届けて頂き度いのですが、どんなものでしょうか」
「オオ、そんな御用なら、喜んでさせて頂きますよ。宝石好きな瑠璃子さんの笑顔を見る役目ですもの、誰だってこんなご用を辞退する者はありませんよ」
川村の奴、宝石と聞くと目を細くして、ホクホクものだ。瑠璃子への贈り物とあれば、恋人の彼にとって、我が財産がふえるも同然なのだから、ホクホクするのは無理もない。
わしはそうして姦夫川村と話しながら、同じ談話室の向うの椅子に、誰かと話し込んでいる一人の人物を、目の隅で捕えていた。何という幸運だろう。わしは少しも労せずして、川村に逢い、今又この人物を発見するとは。
「川村さん、あの向うの椅子に前こごみになって話し込んでいられる紳士は、どなたでしょう。わしは何だか、あの横顔に幽かな見覚がある様に思うのですが」
わしは川村の顔色を注意しながら、尋ねて見た。すると案の定、彼はいやな顔をして、
「あれは、住田という医学士です、近頃Y温泉の方から町へ出て開業している男です」
と不承不精に答えた。
「アア、お医者さんですか、それに住田という名前は記憶にありません。人違いです」
口ではそう云いながら、わしはこの住田医学士に近づき度くてウズウズしていた。それには川村がいては邪魔になる。こいつには、土産の宝石を持たせて、早く追帰すに如くはないと考えついたので、わしは川村をわしの部屋へ誘い出し、用意の小凾に納めた宝石を手渡しした。
「拝見しても差支ありませんか」
すると、川村奴目を光らせて尋ねるのだ。
「いいですとも、どうかごらん下さい。お恥しい品です」
わしの言葉が終らぬ内、彼はもう小凾の蓋を開いていた。そして、一目その中の宝石を見るや、アッとばかり感歎の叫び声を発した。
「この大きなダイヤモンドを、五つともみんなですか。みんな瑠璃子さんへの贈物ですか」
「そうです。智慧のない贈物で恐縮しているとお伝え下さい」
わしは事もなげに答えたが、この高価な贈物には、川村ならずとも驚かずにはいられぬだろう。わしは予め上海の宝石商に見せて大体の値頃を鑑定させたところ、五つで三万円なら今でも頂戴するとの答えであった。いくら二十年振りの帰朝者とは云え、妻でもない女に三万円の贈物とは、少し大業だが、姦夫姦婦にわしの成金振りを見せびらかす為には、この位の奮発はしなければならぬ。
ちょっとした土産にもこれ程のことをするわしの全財産は、一体まあどの位あるのだろうと、川村の奴定めしたまげたことであろう。彼奴等の度胆を抜くのがわしの目的なのだ。
そこで、川村は宝石の小凾をしっかり抱えて、コロコロと喜んでホテルを立去った。
これでよし、これでよし、仇敵川村と瑠璃子の両人に懇意をむすぶいとぐちはついたと云うものだ。