大金塊

9話 賊の正体

6,753字 約14分 2018年4月12日 公開

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 まっくらな、せまいはしごを十二、三段ものぼりますと、頭が板のようなものにさわりました。そのまま、行きどまりになっているのです。

「おや、へんだな。こんなところで、行きどまりになるはずはないんだが。」

と思って、手をあげてさぐってみると、そこは、上の部屋の入り口らしく、厚い板でふたがしてあることがわかりました。

 小林君は、力をこめて、その板をおしあげました。すると、板はちょうつがいになっているらしく、スウッと上へ開いていくのです。

 あとでわかったのですが、それは、ちょうど、道路にあるマンホールのふたぐらいの大きさの、まるい板でした。つまり、上の部屋の床に、そんな穴があいていて、それに板のふたがしてあったわけです。

 板を持ちあげてのぞいて見ますと、その上の部屋もまっくらで、べつに人のいるようすもありませんので、小林君はかまわず穴の上によじのぼって、板のふたをもとのとおりにしめてしまいました。

 さあ、これからが、いよいよ危険です。もし賊に見つかろうものなら、どんなことになるか、わかったものではありません。

 まず、そのまっくらな部屋を手さぐりでしらべてみますと、そこは畳一畳じきぐらいの、まるで押し入れみたいな、ごくごくせまい部屋であることがわかりました。むろん、人はいないのです。

 そこで、やっと安心して、懐中電灯をつけて、あたりを見まわしましたが、四方とも板ばりのへんな部屋です。部屋というよりも、やっぱり押し入れか物置きのような感じです。

 そこには、べつに何もおいてないのですが、ただ一方の板壁に、みょうなものが、ぶらさがっています。まっ黒な洋服のようなものです。手に取ってみますと、やっぱり、それはおとなの洋服でした。

「おや、これはルパシカではないか。それに、これはいったいなんだろう。」

 ルパシカというのは、ロシア人の着る上着なのです。ルパシカといえば、何か思いだすではありませんか。小林君がここへつれられてきて、賊の首領の前に引きだされたとき、首領は何を着ていたでしょう。やっぱりこのルパシカという、へんな洋服ではありませんでしたか。

 いや、そればかりではないのです。ルパシカのほかに、まだたしかなしょうこがありました。それは黒ビロードの覆面です。あの覆面が、やはり同じくぎにかけてあったのです。頭からすっぽりとかぶるようになっていて、目のところだけ三角の穴があいている、あのぶきみな覆面です。

「ふふん、あいつはここまであがってきて、はじめて覆面をぬぐんだな。そして、ふだんの着物に着かえるんだな。

 してみると、あいつが手下にも顔を見せたことがないというのは、ほんとうらしいぞ。手下のものにはこの下のベッドのある部屋で、寝るように見せかけて、ほんとうは、毎晩ここへあがってきて、どこかほかの部屋で寝るのかもしれない。

 なんて用心ぶかいやつだろう。手下にさえ顔も見せなければ、寝る場所も知らせないんだ。この秘密のはしごだって、きっと手下には教えてないのにちがいない。

 そうとすれば、むろん暗号文も地下室においてあるはずはない。ここへ持ってあがって、だれも知らない部屋にかくしてあるのだ。」

 小林君はそんなふうに考えをめぐらしましたが、賊の首領のあまりの用心ぶかさに、少しうすきみが悪くなってきました。

 いったい賊は何者だろう。なぜこんなにまで用心をして、顔をかくしているのだろうと思うと、なんだかゾウッとこわくなるような気持ちでした。

「それにしても、この部屋にはどこか出口があるにちがいない。やっぱり、かくし戸になっているのかもしれないぞ。」

 そう考えて、懐中電灯で、四方の板壁をてらして見ますと、一方のすみに、どうやらかくし戸らしいものが見つかりました。その部分をおしてみると、少し動くような気がするのです。

 しかし、ただおしただけでは、とても開きそうにもありません。きっとまた、どこかに、戸を開くしかけのボタンがあるのでしょう。

 小林君はいっしょうけんめいにそれをさがしましたが、やがて頭の上のほうの高いところに、ちょっと気のつかぬような小さなボタンがあるのを見つけました。

 でも、こんどこそ、うっかり、それをおすわけにはいきません。もし、戸のむこうにだれかがいて、小林君に気づいたら、もうとりかえしがつかないのです。

 おそうか、おすまいかと、長いあいだ、ためらっていました。そして、板壁に耳をつけるようにして、そのむこうがわのようすをうかがいましたが、ひっそりとして、なんの物音もありません。もう夜中の三時です。たとえ、むこうがわに人がいるとしても、まさか今ごろまで起きているはずはないのです。

「よし、思いきっておしてみよう。もし見つかったら、すばやく逃げだせばいいのだ。そして、もとの牢へはいって、知らん顔をしていればいいのだ。」

 小林君は、とうとう決心しました。

 まず指さきをボタンにあてておいて、用心のために懐中電灯を消してから、その指にぐっと力をこめて、ボタンをおしたのです。

 すると、あんのじょう、板壁の一部が、ドアのように、グウッと、こちらへ開いてきたではありませんか。

 大急ぎで、そのすきまから、むこうをのぞいてみますと、やっぱりうすぐらくて、何も見えないのです。なんだかすぐ目の前に幕がさがっているような感じで、見とおしがきかないのです。

 音をたてないように気をつけて、そっとその部屋へはいっていきましたが、はいったかと思うと、何かやわらかいものに行きあたりました。手でさぐってみると、そこに厚いカーテンがさがっていることがわかりました。

 カーテンのむこうには電灯がついているらしく、織り物の目から、ちかちかと光がもれています。

 小林君は、カーテンのあわせめをさがして、それをほんの一センチほど開いて、部屋の中をそっとのぞきました。

 それはびっくりするほど、りっぱな部屋でした。そんなに広くはないのですが、おいてある家具がみな、りっぱで、きらびやかなのです。一方には大きな化粧台があって、鏡がきらきら光っていますし、その前の台の上には、いろいろな形の美しい化粧品のびんがならんでいます。

 りっぱな長イスや、ひじかけイスは、目のさめるような美しいもようのきれではってあります。床には、まっかなじゅうたんがしいてあります。

 いや、それよりも、もっとりっぱなのは、正面に見えるベッドです。あたりまえのベッドよりは、ずっと大きくて、美しいかざりがあって、その上の天井からは、ぴかぴか光るまっ白な絹が、ちょうど富士山のような影で、ベッドの三方にすそをひろげているのです。

 そのりっぱなベッドの上には、ひとりの美しい女の人が、顔をこちらにむけて、すやすやとねむっていました。

 小林君にはよくわかりませんでしたが、その女の人は、三十歳ぐらいでしょうか。娘さんではなくて、奥さんという感じでした。

 小林君は、明智先生の奥さんほどきれいな人は、ほかにないように思っていたのですが、いま目の前にねむっている女の人は、もっときれいなのです。すごいほど美しいのです。

 まるでキツネにつままれたような気持ちでした。これはいったい、どうしたというのでしょう。賊の首領がいるとばかり思っていた部屋に、こんな美しい女の人がねむっているなんて、なんだか夢でも見ているようではありませんか。

 覆面とルパシカをぬいだ男は、どこへ行ってしまったのでしょう。

 小林君は女の人の寝顔をみつめて、長いあいだ考えていました。なんとなく、ふにおちないことがあるのです。どこやら、つじつまの合わないような気がするのです。

 そうしているうちに、小林君の頭に、ひょいとみょうな考えがうかびました。

「おや、そうかしら。そんなことがあるのだろうか。」

 それは、なんだか、ゾウッと身ぶるいするようなおそろしい考えでした。

「やっぱり、そうかもしれない。ああ、きっとそうだ。もしそうでないとしたら、ここに秘密の通路があるわけがない。

 この女の人は、あんな美しい顔をしているけれど、秘密の出入り口をちゃんと知っているのだ。この部屋に住んでいて、それを知らぬはずがない。

 それから、賊の首領は、なぜ手下の前でも、顔をかくしているのだろう。それには何か深いわけがあるのだ。

 そうだ。賊の首領というのは、この女の人なんだ。女だものだから、あんなに用心をして、顔をかくしているのだ。

 そういえば、きのう首領の声を聞いていて、なんだかつくり声のような気がした。ほそい声をむりに太くしているような気がした。

 そうだ。あすこにねむっている、あの美しい女の人が賊の首領なのだ。」

 小林君は、そこまで考えますと、お化けでも見ているような、なんともいえぬおそろしさに、背中がぞくぞく寒くなってきました。

 ひげむじゃの大男なんかなら、かえってこわくないのですが、あのおそろしい大悪人が、こんな美しい女の人だったかと思うと、心の底からゾウッとしないではいられませんでした。

 そう思って見ますと、女の人の顔は、美しいことは美しいけれど、けっしてやさしい顔ではないのです。なにか男もおよばないようなおそろしいたくらみをしそうな、すごみのある美しさなのです。

 小林君はふと、西洋のある女どろぼうの写真を思いだしました。その女どろぼうは、美しい顔をしているくせに、男の人を何人も毒薬で殺したり、変装をしたり、宝石をぬすんだり、いろいろなおそろしいことをして、しまいには、とうとう死刑にされたのですが、ベッドに寝ている女の人の顔は、その女どろぼうと、どこかしら似ているのです。

 じっとながめていればいるほど、女の人の寝顔が、おそろしく見えてきました。美しいからこわいのです。美しい顔が、こんなにこわく見えるものだということを、小林君は今の今まで知りませんでした。

 ところが、そんなことを、むちゅうになって考えているうちに、小林君は、たいへんなしくじりをやってしまいました。カーテンを持っていた手が、知らず知らず動いたのです。そして、カーテンをつってある金の輪が、チーンと鳴ったのです。

 ハッとして、身をすくめましたが、もうまにあいませんでした。その小さな物音に、ベッドの女の人は、たちまち目をさまして、びっくりしたように顔をあげてこちらを見ました。

二つのなぞ

 小林君は逃げ腰になって、胸をドキドキさせながら、カーテンのすきまをできるだけほそくして、なおものぞいていますと、女の人は、ベッドの上に起きなおり、ヒョウのようにきらきら光る目で、部屋の中を見まわしていましたが、

「おや、今のは夢だったのかしら、なんだかみょうな音がしたように思ったけれど……。」

と、ひとりごとをつぶやきました。

 小林君は石のようにからだをかたくして、息の音もたてないようにしていましたので、カーテンのうしろに人がかくれているとは気づかないようです。

 でも、なんとなく心配になるとみえて、女はベッドをおりて、むこうの入り口のところへ行き、ドアのとってに手をかけて、動かしてみましたが、そこには、うらがわからかぎがかかっているらしく、開くようすもありません。

 女はそれをたしかめて、安心したようにうなずいていましたが、こんどは急いで、部屋の一方の壁ぎわにあるりっぱな鏡台の前に近づいて、その上にならんでいるいろいろな化粧品の中から、大型のクリームのつぼを手に取って、そのふたを開きました。

 小林君は、この真夜中にお化粧をはじめるのかしらと、びっくりして見ていますと、女はべつにお化粧をするのでもなく、クリームのつぼに、もとのとおりふたをして、鏡台の上におきました。そしてこんどは、小林君のかくれているカーテンのほうにむきなおって、そろそろと近づいてくるのです。

 まさか秘密の通路から人がくるはずはないけれど、ねんのためにしらべておこうというような顔つきです。

 小林君は、ハッとして身がまえました。もうぐずぐずしてはいられません。ここで見つかったら、せっかくの苦心が何もかもだめになってしまうのです。

 そこで、音をたてないように、すばやく、もとの小部屋にはいり、さかいの戸をそっとしめて、れいのマンホールのような板を持ちあげると、鉄ばしごをつたって穴の中へ逃げこんでしまいました。

 そして、しばらく聞き耳をたてていましたが、女はカーテンを開いてみただけで安心したのでしょう、小部屋の中へはいってくるようすはありません。

 うまいぐあいに、相手にさとられないで、逃げだすことができたのです。

「これだけ見とどけておけば、今夜はもうじゅうぶんだ。ぐずぐずしていて、部屋のやつらが起きてきてはたいへんだから、早く牢へ帰ることにしよう。」

 小林君はそう思って、急いで鉄ばしごをおり、地下室の首領の部屋にもどりました。そのとちゅうの秘密戸は、みな、もとのとおりにしめておいたのです。

 それから、懐中電灯を、部下の寝ている部屋に返しておいて、急いで牢に帰り、鉄ごうしの戸にももとのようにかぎをかけて、そのまま、わらのベッドに横になりました。

「ふふん、うまくいったぞ。ぼくが、あれだけ歩きまわっているのに、だれも気がつかないなんて、賊のやつらものんきなもんだなあ。でも、首領が女だなんて、ほんとうに思いもよらなかった。あんなきれいなおばさんが大どろぼうとは、おどろいたなあ。」

 小林君はあおむけに寝ころんだまま、しばらくは、いま見てきた女首領のことばかり思いだしていましたが、そのうちに考えが、だんだんかんじんな点にむいていきました。

「だが、暗号文のかくし場所が見つからなかったのはざんねんだなあ。きっとあの女首領の寝室の中にかくしてあるにちがいないんだが……。」

 小林君はくらい天井を見つめて、しばらくのあいだ、じっとしていました。すると、とつぜん、頭の中にピカッといなずまでもさしたように、すばらしい考えがひらめいたのです。

「ああ、そうだ。そうにちがいない。わかったぞ。暗号文のかくし場所がわかったぞ、ああ、なんてきばつなかくし場所なんだろう。ぼくはあのとき、それに気がつかないなんて、よっぽどどうかしていたんだ。」

 小林君はうれしまぎれに、思わずわらのベッドの上にすわってしまいました。そして、胸をわくわくさせながら、その暗号文を取りかえすことを考えました。

「首領のるすのときを考えて、もう一度あの部屋にしのびこめばいいんだ。そして、暗号文を手に入れて、この地下室を逃げだせばいいんだ。暗号文を持ってぶじに明智先生のところへもどったら、先生、どんなにほめてくださるだろうなあ。きっとにこにこして、さすがに小林君だって、おっしゃるにちがいない。」

 それを思うと、もう、うれしくてしかたがないのでした。

「だが、待てよ。暗号文は手に入れても、この地下室を逃げだせなかったら、なんにもならないぞ。夜中に、みんなの寝ているすきに逃げるにしても、きっと、ひとりぐらいは寝ずの番がいるにちがいない。だれかが地下室の入り口にがんばって、外からしのびこむものや、中から逃げだすものを、見はっているにちがいない。

 それに、きょうはみんなぐっすり寝ていて、うまくいったけれど、どんなことで、ほかの部下のやつらが目をさまさないとはかぎらないし、ここをぬけだすのは、なかなかめんどうだぞ。」

 小林君はすわったまま、腕ぐみをして、また考えこみました。そして、しばらくじっとしていましたが、やがて、何か名案がうかんだものとみえて、思わずひとりごとをいいました。

「うまいっ。すばらしい思いつきがあるぞ。少しぼくのほうが背がひくいかもしれないが、なあに、だいじょうぶだ。きっとうまくいく。部下のやつらの見ている前で、大手をふって逃げだせるんだ。それがうまくいったら、あいつら、あとでどんなにおどろくだろう。ああ、おもしろくなってきたぞ。」

 小林君はそんなことをつぶやいて、ひとりにやにや笑っていましたが、やがて、また、ごろっと横になったかと思うと、いつのまにかすやすやと寝いってしまいました。暗号のありかもわかったし、逃げだすてだてもきまったものですから、すっかり安心したのです。

 さて、読者諸君、小林君は、どうして暗号のかくし場所を気づくことができたのでしょう。いったい、それはどこにかくしてあるのでしょう。また、見はり番のいる前を、やすやすと逃げだすてだてとは、どんなことでしょう。

 諸君も小林君の見ただけのものは、ちゃんと見ているのですから、よく考えればおわかりになるはずです。さきを読みつづけるまえに、ひとつそれをあててごらんになりませんか。

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