11話 猛獣自動車
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宝石王の玉村銀之助さんは、じぶんのやしきのまわりを見はっていた小林少年が怪人につれさられたことは、すこしも知りません。あのトラが自動車を運転するという奇妙な事件のあった翌日、午前十時ごろ、玉村さんはいつものように、自動車にのって、銀座の店へ出かけるのでした。
道路は自動車でいっぱいです。とある交差点で、何十台というトラックや、バスや、乗用車が、三列にならんでとまっていました。そうして、十分もじっとまっていなければならないのです。玉村さんは、車のこんざつには、なれていましたから、イライラしてもしかたがないと、じっと目をつぶって、クッションにもたれていました。
右の窓のガラスが、半分ひらいてあります。そのガラスをコツコツとたたくものがありました。
おやっとおもって、目をひらきますと、右がわすれすれに、一台の乗用車がとまっていて、その窓が、こちらの窓のすぐそばにあるのです。
玉村さんが、そこを見たときには、窓は、なにかボール紙のようなものでふさがれていて、中は見えませんでした。
しかし、さっき、コツコツと、こちらのガラスをたたいたのは、たしかに、その窓の中にいる人です。たたいておいて、ボール紙で窓にふたをして、かくれてしまったのでしょうか。
「へんだな。」とおもって、じっと見ていますと、ボール紙がすこしずつ下のほうへさがっていって、そのうしろから、黄色くひかったものが、のぞきました。
まだボール紙が、半分しかひらいていないので、そのものの姿は、はっきりわかりませんが、なんだか、とてつもない、へんてこなものです。
ボール紙は、またジリジリと下のほうへさがっていきます。そして、窓の中が、すっかり見えるようになりました。
玉村さんはギョッとして、おもわず、車の中で立ちあがりそうになりました。
半分ひらいたガラスの中に、おそろしいトラの顔があったのです。
ランランとかがやく、大きな目で、じっとこちらをにらんでいます。
玉村さんは、だれかが、でっかいトラのオモチャをひざの上にのせているのではないかとおもいました。
しかし、そのトラの顔は、人間の顔の倍もあるのです。そんなでっかいオモチャがあるのでしょうか。
いや、オモチャではありません。
トラの目が動きました。口がひらきました。口の中で、まっかな舌がヘラヘラと動きました。
「ウヘヘヘヘ……。」
なんともいえないへんな声で、トラが笑ったのです。まるで人間の老人のような、しわがれた声で、うすきみわるく笑ったのです。
笑えるのは人間だけで、ほかの動物は笑えないはずです。
しかも、トラのような猛獣が笑うなんて、おもいもよらないことです。
玉村さんは、あまりのふしぎさに、あっけにとられて、こわさもわすれて、ぼんやりしていました。
すると、こんどは、もっとへんなことがおこりました。トラがものをいったのです。
「用心するがいい。いまに、おそろしいことがおこる。」
たしかに、猛獣が人間のことばを、しゃべったのです。
玉村さんは、夢を見ているような気持で、まだぼんやりしていましたが、ふと気がつくと、ここは自動車の行列のまんなかです。大きな声をたてれば、みんなが、力をかしてくれるでしょう。いくら猛獣でも、このこんざつのなかを、うまくにげられるものではありません。
玉村さんは、前にいる運転手の肩をつついて、ささやきました。
「見たか。」
「ええ、見ました。」
ふたりで、もう一度、そのほうをふりむくと、むこうの窓は、またボール紙でふたをされて、トラの姿は見えませんでした。
「みんなに知らせよう。大きな声でさけぶんだ。」
はんたいがわのドアをひらいて、からだをのりだし、
「オーイ、たいへんだあ。ここの車の中にトラがいるぞう……。」
と、なんどもくりかえして、さけびました。
自動車にトラがのっているなんて、あんまりとっぴなことなので、はじめは、だれも信じませんでしたが、こちらが、しんけんにさけぶものですから、勇気のある運転手たちが、自動車からとびおりて、あつまってきました。
その人数がだんだんふえ、やがて、交通整理のおまわりさんまで、ピストルをにぎって、かけつけてきました。
みんなが、あやしい自動車のまわりをとりかこみました。
そのときには、窓のボール紙はなくなって、中が見とおせるようになっていましたが、そこにはひとりの紳士がこしかけているばかりで、トラなど、どこにも見えません。おまわりさんが、その紳士に声をかけて、ドアをひらき、中をのぞきこみました。
「この窓からトラの顔が見えたというんですが、まさか、トラといっしょにのっていたのではないでしょうね。」
「ハハハハ……、なにをおっしゃる。そんなばかなことが、あるはずはないじゃありませんか。だれが、そんなことをいったのですか。」
「この人ですよ。」
おまわりさんが、そこに立っている玉村さんを指さしました。
「ハハハハ……、あなた、夢でも見たんでしょう。車の中でうたたねしていたんじゃありませんか。」
「いや、たしかに、金色のトラが……。」
玉村さんはいいかえしましたが、見たところ、トラのかげも形もないのですから、けんかになりません。
「なあんだ、夢か。いくらなんでも、トラが自動車にのっているなんて、おかしいとおもったよ。」
みんな、チェッと舌うちをして、じぶんたちの自動車へかえっていきます。
おまわりさんは、ぐずぐずしていると、自動車がたまるばかりですから、どの車も、そのまますすむように、あいずをしました。
玉村さんも、あわてて車にのりこみ、出発しましたが、車の列は、交差点で三方にわかれ、いつのまにか、あのあやしい自動車を見うしなってしまいました。