16話 9 ああ天狗岩(8)
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こっちは、新田先生と千二少年とであった。二人は不思議な再会に、手をとって喜び合ったが、話はつきなかった。
だが、そのうちに、新田先生は、蟻田博士が間もなく帰って来るだろうということに気がついた。そうして、同時に、まだ謎のとけない博士の秘密室のことも思いだしたのである。
そこで、新田先生は、話をしてみても、しようがないと思ったけれど、千二少年に向かい、
「なあ、千二君。先生は、君を助けようと思って、ここへ来たのではなかったのだ。実は、君のかくれていたところは、蟻田博士の秘密室の床下だったんだよ」
「えっ、博士の秘密室?」
「そうだ。蟻田博士が、たいへん大切にしている部屋なんだ。ところが、その部屋へはいってみたところ、部屋はがらん洞で、何も置いてないんだ」
「空部屋なんですね」
「うん、空部屋なんだよ。ただ、柱時計が二つ、壁にかかっているだけだが、この時計も、べつに変った時計でもなく、昔からよくあるやつだ。しかも、その時計は、ほこりを一ぱいかぶったまま、針はとまっているんだ。先生は、博士がなぜ、あのようなとまった古時計しかない空部屋を、大切にしているのか、わけがわからないので、困っているのだよ」
「そうですか。全く、わけがわかりませんねえ」
と、千二も、先生も同じように首をかしげた。
「どうだ、千二君、君は床下にいて、何か秘密のあるようなものを、見なかったかね」
「床下で秘密のあるようなものというと……」
と、千二はしきりに考えていたが、
「ああ、あれじゃないかしら」
「何だ。あれとは――」
新田先生は、思わず声を大きくして、千二にたずねた。蟻田博士の秘密室の床下で、千二は、何を見たのであろうか。
「それは、博士の秘密だか何だか、わかりませんけれど……」
と、千二少年は前おきをして、
「僕は床下で、たいへん太い柱を見たんです」
「なに、太い柱?」
「そうです。とても太い柱です。コンクリートの柱なんですよ。太さは、そうですね、僕たちが、学校でよく相撲をとりましたね。あの時校庭に土俵がつくってあったことを、先生はよく覚えていらっしゃるでしょう。柱の太さは、あの土俵ぐらいの太さはありましたよ」
「そうか、小学校の庭の土俵ぐらいの太さといえば、相当太い柱だね。それは柱というよりも、中に何かはいっているのじゃないかなあ」
「そうかも知れません」
「柱の上は、床についているのかね」
「さあ、それはよく、たしかめてみませんでしたけれど、もし床の上に出ているものなら、先生がおはいりになった博士の秘密室のまん中に、その柱が、にょっきり生えていなければならないはずですね。先生、そんなものが、ありましたか」
「いや、あの部屋には、決してそんな柱は見えなかったよ。不思議だなあ」
新田先生は、腕ぐみして、不思議だなあと、くりかえした。
「いや、とにかく、その柱の中は、調べてみる必要がある。が、どこからはいればいいのかわからない。あの部屋には、別に、その入口らしいものも見えなかったがねえ」
「変ですね」
「なあ、千二君。君は、あの部屋の床下にもぐりこんでから後、もっと何か見なかったかね」
「もっと、何か見なかったかと言うんですか」
と、千二少年は、またしきりに、前のことを思い出そうとつとめていたが、
「ああ、そうだ。僕は、時計が鳴るのを聞きましたよ、先生」
「え、時計って」
「いや、僕のかくれていた頭の上で、ぼうん、ぼうんと時計が鳴ったんです」
「ああ、そうか。千二君は、床下で、それを聞いたんだね。すると、博士のあの秘密室の柱時計が鳴ったんだな。でも、それは不思議だ」
新田先生は、首をかしげて、妙な顔をした。
「先生、止っていた時計を直しているから、時計が鳴ったのだと思いますよ」
「ああ、そうか。時計の針を動かしていたんだね」
「きっと、そうなんでしょう。だから、ぼうんぼうんと、幾つも打ちましたよ」
「なるほど、なるほど」
「ところが、先生、それがどうも、へんなんですよ」
「へん? へんとは、何がへんなのかね」
新田先生は、千二少年の話に、たいへんひかれた。
「その時計の鳴り方ですよ。はじめ、ぼうんと一つうち、次にぼうんぼうんと二つうち、それからぼうんぼうんぼうんと三つうち……」
「つまり、一時、二時、三時だな。すると一時間おきに鳴る柱時計は、めずらしい」
「先生、僕がへんだと言ったのは、そのことじゃありません」
と、千二は、先生の言葉をさえぎった。
「えっ」
「僕がへんだと思ったのは、ぼうんぼうんぼうんと三つ打ったのち、こんどは四つ打つかと思ったのに、ぼうんぼうんぼうんぼうんぼうんと五つ打ったのです。それから次は六つ、次は七つと、それからのちはあたり前に打っていったのです」
千二が床下で聞いた柱時計の不思議について、新田先生は、首をかしげて考えこんだ。
「ふうむ、柱時計が一時・二時・三時とうって四時がぬけ、それから、五時・六時・七時とうっていったと言うんだね」
「そうなんですよ、先生」
「不思議だねえ」
と、新田先生は、四時をうたない時計の謎を、どう解いてよいか迷った。
「ねえ、先生。その時計が四時をうたなかったのは、時計がこわれていて、四時のところでは鳴らないのではないでしょうか」
千二は、おもしろい答えを考えだした。
「なるほど、それも一つの考えだね」
と、新田先生はうなずいた。
「しかし千二君、柱時計というものは、たいへんがんじょうに出来ているものだ。四時だけ鳴らないというようなことは、まず起らないと思う。とにかく、それをしらべてみようじゃないか。さあ、先生と一しょに、博士の秘密室へいこう」
新田先生は、千二をうながして、ふたたび博士の秘密室へはいっていった。
うすぐらい電灯がつくと、室内は、さっきと全くかわらないがらんとした部屋であった。古びた柱時計が二つ壁にかかっているのも、さっきと同じことであった。もちろん二つの時計は、どっちも動いていなかった。
千二は、この部屋の殺風景さに、ひどく驚いたようであった。
「先生、この部屋は、何だか、気味のわるい部屋ですね」
「そうだ、あまり気味のよい部屋だとは言えないね」
そう言って、新田先生は、つかつかと柱時計の下に歩み寄り、時計の中を見ようとしたが、背がとどかない。そこで、先生は、梯子を探しにまた外へ出なければならなかった。
一体蟻田博士の秘密室と、そうして四時に鳴らない柱時計の謎とは、どのような関係があるのであろうか。
柱時計の中をしらべるため、新田先生と千二少年とは、部屋を出て、梯子をさがしにいったが、その梯子は、その隣の物置のような室内にあった。
「ははあ、博士は、いつもこの梯子をつかっているのだな」
脚立のような形をしたその西洋梯子を、新田先生は、秘密室へかつぎこんだ。そうして柱時計の下においた。ちょうど、ほどよい高さであった。
「先生、僕、梯子をおさえていますよ」
「そうかね、じゃあ、先生はのぼってみるよ」
新田先生は、梯子をのぼった。
先生は、時計の扉を開いてマッチをつけると、その光をたよりに中をのぞきこんだ。
「先生、何か、かわったものが、見つかりましたか」
「そうだね。時計の中には、ラジオの受信機のように、電線が、ごたごたと引張りまわしてあるよ。しかし、この電線は、何のためにあるんだか、どうもよくわからない」
「先生、四時が鳴らないわけは、わかりましたか」
「うん、今それをしらべているところだが、ええと、この歯車が、時計を鳴らす時にまわる歯車だ。すると――」
先生は、また新しいマッチをつけて、時計の中をのぞきこんだ。
「――べつに、かわったことはないようだ。三時も四時も、ちゃんと鳴るはずだがなあ」
「四時は鳴るように、なっていますか」
「そうだよ、千二君、今、鳴らしてみよう。聞いていたまえ」
新田先生は、時計の中へ指を入れて、歯車のかぎを引張った。
ぼうん、ぼうん、ぼうん、ぼうん。
「あっ、四つうった」
「なあんだ、ちゃんと、四つ鳴るじゃないか」
柱時計は、いきなり四時をうったのであった。先生と千二少年とは、拍子ぬけがして、たがいに顔を見合わせた。
続いて次をうたせてみたが、ちゃんと五時、六時、七時……と、うつのであった。
「ふん、別に、こわれているのではないようだ」
「先生、もう一つの時計を調べましょう。四時をうたないのは、もう一つの時計かもしれませんから」
「よろしい。もう一つの時計も調べてみよう。こんどは、千二君、君が調べてみたまえ」
「ええ。じゃあ、僕が調べましょう」
先生が下りて、梯子を隣の時計の横にかけかえた。代って、千二少年がのぼっていった。
「じゃあ、先生。僕がこの時計を鳴らしてみますよ」
第二の時計は、千二の手によって、時をうちはじめた。
柱時計は九時、十時、十一時……と、正しくうっていった。そうして、三時をうち、次はいよいよ四時の番だ。
「いよいよ、四時のところです。ああ、僕、何だか、気味が悪くなった」
と、千二は、梯子の上で、すこし顔をこわばらせた。
「何だ、千二君。君は、日本少年のくせに、いくじなしだね」
「先生、僕は、勇気はあるのですよ。ただ、気味が悪いと言っただけです。先生、さあ、聞いていて下さい」
千二は、指さきで歯車のかぎをおした。すると、第二の時計はいよいよ鳴り出した。
ぼうん、ぼうん、ぼうん、ぼうん。
音は四つだ!
「なあんだ。どっちの時計も、四時をうつじゃないか」
「どうも、へんだね。君はこの時計が四時をうたなかったと言うけれど、今やってみると、第一の時計も、第二の時計も、ちゃんと四時のところで鳴ったじゃないか」
そう言って、新田先生は、千二の顔を見た。
「おかしいですね。そんなはずはないんだが……」
「たしかに、君は四時をうたなかったと言うのだね」
「そうですとも。僕は、時計が間違なく、四時をぬかしてうったのをおぼえています。間違ありません」
千二は、きっぱり言った。
「そうかね。それほど言うのなら、間違ないだろう。だが、柱時計は、この通りちゃんと四時をうつんだからね。おかしな話さ」
先生は、腕ぐみをして、あきれ顔で、柱時計を見あげた。
「これには、何か、わけがあるんだ。――千二君は、この柱時計が、四時をぬかしてうったと言うのに、今鳴らしてみると、どっちの柱時計も、ちゃんと四時をうつ。なぜ、そんなことになるのだろうか。この答えが考え出せないうちは、博士の秘密は、それから先、何にもとけないんだ」
新田先生は、呻りながら、しきりに考えた。
「うむ、これくらいの謎が、とけないようでは、地球の人類の生命を救うなんて大仕事は、出来るはずがない。ちぇっ、新田、お前のあたまも、存外ぼんくらに出来ているなあ!」
知らない者がこれを横から見ていると、新田先生はおかしくなったんだろうと思ったであろう。そばに立っている千二少年も、何だか気味が悪くなった。
その時であった。新田先生は、急ににこにこ顔になると、
「ああ、そうか。謎はとけたぞ!」
と、ぴしゃりと手をうちあわせた。
「先生、わかりましたか」
と、千二は胸をおどらせてたずねた。柱時計がなぜ四時をうたなかったかという謎を、ついに先生がといたと言うのだから。
「わかったよ、千二君。こう考えれば、柱時計が四時をうたないように聞えるではないか」
と、新田先生は、思わずごくりとつばをのみこんで、
「いいかね。はじめ、第一時計も第二時計もとまっているんだ。そこで、針を指で動かしていくんだ。まず、どっちか第一の時計を、ぼうんと鳴らして一時さ。それから、もっと針を廻してぼうん、ぼうんで二時だ。それから、またさらに針をまわして、ぼうん、ぼうん、ぼうんで三時さ。わかるかね、千二君」
「それくらいのことなら、はじめから、僕にもよくわかっていますよ」
千二は、先生に、ばかにされたとでも思ったのか、頬をふくらませて答えた。
「それが、わかっているね。そんなら、よろしい。第一時計は、そのままにしておいて、さて次に、第二の柱時計をうごかすのさ」
「はあ、――」
「分針を、十二のところへもっていくと、第二の柱時計は、鳴りだした。ぼうん、ぼうん、ぼうん、ぼうん、ぼうん、ほら五時だ。五時をうったのだ」
「えっ、五時?」
「そうだ。第二の時計は、五時から鳴りだしたのだ。次は六時、七時……とうっていった。そういうわけだから、四時をうつ音は、聞えなかったんだ」
「ええっ、何ですって」
「つまり、千二君、実際は、二つの時計が鳴ったのだ。それを、君が一つの時計が鳴ったように思ったから、四時がぬけたと思ったんだ」
「ははあ、なるほど」
ああ、ついに、柱時計の秘密はとけた。
千二少年は、新田先生のあたまの働きに、すっかり感心してしまった。
(四時をうたないわけは、一つの柱時計が三時をうって終り、次にもう一つの時計が、五時からうちはじめるからだ)
なるほど、二つの柱時計を、そういう風に鳴らせば、四時のところでは、鳴らないわけだ。先生は、実にすばらしい謎をといたものだ。
その新田先生は、謎をといたあと、別に嬉しそうな顔もせず、二つの柱時計を、じっと見あげている。
「ああ先生、どうしたんですか。何を考えているんですか」
と、千二は、先生の様子が心配になって側へよった。
「うん、千二君。先生は今、この柱時計について、もっと重大なことを思いついたんだよ」
「えっ、もっと重大なことって?」
千二は、先生の顔と、相変らず振子のとまったままの二つの柱時計とを見くらべた。そういわれると、何だかまだ大きな秘密が、そのあたりにもやもやしているような気がする。
「そうだ。先生の考えているとおり、大胆にやってみることにしよう」
新田先生の眉が、ぴくんと動いた。先生は、何かしら、一大決心を固めたものらしい。
「先生、先生。何を先生はやってみるというんですか」
「おお千二君」
と、新田先生は、千二の方をふり向いて、急に顔をやわらげながら、
「さっきから、先生は考えていたんだが、今とうとう先生は、たいへんな大秘密をつきとめたような気がするんだ。それこそは、この蟻田博士邸内にある最大の秘密かも知れない。どうやら、これで、この屋敷にがんばっていたかいがあったようだ」
21 寄りそう師弟
何が、そんなに、新田先生を興奮させているのか。
「先生、大丈夫ですか」
「何が、大丈夫だって。いや、心配しないでもいいよ。そして、これから、先生のやることを見ておいで」
新田先生は、はりきった顔に、つとめて笑いをうかばせ、なるべく千二君に恐しさをあたえないようにつとめていた。
「さあ、千二君。そこにいては、あぶないかもしれない。君は入口の扉のところへいって、なるべく体を、ぴったりと扉につけておいで」
「先生は?」
「先生は、もう一度時計を鳴らして見る」
「また、時計を鳴らすのですか」
「そうだ。だまって、見ておいで。しかし、あるいは、千二君の思いがけないようなことが起るかもしれない。が、どんなことがあっても、おどろいてはいけないよ」
「先生、僕のことなら、大丈夫ですよ」
千二は、そう答えて、先生から言われたとおり、入口の扉のそばへ、場所をうつした。
その間に、もう先生は、柱時計のそばにかけた梯子を上っていた。
先生は、
(千二君、始めるが、覚悟はいいかね)
といった風に、千二の方を、ふりかえったが、千二が、言いつけたとおり、ちゃんと扉のところで小さくなっているのを見ると、安心の色をうかべて、時計の方へ向きなおった。それから、新田先生は、右の柱時計の針を、指さきでまわして、また、ぼうん、ぼうんと鳴らしていった。一時、二時、三時!
「さあ、こっちの時計は、これでよし。今度は、もう一つの時計の方だ」
先生は、右の時計を三時のところでとめると、今度は、左の柱時計の方へ手をのばして、ぼうん、ぼうんと鳴らしはじめた。
一体、何事が起るのだろうか。
ぼうん、ぼうん、ぼうん、ぼうん、ぼうん。
第二の柱時計は、あやしい音を立てて、五時をうった。
その音を聞いていた千二は、何だか、背中がぞくぞくと寒くなるのを覚えた。
新田先生の指が動くと、時計の針は、またぐるぐると廻って、やがてまた、ぼうん、ぼうんと、あやしい音を立てて鳴り出すのであった。
「ああ先生! 新田先生!」
と、千二は、先生の後から、呼びかけてみたくなった。でも、どうしたわけか、のどから声が出なかった。
第二の柱時計は、続いて、ぼうん、ぼうんと鳴りつづける。そうして、ついに八時をうってしまった。
その時、何思ったか新田先生は、後を向いた。
「おお、千二君。よく注意しているかね。さあ、この次は、いよいよ問題の九時をうたせるから、君は、おへそに、うんと力を入れておいでよ、ね」
千二は、返事をするかわりに、無言でうなずいた。
「さあ、いよいよ始るぞ。九時をうたせても、鼠一匹出て来なければ、ことごとく先生の失敗に終る!」
荒鷲の巣へしのびよって、巣の中の卵へ、いよいよ手を、にゅっとのばした猟師のように、新田先生の顔は、一生けんめいな気持で真赤になっていた。
ぼうん、ぼうん、ぼうん……
いよいよ柱時計は九時をうち出した。
すると、新田先生は、急に、梯子から、どかどかと下りた。そうして、時計の下の壁ぎわにぴったりと体をよせ、なおも鳴りひびく怪時計の音に、注意ぶかく聞入った。
ぼうん! ついに時計は、九時をうち終った。
その時、柱時計の下で、壁にぴったりと、からだをよせている新田先生のはげしい興奮の顔!
また入口の扉を背にして、何事が起るかと、目をみはっている千二少年の顔!
ぎいーっ、ぎいーっ。
床下にあたって、歯車か何かが、きしる音!
「ううむ……」
と、新田先生はうなった。
ぎいーっ、ぎいーっ。
「あっ、床が……」
千二は、思わず驚きの声をあげた。
「しっ!」
新田先生が、叱りつけるように叫んだ。そうして、両眼を皿のようにして床を見つめている。
見よ! 床が、動いているのだ!
秘密室の床が、真中のところで二つに割れて、しずかに左右に分れていく。そうして、その間から、まっくらな床下の穴が見えて来た。だんだんと、そのまっくらな四角な穴は広がっていく。
千二少年は、息をつめて、それを見ていた。なぜこうして、床が、動きだしたのであろうか。
新田先生は、ついに、二つの柱時計の謎をといたのだった。一方の時計を三時までうたせ、それからもう一方の時計を九時までうたせると、それが組合わせになって、この床を左右に開く仕掛が働き出すのであった。つまり、そのように二つの時計を鳴らさせるということは、錠前を鍵ではずしたことにもなり、また、床を動かす仕掛のスイッチを入れることにもなるのだった。これが蟻田博士が、この部屋に仕掛けておいたすばらしい秘密錠なのだ。
動いて、割れる床!
蟻田博士の秘密室には、こんな思いがけない仕掛があったのだ。博士は、床に錠前をかけておいたのでは、合鍵などをつかって人にあけられるのを恐れるあまり、こうした暗号のような仕掛をつくっておいたのだ。
床は、いつしか、動かなくなった。ぎいーっ、ぎいーっという歯車のきしる音も、今は聞えなくなった。そうして、だだっぴろいこの秘密室の床の上には、まん中のところに、ぽっかりと四角な穴が取残されていたのであった。
新田先生は、しずかに、柱時計の下から体を動かして、壁にそって、千二のところまで、ぐるっとまわって来た。
「どうだ、千二君。さぞ驚いたろうね」
新田先生は、千二が、どんなにびっくりしたかと、それが心配になって、やさしくそばへ近よったのであった。
「ああ、先生。僕、大丈夫です。けれども、あまり思いがけないことが起ったので、はじめは胸がどきどきしました」
「そうだろうね。あの柱時計が、たいへんな仕掛になっていたのだ。とうとう床がひらいたよ。博士は、なかなか用心ぶかい」
「先生、床の下には、何があるんでしょうか」
「さあ、何があるか、先生には、まだよくわからない。とにかく、下をのぞいてみよう。千二君、君はついて来るかね。それとも、ここに待っているかね」
先生は、千二の気持をたずねた。
「先生、僕は、先生の、おいでになるところなら、どこへでも、ついて行きますよ。つれて行って下さい」
「行くかね。そうか。大丈夫かね」
「先生。僕は、もう火星の化物でも何でも、恐しいなんて思いません。どこまでも戦うつもりです」
たしかに、千二少年は、昔の千二少年とはちがって、強くなったようだ。
火星のボートにつれこまれたり、怪人丸木にいじめられたりしている間に、彼は、だんだん勇気が出て来たのだ。そうして、世の中をさわがす怪しい物の正体を、どこまでもつきとめたいという気持で、はりきっていた。
ことに、自分の先生である新田先生が、わざわざ学校をやすんで、千二のことを心配して、一生けんめいにやっていてくださることを知った時、千二は、自分もまた先生の親切にむくいるため、しっかりしなければいけないと、決心したのであった。
「先生、じゃあ、勇敢に、床下の様子を、さぐって見ましょう」
「ほう、千二君。ばかに元気だなあ」
と、新田先生は、感心の言葉を洩らして、
「だが、もうそのうちにへ蟻田博士が、かえって来そうだから、早いところ、床下を探検して見よう。なるべく、足音を忍ばせ、先生のうしろについておいで」
新田先生は、千二の肩に手をおいて、はげますように言った。
さあ、柱時計の暗号鍵によって開かれた床下には、一体何が秘められているのであろうか。
二つに左右に割れた床の穴に近づいて、下をのぞくと、そこには古びた木製の階段がついていた。懐中電灯をつけて、その階段の下の方を照らして見たが、光がよわくて、よく見定めることが出来なかったが、とにかく階段は、かなりはるか下までつづいているようだった。
先生は、先になって、その階段を踏み、しずかに下りはじめた。古びた木製の階段は、ぎちぎちと音を立てた。
この階段は、大きな煙突の中に仕掛けてあるようなかっこうをしていて、まわりは、厚い壁でとりかこまれていた。だから、ちょっと靴の先が階段の板にぶつかると、とても大きな反響がした。
22 怪動物