火星兵団

23話 9 ああ天狗岩(15)

7,368字 約15分 2007年2月15日 公開

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 新田先生は、佐々刑事から火星人のことについて、もっとたくさん聞きたかったが、その時、佐々は何かの音におどろき、

「じゃあ、また後で、もう一度来る!」

 と言捨てたまま、新田先生をそこにおいて出て行ってしまった。

 穴の中は、またもとの闇にかわった。そうして、また心細いこととなった。

 それから、かなり長い時間が過ぎた。

 新田先生は、穴の中で空腹を感じながらも、今に何ごとかが、起るだろうと待構えていた。

 その時刻のことは、はっきりしなかったが、とにかく、かなり夜更(よふけ)になって、新田先生は、ごうんごうんという遠雷のような響を耳にした。

「あっ、いよいよ来たなっ!」

 と、先生は、穴の中に、居ずまいを直した。火星のボートが、いよいよこの山中目がけて、やって来たのであろう。

 ごうんごうんという怪音は、先生の耳のせいか、だんだん大きくなって来るようであった。火星のボートが、ますます近づいて来たのであろう。

 ひゅう、ひゅう、ひゅう。

 ぷく、ぷく、ぷく、ぷく。

 妙な声を立てて、火星人たちが、騒ぎ出した。新しくやって来る火星のボートの着陸の用意で、大変いそがしくなったのであろう。

 新田先生は、その時、またもや穴の奥から、そろそろと這出して行った。

(今こそ、脱走するのに、もって来いの時だろう!)

 この騒ぎのうちに、先生は監禁の手からのがれたいと思ったのである。

 穴の中から外の方へ、そろそろと這って行ったが、幸いにも、さっきの番人がいたところに、誰もいない。

「しめたっ!」

 新田先生は、番人のいないのを幸い、どんどんと、穴の中を這って前進した。

 すると、とつぜん目の前に、ぴかっと光りものがした。

 そうして、火星人から奇妙な叫び声をあびせかけられた。

「あっ、見つかったか」

 先生はおどろいたが、かねて覚悟をしていたこととて、いきなり身をひるがえして、後へ戻ると、壁にぴたりと体をつけた。とたんに後を、風のように行きすぎたものがあった。火星人が、先生の跡を追って、穴の奥の方へ行ったのであった。

「今だ!」

 先生は勇気を出して、またもや、穴の入口の方へ向かって、這って行った。まるで、もぐらのような、かっこうであった。

 しばらく夢中になって、這って行くうち、また前方から光りものが現れて、ぱっとこっちを照らした。

「ちょっ、しまった!」

 先生は、今度はいよいよだめかなと思ったが、もう一度と、またぞろ身をひるがえして、壁に体を押しつけた。

 すると、とたんに先生の体は、ずるずると壁の中にはいってしまった。

「ああっ!」

 先生は、声をあげたが、もう遅かった。先生の体は、もんどり打ってころげ込んだ。

 いよいよ深い底なし井戸へでも、落込んだのかと思ったが、気がついてみると、先生は、うすあかりのともった小さい部屋の中にいた。かくし部屋だ。いや、よく見れば、そこは倉庫みたいなところで、いろいろなものが、ごたごたおいてあった。その中に、先生の目にふととまったのは、黒い長マントと黒い帽子とであった。よく見れば、黒眼鏡もあるではないか。

 先生はあることを思いついた。

 黒マントに黒帽子に黒めがね!

 新田先生は、それをじぶんの、からだにつけた。すると、先生は、すっかり怪人丸木とおなじ姿に変ってしまった。

「こういう姿をしておれば、しばらくでも火星人の目をごまかすことが出来るであろう。その間に、何とか次のことを考えよう」

 その時、壁穴のそとでは、先生のあとを追って来た火星人の、ひゅうひゅうという声がした。先生を探しているのだ。

 先生は、もうその時、別の入口から、外に出ていた。あたりには、同じような姿をした火星人が、しきりに、走りまわっていた。もちろん、黒マントのない、はだかみたいな火星人も、たくさんいた。

 黒マントを着ている火星人は、おなじ仲間の中でも、すこしはえらい火星人のようで、先生が、黒マントを着て、前に進むと、はだかの火星人は、さっとからだを横飛にして、先生のため道をあけるのであった。

 こうして、先生は、火星人の中に、うまく、まぎれこんでしまった。

 このころ、先生を追いかけていた番人たちも、もう、あきらめてしまったようである。

 先生は、火星人の間をすりぬけて、穴の入口から外へ飛びだした。

 先生は、久方ぶりに、新しい空気を吸って、元気をとりもどした。

 だが、外は真暗(まっくら)であった。その上雨風がはげしく、この山中をたたいていた。時おり、ぴかぴかと電光が光って、ものすごさを加えた。

「ああ、たいへんな嵐だ!」

 先生は、一度、雨の中に飛びだしたものの、吹飛ばされそうになったので、また穴の入口へもどらなければならなかった。

 その時であった。あたまの上はるかに、また、ごうんごうんと雷とも違う、気味の悪い音がしはじめた。

 嵐の中に気味の悪いごうん、ごうんという音は、また大きくなって来た。

 がらがら、ぴかぴかと、雷がひっきりなしにあたりの山々に落ちた。そうして、足の下に踏まえている大地が、地震のように揺れた。

 その時先生の目は、一隻の火星のボートのすがたを捕えた。はげしい電光が、あたりを昼間のように明かるく照らした時、先生の立っているところから百メートルぐらい先に、火星のボートがあざやかに着陸するところを見てしまったのであった。

 火星のボートは、例の通り大きな塔のような形をしていた。そうしてボートは、電光に見まがうような明かるい光に包まれながら、空中から降って来たのである。そうして、地ひびきとともに大地に突きささったのである。

 先生は火星のボートが、地面に突きささってから、少し左右にゆらぐところまで、はっきり見てしまった。でも、思いの外やわらかく大地へ突きささった。何かよい方法があって、大地に近づくとともに、スピードをゆるめる仕掛がついているらしい。

 そのうちに、また次の新しい火星のボートが降って来た。一隻ではなかった。二隻、三隻、四隻……いや、数えているひまがない。おどろくべきたくさんの火星のボートは、百雷が一時に落ちる時のように、巨大な光と音とを立てて、空中から舞いおりた。雨と風とは、いよいよはげしさを加え、雷はしきりにあたりの山中に落ちた。

 火星のボートと落雷と、どっちがどっちだかわからないような、恐しい光景であった。

「ああ――」

 と、新田先生は、ため息をついて、全身を雨に打たれながら、もの陰にたたずんでいた。一体これからどうなるのであろうか。

34 火星兵団

 大雷鳴の中に、山梨県の山中に着陸した火星のボートは、その数およそ五、六十隻であった。

 これこそ火星兵団の敵前着陸だ。

 しかるに、地球の人類は、この恐るべき兵団を、やすやすと着陸させてしまったのである。もっとも、誰がこのような火星兵団の襲来を、あらかじめ考えていたであろうか。

 我が日本について考えてみても、これは全く意外な出来事であった。また、そうなるまでの事情はともかくも、いいことではなかった。我が日本は昔から、日本本土を敵に占領されたことはなかった。いくら地球外に住んでいる火星人の襲来だからといって、本土の一部を占領されたことは、決していいことではない。新田先生は、闇の中にたたずみながら、くやしさに涙をぽろぽろと落した。

 たくさんの火星のボートは、(いず)れも皆着陸が終ったらしい。空中を飛ぶあの大きな音も、もう聞えなくなった。そうして、火星のボートは、船体から例のうすもも色の光を出して、あちこちに塔を並べたように立っていた。

 時々妙な怪音が、ひとしきりやかましく耳を打つのであったが、それは、今着いたばかりの火星人たちが、点呼を受けているのであろう。

 今度はかなりたくさんの火星人が、着いたらしいのであるが、その割に騒ぐ様子もなかった。

(ははあ、それでみると、火星人はかなり教育程度が進んでいると見える)

 と、新田先生は、心の中でひそかに、そう思ったのであった。

 先生は、この上は、何とかして、ここを抜出して、この一大事を出来るだけ早く、警察なり軍隊なりに知らせなければならないと思った。

 新田先生は、そろそろと、もの陰から這出した。今のうちに火星人の目をのがれて、山を下ろうと考えたのであった。

 先生は手さぐりで雑草の間をくぐって、山を下り出した。

 すると下の方から、また例の、ひゅうひゅうぷくぷくと火星人の声がして、こっちへ近づいて来る様子なので、びっくりしてまたもとへ引返した。

 先生は、もとのもの陰に戻ったつもりであった。

 ところが、しばらくすると、先生はそれが間違で、また別の場所へ来ていることに気がついた。

 そこも、一つの洞穴(ほらあな)であったが、火星人が十四、五人ごろごろと転がっていた。

(これは大変!)

 と、先生がそこを飛出そうとすると、前方から怪人丸木がはいって来た。

 丸木は、洞穴にはいると、大きな声でどなった。それは、先生には何を言っているのか、よくわからない火星人の言葉であった。

 すると、転がっていた一同は、がばとはね起きて丸木の前に並んだ。

 先生はびっくりした。ここで見つかっては大変である。どこかに体をかくすところはないかと、前後左右を見廻すと、ちょうど幸いにも、あまり大きくない機械を、山のように積上げてあるところがあったので、先生は急いでその後に体をかくした。

 丸木は、先生のいることには、どうやら気がつかないらしく、しきりに火星人を前に、声高に話をしている。一体何の話をしているのか、先生はこれを知りたかったが、火星人の言葉を知らないので、どうにもならない。

 ところがその時、先生は、どこかで人間の小さい話声を耳にした。

 怪人丸木が洞穴の一室で、隊員たちを前に、何かわけのわからない火星人の言葉で、しきりにしゃべっている。その同じ室の隅では、新田先生が、つみ上げられた機械の後に、じっと小さくなってかくれている。すると、その時先生はとつぜん、かすかな人間の声を耳にしたものだから、びっくりしてしまった。

(誰だろう。あのように小さい声で、一生懸命にしゃべっているのは?)

 先生は不思議に思って、声のする方を、しきりにさがしてみた。その声は、どうやら、機械の中から聞えて来るようであった。先生はますますおどろいて、

(はて、このように、機械をつみ上げた中に、誰かが、かくれているのだろうか)

 しかし、それはどうも、ありそうなことと思われない。その声は大変小さい声であった。いや、むしろ大変遠い声だと言った方がいいであろう。小さい声だが、大変はっきりした言葉である。それがしきりにしゃべっているのである。

「……だから、我々は、短い時間のうちに、この重大な仕事をやってしまわなければならない。さもないと我々火星兵団が、危険を冒し、こうして地球上へ来たことが、まったく、むだになる。……」

 はっきりと、そういう声が、新田先生に聞えたのである。

 先生は改めて、びっくりし直した。なぜと言って、この言葉の中には、明らかに、「火星兵団」と言う言葉があった。それから「こうして地球上に来たことが……」などと言っている。この言葉は地球の上で、火星兵団の中の一人が、しきりにしゃべっている言葉らしいことがわかる。それにしても、人間にわかるような言葉(実にその言葉は、日本語だったのである)を使っているのはなぜであろうか?

 先生はあることに気がついた。

 新田先生は、積んである機械の箱の中に、そっと手を差入れた。

 幸いにも、箱の蓋があいているものがあったので、中の機械をさぐることは、思いの外やさしかった。

(おお、これは妙なものだ。電話機のような形をしているぞ)

 先生は、手さぐりでそれをひっぱり出した。それは小さな胸あてのようなもので、真中には、送話機の口と同じに、小さいラッパのようなものがついており、またその胸あての両側からは、お医者さんが使う聴診器のような管が二本、かなり長くついているのであった。例の小さい声は、確かにこの機械の中からしているのであった。

(これは、不思議だ)

 先生は、その聴診器のゴム管みたいなものを、耳の中に入れてみた。しかし、何の音もしなかった。さっきまで、聞えていた例の小さい人間の声もしなくなったのである。

(変だぞ)

 そこで先生は、ゴム管みたいなものを、耳の穴からはずした。すると、また前のように、どこからか、小さい人間の声が聞えて来るのであった。先生は、あせりながら、その機械を、ひねくり廻しているうちに、やっと、声の出るところがわかった。それは、胸あてのようなものの真中についているラッパから聞えて来ることがわかった。

(あっ、ここから聞えるのだ!)

 先生は、耳にあてた。しばらく聞いているうちに、先生は重大なことを見つけた。それは、丸木の声と、この小さなラッパから出て来る声とが、いつも同じ時に大きくなったり、また、とまったりするのである。

(ふうん、この機械を使えば、火星人の言葉が日本語に直って聞えるのだ。すばらしい機械を見つけたぞ!)

 変話機だ!

 変話機が見つかったのだ。

 新田先生は、鬼の首をとったように嬉しかった。変話機のラッパの方に耳をあて、またゴム管の穴を怪人丸木の方に向けると、丸木が、火星人の言葉でしゃべっていることが、みな日本語に直されて、ラッパから出て来るのだった。

 この機械は、あべこべにして働かせると、日本語が、火星人の言葉に直るのであった。そういう場合は、火星人は二本のゴム管の穴を耳に近づけ、ラッパを人間の方に向ける。つまり、その時はラッパが一種のマイクの働きをし、ゴム管のある方が、受話機になるのであった。

(しめた。これはいいものが手にはいった。ようし、丸木が何を言っているか、しばらく聞いていてやろう)

 と、新田先生は、息を殺して、変話機から聞えて来る丸木の言葉に聞入ったのであった。

「……だから、我が隊は、出来るだけ早く、この仕事をすまさなければならない。地球の人間に勘づかれたら、それから後は、人間どもは用心を始めるから、人間をつかまえることが、ますますむずかしくなる。……」

 丸木は、人間をつかまえることについて、話をしているらしい。人間をつかまえるといって、一体誰をつかまえるつもりであろうか。

 丸木の言葉は、なおも続く。

「……我々の計画では、男と女とが同じ数だけ入用だ。ぜひとも男を五百人、女を五百人集めてくれ。このうち、我々が集めて持って行くのは、生まれたばかりの赤ん坊が百人、五歳ぐらいの小さい子供が百人、それから十歳から十五歳ぐらいの子供が百人――つまり子供は三百人だ。その上に、二十五歳ぐらいの若い大人が百人、それから四、五十歳の大人が百人、これでちょうど五百人だ。その外の人間に用事はない。……」

 丸木は、とんでもないことを言っている。

 丸木は、隊員に向かってなおもしゃべりつづける。新田先生は、変話機にかじりついて、一生けんめいに、丸木の話をぬすみ聞きしている。

「……どうだ、わかったろうな、みんな。人間に近づいた時は、さっきも言ったように、なるべく相手の顔を見ないようにしろ。こいつをさらうのだと見当をつけたら、足音を忍ばせて、うしろからどんどん追いせまり、さっき教えたような方法で、早いところ、袋を頭の上からかぶせ、それがすんだら、すぐさま、人間の足を、こういう工合にかついで、例の人間箱の中に入れてしまうのだ。いいかね。……それが出来れば、後は、出来るだけ気を落ちつけて、その人間箱を自分のそばにならべて、ゆっくりゆっくり歩いて行くのだ。その時そわそわしていようものなら、人間箱をつきたおして、せっかくの獲物(えもの)が人間に気づかれてしまったり、また、お巡りさんや刑事に怪しまれて、かえってこっちがとりおさえられるから、出来るだけ用心をするんだぞ」

 新田先生は、これを聞いていて、ますます驚いた。丸木たちは、こんな手で、人間を五百人もさらって行くつもりなのである。

「隊長!」

 と、火星人の一人が、違った声を出して丸木に呼びかけた。

「何用か、三八九」

「ねえ隊長、わしは、どうも人間というものが恐しくてならんのです。ほかの役にかえてくれませんか。たとえば、草とか木とかを集める方へ廻して下さい」

「だめだ、だめだ。われわれは、はじめから一等むずかしい役をすることにきまっているのだ。むずかしい役をやるのだから、われわれは火星兵団の中でも、特別にごほうびをもらっているのだ。姿だって、人間そっくりの道具をもらっているではないか」

 怪人丸木と、その部下の火星人とのあいだに、とんでもない話がつづいている。それは、地球の人間を捕えることについてである。

 これを聞いていた新田先生は、顔色をかえた。丸木は、この前、

(地球がこわれる前に、君たち地球の人間を出来るだけたくさん、すくってあげたいと思っているのだ)

 と言ったが、その当時、丸木たちの親切に、お礼を言ったものだ。ところが、今聞いておれば、丸木は、

(人間を集めるのだ。人間を捕えるのだ!)

 と、部下に話をしているのであった。丸木たちは、人間を捕虜にして、火星へつれて行くつもりらしい。

「けしからん。地球人類が、火星人の捕虜なんかになってたまるものか」

 と、新田先生は、ものかげでひとり歯をくいしばった。しかし、そうは言うものの、地球のこわれる日はもう目の前にせまっている。その上、この洞穴(ほらあな)で見ていてもよくわかるように、智慧にかけては人間よりも火星人の方がずっと進んでいるようだ。たとえば、火星人の持っている火星のボートだって、じつにすばらしいものである。人間の力では、とてもあのようなものをつくることは出来ない。だから、まともにたたかえば、これはどうしても火星人の勝で、地球人類の負となるだろう。これはたいへんなことになったものである。

「では、二十四時間の後に、お前たちは、人間狩に出発するのだぞ。それまでは十分に養分をとったり、人間に見あらわされないような練習を積んだりしておけ」

 丸木は、隊長らしくおごそかに命令し、そうして心こまやかな注意を、部下たちに与えたのである。

 先生は、さしせまった事件を前になやんだ。

35 佐々(さっさ)刑事

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