本文へ移動

ノベリズ

書いて、読む

作品 新着 人気 タグ 作家 青空文庫 探す 棚 書く

毒もみのすきな署長さん

宮沢 賢治 全1話 3,090字 1998年10月17日

この画面をそのまま印刷(または PDF として保存)できます。 作品のページへ戻る

1. 毒もみのすきな署長さん

 四つのつめたい谷川が、カラコン山の氷河から出て、ごうごう白い泡(あわ)をはいて、プハラの国にはいるのでした。四つの川はプハラの町で集って一つの大きなしずかな川になりました。その川はふだんは水もすきとおり、淵(ふち)には雲や樹(き)の影(かげ)もうつるのでしたが、一ぺん洪水(こうずい)になると、幅(はば)十町もある楊(やなぎ)の生えた広い河原(かわら)が、恐(おそ)ろしく咆(ほ)える水で、いっぱいになってしまったのです。けれども水が退(ひ)きますと、もとのきれいな、白い河原があらわれました。その河原のところどころには、蘆(あし)やがまなどの岸に生えた、ほそ長い沼(ぬま)のようなものがありました。

 それは昔(むかし)の川の流れたあとで、洪水のたびにいくらか形も変るのでしたが、すっかり無くなるということもありませんでした。その中には魚がたくさんおりました。殊(こと)にどじょうとなまずがたくさんおりました。けれどもプハラのひとたちは、どじょうやなまずは、みんなばかにして食べませんでしたから、それはいよいよ増えました。

 なまずのつぎに多いのはやっぱり鯉(こい)と鮒(ふな)でした。それからはやもおりました。ある年などは、そこに恐ろしい大きなちょうざめが、海から遁(に)げて入って来たという、評判などもありました。けれども大人(おとな)や賢(かしこ)い子供らは、みんな本当にしないで、笑っていました。第一それを云(い)いだしたのは、剃刀(かみそり)を二梃(ちょう)しかもっていない、下手(へた)な床屋(とこや)のリチキで、すこしもあてにならないのでした。けれどもあんまり小さい子供らは、毎日ちょうざめを見ようとして、そこへ出かけて行きました。いくらまじめに眺(なが)めていても、そんな巨(おお)きなちょうざめは、泳ぎも浮(うか)びもしませんでしたから、しまいには、リチキは大へん軽べつされました。

 さてこの国の第一条の

「火薬を使って鳥をとってはなりません、

 毒もみをして魚をとってはなりません。」

 というその毒もみというのは、何かと云いますと床屋のリチキはこう云う風に教えます。

 山椒(さんしょう)の皮を春の午(うま)の日の暗夜(やみよ)に剥(む)いて土用を二回かけて乾(かわ)かしうすでよくつく、その目方一貫匁(かんめ)を天気のいい日にもみじの木を焼いてこしらえた木灰七百匁とまぜる、それを袋(ふくろ)に入れて水の中へ手でもみ出すことです。

 そうすると、魚はみんな毒をのんで、口をあぶあぶやりながら、白い腹を上にして浮びあがるのです。そんなふうにして、水の中で死ぬことは、この国の語(ことば)ではエップカップと云いました。これはずいぶんいい語です。

 とにかくこの毒もみをするものを押(おさ)えるということは警察のいちばん大事な仕事でした。

 ある夏、この町の警察へ、新らしい署長さんが来ました。

 この人は、どこか河獺(かわうそ)に似ていました。赤ひげがぴんとはねて、歯はみんな銀の入歯でした。署長さんは立派な金モールのついた、長い赤いマントを着て、毎日ていねいに町をみまわりました。

 驢馬(ろば)が頭を下げてると荷物があんまり重過ぎないかと驢馬追いにたずねましたし家の中で赤(あか)ん坊(ぼう)があんまり泣いていると疱瘡(ほうそう)の呪(まじな)いを早くしないといけないとお母さんに教えました。

 ところがそのころどうも規則の第一条を用いないものができてきました。あの河原のあちこちの大きな水たまりからいっこう魚が釣(つ)れなくなって時々は死んで腐(くさ)ったものも浮いていました。また春の午の日の夜の間に町の中にたくさんある山椒の木がたびたびつるりと皮を剥かれておりました。けれども署長さんも巡査(じゅんさ)もそんなことがあるかなあというふうでした。

 ところがある朝手習の先生のうちの前の草原で二人の子供がみんなに囲まれて交(かわ)る交(がわ)る話していました。

「署長さんにうんと叱(しか)られたぞ」

「署長さんに叱られたかい。」少し大きなこどもがききました。

「叱られたよ。署長さんの居るのを知らないで石をなげたんだよ。するとあの沼(ぬま)の岸に署長さんが誰(たれ)か三四人とかくれて毒もみをするものを押えようとしていたんだ。」

「なんと云って叱られた。」

「誰だ。石を投げるものは。おれたちは第一条の犯人を押えようと思って一日ここに居るんだぞ。早く黙(だま)って帰れ。って云った。」

「じゃきっと間もなくつかまるねえ。」

 ところがそれから半年ばかりたちますとまたこどもらが大さわぎです。

「そいつはもうたしかなんだよ。僕(ぼく)の証拠(しょうこ)というのはね、ゆうべお月さまの出るころ、署長さんが黒い衣だけ着て、頭巾(ずきん)をかぶってね、変な人と話してたんだよ。ね、そら、あの鉄砲(てっぽう)打(う)ちの小さな変な人ね、そしてね、『おい、こんどはも少しよく、粉にして来なくちゃいかんぞ。』なんて云ってるだろう。それから鉄砲打ちが何か云ったら、『なんだ、柏(かしわ)の木の皮もまぜておいた癖(くせ)に、一俵二両(テール)だなんて、あんまり無法なことを云うな。』なんて云ってるだろう。きっと山椒の皮の粉のことだよ。」

 するとも一人が叫(さけ)びました。

「あっ、そうだ。あのね、署長さんがね、僕のうちから、灰を二俵買ったよ。僕、持って行ったんだ。ね、そら、山椒の粉へまぜるのだろう。」

「そうだ。そうだ。きっとそうだ。」みんなは手を叩(たた)いたり、こぶしを握(にぎ)ったりしました。

 床屋(とこや)のリチキは、商売がはやらないで、ひまなもんですから、あとでこの話をきいて、すぐ勘定(かんじょう)しました。

     毒もみ収支計算

 費用の部

   一、金 二両 山椒皮 一俵

   一、金 三十銭(メース) 灰 一俵

      計 二両三十銭也(なり)

 収入の部

   一、金 十三両 鰻(うなぎ) 十三斤(きん)

   一、金 十両  その他見積り

      計  二十三両也

 差引勘定

    二十両七十銭 署長利益

 あんまりこんな話がさかんになって、とうとう小さな子供らまでが、巡査を見ると、わざと遠くへ遁(に)げて行って、

「毒もみ巡査、

 なまずはよこせ。」

 なんて、力いっぱいからだまで曲げて叫んだりするもんですから、これではとてもいかんというので、プハラの町長さんも仕方なく、家来(けらい)を六人連れて警察に行って、署長さんに会いました。

 二人が一緒(いっしょ)に応接室の椅子(いす)にこしかけたとき、署長さんの黄金(きん)いろの眼(め)は、どこかずうっと遠くの方を見ていました。

「署長さん、ご存じでしょうか、近頃(ちかごろ)、林野(りんや)取締法(とりしまりほう)の第一条をやぶるものが大変あるそうですが、どうしたのでしょう。」

「はあ、そんなことがありますかな。」

「どうもあるそうですよ。わたしの家の山椒の皮もはがれましたし、それに魚が、たびたび死んでうかびあがるというではありませんか。」

 すると署長さんがなんだか変にわらいました。けれどもそれも気のせいかしらと、町長さんは思いました。

「はあ、そんな評判がありますかな。」

「ありますとも。どうもそしてその、子供らが、あなたのしわざだと云いますが、困ったもんですな。」

 署長さんは椅子から飛びあがりました。

「そいつは大へんだ。僕の名誉(めいよ)にも関係します。早速(さっそく)犯人をつかまえます。」

「何かおてがかりがありますか。」

「さあ、そうそう、ありますとも。ちゃんと証拠(しょうこ)があがっています。」

「もうおわかりですか。」

「よくわかってます。実は毒もみは私ですがね。」

 署長さんは町長さんの前へ顔をつき出してこの顔を見ろというようにしました。

 町長さんも愕(おどろ)きました。

「あなた? やっぱりそうでしたか。」

「そうです。」

「そんならもうたしかですね。」

「たしかですとも。」

 署長さんは落ち着いて、卓子(テーブル)の上の鐘(かね)を一つカーンと叩(たた)いて、赤ひげのもじゃもじゃ生えた、第一等の探偵(たんてい)を呼びました。

 さて署長さんは縛(しば)られて、裁判にかかり死刑(しけい)ということにきまりました。

 いよいよ巨(おお)きな曲った刀で、首を落されるとき、署長さんは笑って云いました。

「ああ、面白かった。おれはもう、毒もみのことときたら、全く夢中(むちゅう)なんだ。いよいよこんどは、地獄(じごく)で毒もみをやるかな。」

 みんなはすっかり感服しました。

毒もみのすきな署長さん — 宮沢 賢治 — https://noveliz.cc/n/9hgm5tbcxp

ノベリズ

作品の一覧 新しい話 よく読まれている 5分で読める 教科書で読んだ作品 タグから探す 書き手の一覧 青空文庫を読む 更新のフィード 書く人へ このサイトについて 決まりごと 扱うものについて 運営への連絡

書いて、読む。読みやすさを最優先に作っています。