塔上の奇術師

27話 三人のかえだま

6,281字 約13分 2017年2月15日 公開

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 小林少年と五人の刑事がはいっていった地下室は、まっ暗な廊下のようなところでした。懐中電灯で照らしてみますと、床も、壁も、天井も、赤れんがで、ところどころに、こけがはえていました。よほどふるい地下室です。

 六人が、そこを、おくのほうへ歩いていきますと、いきなり、

「ワハハハハハ……。」

と高笑いの声が、ひびいてきました。

 懐中電灯の光を、そのほうへむけますと、廊下のつきあたりのドアがひらいて、そこに、ふしぎな怪物が、立ちはだかっているではありませんか。

 ぴったり身についた黒いシャツとズボン、ふわふわした黒いマント、きつねの目のように、つりあがった黒めがね、頭には、ふわふわした毛がみだれて、そのあいだから、二本の角が、ニュウッとつきだしているのです。

「アッ、こうもり男だッ。」

 小林君には、ひと目で、それがわかりました。この事件の最初に、時計塔の屋根のてっぺんや、淡谷スミ子ちゃんのおうちにあらわれた、あのぶきみなこうもり男です。

「あいつ、四十面相の変装です。つかまえてください。」

 小林君のことばに、五人の刑事は、こうもり男めがけて、とびついていきました。

 すると、ふしぎなことに、こうもり男は、なんのてむかいもせず、つかまえられてしまったのです。

「ワハハハハ……、おれは四十面相じゃないよ。四十面相には、いつでも、かえだまがあるんだ。いつかは、おかしら自身が、こうもり男に化けたこともあるが、きょうはそうじゃない。おれはかえだまだよ。ざまあみろ。ワハハハハハ……。」

 こうもり男は、そういって、さもおかしそうに笑うのでした。

「ともかく、逃げださないように、しばっておこう。」

 刑事たちは、こうもり男をとりかこんで、手と足を、ぐるぐるまきにしばりあげて、そこへころがしました。

 そして、また奥のほうへ進んでいきますと、むこうのドアが、スウッとひらいて、

「エヘヘヘヘヘ……。」

と、いやな笑い声が聞こえてきました。

 小林少年の万年筆型の懐中電灯のほかに、ふたりの刑事の大型懐中電灯が、そのほうを照らしました。

 そこに立っているのは、赤い道化師でした。時計塔のてっぺんで、こまのようにぐるぐるまわっていた、あの道化師、林の中で淡谷スミ子ちゃんをさらっていった、あの赤い道化師です。

「きさま、四十面相だなッ。」

 刑事のひとりが、どなりつけました。

「エヘヘヘヘヘ……、ちがうよ。おらあ、ただの道化師さ。いつかは、おかしらが、おれとおんなじすがたに化けたこともあるが、きょうはちがうよ。おらあ、おかしらのかえだまさ、エヘヘヘヘヘヘ……。」

 道化師はそういって、ふらふらと、あやつり人形がおどるようなかっこうをしました。

 この道化師も、刑事たちのためにしばりあげられ、逃げられないようにして、そこへころがされました。

 そして、小林少年と刑事たちは、また、奥のほうへ進んでいきましたが、そのつぎの部屋にはいると、またしても、

「イヒヒヒヒヒ……。」

という、ものすごい笑い声がひびいてきました。

 そして、天井から、サアッと白いものが落ちてきたかと思うと、部屋のまん中に、ふわふわとただよいながら、

「イヒヒヒヒヒ……。」

と笑いつづけるのです。

 そいつは、白い幽霊でした。

「きさまッ、園田ヨシ子さんをさらっていったやつだな。さあ、ヨシ子さんをかえせ。ヨシ子さんを、ここへつれてこい。でないと、いたいめを見せるぞッ。」

 刑事がどなりました。

「ヨシ子をさらったのは、かしらだよ。おれは、おなじふうをしていても、かえだまなのさ。時計塔のてっぺんから、サアッと塀の外までとんでみせたりしたのは、おれのほうだが、ヨシ子をさらったのは、おれじゃないよ。イヒヒヒヒヒ……。」

「よしッ、こいつもしばってしまえ。」刑事たちはとびついていって頭からかぶっている白い布を、めくりとりました。

 すると、中から出てきたのは、セーターにフラノのズボンをはいた、二十五、六歳の青年でした。四十面相の部下にちがいありません。

 刑事たちは、この青年の手足も、ぐるぐるまきにしばって、そこへころがしました。

 これで、四十面相のかえだまが、三人そろったわけです。みんな塔上の奇術師でした。塔のてっぺんの避雷針の上で、こまのようにぐるぐるまわったり、こうもりのように、マントの羽根をはばたいたり、てっぺんからロープづたいに、サアッと地上へおりてみたり、塔上の機械室から、煙のように消えてみたり、いろいろの奇術を演じて、警察や、明智探偵や、少年探偵団を、からかったやつらです。

 しかし、いままでにしばりあげた三人の怪物は、みんな、かえだまだというのですから、ほんものの四十面相が、まだ、どこかにかくれているはずです。六人は、またもや、地下室の奥へと進んでいくのでした。

 ずいぶん広い地下室です。塔の地下へおりてから、ドアを三つもとおりすぎました。その一つ一つは、せまい部屋でしたが、それにしても、まだこのさきにドアがあるようですから、じつに奥ぶかい地下室といわなければなりません。

 その奥に見えているのは、大きなりっぱなドアでした。そのむこうには、なんだか広い部屋がありそうに思われます。

 小林君は、そのドアに近づくと、まるで、礼儀ただしい訪問者のように、こつこつと、ていねいにドアをノックしました。

「おはいりなさい。」

 ドアの中から、これもまた、ていねいな答えがひびいてきました。

 小林君はドアをひらいて、部屋の中にはいりました。五人の刑事も、それにつづきます。

 六人は、部屋の中を一目見たかと思うと、あまりのことに、「アッ。」といったまま、立ちすくんでしまいました。

 まるで、童話の世界へふみこんだような気持ちです。それとも夢を見ているのでしょうか。

 その広い部屋は、壁も天井も、テーブルも、いすも、みんな金色に光りかがやいているのです。

 天井からは、なん百という水晶の玉のついたシャンデリアがさがって、キラキラと美しく光っています。

 一方の壁には、りっぱなガラス戸だなが、ズラッとならび、その中に、彫像(ちょうぞう)だとか、ふるい西洋のつぼだとか、黄金のかざりのある西洋の(けん)だとか、りっぱな美術品がいっぱいおいてあります。

 宝石をちりばめた箱だとか、胸かざり、腕輪なども、たくさんならんでいます。なかでも、ひときわめだつのは、どこかの国の王冠でした。黄金の台に、無数の宝石をちりばめた、その王冠のみごとさ、小林君や刑事たちは、そのあまりの美しさに目もくらむ思いでした。

 読者のみなさん、この美しい部屋は、まえに、どこかで見たような気がするではありませんか。そうです。淡谷さんが、宝石ばこを持って、さらわれたスミ子ちゃんをつれもどしにいった、あの地下室です。黄金のいすやテーブルも、シャンデリアも、ガラスだなの中の王冠も、あの部屋にあったのと、まったくおなじです。

 しかし、あのとき淡谷さんは、時計塔とははんたいがわへ、半キロほどいった八幡神社の前で、四十面相の自動車に乗せられ、三十分も走ったところでおろされたのです。そんな遠方の地下室がいつのまに、時計やしきの下へうつってきたのでしょうか。小林君が、そんなことを考えていたときです。

「おう、小林君だね。うしろにいるのは、警視庁の刑事諸君だろう。よくきてくれた。さあ、ここへかけたまえ。」

 金ぴかの部屋の金ぴかのテーブルのむこうから、おちついた男の声がひびいてきました。

 見ると、テーブルのむこうの黄金のいすに、ひとりの男がこしかけていました。黒ビロードの服を着て、黒ビロードのベレー帽をかぶった、三十ぐらいのりっぱな男です。

「ぼく小林ですよ。この五人のかたは、中村警部の部下です。きみは、四十面相ですね。」

 小林君が、つかつかと前にすすんで、黒ビロード服の男をにらみつけました。

「そのとおり。四十面相だよ。きみたちは、よくここまで、こられたねえ。秘密の入口を見つけたのは、小林君だね。」

「そうですよ。ぼくはなにもかも知っているんです。」

「ほう、なにもかもね。たとえば……。」

 四十面相は、おちつきはらって、にこにこしながら聞きかえしました。

「たとえば、この地下室は、いつか淡谷庄二郎さんが、きみの自動車で、目かくしをして、つれられてきた、あの金ぴかの部屋とおなじ場所だということです。」

「ほう、そうかね。あのとき淡谷君は、三十分も自動車ではこばれたはずだよ。ところが、淡谷君のうちから、ここまでは、三百メートルぐらいしかないんだぜ。」

「それで、ごまかされたんです。自動車で三十分も走ってみせて、さも遠いところにあるように、見せかけたんです。ほんとうは、あの自動車は、どこかをぐるぐるまわって、またもとのところへ帰ってきたのでしょう。淡谷さんも、スミ子ちゃんも、目かくしをされていたので、それがわからなかったのです。その秘密が、いまやっとわかりました。あのとき、ぼくが自動車の下にさげておいたコールタールのかんを、きみが気づきさえしなければ、もっとはやく、この秘密がわかったんだけれど……。」

「ハハハハハ……、あのときはおもしろかったね。せっかくの、きみの名案が、おじゃんになってしまった。

 警察犬がきみをひっぱっていったのは、淡谷君自身のうちだったじゃないか。ハハハハハ……。」

「うん、あのときは、きみにやられちゃったよ。ハハハハ……。」

 小林少年も、負けないで、おかしそうに、笑ってみせました。怪人四十面相と、少年名探偵の対話は、なかなかみごとでした。小林君は、なおもしゃべりつづけました。

「いつか、園田丈吉君とヨシ子ちゃんが、スミ子ちゃんの泣き声が、地の底から聞こえてくるような気がして、地下室をさがしたことがあったのです。しかし、園田さんの地下室には、なにもあやしいことがなかった。この地下室と園田家の地下室とは、まったくべつものだからです。

 両方とも、園田さんの西洋館の下にあるんだけれども、こちらは秘密の地下室で、ふつうの地下室とは、ぜんぜんべつになっているのです。むかし、この時計やしきをたてた人が、そういう秘密なことがすきで、だれにもわからない地下室をつくっておいたのでしょう。

 それを、きみが発見して、秘密のかくれがにつかっていたのです。この部屋を、美しくかざりつけて、ぬすんだ美術品や宝石を集めたのです。

 時計塔の上に、こうもり男や道化師があらわれたのも、この地下室と、塔の五階の秘密の出入り口をつかったとすれば、なんでもないことです。

 ところが、園田さんが、この時計やしきを買って、住むようになったので、きみはこまってしまった。いままでのように、かってきままに、ふるまうことができなくなった。うっかりすると、秘密の地下室を、見やぶられてしまうかもしれないんだからね。

 それできみは、園田さんを、ここからおいだそうとして、白い幽霊を出したり、ヨシ子ちゃんをさらったりして、おどかしたのです。ね、そのとおりでしょう?」

「うん、そのとおりだ。さすがに小林君、よくさっしたね。ところで、きみたちは、おれをつかまえにきたんだろうね。だが、そうはいかないのだよ。おれはヨシ子という人じちをもっている。きみたちが、おれをつかまえようとすれば、ヨシ子の命がなくなるのだ。ハハハハハ……、きみたちは、それでも、おれをつかまえるというのかね。」

 四十面相は、そういって、ズボンのポケットから、金色のピストルをとりだしました。その部屋にふさわしい、きれいなピストルです。かれは、そのまま立ちあがって、つかつかと、部屋のすみへ歩いていきました。

 そこに、大きな洋服だんすがおいてあります。かれは、ピストルをかまえたまま、その扉を、サッとひらきました。

 中には四十面相の着がえの服がたくさんつってありましたが、そのうしろに、園田ヨシ子ちゃんが、さるぐつわをはめられて、手足をしばられて、うずくまっているはずでした。

 四十面相は、つってある洋服を、五つ六つはずしてしまって、そのうしろが見えるようにしました。

 すると、思いもよらぬことがおこったのです。

 四十面相は、「アッ。」と叫んで、たじたじと、あとずさりをしました。

 ごらんなさい、洋服だんすの中には、ヨシ子ちゃんではなくて、白いシャツとパンツの、かわいらしい少年が、つっ立っていたではありませんか。

「き、きみは、いったい、だれだッ?」

 四十面相が、あっけにとられて、たずねました。

「ぼく、少年探偵団の吉村菊雄(よしむらきくお)っていうんです。小林団長のしんせきの子です。」

 見ると、吉村少年は、少女のようなきれいな顔をしています。どうやら、おけしょうをしているようです。ひたいの上のほうは、おしろいがぬってないので、赤く見えます。かぶっていたかつらをぬいだのでしょう。

 吉村少年は、ヨシ子ちゃんとよくにた顔だちなので、ヨシ子ちゃんに化けて、ヨシ子ちゃんのベッドに寝ていたのです。四十面相は、かえだまとは、夢にも知らず、吉村少年をさらってきたのでした。

 読者諸君は、あのとき、灰色のシャツをきて、灰色の覆面をした、ひとりの少年を、中村警部が自分の自動車にのせて、帰っていったことを、おぼえているでしょう。あの灰色の少年が、じつはヨシ子ちゃんだったのです。ヨシ子ちゃんは、中村警部のうちへつれられていって、そこで、だいじにほごされているのです。

 そのとき、洋服だんすの中の吉村少年は、足もとに、ぬぎすててあったヨシ子ちゃんの服と、それから、少女のかつらをひろって、四十面相のほうへつきだして見せました。

「それじゃあ、きみがかつらをかぶって、ヨシ子の服をきて、化けていたんだなッ。」

 四十面相が、やっと、ことのしだいをさとって、くやしそうにいいました。

「ハハハハ……、きみは変装の名人のくせに、他人の変装は見やぶれないんだね。ハハハハ……。」

 小林少年に笑われても、四十面相は、かえすことばもありません。こわい顔をして、じっと吉村少年をにらみつけながら、

「だが、おれは、きみの手足を、しばっておいたはずだが……。」

と、ふしぎそうな顔をしています。

「ぼくね、(なわ)ぬけ術を知っているんだよ。手をうしろでしばられるときに、うまく両手をくんでいたんだよ。だから、すぐにぬけられるんだ。そして、手さえ自由になれば、足の縄がほどけるし、さるぐつわもとれるんだからね。」

 吉村少年は、洋服だんすの外へ出ながら、得意らしくいうのでした。

 そのとき、小林少年のうしろに立っていた五人の刑事のひとりが、パッと前に出たかと思うと、吉村少年をだくようにして、もとの場所へとびかえりました。

 吉村少年は、五人の刑事にとりまかれ、もう四十面相は、手だしができなくなってしまったのです。

「四十面相、きみも運のつきだッ、さあ、手錠をうけろッ。」

 四人の刑事が、サッとピストルをとりだして、ねらいをさだめました。そして、ひとりの刑事は手錠を持って、四十面相に近づいていくのです。

「ハハハハ……、おれにその手錠をはめるというのか。こいつは大笑いだ。ハハハハハ……、はめられるものなら、はめてみろッ。」

 四十面相は、そういいながら、ジリッ、ジリッと、あとずさりをして、一方の金色の壁に、ぴったり、せなかをつけました。

 そのとき、カタンと、みょうな音がしました。

 みんなが、ハッと息をのみました。

 四十面相のすがたが、パッと消えてしまったのです。まるで、忍術をつかったように、消えてしまったのです。

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