2話 双子の星(2)
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(天の川の西の岸に小さな小さな二つの青い星が見えます。あれはチュンセ童子とポウセ童子という双子のお星様でめいめい水精でできた小さなお宮に住んでいます。
二つのお宮はまっすぐに向い合っています。夜は二人ともきっとお宮に帰ってきちんと座ってそらの星めぐりの歌に合せて一晩銀笛を吹くのです。それがこの双子のお星様たちの役目でした。)
ある晩空の下の方が黒い雲で一杯に埋まり雲の下では雨がザアッザアッと降って居りました。それでも二人はいつものようにめいめいのお宮にきちんと座って向いあって笛を吹いていますと突然大きな乱暴ものの彗星がやって来て二人のお宮にフッフッと青白い光の霧をふきかけて云いました。
「おい、双子の青星。すこし旅に出て見ないか。今夜なんかそんなにしなくてもいいんだ。いくら難船の船乗りが星で方角を定めようたって雲で見えはしない。天文台の星の係りも今日は休みであくびをしてる。いつも星を見ているあの生意気な小学生も雨ですっかりへこたれてうちの中で絵なんか書いているんだ。お前たちが笛なんか吹かなくたって星はみんなくるくるまわるさ。どうだ。一寸旅へ出よう。あしたの晩方までにはここに連れて来てやるぜ。」
チュンセ童子が一寸笛をやめて云いました。
「それは曇った日は笛をやめてもいいと王様からお許しはあるとも。私らはただ面白くて吹いていたんだ。」
ポウセ童子も一寸笛をやめて云いました。
「けれども旅に出るなんてそんな事はお許しがないはずだ。雲がいつはれるかもわからないんだから。」
彗星が云いました。
「心配するなよ。王様がこの前俺にそう云ったぜ。いつか曇った晩あの双子を少し旅させてやって呉れってな。行こう。行こう。俺なんか面白いぞ。俺のあだ名は空の鯨と云うんだ。知ってるか。俺は鰯のようなヒョロヒョロの星やめだかのような黒い隕石はみんなパクパク呑んでしまうんだ。それから一番痛快なのはまっすぐに行ってそのまままっすぐに戻る位ひどくカーブを切って廻るときだ。まるで身体が壊れそうになってミシミシ云うんだ。光の骨までカチカチ云うぜ。」
ポウセ童子が云いました。
「チュンセさん。行きましょうか。王様がいいっておっしゃったそうですから。」
チュンセ童子が云いました。
「けれども王様がお許しになったなんて一体本当でしょうか。」
彗星が云いました。
「へん。偽なら俺の頭が裂けてしまうがいいさ。頭と胴と尾とばらばらになって海へ落ちて海鼠にでもなるだろうよ。偽なんか云うもんか。」
ポウセ童子が云いました。
「そんなら王様に誓えるかい。」
彗星はわけもなく云いました。
「うん、誓うとも。そら、王様ご照覧。ええ今日、王様のご命令で双子の青星は旅に出ます。ね。いいだろう。」
二人は一緒に云いました。
「うん。いい。そんなら行こう。」
そこで彗星がいやに真面目くさって云いました。
「それじゃ早く俺のしっぽにつかまれ。しっかりとつかまるんだ。さ。いいか。」
二人は彗星のしっぽにしっかりつかまりました。彗星は青白い光を一つフウとはいて云いました。
「さあ、発つぞ。ギイギイギイフウ。ギイギイフウ。」
実に彗星は空のくじらです。弱い星はあちこち逃げまわりました。もう大分来たのです。二人のお宮もはるかに遠く遠くなってしまい今は小さな青白い点にしか見えません。
チュンセ童子が申しました。
「もう余程来たな。天の川の落ち口はまだだろうか。」
すると彗星の態度がガラリと変ってしまいました。
「へん。天の川の落ち口よりお前らの落ち口を見ろ。それ一ぃ二の三。」
彗星は尾を強く二三遍動かしおまけにうしろをふり向いて青白い霧を烈しくかけて二人を吹き落してしまいました。
二人は青ぐろい虚空をまっしぐらに落ちました。
彗星は、
「あっはっは、あっはっは。さっきの誓いも何もかもみんな取り消しだ。ギイギイギイ、フウ。ギイギイフウ。」と云いながら向うへ走って行ってしまいました。二人は落ちながらしっかりお互の肱をつかみました。この双子のお星様はどこ迄でも一緒に落ちようとしたのです。
二人のからだが空気の中にはいってからは雷のように鳴り赤い火花がパチパチあがり見ていてさえめまいがする位でした。そして二人はまっ黒な雲の中を通り暗い波の咆えていた海の中に矢のように落ち込みました。
二人はずんずん沈みました。けれども不思議なことには水の中でも自由に息ができたのです。
海の底はやわらかな泥で大きな黒いものが寝ていたりもやもやの藻がゆれたりしました。
チュンセ童子が申しました。
「ポウセさん。ここは海の底でしょうね。もう僕たちは空に昇れません。これからどんな目に遭うでしょう。」
ポウセ童子が云いました。
「僕らは彗星に欺されたのです。彗星は王さまへさえ偽をついたのです。本当に憎いやつではありませんか。」
するとすぐ足もとで星の形で赤い光の小さなひとでが申しました。
「お前さんたちはどこの海の人たちですか。お前さんたちは青いひとでのしるしをつけていますね。」
ポウセ童子が云いました。
「私らはひとでではありません。星ですよ。」
するとひとでが怒って云いました。
「何だと。星だって。ひとではもとはみんな星さ。お前たちはそれじゃ今やっとここへ来たんだろう。何だ。それじゃ新米のひとでだ。ほやほやの悪党だ。悪いことをしてここへ来ながら星だなんて鼻にかけるのは海の底でははやらないさ。おいらだって空に居た時は第一等の軍人だぜ。」
ポウセ童子が悲しそうに上を見ました。
もう雨がやんで雲がすっかりなくなり海の水もまるで硝子のように静まってそらがはっきり見えます。天の川もそらの井戸も鷲の星や琴弾きの星やみんなはっきり見えます。小さく小さく二人のお宮も見えます。
「チュンセさん。すっかり空が見えます。私らのお宮も見えます。それだのに私らはとうとうひとでになってしまいました。」
「ポウセさん。もう仕方ありません。ここから空のみなさんにお別れしましょう。またおすがたは見えませんが王様におわびをしましょう。」
「王様さよなら。私共は今日からひとでになるのでございます。」
「王様さよなら。ばかな私共は彗星に欺されました。今日からはくらい海の底の泥を私共は這いまわります。」
「さよなら王様。又天上の皆さま。おさかえを祈ります。」
「さよならみな様。又すべての上の尊い王さま、いつまでもそうしておいで下さい。」
赤いひとでが沢山集って来て二人を囲んでがやがや云って居りました。
「こら着物をよこせ。」「こら。剣を出せ。」「税金を出せ。」「もっと小さくなれ。」「俺の靴をふけ。」
その時みんなの頭の上をまっ黒な大きな大きなものがゴーゴーゴーと哮えて通りかかりました。ひとではあわててみんなお辞儀をしました。黒いものは行き過ぎようとしてふと立ちどまってよく二人をすかして見て云いました。
「ははあ、新兵だな。まだお辞儀のしかたも習わないのだな。このくじら様を知らんのか。俺のあだなは海の彗星と云うんだ。知ってるか。俺は鰯のようなひょろひょろの魚やめだかの様なめくらの魚はみんなパクパク呑んでしまうんだ。それから一番痛快なのはまっすぐに行ってぐるっと円を描いてまっすぐにかえる位ゆっくりカーブを切るときだ。まるでからだの油がねとねとするぞ。さて、お前は天からの追放の書き付けを持って来たろうな。早く出せ。」
二人は顔を見合せました。チュンセ童子が
「僕らはそんなもの持たない。」と申しました。
すると鯨が怒って水を一つぐうっと口から吐きました。ひとではみんな顔色を変えてよろよろしましたが二人はこらえてしゃんと立っていました。
鯨が怖い顔をして云いました。
「書き付けを持たないのか。悪党め。ここに居るのはどんな悪いことを天上でして来たやつでも書き付けを持たなかったものはないぞ。貴様らは実にけしからん。さあ。呑んでしまうからそう思え。いいか。」鯨は口を大きくあけて身構えしました。ひとでや近所の魚は巻き添えを食っては大変だと泥の中にもぐり込んだり一もくさんに逃げたりしました。
その時向うから銀色の光がパッと射して小さな海蛇がやって来ます。くじらは非常に愕ろいたらしく急いで口を閉めました。
海蛇は不思議そうに二人の頭の上をじっと見て云いました。
「あなた方はどうしたのですか。悪いことをなさって天から落とされたお方ではないように思われますが。」
鯨が横から口を出しました。
「こいつらは追放の書き付けも持ってませんよ。」
海蛇が凄い目をして鯨をにらみつけて云いました。
「黙っておいで。生意気な。このお方がたをこいつらなんてお前がどうして云えるんだ。お前には善い事をしていた人の頭の上の後光が見えないのだ。悪い事をしたものなら頭の上に黒い影法師が口をあいているからすぐわかる。お星さま方。こちらへお出で下さい。王の所へご案内申しあげましょう。おい、ひとで。あかりをともせ。こら、くじら。あんまり暴れてはいかんぞ。」
くじらが頭をかいて平伏しました。
愕ろいた事には赤い光のひとでが幅のひろい二列にぞろっとならんで丁度街道のあかりのようです。
「さあ、参りましょう。」海蛇は白髪を振って恭々しく申しました。二人はそれに続いてひとでの間を通りました。まもなく蒼ぐろい水あかりの中に大きな白い城の門があってその扉がひとりでに開いて中から沢山の立派な海蛇が出て参りました。そして双子のお星さまだちは海蛇の王さまの前に導かれました。王様は白い長い髯の生えた老人でにこにこわらって云いました。
「あなた方はチュンセ童子にポウセ童子。よく存じて居ります。あなた方が前にあの空の蠍の悪い心を命がけでお直しになった話はここへも伝わって居ります。私はそれをこちらの小学校の読本にも入れさせました。さて今度はとんだ災難で定めしびっくりなさったでしょう。」
チュンセ童子が申しました。
「これはお語誠に恐れ入ります。私共はもう天上にも帰れませんしできます事ならこちらで何なりみなさまのお役に立ちたいと存じます。」
王が云いました。
「いやいや、そのご謙遜は恐れ入ります。早速竜巻に云いつけて天上にお送りいたしましょう。お帰りになりましたらあなたの王様に海蛇めが宜しく申し上げたと仰っしゃって下さい。」
ポウセ童子が悦んで申しました。
「それでは王様は私共の王様をご存じでいらっしゃいますか。」
王はあわてて椅子を下って申しました。
「いいえ、それどころではございません。王様はこの私の唯一人の王でございます。遠いむかしから私めの先生でございます。私はあのお方の愚かなしもべでございます。いや、まだおわかりになりますまい。けれどもやがておわかりでございましょう。それでは夜の明けないうちに竜巻にお伴致させます。これ、これ。支度はいいか。」
一疋のけらいの海蛇が
「はい、ご門の前にお待ちいたして居ります。」と答えました。
二人は丁寧に王にお辞儀をいたしました。
「それでは王様、ごきげんよろしゅう。いずれ改めて空からお礼を申しあげます。このお宮のいつまでも栄えますよう。」
王は立って云いました。
「あなた方もどうかますます立派にお光り下さいますよう。それではごきげんよろしゅう。」
けらいたちが一度に恭々しくお辞儀をしました。
童子たちは門の外に出ました。
竜巻が銀のとぐろを巻いてねています。
一人の海蛇が二人をその頭に載せました。
二人はその角に取りつきました。
その時赤い光のひとでが沢山出て来て叫びました。
「さよなら、どうか空の王様によろしく。私どももいつか許されますようおねがいいたします。」
二人は一緒に云いました。
「きっとそう申しあげます。やがて空でまたお目にかかりましょう。」
竜巻がそろりそろりと立ちあがりました。
「さよなら、さよなら。」
竜巻はもう頭をまっくろな海の上に出しました。と思うと急にバリバリバリッと烈しい音がして竜巻は水と一所に矢のように高く高くはせのぼりました。
まだ夜があけるのに余程間があります。天の川がずんずん近くなります。二人のお宮がもうはっきり見えます。
「一寸あれをご覧なさい。」と闇の中で竜巻が申しました。
見るとあの大きな青白い光りのほうきぼしはばらばらにわかれてしまって頭も尾も胴も別々にきちがいのような凄い声をあげガリガリ光ってまっ黒な海の中に落ちて行きます。
「あいつはなまこになりますよ。」と竜巻がしずかに云いました。
もう空の星めぐりの歌が聞えます。
そして童子たちはお宮につきました。
竜巻は二人をおろして
「さよなら、ごきげんよろしゅう」と云いながら風のように海に帰って行きました。
双子のお星さまはめいめいのお宮に昇りました。そしてきちんと座って見えない空の王様に申しました。
「私どもの不注意からしばらく役目を欠かしましてお申し訳けございません。それにもかかわらず今晩はおめぐみによりまして不思議に助かりました。海の王様が沢山の尊敬をお伝えして呉れと申されました。それから海の底のひとでがお慈悲をねがいました。又私どもから申しあげますがなまこももしできますならお許しを願いとう存じます。」
そして二人は銀笛をとりあげました。
東の空が黄金色になり、もう夜明けに間もありません。