半七捕物帳 43 柳原堤の女

1話 半七捕物帳 43 柳原堤の女(1)

7,652字 約15分 1999年12月3日 公開

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     一

 なにかの話から、神田の柳原の噂が出たときに、老人はこう語った。

「やなぎ原の(どて)が切りくずされたのは明治七、八年の頃だと思います。今でも柳原河岸の名は残っていて、神田川の岸には型ばかりの柳が植えてあるようですが、江戸時代には筋違橋(すじかいばし)から浅草橋までおよそ十町のあいだに高い堤が続いていて、それには大きい柳が植え付けてありましたから、春さきの眺めはなかなかよかったものです。柳原の柳はなくなる、向島の桜はだんだん影がうすくなる、文明開化の東京はどうも殺風景になり過ぎたようですね。いや、むかし者の愚痴ばかりでなく、これはまったくのことですよ。今のお若い方はおそらく御承知ないでしょうが、あの堤に清水山(しみずやま)という小さい岡のようなものがありました。場所は筋違橋と柳の森神社とのあいだで、神田川の方にむかった岡の裾に一つの洞穴(ほらあな)があって、その穴から絶えず清水をふき出すので、清水山という名が出来たのだそうです。それだけのことならば別に仔細はないのですが、むかしからの云いならわしで、この清水山にはいろいろの怪異(かいい)があって、迂濶にはいると禍いがあるということになっているので、長い堤のあいだでも、ここだけは誰も近寄るものがない。一体この堤の草は近所の大名屋敷や旗本屋敷で飼馬(かいば)の料に刈り取ることになっていまして、筋違から和泉橋(いずみばし)のあたりは市橋壱岐守(いきのかみ)と富田帯刀(たてわき)の屋敷の者が刈りに来ていたんですが、そのあいだには例の清水山があるので、どっちも恐れて鎌を入れない。つまり筋違橋と和泉橋と両方の端から刈り込んで来て、まん中の清水山だけを残しておくので、わずか三間か四間のところですけれども、それだけは上から下まで、いつも高い草が茫々と生いしげっていて、気のせいか何だか物すごいように見える。そこに一つの事件が出来(しゅったい)したんです」

 慶応初年の八月初めである。ここらで怪しい噂が立った。誰が云い出したのか知らないが、日がくれてから一人の女が、この柳原堤の清水山のあたりにあらわれるというのである。正面(まとも)にその女の顔をみた者もないが、どうも若い女であるらしい。旧暦のこの頃では夜はもう薄ら寒そうな白地の浴衣(ゆかた)をきて、手ぬぐいをかぶって、まぼろしのように姿をあらわすというだけのことで、その以上のことは何もわからないのであるが、場所が場所だけに、それだけの噂でも近所の女子供の弱い魂をおびやかすには十分であった。

「なに、夜鷹(よたか)だろう」

 気の強いものは笑っていた。柳原通りの筋違から和泉橋にむかった南側には、むかしは武家屋敷が続いていたのであるが、その後に取り払われて町屋(まちや)となった。しかもその多くは床店(とこみせ)のようなもので、それらは日が暮れると店をしまって帰るので、あとは俄かにさびしくなって、人家の灯のかげもまばらになる。そのさびしいのを付け目にして、かの夜鷹という一種の淫売婦があらわれて来る。かれは手ぬぐいに顔をつつんで、あたかも幽霊のように柳の下蔭にたたずんでいるのである。それを見なれているここらの人達が、清水山付近に立ち迷う怪しい女のかげを、おそらく例の夜鷹であろうと判断するのも無理はなかった。

 しかしそれがほんとうの夜鷹でないことは、夜鷹自身が其の女におびやかされたという事実によって証明された。本所(ほんじょう)の方から出て来るおたきという若い夜鷹は、ふた晩ほど其の女にすれ違ったが、なんとも云えない一種の物すごさを感じて、その以来は自分のかせぎ場所を()える事にしたというのである。その女は決して自分たちの仲間ではないと、おたきは云った。また飯田町辺のある旗本屋敷の中間(ちゅうげん)は一杯機嫌でそこを通りかかって、白い手ぬぐいをかぶった女にゆき逢ったので、これも例の夜鷹であろうと早合点して、もし姐さんと(からか)い半分に声をかけると、女はだまって行き過ぎようとしたので、あとを追いかけて又呼びながら、しつこくその袂を捉えようすると、女はやはり黙って振り返った。白い手ぬぐいの下からあらわれた女の顔は青い鬼であったので、酔っている中間はぎょっとした。さすがにその場で気絶するほどでもなかったが、小半町ばかり夢中で逃げ出して、道ばたの小石につまずいて倒れたまま暫くは起きることも出来なかった。かれはその晩から大熱を発して苦しんだ。

 こういう噂がそれからそれへと伝えられて、このごろ清水山のあたりにあらわれる女は夜鷹のたぐいではない、まったく何かの怪異に相違ないということになった。前にもいう通り、元来が一種の魔所のように恐れられている場所だけに、それが容易に諸人にも信じられて、近所の湯屋や髪結床では毎日その噂がくり返された。それに又いろいろの作り話も加わって、かの女は清水山の洞穴に年ひさしく棲む大蛇(だいじゃ)の精であるなどと、云いふらす者も出て来た。いや、大蛇ではない。堤に年ふる柳の精であるなどと、三十三間堂の浄瑠璃からでも思いついたようなことを、まざまざしく説明する者もあらわれて来た。

 こんにちと違って、江戸時代に妖怪の探索などということはなかった。その妖怪がよほど特別の禍いをなさない限りは、いっさい不問に付しておくのが習いで、そのころの江戸市中には化け物が出ると云い伝えられている場所はたくさんあった。現に牛込矢来下の酒井の屋敷の横手には(もみ)の大樹の並木があって、そこには種々の化け物が出る。化け物がみたければ矢来の樅並木へゆけと云われたくらいであるが、誰もそれを探索に行ったという話もきこえない。町奉行所でも人間の取締りはするが、化け物の取締りは自分たちの責任でないというのであろう、ただの一度も妖怪退治や妖怪探索に着手したことはないらしく、かれらの跋扈(ばっこ)跳梁(ちょうりょう)に任かしておいた形がある。したがって、今度の柳原一件に対しても、町奉行所では何ら取締りの方法を取ろうとはしなかったので、その噂は日ましに広がって行くばかりであった。

 神田岩井(ちょう)山卯(やまう)という材木屋の雇い人に喜平という若者があった。両国の野天講釈や祭文(さいもん)で聞きおぼえた宮本無三四(むさし)や岩見重太郎や、それらの武勇譚が彼の若い血を燃やして、清水山の妖怪探索を思い立たせた。しかし自分ひとりではさすがに不安でもあるので、喜平は自分の店へ出入りの銀蔵という木挽(こびき)の職人を味方にひき込もうとすると、銀蔵も年が若いので面白半分に同意した。二人の勇士は九月なかばの(くも)った日に、石町(こくちょう)の暮れ六ツの鐘を聞きながら、岩井町から遠くもない柳原堤へ出かけて行った。

「旗本屋敷の中間(ちゅうげん)は臆病だからよ。青鬼なんぞがあるものか。その女はきっと仮面(めん)をかぶっているんだぜ」と、銀蔵はあるきながら云った。

「そうかも知れねえ」と、喜平も笑った。

 これは誰でも考えそうなことで、現にその時もそんな説を唱える者もあったのである。しかしそれが中ごろから青い鬼ではなく実は青い蛇であったように伝えられて、それから大蛇の精などという噂も生み出されたのであった。そういうわけで、銀蔵は清水山の怪異が果たして真の妖怪であるや否やを疑っている一人であった。おなじように調子をあわせていながらも、喜平はあくまでもそれを一種の怪物であると信じていた。

 二人はめいめいに違った心持をいだいて、同じ目的地に到着した頃には、秋の日はすっかり暮れ切っていた。その怪しい女があらわれるという時刻は一定していないのである。ある者は宵の口に見たといい、ある者は夜ふけに出逢ったというのであるから、その探索に出向いて来た以上、どうでも宵から夜なかまでここらに見張っていなければならないので、二人は堤の下を(こん)よく往きつ戻りつして、かの女のあらわれて来るのを今か今かと待ちうけていた。

 宵を過ぎると、柳原の通りにも往来の人影はだんだん薄くなった。例の夜鷹の群れも妖怪のうわさに恐れて、この頃は和泉橋よりも東の堤寄りに巣を換えてしまったので、二人はからかっている相手もなかった。喜平ほどの熱心家でもない銀蔵はすこし退屈して来たところへ、五ツ(午後八時)を過ぎる頃から細かい雨がほろほろと落ちて来た。

「あ、降って来た。こりゃあいけねえ」と、銀蔵は空をあおいだ。

 この企ては今夜に限ったことでもない。近所のことであるから、あしたの晩また出直そうではないかと、かれは丁度幸いのように云い出した。

「なに、たいしたこともあるまい。折角出かけて来たもんだから、もう少し我慢してみようじゃあないか。強く降って来たら、駈け出して帰る(ぶん)のことだ」

 喜平は強情に主張するので、銀蔵は渋々ながら附き合っていると、雨はさのみ強く降らないで、やがて大銀杏(おおいちょう)のこずえに月がぼんやりと顔を出した。

「それ見ねえ。すぐ止んだ」

「だが、いやに薄ら寒くなって来たな」と、銀蔵は肩をすくめた。「夜が()けると往来なかはやりきれねえ。そこらの軒下に行こうじゃねえか」

 ふたりは大通りを横切って、戸をおろしてある床店の暗い軒下にはいろうとすると、店と店とのあいだから一つの黒い影があらわれた。不意をくらって、ふたりは思わずためらっていると、その黒い影は静かに動き出した。それが()の女であるか、あるいは他人であるかと、喜平も銀蔵も息を殺してうかがっていた。

     二

 銀蔵は勿論、発頭人(ほっとうにん)の喜平とても、妖怪の正体を見とどけに出かけて来たものの、さてその妖怪に出逢ったらばどうするか。単にそのゆくえを突きとめるに(とど)めてて置くのか、あるいはその正体を見あらわす必要上、腕ずくでもそれを取り押えるつもりか、それらについては最初からきまった覚悟をもっているのではなかった。勿論、その妖怪と闘うような武器も用意して来なかったのである。かれらはやはりほんとうの岩見重太郎や宮本無三四ではなかった。それでも一種の好奇心に駆られて、ふたりは今ここに突然あらわれた黒い影のあとをそっと()けてゆくと、その影は往来のまん中でしばらく立ちどまった。

「白い浴衣(ゆかた)を着ていねえじゃねえか」と、銀蔵は小声でささやいた。

「そりゃあ九月だもの」と、喜平は云った。

「化け物なら時候によって着物を着換えやしめえ。こりゃあ違うだろう」と、銀蔵はまた云った。

「なにしろ、もうちっと正体を見とどけよう」

 ふたりは薄月のひかりを頼りに、その黒い影のいかに動くかをうかがっていると、それは頬かむりをしている男であるらしいので、銀蔵はまた失望した。

「おい、男だぜ」

「まあ、いいから黙っていろ」

 喜平は飽くまでも熱心にうかがっていると、その影は往来のまん中に立ちどまったかと思うと、又しずかに歩き出して、かの清水山の堤の裾に近寄った。それ見ろと、喜平は銀蔵にささやいて、(なお)もぬき足をしてそのあとを()けようとする時、突然にどこからか大きな手のようなものが現われて、ふたりの横っ面を眼がくらむほどに強く引っぱたいたので、あっと叫んで銀蔵は倒れた。喜平は顔をかかえて立ちすくんだ。やがて気がついて見まわすと、かの黒い影はどこへか消えていた。大きな手の持ち主は勿論わからなかった。

「畜生」と、ふたりは同時に(ののし)った。

 しかしこれで妖怪の正体は大抵わかったように思われた。黒い影は妖怪ではない。普通の人間であるらしい。なにかの秘密があって、その一人が清水山へ忍んで行くところを、喜平らが見つけてそのあとをつけたので、ほかの仲間がどこからか現われて来て、不意に彼らふたりを(なぐ)りつけたのであろう。こう考えて来ると喜平らは急に腹立たしくもなった。

「奴らはきっと泥つくだぜ」と、銀蔵は着物の泥をはたきながら云った。「さもなけりゃあ博奕(ばくち)打ちだ」

 清水山が魔所と恐れられているのを幸いに、一団の賊がそこを隠れ家にしているのか。あるいは博奕打ちの仲間がそこに入り込んで、ひそかに賭場を開いているのか。二つに一つであろうと彼らが判断したのも無理はなかった。

「そう判ったら構うことはねえ。押し掛けて行ってやろうじゃねえか」と、喜平はなぐられた頬を撫でながらいきまいた。

「むむ、だが、向うが大勢だと剣呑(けんのん)だぜ」

 銀蔵はまた二の足を踏んだ。かれらの仲間が二人いることは確かである。まだそのほかにも幾人かの仲間が潜んでいるかも知れない。そこへ自分たちふたりが空手(からて)でうかうかと踏み込むのは危険であるまいかと、かれは云った。それを聞いて、喜平もすこし不安になって来た。こうなると化け物よりも人間の方が却っておそろしくなる。泥坊にしろ、博奕打ちにしろ、相手が大勢で袋叩きにでもされるか、あるい後日(ごにち)の難儀を恐れて、その口をふさぐために息の根を止められるようなことが無いとも限らない。なぐられ損で忌々(いまいま)しいとは思いながらも、かれは銀蔵にうながされて、すごすごと此処を引き揚げることになった。

 店へ帰って、その晩は無事に寝たが、喜平はくやしくてならなかった。化け物ならば格別、どうも人間らしい奴の大きい手で、眼から火の出るほどに撲り付けられたことが忌々(いまいま)しくて堪まらなかった。かれは明くる日の午過ぎに、裏手の材木置場に出てゆくと、そこには切組みをしている五、六人の大工が食やすみの煙草を吸っていた。おなじ店の若い者や、河岸(かし)の荷あげの軽子(かるこ)なども四、五人打ちまじって、何か賑やかにしゃべっていた。喜平もその群れにはいって、ゆうべの失敗(しくじり)ばなしをはじめた。

「おらあくやしくってならなかったが、銀の奴が弱いもんだからとうとう詰まらなく引き揚げて来てしまった。なんとか意趣がえしのしようはあるめえかしら」

 大勢は好奇の眼をかがやかして、息もつかずにその話を聞きすましていたが、そのなかでも勝次郎という若い大工はそれに特別の興味をもったらしく、ひたいの鉢巻をしめ直しながら云った。

「おい、喜平さん。まったくそのままで済ませるのは詰まらねえ。今夜わたしが一緒に行こう」

「おまえが行ってくれるか」

「むむ、行こう。中途で引っ返して来ちゃあいけねえ。なんでも強情に正体を見とどけて来るんだ」

 新らしい味方をみつけ出して、喜平は新らしい勇気が出た。

「じゃあ。勝さん。ほんとうに行くかえ」

「きっと行くよ。嘘は云わねえ」

 その詞のまだ終らないうちに、二人のうしろに立てかけてあった大きい材木が不意にかれらの上に倒れて来た。それに頭を撃たれれば勿論、背中や腰を撃たれても定めて大怪我をするのであったが、さすがに商売であるだけに、喜平も勝次郎もあやういところで身をかわした。ほかの者もおどろいて一度に飛び退()いた。

「どうしてこの丸太が倒れたろう」

 人々は顔を見あわせた。しかもその材木が偶然かも知れないが、あたかも今夜ふたたび清水山へ探索にゆこうと相談している二人の上に倒れかかって来たということが、大勢の胸に云い知れない恐怖を感じさせた。今まで強がっていた勝次郎の顔は俄かに蒼くなった。喜平もしばらく黙っていた。

「さあ、そろそろ仕事に取りかかろうか」と、そのなかで一番年上の大工は煙管(きせる)をしまい始めた。

「喜平さんも勝公も、まあ、詰まらねえ相談は止した方がいいぜ」

 どの人もそれぎり黙って、めいめいの仕事にとりかかった。夕方に仕事をしまって大工たちがみな帰ったときに、勝次郎も消えるように姿を隠した。また出直して来るのかと、喜平はいつまでも待っていたが、勝次郎は夜のふけるまで姿をみせなかった。材木の倒れて来たのにおびやかされたか、または他の大工に意見されたか、それらのことで彼は俄かに変心したらしく思われた。あいつもやっぱり弱い奴だと、喜平はひそかに舌打ちしたが、さりとて自分もひとりで踏み出すほどの勇気はないので、その晩は残念ながらおとなしく寝てしまった。

 あくる日、仕事場で勝次郎に逢うと、かれは喜平にむかって頻りに違約の云い訳をしていた。家へ帰って夕飯を食って、それから出直して来ようと思っていると、あいにく相長屋に急病人が出来たので、その方にかかり合っていて、いつか夜が明けてしまったと、彼はきまり悪そうに説明していたが、喜平はそれを信用しなかった。

「そこで、お前は今夜も行くのかえ」と、勝次郎は()いた。

「いや、もう止そうよ。また丸太が倒れて来ると怖いからな」と、喜平は皮肉らしく云った。

 勝次郎は黙っていた。

 喜平はもう彼を見かぎっていた。一時の付け元気で一緒に行こうなどと云ったものの、かれは確かに中途で変心したに相違ない。そんな弱虫はこっちでも頼まないと、喜平は腹の底でかれの臆病をあざけり笑っていた。その日のひる過ぎにかの木挽の銀蔵が来たので、喜平はもう一度かれを道連れにしようと誘いかけてみたが、銀蔵もなんだかあいまいな返事をしているばかりで、いつの間にかふいと立ち去ってしまった。

 銀蔵といい、勝次郎といい、所詮(しょせん)自分の道連れにはなりそうもないので、喜平も一旦はあきらめたが、まだどうもほんとうに思い切れなかった。しかし自分ひとりで踏み込むのは何分にも不安であるのと、もう一つには、なにかの場合に自分ひとりの云うことでは他人(ひと)が信用してくれない(おそ)れがあるのとで、どうしても証人として誰かを連れてゆかねばならない。その味方を見つけ出すのに喜平は苦しんだ。

「誰かないかな」

 かれは強情にかんがえた末に、同町内の和泉という建具屋の若い職人を誘い出すことにした。職人は茂八といって、ことしの夏は根津神社の境内まで素人相撲をとりに行った男である。かれは喜平の相談をうけて、一も二もなく承知した。

「そういうことなら早くおれに相談してくれればいいのに……。実はおれもやってみようかと思っていたところだ」

 案外に話が早く纏まって、二人が柳原へ出かけたのは、最初の晩から四日目の暮れ六ツ過ぎであったが、このごろの日足(ひあし)はめっきり詰まったので、あたりはもう真っ暗な夜の景色になっていた。今夜は二人とも武器を用意して、茂八は商売用の小さい(のみ)をふところに呑んでいた。喜平も小刀をかくし持っていた。

 宵闇ではあったが、今夜の大空には無数の星がきらめいていた。その星あかりの下に、この頃はもう散りはじめた堤の柳が夜風に乱れなびいているのも、素袷(すあわせ)のふたりを肌寒くさせた。五ツ(午後八時)を過ぎ、四ツ(午後十時)を過ぎても、今夜はそこに何の不思議も見いださないので、かれらは少し退屈して来た。

「どうだい、いっそ山のなかへ這入ってみようか」と、茂八は云い出した。

「はいろうか」

 ふたりは思い切って、この暗い夜の清水山へ踏み込むことになった。もとより深い山ではないが、前にも云ったような事情で久しく鎌を入れたことがないので、ここには灌木や秋草が一面に生い茂って、闇の底から白い(すすき)の穂が浮き出したように揺らめいているのも、場所が場所だけになんとなく薄気味悪くも思われた。二人は着物の裾をからげて、用意の武器をとり出して、息を殺してその薄のなかを掻きわけて行くと、その響きにおどろかされたのか、忽ちがさがさという音がして、一匹の(けもの)のようなものが草の奥から飛び出して来たので、喜平も茂八もぎょっとして立ちすくんだ。

     三

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