共産主義者の犯罪

2話 共産主義者の犯罪(2)

2,325字 約5分 2022年6月14日 公開

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 小がらな坊さんのもう一つの特色は、頭の中がバラバラになつていて、いろんな矛盾に気がつかないことであつた。話の調子をごく公けのものから急にごく個人的なものに変えて平然としているのであつた。この場合も、十人もの一団に話しかけていたのに、急にたつた一人の相手に話しはじめたので、一座の大部分は煙に巻かれて目を見はつた……それは自分の話していることがわかるのは一人しかいないという事実にまつたく無関心だつたからである。

「先生、わしが罪深い人間についてあんなダラダラした形而学上の脱線をして、あなたを迷わせたとしたら、すみませんでした」ブラウンは言いわけするように医者に言つた。「もちろんあれは殺人とは何の関係もありませんでした。したが実はわしは、あの時はすつかり殺人を忘れていました。まつたく、何もかも忘れていました……ただウオダム教授の幻影だけは別でした……人間とは思えない大きな顔をして、石器時代の盲目の怪物のように花のあいだにうずくまつている幻影です。そしてわしは、多勢の中には石器時代の人間のようにかなり怪物みたいな人がいることもあると、考えていました……したがそれはみんな見当違いでした。内心に悪いところがあつても、それは外面で犯罪を実行することとはほとんど何の関係もありません。最悪の悪党は何の犯罪も実行しないものです。実際的な要点は、なぜあの実際的な悪党がこの犯罪を実行したかという問題です。なぜ会計係ベイカーはあの二人を殺したかつたのでしようかな? それだけがいまわしらにかかわりのあることです。その答は、わしが二度お尋ねした質問に対する答です。あの二人は、礼拝堂や実験室をさぐりまわつていたあいだは別として、大部分の時間をどこで過していたのでしようか? 会計係が自分で説明したところによると、あの二人は会計係と事務的な話をしていたのです。

「さて、死者に対するあらゆる敬意をはらいながらも、わしはかならずしもあの二人の財界人の知性の前には頭を下げません。あの人たちの経済や倫理についての意見は異教的で無情でした。平和についての意見はたわごとでした。ポートワインについての意見はいつそう嘆かわしいものでさえありました。したが一つだけあの人たちは知つていました……それは実務でした。そこで驚くほどの短時間で、この大学の基金を預かつている実務家が詐欺師だということを発見しました……あるいは詐欺師というより、無限の生存競争と適者生存の教義のほんとうの信者だとも言えましよう」

「では、あの二人が会計係の不正をあばこうとしたので、話の出ないうちに奴が殺したというわけですね」医者は顔をしかめながら言つた。「わたしにはこまかい点でのみこめないことがたくさんあります」

「わしにもたしかでないこまかいことがいくつかありますわい」と坊さんは率直に言つた。「どうもあの地下室のロウソクの一件は、百万長者の持つていたマッチを抜き取るか、あるいはたぶんあの二人がマッチを持つていないのをたしかめるかするためだつたように思います。したが、わしはあの大切な身振りには確信があります……ベイカーが自分のマッチをむとんちやくなクレイクンに投げてやつたときの快活でむとんちやくな態度……あの態度は殺人的な一撃でした」

「一つわたしにのみこめないことがあります」と警部が言つた。「クレイクンがあの時すぐに食卓の煙草に火をつけて思いがけない死体になる恐れがないということを、どうしてベイカーは知つていたのでしようか?」

 ブラウン神父の顔は相手を非難するように重苦しい表情になつていた……その声は悲しそうではあるがそれでも寛大な暖かさを感じさせた。

「いや、とんでもない……あの男はただの無神論者でした」とブラウンは言つた。

「どうもわたしにはおつしやることがわかりかねます」警部はていねいに言つた。

「あの男は神さまを廃止したかつただけでした」ブラウン神父はつつしみ深いおだやかな口調で説明した。「十戒を破壊して、自分を作つてくれたすべての宗教と文明を根こぎにし、所有権と正直の常識をすべて洗い落したかつただけです……そして自分の国も文化も地球のはてから来た野蛮人になぎ倒させてしまいたかつたのです。それだけがあの男の望みでした。あなた方はそれ以外には何一つ彼を責める権利がありません。ええくそ、だれにしても越えてはならん一線を知つていますわい! それなのにあなたはここへいらして平気でそんなことをおつしやる……古い世代のマンドビルの人間(クレイクンは、その意見がどうあろうと、古い世代の出身でしたからな)が、まだ一九〇八年度の学寮自慢のポートを飲んでいる最中に、煙草をふかしはじめたり、マッチをつけたりすることがあるでしようか――いやいや、人間は法律や物の限度をそれほどすつかりなくしてはいませんのじや! わしはその場にいたのじや! わしはクレイクンを見ていました……彼は葡萄酒を飲みおえていませんでした。それなのにあなたは、彼が煙草をすわなかつたのはなぜかと、お尋ねになる! これほど無政府主義的な質問がマンドビル学寮のアーチをゆるがしたことはいままでに一度もありませんでしたぞ……おかしな所じや、マンドビル学寮は。おかしな所じや、オクスフォードは。おかしな所じや、イギリスは」

「でもあなたは別にオクスフォードとは関係がないのでしよう?」医者が不思議そうにきいた。

「わしはイギリスと関係があります」とブラウン神父は言つた。「わしはイギリスの生れです。そしてとりわけ一番おかしいのは、たとえイギリスを愛しイギリスの国にいても、それでもこの国の正体は何が何やらわからないということです」

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