吉原新話

1話 吉原新話(1)

6,519字 約13分 2006年7月11日 公開

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       一

 表二階の次の六畳、階子段(はしごだん)(あが)り口、余り高くない天井で、電燈(でんき)(ひね)ってフッと消すと……居合わす十二三人が、皆影法師。

 (なか)(ちょう)水道尻(すいどうじり)に近い、蔦屋(つたや)という引手茶屋で。間も無く大引(おおび)けの鉄棒(かなぼう)が廻ろうという時分であった。

 (うるう)のあった年で、旧暦の月が(おく)れたせいか、陽気が不順か、梅雨の上りが長引いて、七月の末だというのに、畳も壁もじめじめする。

 もっともこの日、雲は(ぬぐ)って、むらむらと切れたが、しかしほんとうに(あが)ったのでは無いらしい。どうやら底にまだ雨気(あまき)がありそうで、悪く蒸す……生干(なまび)の足袋に火熨斗(ひのし)を当てて穿()くようで、不気味に暑い中に(ひや)りとする。

 気候はとにかく、八畳の表座敷へ、人数が十人の上であるから、縁の障子は通し四枚とも宵の内から明放したが、夜桜、仁和加(にわか)の時とは違う、分けて近頃のさびれ方。仲の町でもこの大一座は目に立つ処へ、浅間(あさま)端近(はしぢか)戸外(おもて)へ人立ちは、嬉しがらないのを知って、(うち)姉御(あねご)が気を着けて、(すだれ)という処を、幕にした。

 (ひさし)へ張って、浅葱(あさぎ)に紺の熨斗(のし)進上、朱鷺色(ときいろ)鹿()の子のふくろ字で、うめという名が一絞(ひとしぼり)(くれない)括紐(くくりひも)(たすき)か何ぞ、間に合わせに、ト風入れに掲げたのが、横に流れて、()縮緬(ちりめん)(なまめ)かしく、(おぼろ)(さっ)と紅梅の友染を(さば)いたような。

 この名は数年前、まだ(わか)くって見番の札を引いたが、(うち)抱妓(かかえ)で人に知られた、梅次というのに、何か(もよおし)のあった節、贔屓(ひいき)の贈った後幕(うしろまく)が、染返しの掻巻(かいまき)にもならないで、長持の底に残ったのを、間に合わせに用いたのである。

 端唄(はうた)の題に出されたのも、十年近く以前であるから。見たばかりで、野路(のじ)の樹とも垣根の枝とも、誰も気の着いたものはなかったが、初め座の定まった処へ、お才という内の姉御が、お茶(きこ)しめせ、と持って出て、梅干も候ぞ。

「いかがですか、甘露梅(かんろばい)。」

 と、今めかしく註を入れたは、年紀(とし)(わか)い、学生も(まじ)ったためで。

「お珍らしくもありませんが、もう古いんですよ、私のように。」

 と笑いながら、

「民さん、」

 と、当夜の幹事の附添いで居た、佐川民弥(たみや)という、ある雑誌の記者を、ちょいと見て、

「あの()なんか、手伝ったのがまだそのままなんです。召あがれ。」と済まして言う。

 様子を知った二三人が、ふとこれで気が着いた。そして、言合わせたように民弥を見た。

 もっとも、そうした年紀(とし)ではなし、今頃はもう左衛門で、女房の実の名も忘れているほどであるから、民弥は何の気も無さそうに、

「いや、御馳走(ごちそう)。」

 時に敷居の外の、その(なが)六畳の、成りたけ暗そうな壁の処へ、紅入友染(べにいりゆうぜん)の薄いお太鼓を押着(おッつ)けて、小さくなったが、顔の(あかる)い、眉の判然(はっきり)した、ふっくり結綿(ゆいわた)()角絞(つのしぼ)りで、柄も中形も大きいが、お三輪といって今年が(しち)、年よりはまだ仇気(あどけ)ない、このお才の娘分。吉野町(よしのちょう)辺の裁縫(おしごと)の師匠へ()くのが、今日は特別、平時(いつも)と違って、途中の金貸の軒に居る、馴染(なじみ)鸚鵡(おうむ)の前へも立たず……黙って奥山の活動写真へも()れないで、早めに帰って来て、紫の包も解かずに、……

「道理で雨が(あが)ったよ。」

 嬉々(いそいそ)客設けの手伝いした、その――

       二

 お三輪がちょうど、そうやって晴がましそうに茶を()いでいた処。――甘露梅の今のを聞くと、はッとしたらしく、顔を据えたが、()ねたという身で土瓶をトン。

(さあ)ちゃん。」

 と背後(うしろ)からお才を呼んで、前垂(まえだれ)の端はきりりとしながら、(つま)(なま)めく白い素足で、畳触(たたみざわ)りを、ちと荒く、ふいと座を()ったものである。

 待遇(あいしらい)に二つ三つ、続けて話掛けていたお才が、唐突(だしぬけ)に腰を折られて、

「あいよ。」

 で、軽く衣紋(えもん)(おさ)え、()せた膝で振り返ると、娘はもう、肩のあたりまで、階子段(はしごだん)に白地の中形を沈めていた。

「ちょっと、」……と手繰って言ったと思うと、結綿(ゆいわた)がもう階下(した)へ。

「何だい。」とお才は、いけぞんざい。階子段の欄干(てすり)から俯向(うつむ)けに(のぞ)いたが、そこから目薬は()せなそうで、急いで降りた。

「何だねえ。」

「才ちゃんや。」

 と段の下の六畳の、長火鉢の前に立ったまま、ぱっちりとした目許(めもと)と、可愛らしい口許で、引着けるようにして、

「何だじゃないわ。お気を着けなさいよ。梅次(ねえ)さんの事なんか言って、兄さんが(ほか)の方に(きまり)が悪いわ。」

「ううん。」と色気の無い(うなず)き方。

「そうだっけ。まあ、()いやね。」

()かない事よ……私は困っちまう。」

「何だねえ、高慢な。」

「高慢じゃないわ。そして、先生と云うものよ。」

「誰をさ。」

「皆さんをさ、先生とか、あの、貴方(あなた)とか、そうじゃなくって。誰方(どなた)も身分のある方なのよ。」

「そうかねえ。」

「そうかじゃありませんよ。才ちゃんてば。……それをさ、民さんだの、お()はんだのって……私は聞いていてはらはらするわ、お気を()けなさいなね。」

「ああ、そうだね、」

 と納得はしたものの、まだ(なん)だか、不心服らしい顔色(かおつき)で、

「だって()いやね、皆さんが、お(ばけ)の御連中なんだから。」

 習慣(ならわし)で調子が高い、ごく(ない)の話のつもりが、処々、どころでない。半ば以上は二階へ届く。

 一同くすくすと笑った。

 民弥は苦笑したのである。

 その時、梅次の名も聞えたので、いつの間にか、縁の幕の仮名の意味が、誰言うとなく自然(おのず)と通じて、投遣(なげや)りな投放(むすびばな)しに、中を結んだ、(べに)浅葱(あさぎ)の細い色さえ、床の間の(かご)に投込んだ、白い常夏(とこなつ)の花とともに、ものは言わぬが談話(はなし)の席へ、(ほのか)(おもかげ)に立っていた。

 が、電燈(でんき)を消すと、たちまち鼠色の濃い雲が、ばっと落ちて、(ひさし)から欄干(てすり)を掛けて、引包(ひッつつ)んだようになった。

 夜も更けたり、座の趣は変ったのである。

 かねて、こうした時の心を得て、壁際に一台、幾年にも、ついぞ使った事はあるまい、(つや)の無い、くすぶった燭台(しょくだい)の用意はしてあったが、わざと消したくらいで、蝋燭(ろうそく)にも及ぶまい、と(かた)だけも持出さず――所帯構わぬのが、衣紋竹(えもんだけ)の替りにして、夏羽織をふわりと掛けておいた人がある――そのままになっている。

 (あかり)無しで、どす暗い壁に附着(くッつ)いた(くだん)の形は、蝦蟆(がま)の口から吹出す(もや)が、むらむらとそこで蹲踞(うずくま)ったようで、居合わす人数の姿より、羽織の方が人らしい。そして、……どこを漏れて来る(ともしび)の加減やら、()(しま)(たもと)を透いて、蛍を一包(ひとつつみ)にしたほどの、薄ら(あお)い、ぶよぶよとした取留(とりとめ)の無い影が透く。

       三

 大方はそれが、張出し幕の縫目を漏れて(ぼう)と座敷へ映るのであろう……と思う。欄干下(らんかんした)(ひさし)と擦れ擦れな戸外(おもて)に、蒼白い瓦斯(がす)一基(ひともと)大門口(おおもんぐち)から仲の町にずらりと並んだ中の、一番末の街燈がある。

 時々光を、幅広く(ほとば)しらして、(かッ)と明るくなると、燭台(しょくだい)引掛(ひっか)けた羽織の袂が、すっと映る。そのかわり、じっと沈んで暗くなると、紺の縦縞が消々(きえぎえ)になる。

 座中は目で探って、やっと一人の膝、誰かの胸、別のまた(ほお)のあたり、片袖(かたそで)などが、風で吹溜(ふきたま)ったように、断々(きれぎれ)(ほのか)に見える。間を隔てたほどそれがかえって濃い、つい隣合ったのなどは、真暗(まっくら)でまるで姿が無い。

 ふと鼠色の長い影が、幕を斜違(はすっか)いに飜々(ひらひら)と伝わったり……円さ六尺余りの大きな頭が、ぬいと、天井に(かぶ)さりなどした。

「今、()ちなすったのは魯智深(ろちしん)さんだね。」

 と(ぬし)は分らず声を懸ける。

「いや、(わし)胡坐(あぐら)()いています、どっしりとな。」

 とわざと云う。……描ける花和尚(かおしょう)さながらの大入道、この人ばかりは太ッ腹の、あぶらぼてりで、宵からの大肌脱(おおはだぬぎ)。絶えずはたはたと鳴らす団扇(うちわ)づかい、ぐいと、抱えて抜かないばかり、柱に、えいとこさで凭懸(よりかか)る、と畳半畳だぶだぶと腰の周囲(まわり)に隠れる形体(ぎょうてい)。けれども有名な琴の師匠で、芸は嬉しい。紺地の素袍(すおう)に、烏帽子(えぼし)を着けて、十三(げん)端然(ちゃん)と直ると、松の姿に(かすみ)(かか)って、琴爪(ことづめ)の千鳥が()く。

「天井を御覧なさい、変なものが通ります。」

(いや)ですね。」と優しい声。

 当夜、二人ばかり婦人も見えた。

 これは、百物語をしたのである。――

 会をここで開いたのは、わざと引手茶屋を選んだ次第では無かった。

「ちっと変った処で、好事(ものずき)に過ぎると云う方もございましょう。何しろ片寄り過ぎますんで。しかし実は席を()めるのに困りました。

 何しろこの百物語……怪談の会に限って、半夜は中途で不可(いけ)ません。夜が更けるに従って……というのですから、御一味を下さる方も、かねて徹夜というお覚悟です。処で、宵から一晩の註文で、いや、随分方々へ当って見ました。

 料理屋じゃ、のっけから対手(あいて)にならず、待合申すまでも無い、辞退。席貸をと思いましたが、やっぱり夜一夜(よっぴて)じゃ引退(ひきさが)るんです。第一、人数が二十人近くで、夜明しと来ては、成程、ちょっとどこといって当りが着きません。こりゃ旅籠屋(はたごや)だ、と考えました。

 これなら大丈夫、と極めた事にすると、どういたして、まるで帳場で寄せつけません、無理もございますまい。旅籠屋は人の寝る処を、起きていて饒舌(しゃべ)ろうというんです。(はた)が御迷惑をなさる、とこの方を関所破りに扱います、困りました。

 寺方はちょっと聞くと()いようで、億劫(おっくう)ですし、教会へ持込めば叱られます。離れた処で寮なんぞ借りられない事もありませんが――この中にはその時も御一所で、様子を御存じの方もお見えになります、昨年の盆時分、向島の(ある)別荘で、一会催した事があるんです。

 飛んだ騒ぎで、その筋に御心配を掛けたんです。多人数一室へ閉籠(とじこも)って、徹夜で、密々(ひそひそ)と話をするのが、(しん)とした人通(ひとどおり)の無い、樹林(きばやし)の中じゃ、その(はず)でしょう。

 お引受け申して、こりや思懸けない、と相応に苦労をしました揚句(あげく)、まず……昔の懺悔(ざんげ)をしますような取詰め方で、ここを頼んだのでございます。

 言訳を申すじゃありませんが、以前だとて、さして馴染(なじみ)も無い(うち)が、快く承わってくれまして、どうやらお間に合わせます事が出来ました。

 ちと唐突(だしぬけ)に変った(あつら)えだもんですから、話の会だと言いますと、

(はあ、おはなの……)なんてな、此家(ここ)姉御(あねご)早合点(はやがってん)で……」

 と笑いながら幹事が最初挨拶(あいさつ)した、――それは、神田辺の沢岡という、雑貨店の好事(ものずき)な主人であった。

       四

 連中には新聞記者も(まじ)ったり、文学者、美術家、彫刻家、音楽家、――またそうした商人(あきんど)もあり、久しく美学を研究して、近頃欧洲から帰朝した、子爵(ししゃく)が一人。女性(にょしょう)というのも、世に聞えて、……(うち)のお三輪は、婦人何々などの雑誌で、写真も見れば、名も読んで知った方。

 で、こんな場所は、何の見物にも、つい足踏(あしぶみ)をした事の無いのが多い。が、その人たちも、誰も会場が吉原というのを(いと)わず、中にはかえって土地に興味(おもしろみ)を持って、到着帳に()いたのもある。

「吉野橋で電車を下りますまでは無事だったんですよ。」

 とそれについて婦人の一人、浜谷蘭子(はまやらんこ)が言出すと、可恐(おそろし)く気の早いのが居て、

「ええ、何か出ましたかな。」

「まさか、」

 と手巾(ハンケチ)をちょっと口に当てて、(まぶた)をほんのりと笑顔になって、

「お(ばけ)貴下(あなた)、わざわざ迎いに出はしませんよ。方角が分りませんもの。……交番がござんしたから、――伺いますが、水道尻はどう参りましょうかって聞いたんです。巡査(おまわり)さんが真面目(まじめ)な顔をして、

(水道はその四角(よつかど)の処にあります。)って丁寧に教えられて、困ったんです。」

「水を飲みたくって、それで尋ねたんだと思ったんでしょうよ。」とその(つれ)だったもう一人の、明座種子(あかざたねこ)が意気な姿で、そして膝に手をきちんとして言う。

「私もはじめてです。両側はそれでも()に描いたようですな。」と岩木という洋画家が応じた。

「御同然で、私はそれでも、首尾よく間違えずに来たですよ。北廓(ほっかく)だというから、何でも北へ北へと見当を着けるつもりで、宅から磁石を用意に及んだものです。」と云う堀子爵が、ぞんざいな浴衣がけの、ちょっきり結びの兵児帯(へこおび)(から)んだ黄金鎖(きんぐさり)には、磁石が着いていも何にもせぬ。

 花和尚がその諸膚脱(もろはだぬぎ)の脇の下を、自分の手で(くすぐ)るように、ぐいと()めて腹を(ゆす)った。

「そろそろ怪談になりますわ。」

 確か、その時分であった。壇の上口(あがりくち)気勢(けはい)がすると、(つぶ)しの島田が糶上(せりあが)ったように、欄干(てすり)隠れに、(わか)いのが(そっ)覗込(のぞきこ)んで、

「あら、可厭(いや)だ。」

 と一つ婀娜(あだ)な声を、きらりと銀の平打(ひらうち)に搦めて投込んだ、と思うが(はや)いが、ばたばたと階下(した)へ駆下りたが、

「嘘、居やしないわ。」と高い調子。

 二言、三言、続いて花やかに笑ったのが聞えた。駒下駄(こまげた)の音が三つ四つ。

「覚えていらっしゃいよ。」

「お(やかま)しゅう……」

 魯智深は、ずかずかと座を()って、のそりと欄干(てすり)に腹を持たせて、幕を透かして(とおり)瞰下(みおろ)し、

「やあ、鮮麗(あざやか)なり、おらが(ねえ)さん三人ござる。」

「君、君、その異形(いぎょう)なのを空中へ(あらわ)すと、可哀相(かわいそう)に目を廻すよ。」と言いながら、一人が、下からまた差覗(さしのぞ)いた。

(うち)の娘かね。」

 と子爵が()く。差向いに居た民弥が、

「いいえ。」

「何です。」

「やっぱり通り魔の(たぐい)でしょうな。」

「しかし、不意だからちょっと驚きましたよ。」とその洋画家が……ちょうど俯向(うつむ)いて巻莨(まきたばこ)をつけていた処、不意を(くら)った眼鏡が(きら)つく。

 当夜の幹事が苦笑いして、

「近所の若い()どもです……御存じの立旦形(たておやま)が一人、今夜来ます(はず)でしたが、急用で伊勢へ参って欠席しました。階下(した)で担いだんでしょう。(そっ)(のぞ)きに……」

「道理こそ。」

「(あら可厭(いや)だ)は(ひど)いな。」

       五

「おおおお、三人が手を(ひき)ッこで歩行(ある)いて()きます……仲の町も人通りが少いなあ、どうじゃろう、景気の悪い。ちらりほらりで軒行燈(のきあんどう)に影が映る、――海老屋(えびや)の表は真暗(まっくら)だ。

 ああ、揃って大時計の前へ立佇(たちどま)った……いや三階でちょっとお辞儀をするわ。薄暗い処へ朦朧(もうろう)と胸高な扱帯(しごき)か何かで、(さみ)しそうに(あらわ)れたのが、しょんぼりと空から瞰下(みお)ろしているらしい。」

 と円い腕を、欄干(てすり)(ひしゃ)げそうにのッしと()いて、魯智深の腹がたぶりと乗出す……

「どこだ、どれ、」

 と向返る子爵の頭へ、さそくに、ずずんと身を返したが、その割に気の軽さ。突然(いきなり)見越入道で、(おお)われ(かか)って、

「ももんがあ! はッはッはッ。」

「失礼、只今(ただいま)は、」

 と、お三輪が湯を()しに来合わせて、特に婦人客(おんなきゃく)背後(うしろ)へ来て、(きまり)の悪そうに手を()いた。

(さあ)ちゃんが、わけが分らなくって不可(いけ)ません、芸者(しゅ)なんか二階へ上げまして。」

 と(ことば)(きま)って含羞(はにか)んだ、(あか)手絡(てがら)のしおらしさ。一人の婦人が斜めに振向き、手に持ったのをそのままに、撫子(なでしこ)()す扇の影。

「いいえ。そして……ちとお遊びなさいませ。」

「はい、あの、後にどうぞ。」

 と嬉しそうに莞爾(にっこり)しながら、

「あの、明る過ぎましたら電燈(でんき)をお消し下さいましな、燭台(しょくだい)をそこへ出しておきました。」

 と幹事に言う。雑貨店主が、

難有(ありがと)う、よくお心の着きます事で。」

「あら、可厭(いや)だ。」……と蓮葉(はすは)になる。

「二ツ、」

 と一人高らかに(よば)わった。……芸者のと、(可厭だ)が二度目、という意味だけれども、娘には気が着かぬ。

「え?」

 民弥が(しずか)に振返って、

三輪(みい)ちゃんの年紀(とし)二十(はたち)かって?」

「あら、可厭だ。」

「三つ!」

「じゃ、三十かってさ。」と雑貨店主が莞爾(にっこり)する。

「知らないわ。」

「まあまあ、()いわ、お話しなさい。」と花和尚、この時、のさのさと座に戻る。

「お茶を入れかえて参ります。」

 と、もう階子(はしご)の口。ちょっと留まって、

「そして才ちゃんに、御馳走をさせましょうね。兄さん、(吃驚(びっくり)したように)……あの、先生。」

「心得たもんですな。」と洋画家が、煙草(たばこ)の濃い(けむり)の中で。

貴女方(あなたがた)御庇(おかげ)です……敬意を表して、よく小老実(こまめ)に働きますよ。」と民弥が婦人だちを見向いて云う。と二人が一所に、言合わせたように美しく莞爾(にっこり)して、

「どういたしまして。」

「いや、事実ですよ……家はこんなでも、裁縫(おはり)()先方(さき)に、また、それぞれ(とも)だちがありましてな、それ引手茶屋の娘でも、大分工合(ぐあい)が違って来ました。どうして滅多に客の世話なぞするのじゃありませんや。貴女がたの顔まで、ちゃんと心得ていて、先刻(さっき)も手前ちょっと階下(した)へ立違いますと、あちらが、浜谷さんで、こちらが、明座さんでしょう、なんてそう言います。

 (くるわ)がはじめてだってお言いなさったのを聞いたと見えて、御見物なさいませんか、お供をして、そこいら、御案内をしましょう、と手前にそう言っていましたっけ。」と団扇(うちわ)を構えて雑貨店主。

「そう、まあ……見て来ましょうか。」

「ねえ。」と顔を見合わせた。

 子爵が(かぶり)を振りながら、

「お()しなさい、お揃いじゃ、女郎(じょろ)口惜(くや)しがるでしょう、罪だ。」

       六

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