4話 雛妓(4)
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以前に、こういう段階があるものだから、今もわたくしは、雛妓が氷水でも飲み終えたら、何か身の上ばなしか相談でも切り出すのかと、心待ちに待っていた。しかし雛妓にはそんな様子もなくて、頻りに家の中を見廻して、くくみ笑いをしながら、
「洒落てるけど、案外小っちゃなお家ね」
と言って、天井の板の柾目を仰いだり、裏小路に向く欄干に手をかけて、直ぐ向い側の小学校の夏季休暇で生徒のいない窓を眺めたりした。
わたくしの家はまだこの時分は雌伏時代に属していた。嘗て魔界の一ときを経歴したあと、芝の白金でも、今里でも、隠逸の形を取った崖下であるとか一樹の蔭であるとかいう位置の家を選んだ。洞窟を出た人が急に陽の目に当るときは眼を害する惧れから、手で額上を覆っているという心理に似たものがあった。今ここの青山南町の家は、もはや、心理の上にその余翳は除けたようなものの、まだ住いを華やがす気持にはならなかった。
それと逸作は、この数年来、わたくしを後援し出した伯母と称する遠縁の婦人と共々、諸事を詰めて、わたくしの為めに外遊費を準備して呉れつつあった。この外遊ということに就ては、わたくしが嘗て魔界の一ときの中に於て、食も絶え、親しむ人も絶え、望みも絶えながら、匍い出し盛りの息子一郎を遊ばし兼ねて、神気朦朧とした中に、謡うように言った。
「今に巴里へ行って、マロニエの花を見ましょうねえ。シャンゼリゼーで馬車に乗りましょうねえ」
それは自分でさえ何の意味か判らないほど切ないまぎれの譫言のようなものであった。頑是ない息子は、それでも「あい、――あい」と聴いていた。
この話を後に聴いて、逸作は後悔の念と共に深く心に決したものがあるようであった。「おまえと息子には屹度、巴里を見せてやるぞ」と言った。恩怨の事柄は必ず報ゆる町奴風の昔気質の逸作が、こう思い立った以上、いつかそれが執り行われることは明かである。だが、すべてが一家三人珠数繋りでなければ何事にも興味が持てなくなっているわたくしたちの家の海外移動の準備は、金の事だけでも生やさしいものではなかった。それを逸作は油断なく而も事も無げに取計いつつあった。
「いつ行かれるか判らないけれど、ともかくそのための侘住居よ」
わたくしは雛妓に訳をざっと説明してから家の中を見廻して、「ですからここは借家よ」と言った。
すると雛妓は、
「あたしも、洋行に一緒に行き度い。ぜひよ。ねえ、奥さん。先生に頼んでよ」
と、両手でわたくしの袂を取って、懸命に左右へ振った。
この雛妓は、この前は真面目な嫁になって身の振り方をつけ度いことを望み、きょうはわたくしたちと一緒に外遊を望む。言うことが移り気で、その場限りの出来心に過ぎなく思えた。やっぱりお雛妓はお雛妓だけのものだ。もはや取るに足らない気がして、わたくしはただ笑っていた。しかし、こうして、一先ず関心を打切って、離れた目で眺める雛妓は、眼もあやに美しいものであった。
備後表の青畳の上である。水色ちりめんのごりごりした地へもって来て、中身の肉体を圧倒するほど沢瀉とかんぜ水が墨と代赭の二色で屈強に描かれている。そしてよく見ると、それ等の模様は描くというよりは、大小無数の疋田の鹿の子絞りで埋めてあるだけに、疋田の粒と粒とは、配し合い消し合い、衝ち合って、量感のヴァイヴレーションを起している。この夏の水草と、渦巻く流れとを自然以上に生々としたものに盛り上らせている。
あだかも、その空に飛ぶように見せて、銀地に墨くろぐろと四五ひきの蜻蛉が帯の模様によって所を得させられている。
滝の姿は見えねど、滝壺の裾の流れの一筋として白絹の帯上げの結び目は、水沫の如く奔騰して、そのみなかみの々の音を忍ばせ、そこに大小三つほどの水玉模様が撥ねて、物憎さを感ぜしむるほど気の利いた図案である。
こうは見て来るものの、しかし、この衣裳に覆われた雛妓の中身も決して衣裳に負けているものではなかった。わたくしは襟元から顔を見上げて行く。
永遠に人目に触れずしてかつ降り、かつ消えてはまた降り積む、あの北地の奥のしら雪のように、その白さには、その果敢なさの為めに却って弛めようもない究極の勁い張りがあった。つまんだ程の顎尖から、丸い顔の半へかけて、人をたばかって、人は寧ろそのたばかられることを歓ぶような、上質の蠱惑の影が控目にさし覗いている。澄していても何となく微笑の俤があるのは、豊かだがういういしい朱の唇が、やや上弦の月に傾いているせいでもあろうか。それは微笑であるが、しかし、微笑以前の微笑である。
鼻稜はやや顔面全体に対して負けていた。けれどもかかる小娘が今更に、女だてら、あの胸悪い権力や精力をこの人間の中心の目標物に於て象徴せずとも世は過ごして行けそうに思われる。雛妓のそれは愛くるしく親しみ深いものに見えた。
眼よ。西欧の詩人はこれを形容して星という。東亜の詩人は青蓮に譬える。一々の諱は汝の附くるに任せる。希くばその実を逸脱せざらんことを。わたくしの観る如くば、それは真夏の際の湖水である。二つが一々主峯の影を濃くひたして空もろ共に凝っている。けれども秋のように冷かではない。見よ、眄視、流目の間に艶やかな煙霞の気が長い睫毛を連ねて人に匂いかかることを。
眉へ来て、わたくしは、はたと息詰まる気がする。それは左右から迫り過ぎていて、その上、型を当てて描いたもののように濃く整い過ぎている。何となく薄命を想わせる眉であった。額も美しいが狭まっていた。
きょうは、髪の前をちょっとカールして、水髪のように捌いた洋髪に結っていた。
心なしか、わたくしが、父の通夜明けの春の宵に不忍の蓮中庵ではじめて会った雛妓かの子とは、殆ど見違えるほど身体にしなやかな肉の力が盛り上り、年頃近い本然の艶めきが、坐っているだけの物腰にも紛飾を透けて浸潤んでいる。わたくしは思う、これは商売女のいろ気ではない。雛妓はわたくしに会ってから、ふとした弾みで女の歎きを覚え、生の憂愁を味い出したのではあるまいか。女は憂いを持つことによってのみ真のいろ気が出る。雛妓はいま将に生娘の情に還りつつあるのではあるまいか。わたくしは、と見こう見して、ときどきは、その美しさに四辺を忘れ、青畳ごと、雛妓とわたくしはいつの時世いずくの果とも知らず、たった二人きりで揺蕩と漂い歩く気持をさせられていた。
雛妓ははじめ商売女の得意とも義務ともつかない、しらばくれた態度で姿かたちをわたくしの見検めるままに曝していたが、夏のたそがれ前の斜陽が小学校の板壁に当って、その屈折した光線が、この世のものならずフォーカスされて窓より入り、微妙な明るさに部屋中を充たした頃から、雛妓は何となく夢幻の浸蝕を感じたらしく、態度にもだんだん鯱張った意識を抜いて来て、持って生れた女の便りなさを現して来た。眼はうつろに斜め上方を見ながら謡うような小声で呟き出した。
「奥さまのかの子さーん」
わたくしは不思議とこれを唐突な呼声とも思わず、木霊のように答えた。
「お雛妓さんのかの子さーん」
二三度、呼び交わしたのち、雛妓とわたくしはだんだん声を幽めて行った。
「かの子さーん」
「かの子さーん」
そして、その声がわたくしの嘗て触れられなかった心の一本の線を震わすと、わたくしは思わず雛妓の両手を執った。雛妓も同じこころらしく執られた両手を固く握り返した。手を執り合ったまま、雛妓もわたくしも今は惜しむところなく涙を流した。
「かの子さーん」
「かの子さーん」
涙を拭い終って、息をたっぷり吐いてからわたくしは懐かし気に訊いた。
「あんたのお父さんはどうしてるの。お母さんはどうしているの。そしてきょうだいは」
すると雛妓は、胸を前へくたりと折って、袖をまさぐりながら、
「奥さま、それをどうぞ訊かないでね。どうせお雛妓なんかは、なったときから孤児なんですもの――」
わたくしは、この答えが殆ど逸作の若いときのそれと同じものであることに思い当り、うたた悵然とするだけであった。そしてどうしてわたくしには、こう孤独な寂しい人間ばかりが牽かれて来るのかと、おのれの変な魅力が呪わしくさえなった。
「いいですいいです。これからは、何でもあたしが教えたり便りになってあげますから、このうちもあんたの花嫁学校のようなつもりで暇ができたら、いつでもいらっしゃいよ」
すると雛妓は言った。
「あたくしね、正直のところは、死んでもいいから奥さまとご一緒に暮したいと思いますのよ」
わたくしは、今はこの雛妓がまことの娘のように思われて来た。わたくしはそれに対して、わたくしの実家の系譜によるわたくしの名前の由来を語り、それによればお互の名前には女丈夫の筋があることを話して力を籠めて言った。
「心を強くしてね。きっとわたくしたちは望み通りになれますよ」
日が陰って、そよ風が立って来た。隣の画室で逸作が昼寝から覚めた声が聞える。
「おい、一郎、起きろ。夕方になったぞ」
父の副室を居間にして、そこで昼寝していた一郎も起き上ったらしい。
二人は襖を開けて出て来て、雛妓を見て、好奇の眼を瞠った。雛妓は丁寧に挨拶した。
逸作が「いい人でも出来たので、その首尾を奥さんに頼みに来たのかい」なぞと揶揄っている間に、無遠慮に雛妓の身の周りを眺め歩いた一郎は、抛り出すように言った。
「けっ、こいつ、おかあさんを横に潰したような膨れた顔をしてやがら」
すると雛妓は、
「はい、はい、膨れた顔でもなんでもようございます。いまにお母さんにお願いして、坊っちゃんのお嫁さんにして頂くんですから」
この挨拶には流石に堅気の家の少年は一堪りもなく捻られ、少し顔を赭らめて、
「なんでい、こいつ――」
と言っただけで、あとはもじもじするだけになった。
雛妓は、それから長袖を帯の前に挟み、老婢に手伝って金盥の水や手拭を運んで来て、二階の架け出しの縁側で逸作と息子が顔を洗う間をまめまめしく世話を焼いた。それは再び商売女の雛妓に還ったように見えたけれども、わたくしは最早やかの女の心底を疑うようなことはしなかった。
暗くならないまえ、雛妓は、これから帰って急いでお風呂に行き、お夜食を済してお座敷のかかるのを待つのだと告げたので、逸作はなにがしかの祝儀包を与え、車を呼んで乗せてやった。
わたくしたちは、それから息子の部屋へデッサンの描きさしを見に行った。モデルに石膏の彫像を据えて息子は研究所の夏休みの間、自宅で美術学校の受験準備の実技の練習を継続しているのであった。電灯を捻ねって、
「ここのところは形が違ってら、こう直せよ」
逸作が消しパンで無雑作に画の線を消しにかかると、息子はその手に取り付いて、
「あ、あ、だめだよ、だめだよ、お父さんみたいにそう無闇に消しちゃ」
消させぬと言う、消すと言う。肉親の教師と生徒の間に他愛もない腕づくの教育が始まる。
わたくしはこれを世にも美しいものと眺めた。
それから、十日経っても二十日経っても雛妓は来ない。わたくしは雛妓が、商売女に相応しからぬ考えを起したのを抱え主に見破られでもして、わたくしの家との間を塞がれてでもいるのではないかと心配し始めた。わたくしは逸作に訴えるように言った。
「結局、あの娘を、ああいう社会へは永く置いとけませんね」
「というと」と逸作は問い返したが、すぐ彼のカンを働かして、
「思い切って、うちで落籍でもしちまおうと言うのか」
それから眼瞼を二つ三つうち合わして分別を纏めていたが、
「よかろう。俺がおまえに娘を一人生ませなかった詫だと思えば何んでもない。仕儀によったらそれをやろう」
逸作は、こういう桁外れの企てには興味さえ湧かす男であった。「外遊を一年も延ばしたらその位の金は生み出せる」
二人の腹はそう決めて、わたくしたちは蓮中庵へ行ってもう一度雛妓に会ってみることにした。そのまえ、念の為めかの女が教えて置いた抱え主の芸妓家へ電話をかけてみる用意を怠らなかった。すると、雛妓は病気だといって実家へ帰ったという。その実家を訊きただして手紙を出してみると、移転先不明の附箋が附いて返って来た。
しかし、わたくしは決して想いを絶たなかった。あれほど契った娘には、いつかどこかで必ず廻り合える気がして仕方がないのであった。わたくしは、その想いの糸を片手に持ちながら、父の死以来、わたくしの肩の荷にかかっている大役を如何なる方図によって進めるかの問題に頭を費していた。
若さと家霊の表現。この問題をわたくしはチュウインガムのように心の歯で噛み挟み、ぎちゃぎちゃ毎日噛み進めて行った。
わたくしを後援する伯母と呼ぶ遠縁の婦人は、歌も詠まないわたくしの一年以上の無為な歳月を、もどかしくも亦、解せなかった。これは早く外遊さして刺戟するに如かないと考えた。伯母は、取って置きの財資を貢ぎ出して、追い立てるようにわたくしの一家を海外に送ることにした。この事が新聞に発表された。
いくつかの送別の手紙の中に、見知らぬ女名前の手紙があった。展くと稚拙な文字でこう書いてあった。
奥さま。かの子は、もうかの子でなくなっています。違った名前の平凡な一本の芸妓になっています。今度、奥さまが晴れの洋行をなさるに就き、奥さまのあのときのお情けに対してわたくしは何をお礼にお餞別しようかと考えました。わたくしは、泣く泣くお雛妓のときのあの懐かしい名前を奥さまにお返し申し、それとお情けを受けた歳の十六の若さを奥さまに差上げて、幾久しく奥さまのお若くてお仕事遊ばすようお祈りいたします。ただ一つ永久のお訣れに、わたくしがあのとき呼び得なかった心からのお願いを今、呼ばして頂き度うございます。それでは呼ばせて頂きます。
おかあさま、おかあさま
むかしお雛妓の
かの子より
奥さまのかの子さまへ
わたくしは、これを読んで涙を流しながら、何か怒りに堪えないものがあった。わたくしは胸の中で叫んだ。「意気地なしの小娘。よし、おまえの若さは貰った。わたしはこれを使って、ついにおまえをわたしの娘にし得なかった人生の何物かに向って闘いを挑むだろう。おまえは分限に応じて平凡に生きよ」
わたくしはまた、いよいよ決心して歌よりも小説のスケールによって家霊を表現することを逸作に表白した。
逸作はしばらく考えていたが、
「誰だか言ったよ。日本橋の真ん中で、裸で大の字になる覚悟がなけりゃ小説は書けないと。おまえ、それでもいいか」
わたくしは、ぶるぶる震えながら、逸作に凭れて言った。
「そのとき、パパさえ傍にいて呉れれば」
逸作はわたくしの手を固く握り締めた。
「俺はいてやる。よし、やれ」
傍にこれを聴いていた息子は、
「こりゃ凄えぞ」
と囃した。