6話 死後のためのメモ
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死後のためのメモ?
死後とは、なにごとであろう。博士はすでに死を決していて、なにか遺言めいたものがここに誌されているのであろうか。僕の好奇心は、その頂点に達した。
僕は、いそいでページをくった。
ちょっと判読しがたいほどたいへん乱れた文字が書きつらねてあった。僕はそのページの表に、手提電燈をさしつけながら、むさぼるように読みだした。そこには、こんなことが書いてあった。
「死後のためのメモ。――火星の生物は、すでに地球人類にたいして、戦いを挑んでいるのだ。彼等の先遣部隊は、すでに地球に達しているのではあるまいか。ちかごろ花陵島付近の海底において頻々たる小地震が感じられるそうであるが、これこそ火星の先遣隊の乗物が到着して、地殻に衝突するときに発する震動ではあるまいか。由来火星の生物は、わが人類のごとく動物の進化したものとはちがい、高等植物系統の生物であるからして、残忍無比で、敵としては非常に警戒を要する。加うるに、火星の生物は、体躯が矮小で、知能は高く、強大なる原動力を支配し、すでに地球上の地形風俗文化さえも調査ずみであり、実に恐るべき生物である。しいて、弱気をあげるならば、火星の気圧は地球のそれに比べてはなはだ低いので、おそらく彼等の体躯の脆弱さは、とても地球上の生存に適しないであろう。これはあたかも、人間が数百貫の大石の下で、これを支え得ないのと同じようなものである。ただし火星の生物が、あらかじめそれに対抗するほどの耐圧構造物を用意し、その中にはいって到来すれば別の話になるが……」
僕は、あまりに大きい感動のため、ここでしばらくページから目をはなさないではいられなかった。なんという恐ろしい手記であろう。まさかと思っていた火星の生物が、もうすでにこの地球上に来ているのではあるまいかなどという手記にいたっては、戦慄以外のなにものでもない。本当に、火星の生物はこの地球上に来ているのかもしれない。花陵島付近の異常なる海底地震に注意せよということであるが、ひょっとすると火星の尖鋭部隊は、ロケットのようなものに乗ってどこかその辺の海底はもぐりこんでいるのではあるまいか。
博士の手記は、まだ続いていた。僕はその先を読もうと、ふたたびページのうえに目をおとした。そのときだった。小屋の入口に、どたどたと跫音が入りみだれて近づいた。がちゃがちゃと鍵をまわす音がする。さあたいへん、博士が帰ってきたらしい。
僕はびっくりして手帖を閉じた。扉の開く音がする。もうこれまでと思った僕は、手帖を例の鞄の中に入れるなり、鞄を小脇にかかえたまま、いそいで室外に出た。そしてまだ明けっぱなしの窓から、小屋の外にとびだしたのであった。
博士の部屋に、ぱっと明りがついた。
僕は、すばやく窓下によって、室内をうかがった。そこには轟博士とサチ子の二人の姿があった。サチ子はなぜここへ帰ってきたのであろうか。
そのときいったんついた明りが、また消えてしまった。
「あら、先生。なぜ明りをお消しになりますの」そういったのはサチ子の声だ。彼女の声は明らかに慄えをおびていた。
それに対して、博士らしい声音で、何かいうのが聞えたが、いやに皺枯れた声で、何をいっているのか言葉の意味が一向に聞きとれなかった。
そのうちに、室内から絹を裂くような悲鳴が聞えた。
「あれえ、先生。な、なにをなさるんです」
それにつづいて、器物のこわれる音。はげしい格闘がはじまった。
僕はもう夢中だった。小屋の入口からとびこむと、博士の部屋にかけつけた。
「あれえ、人殺し。助けてえ、あれえ、大隅さん」
サチ子は魂切るような悲鳴をあげている。
僕は扉を蹴破った。そして電燈のスイッチをひねった。室内はぱっと明るくなった。
「博士、恥をお知りなさい」サチ子を部屋の隅におしつけている博士の背中に、僕は力一ぱい叫んだ。
博士は、ぎょっとしてこちらを向いた。そして獣のように吠えた。
博士はサチ子を放してこっちへ向きなおった。同時に、花罎が僕の方へとんできた。ラジオ受信機がふってきた。大きなテーブルがぶーんととんできた。それがすむと、何十貫もあるモートルが木箱かなんぞのように楽々ととんできた。
僕はあっと叫んで体をかわした。めりめりとはげしい音がして、モートルが壁をぶちぬいた。おそろしい怪力である。これが六十老人の持つ腕力であろうかと僕は胆を潰した。