7話 〔MEMO〕
読み方を変える
宮の秘密主義は(私に対する)甚しすぎる。それで、わたしは小説もどうやら書けているのだけれども。
五月七日 日
宮の政治論文集を早く出しておこうと思う。
五月八日 月
光っちゃん、帰ることにして、岩上夫婦、土屋夫婦、永見母子をよぶ、仕事下ごしらえ。
五月九日 火
ちくまに、十二年の手紙を出すことにきめる。
仕事やっと着手。
五月十日 水
宮から島田へよった七日のハガキ来る、サカサにかいてある。『伸子・二つの庭』2,000 増刷の由、はじめ 4,000
五月十一日 木
72°、むし暑いことお話の外、寿、夕方六時、開成山から来る。午後地検から電話、去年十月『文芸春秋』に顕の書いた「網走の覚書」中、山県が名ヨキソンで告訴しているから、その説明をキキタイと。
五月十二日 金
72°、あつい。仕事前、宮へ手紙かく。
六月一日 木
都は、中ののビラもはらせない。街頭をさせない。
新日本文学会カンカン。
六月三日 土
居住、ビラ、選挙イハンだと云って八時半ごろから十二時までとめられた由。大亢奮。
青木、(クラ)早くかえった。
六月四日 日
参議員センキョ、首都建設委員会住民投票。中のだけかく。反対。原さんに電話、声をからしている。“あとにわたしの責任がのこります”
六月五日 月
晴、S、実際上の結婚した。
『新日本文学』の原稿、『十二年の手紙』の“はしがき”ちくまもこちらもいそぐ。
きょうの新聞、吉田、非合法化を考慮と声明。団体キセイ令でやるらしい。宮、八日ごろかえる由、東京にいるようになるかもしれぬ由。
六月六日 火
朝十時半ごろmmから電話、共産党中央委員の追放がマックから発表された由、十二時ニュース。新聞。パージとはうまいことを考えた。21日後有効。
六月八日 木
宮九州から帰京。
七月三日 月
午後一時ごろ、特審局より三人団体等規正令関係でキキタイことありと、m、午後四時かえる。
徳田ら、キヌ川温泉で会議した由。
七月四日 火
アメリカ陸上部隊、北朝鮮軍とぶつかる、大したことなし。日本は行政的に協力する、郵便その他をたすけて。これを国連加入の条件とする。宮、特審局へ午後二時に。
七月五日 水
ラジオニュース、“軍隊と物資とは依然として日本からケイゾク的に送られている”“空軍は 953 回出撃した”
m在宅。
七月七日 金
北京日報の放送、日本の現状について。多くの示唆がある、永続的なやりかたについての。
七月十二日 水
右翼多数派分派に対して、少数分派をつくるようになってはならないということ、やっと徹底した由。“どうもこの頃わたしの文学は源氏物語になって来た”
夕立模様
七月十三日 木
軒先から見えるところは曇っているが青桐の葉の間から見える東に青空がある。雨の音、宮、きょうは、雑誌片づけ。みっともないよ、と戸棚まで。自分仕事している。宮のそのこころを感じつつ。1932 に本を売ったことを思い出しつつ。
夕立模様。
十二月八日 金
上富士の土地がやっとうれた、24のうちから五分出した、K 10,000、寿 5,000、20,000 をいろいろに小わけ。30,000 を借金かえし(mの)
十二月二十七日 水
咲が帰って来て間もなく内玄関から上って来た人、インバネス、私服“マア”膝をついてしまった。あんちゃん、下宿であき巣にはいられトランクぬすまれた由、あとから寿も来る。
十二月二十八日 木
久しぶりでみんなでおそい朝食、コタツで話し、m外出。夕飯にかかる。