9話 〔手帳の終わりに〕
読み方を変える
一月七日 出席、統制委員会で、元旦のことについて。明日、統制委員会と政治局合同会議をやるときめる、そのとき、統制委員会としての意見をまとめて答えなかった。ワンと云われてそのままもつことにした。それについて宮自分でいや。
一月八日 野坂に対する「コミンフォルムの批判」各紙に出る、「徳田との勢力争いにピリオド。徳田はストライキやその他の事件に責任あるとみとめられている者だ」というのが、連合国の意見の由。いろいろ微妙重大である。
一月十八日、十九日、二十日 中委
二月┐ 宮九州
三月├ この間二十日ばかり宮九州に行っていたうちにいわゆる「分派」
四月┘ 二十八、二十九、三十、拡中二十九日で「分派」問題をまとめただけで「重大声明」でビュロクラティズム封サ。
五月四日 宮九州。
五月中旬以降アカハタの編輯(!)
六月四日 参議院センキョ。
六月五日 吉田の非合法化声明、オーストラリアの反 K. P. 法をまねする由、まず団体キセイ令をつかうらしい。(五月三〇日の人民ひろばの人民大会でプロボケーション八名つかまり軍事サイバン最高十年GHQで再ケントーして決定の由)
五日 СССР代表43名一どきに交たいした ワシントン「当惑の一語」のよし
六月三日 トルーマン、このさき五年は戦争ナシ、と。
六月六日 党中央委員政治局員公職追放発表
同 八日 宮、九州からかえる、アカハタ編輯部員追放、そのリストの中にはアカハタに関係のない人まで加っている、情報の性質がわかる。日本へ来るとすぐ行っていた。
六月二十七日まで、パージユーヨ期間。
六月二十五日 北鮮軍が38°線を越して南下(二十三日に南から入っている)
六月二十七日号の『指針』、N執筆。めちゃめちゃ。逆効果
六月二十七日 期限だが、徳田その他居所不明。
七月七、八、九日 北京日報の日本の現状放送。
北鮮軍は共産軍とよばれはじめて、ますます南下
七月十五日ごろ、いろいろ
花火があっちこっちであがっている、新聞に納涼踊の写真。徳田その他へタイホ状が出ることにきまった。
七月二十日「潜行□九氏」のマン画、左で暴力革命の発射準備。右で国際派弾圧、徳、の眺望鏡を出して見ている、オマワリのくつ、その前でまわれ右まわれ左している、
○七月二十五日『活動指針』九州地方委員会の「宮本、志賀、春日庄次郎の政治的責任を追究する」という文章をのせ、宮本は「分派の精神的支柱から今や分派そのものになった」由。
○中国地方委員会決定として、多数派分派の策動をバクロし、党の統一のために中央委員会の確立を要求している。
東京都委、区委。各地区細胞に宮本、志賀除名決定をおしつけて、賛成しない党員は除名、それを反対した細胞は解散とおどしつけている、中央区では決定した。
×本部細胞で、下からの決定を出させることに成功したから普及する。自己批判せよ、自己批判とは、特高的自白要求。意見はうけつけない。
七月二十八日 夕立、おいてある氷から湯気の立つのが見えている、せみの声、青桐の葉をうつ雨。「そんなところへ行くなんて! 何のしかけがあるかわからない」
スエ子が傘をとりに行った七階の気味わるさ、