清心庵

2話 清心庵(2)

4,965字 約10分 2009年4月19日 公開

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 女はまたあらためて、

「一体詮じ詰めた処が千ちゃん、御新造様と一所に居てどうしようというのだね。」

 さることはわれも知らず。

「別にどうってことはないんだ。」

「まあ。」

「別に、」

「まあさ、御飯をたいて。」

(つま)らないことを。」

「まあさ、御飯をたいて、食べて、それから、」

「話をしてるよ。」

「話をして、それから。」

「知らない。」

「まあ、それから。」

「寝っちまうさ。」

串戯(じょうだん)じゃあないよ。そしてお前様(まえさん)、いつまでそうしているつもりなの。」

「死ぬまで。」

「え、死ぬまで。もう大抵じゃあないのね。まあ、そんならそうとして、話は早い方が()いが、千ちゃん、お聞き。私だって何も彼家(あすこ)へは御譜代というわけじゃあなしさ、早い話が、お前さんの母様(おっかさん)とも私あ知合だったし、そりゃ内の旦那より、お前さんの方が私ゃまったくの所、可愛いよ。可いかね。

 ところでいくらお前さんが可愛い顔をしてるたって、情婦(いろ)(こしら)えたって、何もこの年紀(とし)をしてものの道理がさ、私がやっかむにも当らずか、打明けた所、お前さん、御新造様と出来たのかね。え、千ちゃん、出来たのならそのつもりさ。お(たのし)み! てなことで引退(ひきさが)ろうじゃあないか。不思議で(たま)らないから聞くんだが、どうだねえ、出来たわけかね。」

「何がさ。」

「何がじゃあないよ、お前さん出来たのなら出来たで可いじゃあないか、いっておしまいよ。」

「だって、出来たって分らないもの。」

「むむ、どうもこれじゃあ拵えようという(がら)じゃあないのね。いえね、何も忠義だてをするんじゃないが、御新造様があんまりだからツイ私だってむっとしたわね。(ゆき)がかりだもの、お前さん、この様子じゃあ(みんな)こりゃアノ()のせいだ。小児(こども)の癖にいきすぎな、いつのまにませたろう、取っつかまえてあやまらせてやろう。私ならぐうの()も出させやしないと、まあ、そう思ったもんだから、ちっとも言分は立たないし、(ばつ)も悪しで、あっちゃアお仲さんにまかしておいて、お前さんを探して来たんだがね。

 逢って見ると、どうして、やっぱり千ちゃんだ、だってこの様子で密通(まおとこ)も何もあったもんじゃあないやね。何だかちっとも分らないが、さて、内の御新造様と、お前様とはどうしたというのだね。」

 知らず、これをもまた何とかいわむ。

「摩耶さんは、何とおいいだったえ。」

「御新造さんは、なかよしの朋達(ともだち)だって。」

 かくてこそ。

「まったくそうなんだ。」

 (かれ)(がえん)する色あらざりき。

「だってさ、何だってまた、たかがなかの可いお朋達ぐらいで、お前様、五年ぶりで逢ったって、六年ぶりで逢ったって、顔を見ると気が遠くなって、気絶するなんて、人がありますか。千ちゃん、何だってそういうじゃアありませんか。御新造様のお話しでは、このあいだ尼寺でお前さんとお逢いなすった時、お前さんは気絶(ひきつけ)ッちまったというじゃアありませんか。それでさ、御新造様は、あの児がそんなに思ってくれるんだもの、どうして置いて()かれるものか、なんて(すき)なことをおっしやったがね、どうしたというのだね。」

 げにさることもありしよし、あとにてわれ摩耶に聞きて知りぬ。

「だって、何も自分じゃあ気がつかなかったんだから、どういうわけだか知りやしないよ。」

「知らないたって、どうもおかしいじゃアありませんか。」

「摩耶さんに聞くさ。」

「御新造様に聞きゃ、やっぱり千ちゃんにお聞き、とそうおっしゃるんだもの。何が何だか私たちにゃあちっとも訳がわかりやしない。」

 しかり、さることのくわしくは、世に尼君ならで知りたまわじ。

「お前、私達だって、口じゃあ分るようにいえないよ。(みんな)尼様(あまさん)が御存じだから、聞きたきゃあの方に聞くが可いんだ。」

「そらそら、その尼様だね、その尼様が全体分らないんだよ。

 名僧の、智識の、僧正の、何のッても、今時の御出家に、女でこそあれ、山の清心さんくらいの方はありやしない。

 もう八十にもなっておいでだのに、法華経二十八巻を立読(たてよみ)に遊ばして、お茶一ツあがらない御修行だと、他宗の人でも、何でも、あの尼様といやア拝むのさ。

 それにどうだろう。お互の(こころ)を通じあって、恋の橋渡(はしわたし)をおしじゃあないか。何の事はない、こりゃ万事人の悪い髪結(かみゆい)の役だあね。おまけにお前様、あの薄暗い尼寺を若いもの同士にあけ渡して、御機嫌よう、か何かで、ふいとどこかへ()げた日になって見りゃ、破戒無慙(はかいむざん)というのだね。乱暴じゃあないか。千ちゃん、尼さんだって七十八十まで行い(すま)していながら、お前さんのために、ありゃまあどうしたというのだろう。何か、千ちゃん(とこ)は尼さんのお(しゅう)筋でもあるのかい。そうでなきゃ分らないわ。どんな因縁だね。」

 と心()めて問う(さま)なり。尼君のためなれば、われ少しく語るべし。

「お前も知っておいでだね、母上(おっかさん)は身を投げてお亡くなんなすったのを。」

「ああ。」

「ありゃね、尼様が殺したんだ。」

「何ですと。」

 女は驚きて目を《みは》りぬ。

       六

「いいえ、手を懸けたというんじゃあない。私はまだ九歳(ここのつ)時分のことだから、どんなだか、くわしい訳は知らないけれど、母様(おっかさん)は、お前、何か心配なことがあって、それで世の中が嫌におなりで、くよくよしていらっしゃったんだが、名高い尼様(あまさん)だから、話をしたら、慰めて下さるだろうって、私の手を引いて、しかも、冬の事だね。

 ちらちら雪の降るなかを山へのぼって、尼寺をおたずねなすッて、()の中へ何だか書いたり、消したりなぞして、しんみり話をしておいでだったが、やがてね、二時間ばかり()ってお帰りだった。ちょうど晩方で、ぴゅうぴゅう風が吹いてたんだ。

 尼様が上框(あがりかまち)まで送って来て、分れて出ると、戸を閉めたの。少し行懸(ゆきかか)ると、内で、

(おお、(さむ)、寒。)と不作法な大きな声で、アノ尼様がいったのが聞えると、母様が立停(たちどま)って、なぜだか顔の色をおかえなすったのを、私は小児心(こどもごころ)にも覚えている。それから、しおしおとして山をお下りなすった時は、もうとっぷり暮れて、雪が……(みぞれ)になったろう。

 (ふもと)の川の橋へかかると、鼠色の水が一杯で、ひだをうって大蜿(おおうね)りに(うね)っちゃあ、どうどうッて聞えてさ。真黒(まっくろ)(すじ)のようになって、横ぶりにびしゃびしゃと頬辺(ほっぺた)を打っちゃあ霙が消えるんだ。一(やま)々々になってる柳の枯れたのが、渦を巻いて、それで(しん)として、あかり一ツ見えなかったんだ。母様が、

(尼になっても、やっぱり寒いんだもの。)

 と独言(ひとりごと)のようにおっしゃったが、それっきりどこかへいらっしゃったの。私は目が(くら)んじまって、ちっとも知らなかった。

 ええ! それで、もうそれっきりお顔が見られずじまい。年も月もうろ覚え。その癖、嫁入をおしの時はちゃんと知ってるけれど、はじめて逢い出した時は覚えちゃあいないが、何でも摩耶さんとはその年から知合ったんだとそう思う。

 私はね、母様がお亡くなんなすったって、それを承知は出来ないんだ。

 そりゃものも分ったし、お(なく)なんなすったことは知ってるが、どうしてもあきらめられない。

 何の(つま)らない、学校へ行ったって、人とつきあったって、母様が()きてお帰りじゃあなし、何にするものか。

 トそう思うほど、お顔が見たくッて、(たま)らないから、どうしましょうどうしましょう、どうかしておくれな。どうでもして下さいなッて、摩耶さんが嫁入をして、逢えなくなってからは、なおの事、行っちゃあ尼様(あまさん)強請(ねだ)ったんだ。私あ、だだを()ねたんだ。

 見ても、何でも分ったような、すべて承知をしているような、何でも出来るような、神通(じんずう)でもあるような、尼様だもの。どうにかしてくれないことはなかろうと思って、そのかわり、自分の思ってることは(みんな)(うち)あけて、いって、そうしちゃあ目を(ねむ)って尼様に暴れたんだね。

「そういうわけさ。」

 (ほか)に理窟もなんにもない。この間も、尼さまン(とこ)へ行って、例のをやってる時に、すっと入っておいでなのが、摩耶さんだった。

 私は何とも知らなかったけれど、気が着いたら、尼様が、頭を()でて、

(千坊や、これで()いのじゃ。米も塩も納屋にあるから、出してたべさしてもらわっしゃいよ。(わし)はちょっと町まで托鉢(たくはつ)に出懸けます。大人しくして留守をするのじゃぞ。)

 とそうおっしゃったきり、お前、草鞋(わらじ)穿()いてお出懸(でかけ)で、戻っておいでのようすもないもの。

 摩耶さんは一所に居ておくれだし、私はまた摩耶さんと一所に居りゃ、母様のこと、どうにか堪忍が出来るのだから、もう何もかもうっちゃっちまったんさ。

 お前、私にだって、理窟は分りやしない。摩耶さんも一所に居りゃ、何にも食べたくも何ともない、とそうおいいだもの。気が合ったんだから、なかがいいお朋達(ともだち)だろうよ。」

 かくいいし()にいろいろのことこそ思いたれ。胸痛くなりたれば俯向(うつむ)きぬ。女が(かたわら)に在るも予はうるさくなりたり。

「だから、もう(ほか)に何ともいいようは無いのだから、あれがああだから済まないの、義理だの、済まないじゃあないかなんて、もう聞いちゃあいけない。人とさ、ものをいってるのがうるさいから、それだから、こうしてるんだから、どうでも可いから、もう帰っておくれな。摩耶さんが帰るとおいいなら連れてお帰り。大方、お前たちがいうことはお()きじゃあるまいよ。」

 予はわが襟を()き合せぬ。さきより(つくば)いたる(かしら)次第に垂れて、芝生に片手つかんずまで、打沈みたりし女の、この時ようよう顔をばあげ、いま更にまた瞳を定めて、他のこと思いいる、わが顔、(みまも)るよと覚えしが、しめやかなるものいいしたり。

()うござんす。千ちゃん、私たちの心とは何かまるで変ってるようで、お言葉は()に落ちないけれど、さっきもあんなにゃア言ったものの、いまここへ、尼様がおいで遊ばせば、やっぱりつむりが下るんです。尼様は尊く思いますから、何でも分った仔細(しさい)があって、あの方の遊ばす事だ。まあ、あとでどうなろうと、世間の人がどうであろうと、こんな処はとても私たちの出る幕じゃあない。尼様のお計らいだ、どうにか(かた)のつくことでござんしょうと、そうまあねえ、千ちゃん、そう思って帰ります。

 何だか私もぼんやりしたようで、気が変になったようで、分らないけれど、どうもこうした御様子じゃあ、千ちゃん、お前様(まえさん)と、御新造様(ごしんぞさん)と一ツお床でおよったからって、別に仔細はないように、ま私は思います。見りゃお前様もお浮きでなし、あっちの事が気にかかりますから、それじゃあお分れといたしましょう。あのね、用があったら、そッと私ンとこまでおっしゃいよ。」

 とばかりに(かれ)は立ちあがりぬ。予が見送ると目を見合せ、

「小憎らしいねえ。」

 と小戻りして、顔を(ななめ)にすかしけるが、

「どれ、あのくらいな御新造様を迷わしたは、どんな顔だ、よく見よう。」

 といいかけて莞爾(にっこ)としつ。つと()く、むかいに跫音(あしおと)して、一行四人の人影見ゆ。すかせば空駕籠釣らせたり。渠等は空しく帰るにこそ。摩耶われを見棄てざりしと、いそいそと立ったりし、肩に手をかけ、下に()らせて、女は前に立塞(たちふさ)がりぬ。やがて近づく渠等の眼より、うたてきわれをば(かば)いしなりけり。

 熊笹のびて、(すすき)の穂、影さすばかり()いたれば、ここに人ありと知らざる(さま)にて、道を折れ、坂にかかり、松の葉のこぼるるあたり、目の下近く(よぎ)りゆく。女はその後を追いたりしを、忍びやかにぞ見たりける。駕籠のなかにものこそありけれ。(もうけ)蒲団(ふとん)敷重ねしに、摩耶はあらで、その藤色の小袖のみ(かおり)床しく乗せられたり。記念(かたみ)にとて送りけむ。家土産(いえづと)にしたるなるべし。その小袖の上に菊の枝置き添えつ。黒き人影あとさきに、駕籠ゆらゆらと釣持ちたる、可惜(あたら)その露をこぼさずや、大輪(おおりん)の菊の雪なすに、月の光照り添いて、山路に白くちらちらと、見る目(はるか)に下り()きぬ。

 見送り果てず引返して、()け戻りて枝折戸(しおりど)()りたる、庵のなかは暗かりき。

唯今(ただいま)!」

 と(いきおい)よく(かまち)に踏懸け呼びたるに、(いらえ)はなく、(きぬ)気勢(けはい)して、白き手をつき、肩のあたり、衣紋(えもん)のあたり、()のあたり、衝立(ついたて)の蔭に、つと立ちて、烏羽玉(うばたま)の髪のひまに、微笑(ほほえ)みむかえし摩耶が顔。(かけひ)の音して、(くさむら)に、虫鳴く一ツ聞えしが、われは思わず身の毛よだちぬ。

 この虫の声、筧の音、框に片足かけたる、その時、衝立の蔭に人見えたる、われはかつてかかる時、かかることに出会(いであ)いぬ。母上か、摩耶なりしか、われ覚えておらず。夢なりしか、知らず、(さき)の世のことなりけむ。

明治三十(一八九七)年七月

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