2話 清心庵(2)
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女はまたあらためて、
「一体詮じ詰めた処が千ちゃん、御新造様と一所に居てどうしようというのだね。」
さることはわれも知らず。
「別にどうってことはないんだ。」
「まあ。」
「別に、」
「まあさ、御飯をたいて。」
「詰らないことを。」
「まあさ、御飯をたいて、食べて、それから、」
「話をしてるよ。」
「話をして、それから。」
「知らない。」
「まあ、それから。」
「寝っちまうさ。」
「串戯じゃあないよ。そしてお前様、いつまでそうしているつもりなの。」
「死ぬまで。」
「え、死ぬまで。もう大抵じゃあないのね。まあ、そんならそうとして、話は早い方が可いが、千ちゃん、お聞き。私だって何も彼家へは御譜代というわけじゃあなしさ、早い話が、お前さんの母様とも私あ知合だったし、そりゃ内の旦那より、お前さんの方が私ゃまったくの所、可愛いよ。可いかね。
ところでいくらお前さんが可愛い顔をしてるたって、情婦を拵えたって、何もこの年紀をしてものの道理がさ、私がやっかむにも当らずか、打明けた所、お前さん、御新造様と出来たのかね。え、千ちゃん、出来たのならそのつもりさ。お楽み! てなことで引退ろうじゃあないか。不思議で堪らないから聞くんだが、どうだねえ、出来たわけかね。」
「何がさ。」
「何がじゃあないよ、お前さん出来たのなら出来たで可いじゃあないか、いっておしまいよ。」
「だって、出来たって分らないもの。」
「むむ、どうもこれじゃあ拵えようという柄じゃあないのね。いえね、何も忠義だてをするんじゃないが、御新造様があんまりだからツイ私だってむっとしたわね。行がかりだもの、お前さん、この様子じゃあ皆こりゃアノ児のせいだ。小児の癖にいきすぎな、いつのまにませたろう、取っつかまえてあやまらせてやろう。私ならぐうの音も出させやしないと、まあ、そう思ったもんだから、ちっとも言分は立たないし、跋も悪しで、あっちゃアお仲さんにまかしておいて、お前さんを探して来たんだがね。
逢って見ると、どうして、やっぱり千ちゃんだ、だってこの様子で密通も何もあったもんじゃあないやね。何だかちっとも分らないが、さて、内の御新造様と、お前様とはどうしたというのだね。」
知らず、これをもまた何とかいわむ。
「摩耶さんは、何とおいいだったえ。」
「御新造さんは、なかよしの朋達だって。」
かくてこそ。
「まったくそうなんだ。」
渠は肯する色あらざりき。
「だってさ、何だってまた、たかがなかの可いお朋達ぐらいで、お前様、五年ぶりで逢ったって、六年ぶりで逢ったって、顔を見ると気が遠くなって、気絶するなんて、人がありますか。千ちゃん、何だってそういうじゃアありませんか。御新造様のお話しでは、このあいだ尼寺でお前さんとお逢いなすった時、お前さんは気絶ッちまったというじゃアありませんか。それでさ、御新造様は、あの児がそんなに思ってくれるんだもの、どうして置いて行かれるものか、なんて好なことをおっしやったがね、どうしたというのだね。」
げにさることもありしよし、あとにてわれ摩耶に聞きて知りぬ。
「だって、何も自分じゃあ気がつかなかったんだから、どういうわけだか知りやしないよ。」
「知らないたって、どうもおかしいじゃアありませんか。」
「摩耶さんに聞くさ。」
「御新造様に聞きゃ、やっぱり千ちゃんにお聞き、とそうおっしゃるんだもの。何が何だか私たちにゃあちっとも訳がわかりやしない。」
しかり、さることのくわしくは、世に尼君ならで知りたまわじ。
「お前、私達だって、口じゃあ分るようにいえないよ。皆尼様が御存じだから、聞きたきゃあの方に聞くが可いんだ。」
「そらそら、その尼様だね、その尼様が全体分らないんだよ。
名僧の、智識の、僧正の、何のッても、今時の御出家に、女でこそあれ、山の清心さんくらいの方はありやしない。
もう八十にもなっておいでだのに、法華経二十八巻を立読に遊ばして、お茶一ツあがらない御修行だと、他宗の人でも、何でも、あの尼様といやア拝むのさ。
それにどうだろう。お互の情を通じあって、恋の橋渡をおしじゃあないか。何の事はない、こりゃ万事人の悪い髪結の役だあね。おまけにお前様、あの薄暗い尼寺を若いもの同士にあけ渡して、御機嫌よう、か何かで、ふいとどこかへ遁げた日になって見りゃ、破戒無慙というのだね。乱暴じゃあないか。千ちゃん、尼さんだって七十八十まで行い澄していながら、お前さんのために、ありゃまあどうしたというのだろう。何か、千ちゃん処は尼さんのお主筋でもあるのかい。そうでなきゃ分らないわ。どんな因縁だね。」
と心籠めて問う状なり。尼君のためなれば、われ少しく語るべし。
「お前も知っておいでだね、母上は身を投げてお亡くなんなすったのを。」
「ああ。」
「ありゃね、尼様が殺したんだ。」
「何ですと。」
女は驚きて目を《みは》りぬ。
六
「いいえ、手を懸けたというんじゃあない。私はまだ九歳時分のことだから、どんなだか、くわしい訳は知らないけれど、母様は、お前、何か心配なことがあって、それで世の中が嫌におなりで、くよくよしていらっしゃったんだが、名高い尼様だから、話をしたら、慰めて下さるだろうって、私の手を引いて、しかも、冬の事だね。
ちらちら雪の降るなかを山へのぼって、尼寺をおたずねなすッて、炉の中へ何だか書いたり、消したりなぞして、しんみり話をしておいでだったが、やがてね、二時間ばかり経ってお帰りだった。ちょうど晩方で、ぴゅうぴゅう風が吹いてたんだ。
尼様が上框まで送って来て、分れて出ると、戸を閉めたの。少し行懸ると、内で、
(おお、寒、寒。)と不作法な大きな声で、アノ尼様がいったのが聞えると、母様が立停って、なぜだか顔の色をおかえなすったのを、私は小児心にも覚えている。それから、しおしおとして山をお下りなすった時は、もうとっぷり暮れて、雪が……霙になったろう。
麓の川の橋へかかると、鼠色の水が一杯で、ひだをうって大蜿りに蜒っちゃあ、どうどうッて聞えてさ。真黒な線のようになって、横ぶりにびしゃびしゃと頬辺を打っちゃあ霙が消えるんだ。一山々々になってる柳の枯れたのが、渦を巻いて、それで森として、あかり一ツ見えなかったんだ。母様が、
(尼になっても、やっぱり寒いんだもの。)
と独言のようにおっしゃったが、それっきりどこかへいらっしゃったの。私は目が眩んじまって、ちっとも知らなかった。
ええ! それで、もうそれっきりお顔が見られずじまい。年も月もうろ覚え。その癖、嫁入をおしの時はちゃんと知ってるけれど、はじめて逢い出した時は覚えちゃあいないが、何でも摩耶さんとはその年から知合ったんだとそう思う。
私はね、母様がお亡くなんなすったって、それを承知は出来ないんだ。
そりゃものも分ったし、お亡なんなすったことは知ってるが、どうしてもあきらめられない。
何の詰らない、学校へ行ったって、人とつきあったって、母様が活きてお帰りじゃあなし、何にするものか。
トそう思うほど、お顔が見たくッて、堪らないから、どうしましょうどうしましょう、どうかしておくれな。どうでもして下さいなッて、摩耶さんが嫁入をして、逢えなくなってからは、なおの事、行っちゃあ尼様を強請ったんだ。私あ、だだを捏ねたんだ。
見ても、何でも分ったような、すべて承知をしているような、何でも出来るような、神通でもあるような、尼様だもの。どうにかしてくれないことはなかろうと思って、そのかわり、自分の思ってることは皆打あけて、いって、そうしちゃあ目を瞑って尼様に暴れたんだね。
「そういうわけさ。」
他に理窟もなんにもない。この間も、尼さまン処へ行って、例のをやってる時に、すっと入っておいでなのが、摩耶さんだった。
私は何とも知らなかったけれど、気が着いたら、尼様が、頭を撫でて、
(千坊や、これで可いのじゃ。米も塩も納屋にあるから、出してたべさしてもらわっしゃいよ。私はちょっと町まで托鉢に出懸けます。大人しくして留守をするのじゃぞ。)
とそうおっしゃったきり、お前、草鞋を穿いてお出懸で、戻っておいでのようすもないもの。
摩耶さんは一所に居ておくれだし、私はまた摩耶さんと一所に居りゃ、母様のこと、どうにか堪忍が出来るのだから、もう何もかもうっちゃっちまったんさ。
お前、私にだって、理窟は分りやしない。摩耶さんも一所に居りゃ、何にも食べたくも何ともない、とそうおいいだもの。気が合ったんだから、なかがいいお朋達だろうよ。」
かくいいし間にいろいろのことこそ思いたれ。胸痛くなりたれば俯向きぬ。女が傍に在るも予はうるさくなりたり。
「だから、もう他に何ともいいようは無いのだから、あれがああだから済まないの、義理だの、済まないじゃあないかなんて、もう聞いちゃあいけない。人とさ、ものをいってるのがうるさいから、それだから、こうしてるんだから、どうでも可いから、もう帰っておくれな。摩耶さんが帰るとおいいなら連れてお帰り。大方、お前たちがいうことはお肯きじゃあるまいよ。」
予はわが襟を掻き合せぬ。さきより踞いたる頭次第に垂れて、芝生に片手つかんずまで、打沈みたりし女の、この時ようよう顔をばあげ、いま更にまた瞳を定めて、他のこと思いいる、わが顔、瞻るよと覚えしが、しめやかなるものいいしたり。
「可うござんす。千ちゃん、私たちの心とは何かまるで変ってるようで、お言葉は腑に落ちないけれど、さっきもあんなにゃア言ったものの、いまここへ、尼様がおいで遊ばせば、やっぱりつむりが下るんです。尼様は尊く思いますから、何でも分った仔細があって、あの方の遊ばす事だ。まあ、あとでどうなろうと、世間の人がどうであろうと、こんな処はとても私たちの出る幕じゃあない。尼様のお計らいだ、どうにか形のつくことでござんしょうと、そうまあねえ、千ちゃん、そう思って帰ります。
何だか私もぼんやりしたようで、気が変になったようで、分らないけれど、どうもこうした御様子じゃあ、千ちゃん、お前様と、御新造様と一ツお床でおよったからって、別に仔細はないように、ま私は思います。見りゃお前様もお浮きでなし、あっちの事が気にかかりますから、それじゃあお分れといたしましょう。あのね、用があったら、そッと私ンとこまでおっしゃいよ。」
とばかりに渠は立ちあがりぬ。予が見送ると目を見合せ、
「小憎らしいねえ。」
と小戻りして、顔を斜にすかしけるが、
「どれ、あのくらいな御新造様を迷わしたは、どんな顔だ、よく見よう。」
といいかけて莞爾としつ。つと行く、むかいに跫音して、一行四人の人影見ゆ。すかせば空駕籠釣らせたり。渠等は空しく帰るにこそ。摩耶われを見棄てざりしと、いそいそと立ったりし、肩に手をかけ、下に居らせて、女は前に立塞がりぬ。やがて近づく渠等の眼より、うたてきわれをば庇いしなりけり。
熊笹のびて、薄の穂、影さすばかり生いたれば、ここに人ありと知らざる状にて、道を折れ、坂にかかり、松の葉のこぼるるあたり、目の下近く過りゆく。女はその後を追いたりしを、忍びやかにぞ見たりける。駕籠のなかにものこそありけれ。設の蒲団敷重ねしに、摩耶はあらで、その藤色の小袖のみ薫床しく乗せられたり。記念にとて送りけむ。家土産にしたるなるべし。その小袖の上に菊の枝置き添えつ。黒き人影あとさきに、駕籠ゆらゆらと釣持ちたる、可惜その露をこぼさずや、大輪の菊の雪なすに、月の光照り添いて、山路に白くちらちらと、見る目遥に下り行きぬ。
見送り果てず引返して、駈け戻りて枝折戸入りたる、庵のなかは暗かりき。
「唯今!」
と勢よく框に踏懸け呼びたるに、答はなく、衣の気勢して、白き手をつき、肩のあたり、衣紋のあたり、乳のあたり、衝立の蔭に、つと立ちて、烏羽玉の髪のひまに、微笑みむかえし摩耶が顔。筧の音して、叢に、虫鳴く一ツ聞えしが、われは思わず身の毛よだちぬ。
この虫の声、筧の音、框に片足かけたる、その時、衝立の蔭に人見えたる、われはかつてかかる時、かかることに出会いぬ。母上か、摩耶なりしか、われ覚えておらず。夢なりしか、知らず、前の世のことなりけむ。
明治三十(一八九七)年七月