15話 段階子 十五
読み方を変える
「失敬な奴ぢゃ、てッたような訳だわね、不都合だよ、いけすかない、何だ手前は、」ふらふらするのを踏こたえて、
「誰に断ったの、畜生、こっちへ来ないかい、打ってやるから、」と袖を飜して、手を挙げたが、そのまま立ってるさえ物憂げであった。
「誰が打たれに、……」
梓は俯向いて、犬の天窓をこれ見よがし。
「厭よ、厭よ、私は厭ですよ。そんなもの、打っちゃらかしておしまいなさいなねえ。」
「恐いな、どこかの姐さんが、打っちゃらかしておしまいなさいなねえッて言ってるよ。」
「焦れッたいねえ。」
梓は笑いながら犬の前足を取って伸すと、飼犬は口を開けて、目を光らして、わッ!
「悔しがってるじゃあないか、」と横顔を見せて振向いた。
「なぜそうですよ、言うことをお聞きなさいなね、ええ焦れったい、」
地蹈を踏んでも澄して取合ないので、
「悔しい。」
と横を向いて上口の壁を、構いつけず平手でどんどんどんと撲り付けて体を揉む。酔ってる処へ激しく動いたので、がっくり膝が抜けて崩折れようとして、わずかにこらへ、掻るように壁に手を縋って、顔を隠して吻という息を吐いた。
「どうしたんですよ、」
階子段を上り上り、主婦は物音を怪んで来たのである。
「おや、おや、」
「言句ばかり言ってるさ、構わないでおくが可い。なあに汝が先へ来たって何も仔細はなかろうじゃないか。」
「そのことなんですか、まあ、飛んだ難かしいこと、トン!」
わッと吠えて前足を立てた、トンは飼犬の名であろう。
「おいで、おいで。さあ、」
「可いよ、おかみさんこっちへ。」
「でもまた奥様がその何ですから、おほほほほ、」と主婦は三角の口を丸うして笑って控える。
「何を、詰らない。」
「はい、はい。」
膝に手を垂れ、腰を屈めて、戯に会釈すると、トンはよくその心を得て、前足を下して尻尾を落した。扁い犬の鼻と、主婦の低い鼻は、畳を隔てて真直に向い合った。
「おお、可し、可し。」二ツばかり頷いて、「それではお邪魔を致しましょうか。」
同時に、ど、ど、ど、ど、どんと床板を踏鳴して、
「厭! 厭よ、」と壁の中から唐突に声を出した。
主婦は驚いて退って、
「まあ、済みません、どうも。」
蝶吉は振乱すように壁に押着けた島田髷を揺ぶって、
「私、厭、厭よ。」
「泣いてるんだよ、おや、ま、どうしたッてこッたろう。驚きますねえ、」
と平手を二ツ乳の上へあて、目を《みは》って、
「しようのない嬰児ちゃんだよ。」