湯島詣

15話 段階子 十五

999字 約2分 2018年11月4日 公開

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「失敬な奴ぢゃ、てッたような訳だわね、不都合だよ、いけすかない、何だ手前は、」ふらふらするのを(ふみ)こたえて、

「誰に断ったの、畜生、こっちへ来ないかい、()ってやるから、」と袖を飜して、手を挙げたが、そのまま立ってるさえ物憂げであった。

「誰が打たれに、……」

 梓は俯向(うつむ)いて、犬の天窓(あたま)をこれ見よがし。

(いや)よ、厭よ、私は厭ですよ。そんなもの、打っちゃらかしておしまいなさいなねえ。」

(こわ)いな、どこかの(ねえ)さんが、打っちゃらかしておしまいなさいなねえッて言ってるよ。」

()れッたいねえ。」

 梓は笑いながら犬の前足を取って(のば)すと、飼犬は口を開けて、目を光らして、わッ!

「悔しがってるじゃあないか、」と横顔を見せて振向いた。

「なぜそうですよ、言うことをお聞きなさいなね、ええ焦れったい、」

 地蹈(じだんだ)を踏んでも(すま)して取合ないので、

「悔しい。」

 と横を向いて上口の壁を、構いつけず平手でどんどんどんと(なぐ)り付けて体を()む。酔ってる処へ激しく動いたので、がっくり膝が抜けて崩折(くずお)れようとして、わずかにこらへ、(かいむし)るように壁に手を(すが)って、顔を隠して(ほっ)という息を()いた。

「どうしたんですよ、」

 階子段を(あが)り上り、主婦(おかみ)は物音を(あやし)んで来たのである。

「おや、おや、」

言句(もんく)ばかり言ってるさ、構わないでおくが()い。なあに(おまえ)が先へ来たって何も仔細(しさい)はなかろうじゃないか。」

「そのことなんですか、まあ、飛んだ難かしいこと、トン!」

 わッと()えて前足を立てた、トンは飼犬の名であろう。

「おいで、おいで。さあ、」

「可いよ、おかみさんこっちへ。」

「でもまた奥様がその何ですから、おほほほほ、」と主婦(おかみ)は三角の口を丸うして笑って控える。

「何を、(つま)らない。」

「はい、はい。」

 膝に手を垂れ、腰を(かが)めて、(たわむれ)に会釈すると、トンはよくその心を得て、前足を下して尻尾を落した。(ひらた)い犬の鼻と、主婦(おかみ)の低い鼻は、畳を隔てて真直(まっすぐ)に向い合った。

「おお、()し、可し。」二ツばかり(うなず)いて、「それではお邪魔を致しましょうか。」

 同時に、ど、ど、ど、ど、どんと床板を踏鳴(ふみなら)して、

「厭! 厭よ、」と壁の中から唐突(だしぬけ)に声を出した。

 主婦(おかみ)は驚いて退(すさ)って、

「まあ、済みません、どうも。」

 蝶吉は振乱すように壁に押着(おッつ)けた島田髷(しまだ)(ゆす)ぶって、

(わたい)、厭、厭よ。」

「泣いてるんだよ、おや、ま、どうしたッてこッたろう。驚きますねえ、」

 と平手を二ツ()の上へあて、目を《みは》って、

「しようのない嬰児(あか)ちゃんだよ。」

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