28話 下かた 二十八
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さればぞ思い当る。一月ばかり前の夜、同じこの歌枕で会った時、蝶吉はそれとはなく、頻に子が一人欲しくはないかといったのを、気にも留めないで聞棄にしたが、松の鮨の毒口を、ここで聞正せば実際で、梓は思い懸けず、且つ驚き且つ呆れ、あわれにも情なくも思ったのである。
梓はかつて、蝶吉の仇気ない口から、汐干に行って、騒ぎ歩いて、水を飲んだ、海水は塩ッぱいということを、さも大なる学理を発見したごとくにいうのを聞かせられた。
子供の中悪戯をして叱られると、内を駈出して、近所の馬鹿囃子の中へ紛込んで、チャチャチャッチキチッチッと躍っていると、追駈けて来た者が分らないで黙って見遁しては帰ったが、私の顔は今でもおかめの面に肖ているかといって、尋ねられたこともある。
その気であるから、蝶吉がおもてを歩いて、生意気だと思う奴には突当ってやるというから、何を弱虫、先方が怒ったらどうするといって窘めれば、打たれそうになったら二十五座へ紛込んで、馬鹿囃子を躍ってよ、と真面目でいうのだから耐ない。まさかに今十九にもなって、そうとは信じもすまいけれども、口でいうような幼心は、今もなお残っている。堕胎をしたものは刑法の罪人だといえば、何の事かもとより分らず、お前巡査に捕って牢へ入れられなけりゃならないといえば、また二十五座へ遁込んで躍るというであろう、手のつけられたものではない。
さまでに世の中の事というものが分らない生立が、馴染むに従って知れれば知れるほど、梓は愛憐の情の深きを加えた。
さらぬだに蝶吉は恩人である。殊に懐旧の情に堪えざる湯島の記念がある上に、今はある者は死し、ある者は行方の知れない、もの心を覚えてから、可懐しい、恋しい、いとおしい、嬉しい情を支配された、従姉妹や姉に対するすべての思を、境遇の斉しい一個蝶吉の上に綜合して、その情の焦点を聚めているのであるから身にかえても不便でならぬ。
まして打明けた蝶吉の身の上を悉しく知ってからは、謂うべからざる同情の感に打たれたのである。
梓は何となくよく似た身の上だと思った。
蝶吉の母親は旧京都のしかるべき商賈の娘であったが、よくある、浄瑠璃の文句にある、親々の思いも寄らぬ夫定めで、言い交した土佐の浪人とまだ江戸である頃遁げて来た。二人で根岸に隠れている中、時世といい、活計を失って、仲之町の歌妓となった、且つ勤め、且つ夫に情を立てて、根岸に通っている内に、蝶吉は出来たので。
子持の母も芸で通り、馴染の座敷では小女が連れて来ると、背後を向いて、三味線を下に置いて、懐を開けて乳房を含ませるという境遇であったが、誕生を済して、蝶吉がようやく立って歩くようになると、根岸では、父が病の床に倒れたがまた起たなくなった。
越えて三歳になる時、母親は蠣殻町の贔屓客に、連児は承知の上落籍されて、浜町に妾宅を構えると、二年が間、蝶吉は、乳母日傘で、かあちゃん、かあちゃんと言えるようになった。