湯島詣

28話 下かた 二十八

1,216字 約2分 2018年11月4日 公開

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 さればぞ思い当る。一月ばかり前の()、同じこの歌枕で会った時、蝶吉はそれとはなく、(しきり)に子が一人欲しくはないかといったのを、気にも留めないで聞棄(ききずて)にしたが、松の(すし)の毒口を、ここで聞正せば実際で、梓は思い懸けず、且つ驚き且つ呆れ、あわれにも(なさけ)なくも思ったのである。

 梓はかつて、蝶吉の仇気(あどけ)ない口から、汐干(しおひ)に行って、騒ぎ歩いて、水を飲んだ、海水は(しょ)ッぱいということを、さも(おおい)なる学理を発見したごとくにいうのを聞かせられた。

 子供の(うち)悪戯(いたずら)をして叱られると、内を駈出(かけだ)して、近所の馬鹿囃子(ばやし)の中へ紛込んで、チャチャチャッチキチッチッと躍っていると、追駈(おっか)けて来た者が分らないで黙って見遁(みのが)しては帰ったが、(わたい)の顔は今でもおかめの面に()ているかといって、尋ねられたこともある。

 その気であるから、蝶吉がおもてを歩いて、生意気だと思う(やつ)には突当ってやるというから、何を弱虫、先方(さき)が怒ったらどうするといって(たしな)めれば、()たれそうになったら二十五座へ紛込んで、馬鹿囃子を躍ってよ、と真面目でいうのだから(たまら)ない。まさかに今十九にもなって、そうとは信じもすまいけれども、口でいうような幼心(おさなごころ)は、今もなお残っている。堕胎(だたい)をしたものは刑法の罪人だといえば、何の事かもとより分らず、お前巡査に(つかま)って(ろう)へ入れられなけりゃならないといえば、また二十五座へ遁込(にげこ)んで躍るというであろう、手のつけられたものではない。

 さまでに世の中の事というものが分らない生立(おいたち)が、馴染(なじ)むに従って知れれば知れるほど、梓は愛憐(あいれん)の情の深きを加えた。

 さらぬだに蝶吉は恩人である。殊に懐旧の情に堪えざる湯島の記念がある上に、今はある者は死し、ある者は行方の知れない、もの心を覚えてから、可懐(なつか)しい、恋しい、いとおしい、嬉しい情を支配された、従姉妹(いとこ)や姉に対するすべての(おもい)を、境遇の(ひと)しい一個蝶吉の上に綜合して、その情の焦点を(あつ)めているのであるから身にかえても不便(ふびん)でならぬ。

 まして打明けた蝶吉の身の上を(くわ)しく知ってからは、()うべからざる同情の感に打たれたのである。

 梓は何となくよく似た身の上だと思った。

 蝶吉の母親は(もと)京都のしかるべき商賈(しょうこ)の娘であったが、よくある、浄瑠璃(じょうるり)の文句にある、親々の思いも寄らぬ(つま)定めで、言い(かわ)した土佐の浪人とまだ江戸である頃遁げて来た。二人で根岸に隠れている(うち)時世(ときよ)といい、活計を失って、仲之町の歌妓(うたひめ)となった、且つ勤め、且つ夫に情を立てて、根岸に通っている内に、蝶吉は出来たので。

 子持の母も芸で通り、馴染(なじみ)の座敷では小女(こおんな)が連れて来ると、背後(うしろ)を向いて、三味線を下に置いて、懐を開けて乳房を含ませるという境遇であったが、誕生を(すま)して、蝶吉がようやく立って歩くようになると、根岸では、父が(やまい)の床に倒れたがまた()たなくなった。

 越えて三歳(みッつ)になる時、母親は蠣殻町(かきがらちょう)贔屓客(ひいききゃく)に、連児(つれこ)は承知の上落籍(ひか)されて、浜町に妾宅を構えると、二年が間、蝶吉は、乳母(おんば)日傘で、かあちゃん、かあちゃんと言えるようになった。

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