湯島詣

6話 紅茶会 六

1,190字 約2分 2018年11月4日 公開

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「だから神月、君自ら感情を制して、その美人と別れたら()かろう、」と柳沢は慎重に諭した。

「何、もう子爵家を去って、寺に下宿したら()いじゃあないか。僕はね、爵位と、君があの高慢な嚊々(かかあ)とを棄てたというので、すべての罪を償うて(あまり)あるもんだと思う。借金でも何でも()ッつけッちまえ。(しゃく)に障ったら片端(かたっぱし)から弾飛(はねとば)せ。一般の風潮で、日本に()れられなかったら、二人で海外に旅行するさ。それでも()けなけりゃ、天に登るこッた。美しい星が二つ出来るんです。天文学者には分らなくッても、情を解するものには、紫か、緑か、燦然(さんぜん)として衆星の中に異彩を放つのが明かに見出される。」といい放って、竜田はその若々しい、美しい顔を仰向(あおむ)けて、腕組をした、毛糸の茶色の襟巻は端がほろほろと解けた。

 その背を叩いて、

「江戸ッ()! 相変らず暢気(のんき)なものだな、本人の神月は、君よりよっぽど訳が分ってるよ。だから心配をするんじゃあないか。」と(おだやか)に云いながら柳沢は老実々々(まめまめ)しく、卓子(テイブル)の上に両方からつないで下げた電燈の火屋(ほや)結目(むすびめ)を解いたが、(うずたか)書籍(しょじゃく)を片手で掻退(かいの)けると、水指(みずさし)を取って、ひらりとその脊の高い体で、靴のまま卓子の上に(あが)って銅像のごとく突立(つッた)った。天井はそれよりも(はるか)に高いが、室は狭く、五人を入れて、卓子を真中(まんなか)に、本箱を四壁に(ふさ)いだ上に、戸の入口には下駄箱が(なら)んで、これに、穿物(はきもの)が脱いであるなり、衣服(きもの)は掛けてあり、外套(がいとう)(さが)ってる。(よけ)て通らなければ出られないので、学士はその卓子越の間道を選んだので、余り臨機(さそく)(はたらき)であったから、その心を解せず、三人は驚いて四方を囲んで、(ひと)しく高く仰ぎ見た。ために国史専修の学士も、しばらく岩見重太郎に別れなければならず余儀なくされた。

 柳沢は突立(つッた)ったまま、

「おい、ちょっと退()かないか。」

「何をする、」と哲学者は(あき)れ顔をしてほとんど問題を研究する時のように難しく眉を(ひそ)めた。

 事も無げに、

「紅茶を入替えよう、湯を取りに()くんだから、」

「こっちへ寄越(よこ)せ、僕が()こう、」と哲学者も()と立上る。

「そうか。」といいさま、柳沢はひらりと下りて、身軽に立直った、ぱたりと靴の音。

 電燈の球は卓子(テイブル)の上を()ったまま、朱を(そそ)いだように(さっ)(あか)くなって、ふッと消えたが、白く(あかる)くなったと思うと、(あお)い光を放つ!

「星を仰ぐこと、正に、」と竜田若吉は腰を落して(つむり)を卓子の下に入れ、顔を上げて、(すず)しい目を《みは》って、

「こういう風。」

 梓はその面羞気(おもはゆげ)な顔を照らされるのを(いと)うがごとく、椅子を放れて()背後(うしろ)退()いた。柳沢は長い足を素直に伸ばして、膝を膝に乗せて組違えると同時に仰向けに寝て一杯に(ひじ)を張って、両手で(うなじ)(いだ)きながら、じッと(くだん)の電燈を(みつ)めた。

 その時、国史専修の学士は、(しずか)に糸を取って、無心に繋合(つなぎあわ)せて、(あかり)を宙に(つる)したと思うと、(はかま)の下へ手を入れて、片手で赤本をおさえてみたが、そのまま腰を掛けて、また読みはじめる、岩見重太郎武勇伝。

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