2話 一坪館(2)
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三人組が芋を売りきって引きあげていったあと、源一は一坪の店をまもって、れんげ草とたんぽぽを一株でも売りたいと思い、がんばった。
だが、ついに一株も売れなくて、やがてさびしく日はかたむきだした。
一日中、焼けあとにほこりをあび、くさいにおいをかぎ、おなかをすかせ、三人組からは、悪口をあびせかけられ、向うの通りを行く人々からは相手にされないで、源一もすっかり元気をなくし、くたびれはてて焼けあとの焼け煙突のうえにあかあかと落ちてくる夕日が目にうつると、もうたまらなく、目からぽつりぽつりと大きな涙の粒が、焼け灰のうえに落ちるのだった。
「死んでしまおうか……」
源一は、唇をかみしめた。自分もなさけない。東京もなさけない。日本もなさけない。未来にたのしみも希望もみつからない。
そのときだった。源一の前にゲートルをまいた二本の足が停った。誰だろう。
「ほほう、これはおそれいった。れんげに、たんぽぽか」
がらがらとした大きな声が、源一の頭の上にひびいた。源一は、下を向いて泣いていたので、顔は涙によごれていた。その涙を、ひざの上に組んだ服の袖で、ごしごしとこすってから顔をあげた。
源一の前には、見るからに人のよさそうな男がつったっていた。その男は、年が若いのか、そうでないのか、よく分らなかったが、後で分ったところによると、まだ二十歳の青年だった。年がよく分らないのは、その男の顔が、南瓜に似ていて、そのうえに雀の巣をひっかきまわしたようなもじゃもじゃの髪の毛を夕風にふかせ、まるで畑から案山子がとびだしてきたような滑稽な顔かたちをしていたせいであろう。彼は、肩から画板と絵具箱とをつりさげ、そして右手には画架をたたんだものをひっさげていた。それを見れば、この男が画家であることが一目で分るはずであるが、源一はすぐにはそれに気がつかなかった。
「えらくしょげているね。ほ、目のまわりがまっ黒だ。そうか、泣いていたね。はははは、子供のくせにいくじがないぞ。いったいどうしたんだ」
それから話が始まって、犬山猫助というその画家は、源一の身の上からこの店をだして品物が一つも売れないまでのことを、すっかり聞いてくれた。
「そんならなにも、しょげることはないじゃないか。花を売ろうという考え方はいいんだから、もっとしんぼうして売れる日までがんばるんだね。しかし、もっと人目につくようにしなくちゃ、誰も知らないで通ってしまう。よろしい。僕が君のために画看板をかいてやろう」
そういって犬山猫助は画板をひらくと、その場ですらすらと、美しい花の画看板をかいてくれた。源一は、その画をうけとって、うれしそうに大にこにこ、礼をいうのも忘れていた。
命名
源一は、画家犬山猫助がかいてくれた美しい花の画看板を、棒の先にゆわいつけて、一坪の店に、高々とはりだした。
これはたいへんききめがあった。
「おや、花だ。花を売っているよ」
と、通りからこっちへ通行人がとびこんで来る。
「れんげ草か、これはいいね。一株五十銭。ふうん。安くはないが……しかしほかの物にくらべると、やっぱりこんな値段だろうね。よし、十株もらうよ。うちの焼跡へこれをうえて、うちの庭をれんげ畑にしよう」
そういって、よろこんで買っていくお客さんがふしぎにつづいた。
「犬山さん。今日はばかに花が売れますよ。犬山さんのおかげです。昨日かいて下すったこの花の画看板のおかげです。ありがとう。ありがとう」
源一は、一坪店から、通りの方へ大きな声でさけんだ。犬山猫助は、今朝からこの銀座通りへ、似顔スケッチの店をひらいたのである。彼は、源一にすすめて、源一もこの表通りへ出てきたらいいだろうといったが、源一は矢口家のおかみさんから譲られた裏通りの一坪の地所から放れるつもりはなかった。
犬山さんが近くに店を出してくれ、そしていろいろと元気づけてくれるので、源一はもう涙なんか出さなかった。
犬山画伯は、その日、もう一枚、花の画看板をかいてくれた。そしてそれは、表通りに棒をたてて、その上にはりつけることにした。“この奥に最新開店の花やがございます。どうぞちょっとお立より下さいまし”と、案内の文句がかいてあった。
この宣伝看板が出ると道行く人々は、前よりもずっと源一の店に気がつくようになった。
「君、源ちゃん。店の名前をつけなくちゃね」
と、犬山画伯は源一の店の前へやって来て、画看板を指でたたいた。なるほど、名前がほしい。
「なんとしますかね、犬山さん」
「さあね。すっきりした名がほしいね」
「あっ、そうだ。一坪花店というのはどうでしょう」
「なに、ヒトツボ花店というと……」
「ここの地所が、一坪の広さだから、それで一坪花店ですよ」
「な、なあるほど。よし、それがいいや」
犬山さんは、画筆をふるってこの画看板に「一坪花店」という名をかき入れた。
源一は、すっかりうれしくなって、あき箱に腰をかけ、うららかな陽をあびながら商売をつづけた。お客さまは、おもしろいほどつづき、店頭に人だかりがするほどになった。
お昼すこし前のこと、通りが急にさわがしくなった。それは例の三人組がやって来たのだ。干し芋とふかし芋とをならべると、三人がメガホンを使って、さわがしく呼びたてた。すると客は、みんな三人組の方へ吸いとられてしまった。三人組の声は、ますます調子にのっている。
源一は、また少しさびしくなった。
半年後
ここで話は、半年ばかり先へとぶ。
銀座も、バラック建ながらだいぶん復興した。
進駐軍の将校や、兵士たちがいきいきした表情で、ぶつかりそうな人通りをわけて歩いていく。
銀座の通りの、しき石の上には、露店がずらりとならんで、京橋と新橋との間の九丁の長い区間をうずめている。
道のまん中にたれさがっていた電線は、きれいにかたずけられて、今は電車が通っている。
通行人の身なりも、だいぶんかわって来て、もんぺすがたがすくなくなり、ゲートルはほとんど見えない。
戦争はおわって、平和の日が来たのだ。
しかし敗戦のみじめさは、あらゆるもの、あらゆるところをおおっていて、日本人は一息つくごとに、いたみをおぼえなければならなかった。
だが、戦争はおわり、平和の日が来たんだ。もう空襲警報もなりひびかないのだ。焼夷弾や、爆弾の間をぬって逃げまわることもなくなったのだ。今は苦しいが、日一日と楽しさがかえってくるにちがいない。
その楽しさは、どこまでかえって来たか。どんな形をして目の前にあらわれているのであろうか。人々は、それをさがすために、みんな、銀座の通りへあつまってくるのだった。ものすごい人通りが、こうしてできる。
前には、新橋の上に立つと、源一の店がどこにあるか分った。しかし今はもうさっぱりだめだ。家が建って、見とおしがきかない。
銀座の通りからでも、源一の店は見えない。通りにもだいたいバラック式の家が立ちならんだからである。例の交番のある辻のところまでくると、はじめて源一の一坪店が見え出す、その奥の方に……。
源一の店は、まだ家になっていない。天幕ばりの店である。しかし、店内は、にぎやかだ。
もう、れんげ草やタンポポは、ならんでいない。
菊、水仙、りんどう、コスモス、それから梅もどきに、かるかやなどが、太い竹筒にいけてある。すっかり高級な花屋さんになってしまった。
その主人公の源ちゃんは、日やけのした元気な顔をにこにこさせて、お客さまのご用をうけたまわっている。いつの間におぼえたのか、いくつかの花を器用にあしらって、あとは花活になげこめばいいだけの形の花束にまとめあげるのだった。
「どうも花のおろし値が高いものですからね。お高くおねがいして、すみませんです」
などと、源一は顔ににあわぬ口上もいう。
「ずいぶん高いのね」
と、お客さんはため息をつきながら、それでも花ににっこり笑って買っていく。
花よ。花よ。ずいぶん永い間、あなたにあわなかったね。
戦敗街道
天幕ばりながら源一の一坪店は、はんじょうしている。
しかし源一を虻小僧とあざけり笑った三人組の青年たちの姿は、そのへんのどこにも見えない。彼らは芋を売っている間は、まだよかったのであるが、その後芋が統制品となって売るのをとめられた。それでも彼らは売った。それを売らないと彼らは収入がなくて食べられないからであった。そのあげく、彼らの商品はすっかりおさえられ、そしてそのまま没収されたものもあり、とんでもない安値で強制買上げになったものもあった。
三人が留置場から出たときには、仕事がなくて、食べるに困った。その結果、とうとう悪の道へはいりこんで強盗をはたらいた。
彼らが、もし正しい心を持ち、神を信じていたら、そんな悪の道におちないですんだことであろう。しかし彼らは不運にも、そういう方向へみちびいてくれる先生をもたなかったし、いい友だちがなかったし、工場が空襲で焼けて後は職を失いみじめな生活にうちひしがれ、すっかり心をどぶにつけていたようなものだった。――そして今彼ら三人は、刑務所の中に暮している。だから三人組は、この銀座へ顔を見せないのであった。
そんなことは、源一は知らなかった。にくい奴らであるが、こうながく彼らが姿を見せないと、どうしたのかしらと、心配になった。
犬山画伯も、このところしばらく姿を見せない。しかし画伯は、刑務所で暮しているわけではない。画伯は、もともとからだの丈夫な方ではなかったので、人通りしげき銀座通りに立ち、もうもうとうずまく砂ほこりを肺の中に吸って、暮したのがよくなかったらしく、夕方には熱が出、はげしいせきが出るようになった。そこで銀座で仕事をすることは、もう三ケ月も前にやめたのである。
しかしもう大分よくなっている。仕事も、家の中でしている。進駐軍の将兵たちがお土産に買ってかえる絹地の日本画を家でかいているのであった。これは、往来にたって似顔スケッチをやるよりは、ずっといい仕事であった。だから画伯は、ヤミで卵を買ったり肉を買ったりして食べることが出来、そのおかげで健康がもどって来たのだった。そしてときどき銀座へあらわれて、源一の一坪店を見によってくれる。
店の看板も、もう五六度もかきなおしてくれた。源一はその代金を払おうとしたが、画伯はいつも、
「とんでもない。源ちゃんからそんなものをもらわなくても、僕は大丈夫食っていける」
といって、けっして受取らなかった。
「でも、僕だって、このごろそうとう儲かるんですよ。とって下さい」
「今に僕が展覧会をひらいたら、そのときには源ちゃんに買ってもらおうや」
犬山画伯は、これは冗談だがとことわりながら、それでも目をかがやかしたものだったが……。その画伯は、どうしたんだろう?
残された者
そのうち銀座は、えらいいきおいで復興しはじめた。まずその第一着手として、銀座八丁の表通を、一か所もあき地のないように店をたてならべることになった。
その工事はにぎやかにはじめられた。木材を使った安っぽい建物ながら、おそろしいほどの金がかかった。しかし焼跡が一つ一つ消えていって、木の香も高い店舗がたつとさすがににぎやかさを加えて、だれもみんなうれしくなった。
表通りの建築がすすむにつれ、こんどは銀座の裏通りの建築がはじまった。表通りがにぎやかになるのなら、裏通りへも人が来るにちがいない、だから表通りにおくれないように商売家をたてようというねらいだった。
そういう建築主は、ないないといいながらも、たくさんのお金を持っていて、「こう高くちゃ、家をたてただけで、財布がからになってしまう」などとこぼしつつ、どんどん家をたてるのだった。
一日ごとに目に見えて銀座の表通りは家がたちそろいにぎやかになっていった。それと競争のように、裏通りの方も日に日に町並がかわって、新店があちらにもこちらにも開店祝いのびらをにぎやかにはりだした。「銀座が復興したね。ずいぶんにぎやかになったね」
「そうだってね。今日は、行ってみようと思ってたところだ、そんなに復興したかい」
「君はまだ行ってないのか。じゃあ早く行ってみたまえ、びっくりするから。品物も、なんでもならんでいるね。そのかわり、目の玉がとびだすほど高いけれどね」
品物が高いそうなといわれても、それじゃあ銀座へ行くのはよそうやという者はなく、どんな品物がならんでいて、どんな高い値段札がついてるかを見たいというので、若い人はもちろん、いい年をした老人などもわっしょいわっしょいと銀座へおしだした。
そしてそれが新しい話題となって、どんどん人から人へと伝わっていくものだから、それを聞き伝えた人々は、われもわれもと銀座へ出てくるのだった。
「高いね、高いね、これじゃ何にも買えないや」
といいながら、はじめは見物ばかりして行く人々ばかりのようであったが、そういう人たちも、たびたび銀座をあるいているうちに、高値になれてしまい、そしていつも不自由を感じている鞄だのマッチだのライターだのを見てほしくなって買ってしまうのだった。そうして銀座では、ものすごく物が売れるようになった。源一のテント店はどうなったであろうか。
あわれにも彼のテント店は雨にたたかれて汚い色と化し、みすぼらしさを加えた、そればかりか両隣りもお向いも、みんな本建築になってしまったので、源一のテント店は一そうみすぼらしくなってしまった。源一の心境はどうなんだろう。
暁の街道
銀座の表通りの復興店舗もすっかり出来上り、りっぱになったので、昔のように表通りのどこからでも、源一の店が見えるというわけにはいかなかった。それに源一のみすぼらしいテント店のまわりも、みんな本建築になってしまったので、源一の店のみすぼらしさは一そう目についた。したがって花を買ってくれるお客さんの数も、だんだん少くなった。
源一はしぶい顔をして店のまん中に、石のように動かなかった。(うちも、本建築にしたいんだが、まだお金がそんなに溜っていない。ああ、あ、いつになったら、ちゃんとした店が、建てられるのかなあ)
源一のなげきは大きかった。
(一生けんめいに働いているんだが、思うようにもうからない。サービスも一生けんめいやっているんだが、思うようにお客さんが来てくれない。どうすれば、うんとお金が手に入るかなあ)
そのころ新聞には、毎日のように強盗事件が報道されていた。一夜のうちに、強盗の手にわたる金額は何十万円、何百万円にのぼった。源一は、まさか強盗になろうという気はしなかった。しかし世間の家には、よくまあそんな大きな金がころがっているものだと感心した。そのような金を、すこし僕に貸してくれないものだろうか。せめて十万円だけ費してくれる人があれば、うすっぺらな板を使ったにしろ、とにかく家らしいものが出来るんだが、しかしこの源一のねがいは、夢でしかなかった。誰もそんな金を貸してやろうといってくれなかった。
その日の早朝、源一はオート三輪車で風を切って街道をとばしていた。花を仕入れるため、多摩川の向岸まで行く用があったのである。まだ陽が出たばかりで、田畑にさえ人影がなかった。
そのとき、同じ道のずっと前方から、こっちへ向って走って来る自動車があった。それはアメリカ軍が使っているジープといわれる小型のものだった。それがスピードを出していると見え、うしろにもうもうと砂けむりをあげていた。
源一は、やがてジープとすれちがうときのことを予想して、スピードをおとしていった。ジープは一本道をだんだん近づいた。あと三百メートルぐらいになったとき、どうしたわけかそのジープはいきなり左へ頭をふると、車体が宙にういて道を踏みはずし、田の中へとびこんでひっくりかえった。
「あッ、たいへんだ」
これを見ていた源一はおどろいて、三輪車のエンジンを全開にして現場へかけつけると、ブレーキをかけるのも、まどろこしく、車からとびおりて田の中を見た。
ジープは車輪を上にして田の中にめりこんでいた。乗っていた人は、どうなったかと見ると、車から五メートルばかり離れたところでのびていた。生きているのか死んでいるのかわからない。顔が血でまっ赤だ。さあたいへん。
ゲンドン
源一は、できるだけの速力で、泥田の中へとびこんでいった。ひっくりかえったジープの横をぬけ、たおれているアメリカ人のそばへ寄った。
その人の顔からは、まだたらたらと血が流れ出てくる様子、いきはしているが、その人は目をとじたままだった。
かたわらにその人の帽子が落ちていた。将校の帽子だった。
「しっかりなさい、もしもし、ハロウ。ハロウ。しっかりなさい」
源一は、「しっかりなさい」という英語を知らないことをたいへんに後悔した。
その人はそれでも気がつかなかった。
「……早く病院につれていかなくては――」
源一は、いきなりその人をかつぎあげた。ずいぶん重い身体だった。しかし源一は力持ちだったから、相手をかついで田の中をわたり、道まで出た。そしてその人を、三輪車のうしろの、荷物をのせるところへ入れ、走り出した。
走っている途中で、その人は気がついたようであった。
その人は、何かいった。しかし源一にはよく分らなかった、源一はいいかげんに返事をしながら、先を急いだ。
病院の玄関に車をつけた。源一は車をとびおりると、大声で看護婦をよんだ。奥からばたばたと白い服を着た看護婦があらわれた。
「アメリカの将校が自動車事故で大けがをしたんです。僕の車のうしろに積んで来ました。早くたんかを持って来て下さい。院長さんは、いるでしょうね。早く手当をしてあげて下さい」源一は早口にしゃべった。看護婦たちはあわてて奥へかけこむと、すぐたんかをかついで出て来た。
そして玄関先へ下りて、源一の三輪車のうしろへまわった。
「わたくし、たんか、いりましぇん」アメリカ人は、たんかを見ると、手をふりながら、そういった。そして三輪車から下りて立った。血のこびりついた顔は元気に見え、そして笑っていた。看護婦たちはおどろいてしまって、ことばも出なかった。
「おいしゃさま、どこにいますか」アメリカ人は、重ねて日本語でいった。
「看護婦さん。早くこの方を手術室へ案内しなさい。早く早く」源一がそういったので、看護婦たちは始めてわれにかえってアメリカ人をなかへ案内した。中へはいりかけたアメリカ人は、まわれ右をして、また、玄関先に出て来た。そして源一の方へつかつかと歩いていって、握手をもとめた。
「ありがと、ございました。……おや君はゲンドンではないか」アメリカ人は、大きく目をひらいて、源一の顔をみつめた、源一は奉公していたお店で「源どん」とよばれていた。「源どん」という名をしっているこのアメリカ将校は、一体だれであったろうか。
ヘーイ少佐
源一は、自分が助けてこの病院へつれて来たアメリカの将校から、
「おや君はゲンドンじゃないか」とよばれて、目をみはった。誰だろう、自分の名を知っているこの将校は? 「ああ、そうか。ヘーイさんですね」源一は顔をまっ赤にしてさけんだ。
「そのとおり、ぼくはヘーイさんだよ。おもいだしたね」
将校の大きなからだが、足をひきずりながら源一にぶつかるようによって来たと思うと、源一の手は、相手の大きな手の中につつみこまれそしてはげしくふられた。
「ヘーイさんだったのか。こんなところであうなんて……」
「ぼくは日本がすきだったから、志願をしてやって来たのさ」
「将校でしょう。見ちがえちゃったな」
「そうだろう。むかし、夜おそく君んところの店をたたきおこして、時間外に、酒やかんづめを出してもらったときの、のんべえのヘーイさんとは、すこし服装がかわっているからね。しかしねえゲンドン、中身はやっぱりあのときと同じヘーイさんだよ。安心してつきあっておくれ。おもしろい話が、うんとあるよ」
そういってヘーイ少佐は、大きなこえで笑ったが、とたんに、
「あいたタタタタ――」
と顔をしかめた。大きく笑ったのが傷口にひびいたためであった。
そのとき看護婦たちがヘーイ少佐に、早く中へ入って手当を受けるようにとすすめなかったなら、少佐はまだまだゲンドンと思い出話をやめなかったことだろう。
少佐は、それから病院の中へ入った。そして手術室で手当を受けた。
隊との連絡がついて、やがて三時間たったら寝台車で隊へはこぶこととなった。それまでを、少佐は病室でしずかにねむることとなった。
源一は少佐と別れるときに、銀座の小さい店のことを話した。すると、いずれお礼かたがたゲンドンの店を訪問するであろうといった。
源一は、看護婦たちにおくられて、にぎやかに病院を出た。そしてオート三輪車にまたがると、花の買出しに、もう一度郊外の道をすっとばしていった。
源一はハンドルをにぎって車をはしらせながら、おもいはいつの間にか七八年昔へとんでいた。
そのころよく店へ来たのんべえのヘーイさんだった。ヘーイさんは建築技師で、なかなかいい収入があったのに、気どることがきらいで、近所の二階家を一けん借りて生活していた。そして夜ふけによく源一のつとめている店の表戸をわれるようにたたき、ウイスキーや、かんづめを売れとわめいたものだった。みんなはいやがったが、一番小さい源どん少年だけは、ヘーイさんのこえがすると起きて戸をあけ、品物を売ってあげたのであった。そのヘーイさんが、少佐となって、日本へ来たんだ。うれしい出来事だ。
ふるわぬ店