即興詩人

10話 即興詩人(10)

7,604字 約15分 2005年9月18日 公開

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士官のいふやう。この時よりして我がいかばかり戀といふものゝ苦を嘗めたるを知るか。我が幾たび空中に樓閣を築きて、又これを(こぼ)ちたるを知るか。我が彼猶太(ユダヤ)をとめに逢はんとていかなる手段を盡しゝを知るか。我は用なきに翁を訪ひて金を借りぬ。我は八日の期限にて、二十「スクヂイ」を借らんといひしに、翁は快く(うべな)ひて粲然たる黄金を卓上に並べたり。されど少女は影だに見せざりき。我は三日過ぎて金返しに往きぬ。初翁は我を信ぜること厚しとは云ひしが、それには世辭も雜りたりしことなれば、今わが斯く速に金を返すを見て、翁が喜は眉のあたりに(あらは)れき。我は前の日の酒の(うま)かりしを稱へしかど、翁自ら瓶取り出して、(ふる)ふ痩手にて注ぎたれば、これさへあだなる望となりぬ。この日も少女は影だに見せざりき。たゞ我が(はしご)を走りおりしとき、半ば開きたる窓の(とばり)すこしゆらめきたるやうなりき。是れ我少女なりしならん。さらば君よ、とわれ呼びしが、窓の中はしづまりかへりて何の(いらへ)もなし。おほよそ其頃よりして、今日まで盡しゝ我手段は悉くあだなりき。されど我心は決して(たわ)むことなし。我は少女が上を忘るゝこと能はず。友よ。我に力を借せ。昔エネエアスを戀人に逢せしサツルニアとヱヌスとをば、汝が上とこそ思へ。いざ我をあやしき巖室(いはむろ)に誘はずや。われ。そは我身にはふさはしからぬ業なりと覺ゆ。さはれおん身は猶いかなる手段ありて、我をさへ用ゐんとするか、かゝる筋の事に、この身用立つべしとは、つや/\思ひもかけず。士官。否々。汝が一諾をだに得ば、我事は半ば成りたるものぞ。ヘブライオスの語は美しき詞なり。その詩趣に富みたること多く類を見ずと聞く。汝そを學びて、師には老いたるハノホを撰べ。彼翁は廓内にて學者の群に數へられたり。彼翁汝がおとなしきを見て、娘にも逢はせんをり、汝我がために娘に説かば、我戀何ぞ(かな)はざることを憂へん。されど此手段を行はんには、決して時機を失ふべからず。駈足(かけあし)にせよ歩度を伸べたる驅足にせよ。燃ゆる毒は我脈を(めぐ)れり。そは世におそろしき戀の毒なり。異議なくば、あすをも待たで猶太の翁を訪へ。われ。そは餘りに無理なる(たのみ)なり。我が爲すべきことの面正しからぬはいふも更なり、汝が志すところも卑しき限ならずや。その少女縱令(よしや)美しといふとも、猶太の翁が子なりといへば。士官。それ等は汝が()し得ざる事なり。(しろもの)だに善くば、その産地を問ふことを(もち)ゐず。友よ、善き子よ。我がためにヘブライオスの語を學べ。我も諸共に學ばんとす。たゞその學びさまを殊にせんのみ。想へ、我がいかに幸ある人となるべきかを。我。わが心を傾けて汝に交るをば、汝知りたるべし。汝が意志、汝が勢力のおほいなる、常に我心を左右するをも、汝知りたるべし。汝若し惡人とならば、我おそらくは善人たることを得じ。そは怪しき力我を引きて汝が()の中に入るればなり。我は素より我心を以て汝が行を(たゞ)さんとせず。人皆天賦の(さが)あり。そが上に我は必ずしも汝が將に行はんとする所を以て罪なりとせず。汝が性然らしむればなり。されど此事は、縱令成りたらんも、汝が上にまことの福を降すべきものにあらずとおもへり。士官。善し/\。我はたゞ汝に戲れたるのみ。我がために汝を驅りて懺悔の(たふ)に就かしめんは、初より我願にあらず。たゞ汝がヘブライオスの語を學ばんに、いかなる(さはり)あるべきか、そは我に解せられず。(いは)んやそを猶太の翁に學ぶことをや。されどこの事に就きては、我等また詞を費さゞるべし。今日は善くこそ我を訪ねつれ。物欲しからずや。酒飮まずや。

 友なる士官がかく話頭を轉じたるとき、我はその(こと)なる()なざしを見き。こはベルナルドオが學校にありしとき屡ハツバス・ダアダアに對してなしたる目なざしなりき。友の擧動(ふるまひ)、その言語、一つとして不興のしるしならぬはなし。我も快からねば程なく暇乞して還りぬ。別るゝときは友の(うや/\)しさ常に倍して、その冷なる手は我が温なる手を握りぬ。我はわが辭退の理に《かな》へる、友の腹立ちしことの我儘に過ぎざるを信じたりき。されど或時は無聊に堪へずしてベルナルドオなつかしく、我詞の猶(おだやか)ならざるところありしを悔みぬ。一日散歩のついで、吾友の上をおもひつゝ、かの猶太廓(ゲツトオ)に入りぬ。若し期せずして其人に逢はゞ、我友の怒を(はら)便(たより)にもならんとおもひき。されど我は彼翁をだに見ざりき。(かど)よりも窓よりも、知らぬ人面を出せり。街の兩側なる敷石の上には、例の古衣、古かねなど()べたるその間には見苦き子供遊べり。物買はずや、物賣らずやと呼ぶ聲は、我を(みゝしひ)にせんとする如し。少女あり。向ひの家なる友と、窓より窓へ(まり)投げつゝ戲れ居たり。そが一人は(すこぶる)美しと覺えき。吾友の戀人はもしこれにはあらずや。我は圖らず帽を脱したり。嗚呼、おろかなる振舞せしことよ。我は人の思はん程も影護(うしろめた)くて、手もて額を拭ひつ。こは帽を脱したるは、少女のためならで、暑に堪へねばぞと、見る人におもはしめんとてなりき。

 一とせの月日は事なくして過ぎぬ。稀にベルナルドオに逢ふことありても、交情昔のごとくならず。我はそのやさしき假面の背後に、人に《おご》る貴人の色あるを見て、友の無情なるを恨むのみにて、かの猶太廓の戀のなりゆきを問ふに(いとま)あらざりき。ボルゲエゼの館をば頻におとづれて、主人の君、フアビアニ、フランチエスカの人々のやさしさに、故郷にある如き思をなしつ。されどそれさへ時としては胸を痛むる(なかだち)となることありき。我胸には慈愛に感ずる情みち/\たれば、彼人々の一たび(ひそ)めることあるときは、(たゞち)に我世の光を蔽はるゝ如く思ひなりぬ。フランチエスカの我性を譽めつゝも、強ひて備はらんことを我に求めて、わが立居振舞、わが詞遣(ことばづかひ)(きず)を指すことの苛酷なる、主人の君のわが獨り物思ふことの人に()えたるを(いまし)めて、わが草木などの細かなる區別に心入れぬを咎め、我を自ら卷きて終には(しを)るゝ葉に比べたる、皆我心を苦むるものなりき。我齡は早く十六になりぬ。さるを()ばかりの事に逢ひて、必ず涙を(おと)すは何故ぞや。主人の君は我が憂はしげなるさまを見るときは、又我頬を撫でゝ、聖母の善き人を得給はんためには、美しき花の()さるゝ如く、人も壓されではかなはぬが浮世の習ぞと慰め給ひぬ。獨りフアビアニの君のみは、何事をもをかしき方に取りなして、岳翁(しうと)と夫人との教の嚴なることよと打笑ひ、さて我に向ひてのたまふやう。君は父上の如き學者とはならざるべし。はた妻のやうに怜悧なる人ともならざるならん。されど君が如き性もまた世の中になくて協はぬものぞと(のたま)ふ。斯く裁判し畢りて、小尼公(アベヂツサ)を召し給へば、我はその遊び戲れ給ふさまのめでたきを見て、身の憂きことを忘れ果てつ。人々は來ん年を北伊太利にて暮さんとその心構(こゝろがまへ)し給へり。夏はジエノワにとゞまり、冬はミラノに往き給ふなるべし。我は來ん年の試驗にて、「アバテ」の位を受けんとす。人々は首途(かどで)に先だちて、大いなる舞踏會を催し、我をも招き給ひぬ。門前には大篝(おほかゞり)を焚かせたり。賓客の車には皆松明(まつ)とりたる先供あるが、おの/\其火を石垣に設けたる鐵の柄にしたれば、火の子(ほとばし)り落ちて赤き瀑布(カスカタ)を見る心地す。法皇の(つはもの)は騎馬にて門の傍に控へたり。門の内なる小き園には五色の紙燈を()り、正面なる大理石階には萬點の燭を點せり。(きざはし)(のぼ)るときは奇香衣を襲ふ。こは(きだ)ごとに瓶花(いけばな)、盆栽の檸檬(リモネ)樹を据ゑたればなり。階の際なる兵は肩銃の禮を施しつ。「リフレア」着飾りたる(しもべ)は堂に滿ちたり。フランチエスカの君は(まばゆ)きまで美かりき。珍らしき樂土鳥の羽、組緒多くつけたる白き「アトラス」の衣はこれに一層の美しさを添へたり。そのやさしき指に觸れたるときの我喜はいかなりし。廣間二つに樂の群を居らせて、客の舞踏の(には)としたり。舞ふ人の中にベルナルドオありき。金絲もて飾りたる緋羅紗(らしや)の上衣、白き細袴(ズボン)、皆發育好き身形(みなり)(かな)ひたり。その舞の敵手(あひて)はこよひ集ひし少女の中にて、すぐれて美しき一人なるべし。(かぼそ)き手をベルナルドオが肩に打ち掛けて秋波を送れり。我が舞を知らざることの可悔(くやし)かりしことよ。客に相識る人少ければ、我を顧みるものなし。ベルナルドオが舞果てゝ我傍に來りしとき、我憂は忽ち散じたり。紅なる(とばり)の長く垂れたる背後(うしろ)にて、我等二人は「シヤムパニエ」酒の杯を傾け、別後の情を語りぬ。面白き樂の調(しらべ)は耳より入りて胸に達し、昔日の不興をば少しも殘さず打ち消しつ。われ遠慮せで猶太少女の事を語り出でしに、友は唯だ高く笑ひぬ。その胸の内なる(きず)は早くも()えて跡なきに至りしものなるべし。友のいはく。われはその後聲めでたき小鳥を捕へたり。この鳥我戀の病を歌ひ(なほ)しき。これある間は、よその鳥はその飛ぶに任せんのみ。その猶太廓より飛び去りしは事實なり。人の傳ふるが信ならば、今は羅馬にさへ居らぬやうなり。友と我とは又杯を擧げたり。泡立てる酒、賑はしき樂は我等が血を湧しつ。ベルナルドオは又舞踏の群に投ぜり。我は獨り殘りたれど、心の中には前に似ぬ樂しさを覺えき。街のかたを見おろせば、貧人の兒ども(むらが)りて、松明(まつ)より散る火の子を眺め、手を打ちて歡び呼べり。われも昔はかゝる兒どもの夥伴(つれ)なりしに、今堂上にありて羅馬の貴族に交るやうになりたるは、いかなる神のみ惠ぞ。われは(とばり)の蔭に(ひざまづ)きて神に謝したり。

   謝肉祭

 その夜は曉近くなりて歸りぬ。二日たちて人々は羅馬を立ち給ひぬ。ハツバス・ダアダアは日ごとに我を顧みて、ことしは「アバテ」の位受くべき歳ぞと、いましめ顏にいふ。されば此頃は文よむ窓を離れずして、ベルナルドオをも外の友をも尋ぬることなかりき。週を(かさ)ね月を積みて、試驗(をは)る日とはなりぬ。

 黒き衣、短き絹の外套。是れ久しく夢みし「アバテ」の服ならずや。目に觸るゝもの一つとして我を祝せざるなし。街を走る吹聽人はいふも更なり、今咲き出づる「アネモオネ」の花、高く聳ゆる松の(うれ)より空飛ぶ雲にいたるまで、皆我を祝する如し。恰も好しフランチエスカの君は、臨時の(つひえ)もあるべく又日ごろの(つかれ)をも忘れしめんとて、百「スクヂイ」の爲換(かはせ)を送り給ひぬ。我はあまりの嬉さに、西班牙(スパニア)(いしだん)を驅け上りて、ペツポのをぢに光ある「スクウド」一つ抛げ與へ、そのアントニオの主公(だんな)と呼ぶ聲を(しりへ)に聞きて馳せ去りぬ。

 頃は二月の初なりき。杏花(きやうくわ)は盛に開きたり。柑子(かうじ)の木日を逐ひて黄ばめり。謝肉祭(カルネワレ)は既に戸外に來りぬ。馬に跨り天鵞絨(びろうど)(のぼり)を建て、喇叭(らつぱ)を吹きて、祭の前觸(まへぶれ)する男も、ことしは我がためにかく晴々しくいでたちしかと疑はる。ことしまでは我この祭のまことの樂しさを知らざりき。(をさな)かりし程は、母上我に怪我せさせじとて、とある街の角に(たゝず)みて祭の(さかり)を見せ給ひしのみ。學校に入りてよりは、「パラツツオオ、デル、ドリア」の(ひさし)(づく)りの平屋根より笑ひ戲るゝ群を見ることを許されしのみ。すべて街のこなたよりかなたへ行くことだに自由ならず。(まして)や「カピトリウム」に登り、「トラステヱエル」(河東の地なり、テヱエル河の東岸に當れる羅馬の一部を謂ふ)に渡らんこと思ひも掛けざりき。かゝれば我がことしの祭に身を(ゆだ)ねて、兒どもの樣なる物狂ほしき振舞せしも、無理ならぬ事ならん。唯だ怪しきは此祭我生涯の境遇を一變するに至りしことなり。されどこれも我がむかし蒔きて、久しく忘れ居たりし種の、今緑なる蔓草(つるくさ)となりて、わが命の木に(まと)へるなるべし。

 祭は全く我心を奪ひき。(あした)にはポヽロの廣こうぢに出でゝ、競馬の準備(こゝろがまへ)を觀、夕にはコルソオの大道をゆきかへりて、店々の窓に(さら)せる假粧(けしやう)の衣類を(けみ)しつ。我は可笑しき振舞せんに(よろ)しからんとおもへば、状師(だいげんにん)の服を借りて歸りぬ。これを()て云ふべきこと爲すべきことの心にかゝりて、其夜は(ほとほ)と眠らざりき。

 明日(あす)の祭は(こと)に尊きものゝ如く思はれぬ。我喜は兒童の喜に(ゆづ)らざりき。横街といふ横街には「コンフエツチイ」の(たま)賣る浮鋪(とこみせ)(のき)を列べて、その卓の上には美しき貨物(しろもの)を盛り上げたり。(「コンフエツチイ」の丸は石灰を豌豆(ゑんどう)豆」]の大さに煉りたるなり。白きと赤きと(まじ)りたり。中には穀物の粒を石膏泥中に(まろが)して作れるあり。謝肉祭の間は人々互に此丸を(なげう)ちて戲るゝを習とす。)コルソオの街を灑掃(さいさう)する役夫(えきふ)(つと)に業を始めつ。家々の窓よりは彩氈(さいせん)を垂れたり。佛蘭西時刻の三點に我は「カピトリウム」に出でゝ祭の始を待ち居たり。(伊太利時刻は日沒を起點とす。かの「アヱ、マリア」の鐘鳴るは一時なり。これより進みて二十四時を數ふ。毎週一度日景(ひかげ)()て、《とけい》を進退すること四分一時。所謂佛蘭西時刻は羅馬の人常の歐羅巴時刻を指してしかいふなり。)出窓(バルコオネ)には貴き外國人(とつくにびと)多く並みゐたり。議官(セナトオレ)は紫衣を纏ひて天鵞絨(びろうど)の椅子に坐せり。法皇の禁軍(このゑ)なる瑞西(スイス)兵整列したる左翼の方には、天鵞絨の(ベルレツタ)を戴ける可愛らしき舍人(とねり)ども群居たり。少焉(しばし)ありて猶太(ユダヤ)宗徒の宿老(おとな)の一行進み來て、頭を(あらは)して議官の前に跪きぬ。その眞中なるを見れば、美しき娘持てりといふ彼ハノホにぞありける。式の辭をばハノホ陳べたり。我宗徒のこの神聖なる羅馬の市の一廓に()まんことをば、今一とせ許させ給へ。歳に一たびは加特力(カトリコオ)御寺(みてら)に詣でゝ、尊き説法を承り候はん。又昔の(ためし)に沿ひて、羅馬人の見る前にて、コルソオを(はし)らんことをば、今年も免ぜられんことを願ふなり。若しこの願かなはゞ、競馬の費、これに勝ちたるものに與ふる賞、天鵞絨の幟の(しろ)、皆(かた)の如く(わきま)へ候はんといふ。議官(セナトオレ)は頷きぬ。(古例に依れば、この時議官足もておも立ちたる猶太の宿老の肩を踏むことありき。今は(すた)れたり。)事果つれば、議官の一列樂聲と(とも)に階を下り、舍人(とねり)等を隨へて、美しき車に乘り(うつ)れり。是を祭の始とす。「カピトリウム」の巨鐘は響き渡りて、全都の民を呼び出せり。我は急ぎ歸りて、かの状師(だいげんにん)の服に着換へ、再び街に出でしに、假裝の群は早く我を(むか)へて目禮す。この群は祭の間のみ王侯に同じき權利を得たる工人と見えたり。その假裝には價極めて(ひく)きものを(えら)びたれど、その特色は奪ふべからず。常の衣の上に(あらたへ)汗衫(じゆばん)を被りたるが、その(さん)の上に縫附けたる檸檬(リモネ)(から)は大いなる(ぼたん)(まが)へたるなり。肩と《くつ》とには青菜を結びつけたり。頭に戴けるは「フイノツキイ」(俗曲中にて無遠慮なる公民を代表したる役なり)の假髮(かづら)にて、目に懸けたるは柚子(みかん)の皮を()りぬきて作りし眼鏡なり。我は彼等に(むか)ひて立ち、手に持ちたる刑法の卷を開きてさし示し、見よ、分を()えたる衣服の(おごり)は國法の許さゞるところなるぞ、我が告發せん折に(ほぞ)()む悔あらんと(かつ)したり。工人は拍手せり。我は進みてコルソオに出でたるに、こゝは早や變じて假裝舞の廣間となりたり。四方の窓より垂れたる彩氈は、唯だおほいなる(てすり)の如く見ゆ。家々の簷端(のきば)には、無數の椅子を並べて、善き場所はこゝぞと叫ぶ際物師(きはものし)あり。街を行く車は皆正しき往還の二列をなしたるが、これに乘れる人多くは假裝したり。中にも月桂(ラウレオ)の枝もて車輪を(かざ)りたるあり。そのさま四阿屋(あづまや)の行くが如し。家と車との隙間をば樂しげなる人(うづ)めたり。窓には見物の人々充ちたり。そが間には軍服に假髭(つけひげ)したる羅馬美人ありて、街上なる知人(しるひと)に「コンフエツチイ」の(たま)(なげう)てり。我これに向ひて、「コンフエツチイ」もて人の面を撃つは、國法の問ふところにあらねど、美しき目より火箭(ひや)を放ちて人の胸を射るは、容易ならぬ事なれば許し難しと論告せしに、喝采の聲と倶に、花の雨は我頭上に降り(そゝ)ぎぬ。公民の妻と覺しき婦人の際立ちて飾り(てら)へるあり。權夫(けんふ)(夫に代りて婦人に仕ふる者、「チチスベオ」)と覺しき男これに扈從(こじう)したり。この時我はぬけ道の前に立ちたるが、道化役(プルチネルラ)打扮(いでた)ちたる一群(たはむれ)に相鬪へるがために、しばし往還の便を失ひて、かの婦人と向きあひゐたり。我は(すなは)ちこれに對して論じていはく。君よ。かくても誓に(そむ)かざることを得るか。かくても羅馬の俗、加特力(カトリコオ)の教に背かざることを得るか。嗚呼、タルクヰニウス・コルラチニウスが妻なるルクレチア((はづかしめ)を受けて自殺す、事は羅馬王代の末、紀元前五百九年に在り)は今(いづく)にか在る。君は今の女子の爲すところに(なら)ひて、謝肉祭の間、夫を河東に遣りて、僧と倶に精進(せじみ)せしめ給ふならん。君が良人は寺院の垣の内に籠りて日夜苦行し、復た滿城の士女狂せるが如きを顧みず、其心には、あはれ我最愛の妻も家に籠りて齋戒(ものいみ)するよとおもふならん。さるを君は何の心ぞ。この時に乘じて自在に翼を振ひ、權夫に引かれてコルソオをそゞろありきし給ふ。君よ。我は刑法第十六章第二十七條に依りて、君が罪を(たゞ)さんとす。語未だ畢らざるに、婦人は手中の扇をあげてしたゝかに我面を撃ちたり。その撃ちかたの強さより()すに、我は(たま/\)女の身上を占ひて善く()てたるものならん。友なる男は、アントニオ、物にや狂へると私語(さゝや)ぎて、急に婦人を()きつゝ、巡査(スビルロ)、希臘人、牧婦などにいでたちたる人の間を潛りて(のが)れ去りぬ。その聲を聞くに、ベルナルドオなりき。さるにても彼婦人は誰にかあらん。椅子を借さんとて、觀棚(さじき)々々(ルオジ、ルオジ、パトロニ)と呼ぶ聲いと(かまびす)し。われは思慮する(いとま)あらざりき。されど謝肉祭の間に思慮せんといふも、固より世に(たぐひ)なき好事(かうず)にやあらん。忽ち肩尖(かたさき)と靴の上とに鈴つけたる戲奴(おどけやつこ)(アレツキノ)の群ありて、我一人を中に取卷きて跳ねりたり。忽ち又いと高き(つぎあし)したる状師(だいげんにん)あり。我傍を過ぐとて、我を顧みて冷笑(あざわら)ひていはく。あはれなる同業者なるかな。君が立脚點の低きことよ。おほよそ地上にへばり着きたるものは、正を邪に勝たしむること能はず。我は高く擧りたり。我に代言せしむるものは、天の(たすけ)を得たらん如し。かく誇りかに告げて大蹈歩(おほまた)に去りぬ。ピアツツア、コロンナに伶人の群あり。非常を戒めんと、(しづか)にねりゆく兵隊の間をさへ、學士(ドツトレ)、牧婦などにいでたちたるもの踊りくるひて通れり。我は再び演説を始めしに、書記の服着たる男一僕を隨へたるが我前に來て、(しもべ)(おほすゞ)(なら)さする其響耳を裂くばかりなれば、われ我詞を()し得ずして止みぬ。この時號砲鳴りぬ。こは車の大道を去るべき知らせなり。我は道の傍に(きづ)きたる壇に上りぬ。脚下には人の頭波立てり。今やコルソオの競馬始らんとするなれば、兵士は人を(はら)はんことに力を(つく)せり。街の一端に近きポヽロの廣こうぢに(つな)を引きて、馬をば其(うしろ)に並べたり。馬は早や焦躁(いらだ)てり。脊には燃ゆる海綿を()り、耳後には小き烟火具(はなび)を裝ひ、(わき)には拍車ある鐵板を懸けたり。口際に引き()ひたる壯丁(わかもの)はやうやくにして馬の(はや)るを制したり。號砲は再び鳴りぬ。こは(らち)にしたる索を落す合圖なり。馬は旋風(つむじかぜ)の如く(はし)りて、我前を過ぎぬ。(ぬさ)の如く束ねたる薄金(うすがね)はさら/\と鳴り、彩りたる紐は(たてがみ)と共に(ひるがへ)り、(ひづめ)の觸るゝ處は火花を散せり。かゝる時彼鐵板は腋を打ちて、拍車に(ちぬ)ると聞く。群衆は高く叫びて馬の後に從ひ走れり。そのさま(とも)()つ波に似たり。けふの祭はこれにて終りぬ。

   歌女(うため)

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