21話 即興詩人(21)
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或日房奴は我に一封の書をわたしたり。披きて讀めば、博士マレツチイと夫人サンタとの案内状にして、フエデリゴ君をも伴ひて來ませとあり。初めはわれこは屆先を誤りたる書ならずやと疑ひぬ。宿屋の人に博士はいかなる人ぞと問ふに、いと名高き學者にて、考古學とやらんに長け給ふと聞ゆ、その夫人近きころ羅馬より歸り給ひしなれば、客人は途上にて相識になり給ひしにはあらずやといふ。嗚呼、われこれを獲たり。これこそ前の拿破里の貴婦人なるらめ。
夕暮にフエデリゴを誘ひて往きぬ。いと廣き間に客あまた集へり。滑なる大理石の床は、蝋燭の光を反射し、鐵の格子を繞らしたる火鉢(スカルヂノ)は、程好き煖さを一間の内に頒てり。
サンタと名告れる夫人は、嬉しげに我等二人を迎へて、一坐の客達に引合せ、又我等に、毫しも心をおかで家に在る如く振舞はんことを勸めたり。夫人は今宵空色の衣を着たるが、いと善く似合ひたり。我等は若し此人をして少し痩せしめば、第一流の美人たるべきものをとさゝやきたり。
我等は夫人に促されて坐せり。此時一少女ありて「ピアノ」に對ひ、短歌を唱ひ出せり。その曲は偶アヌンチヤタがヂドに扮して唱ひしものと同じけれども、その力を用ゐる多少と人を動す深淺とは、固より日を同うして語るべきならず。われは只だ衆のなすところに傚ひて、共に拍手したるのみ。少女は又輕快なる舞の曲を彈じ出せり。男客の三人四人は、急に傍なる婦人を誘ひて舞ひはじめたり。われは避けて、とある窓龕に躱れたり。
初めわれは席に入りしとき、痩せたる小男の眼鏡懸けたるが、忙しげに此間に出入するを見たり。この男わが窓龕にかくれしを見て、我前に立ち留まり、慇懃なる禮をなせり。われはその何人なるを知らねども、姑く共に語らばやとおもひて、ヱズヰオの山の噴火の事を説き、その熔巖の流れ下る状など、外より來るものゝ目を驚かす由を云ひたり。小男の答ふるやう。否。今の噴火の景などは言ふに足らず。プリニウスの書に見えたる九十六年の破裂は奈何なりけん。灰はコンスタンチノポリスにさへ降りしなり。近き年の破裂の時も、我等拿破里人は傘さして行きしが、均しく灰降るといふも、拿破里に降るとコンスタンチノポリスに降るとは殊なり。何事によらず、今の世は遠く古の希臘羅馬の世に及ばずと知り給へ。澆季の世は古に復さんよしもなしと、かこち顏なり。われ芝居話に轉ずれば、彼は遠くテスピスの車に遡りて、(世に傳ふ、テスピスは前五四〇年頃の雅典人にして、舞臺を車上にしつらひ、始て劇を演じたりと)希臘俳優の被りぬといふ、悲壯劇の假面と滑稽劇との假面とを列擧せり。われ又近頃禁軍の檢閲ありしを聞きつと噂すれば、彼は希臘の兵制を論じて、マケドニア歩兵の方陣の操錬を細敍すること目撃の状の如くなり。既にして彼は我に考古學又は美術史を研究し給ふやと問ひぬ。われ答へて、己れは専門の學をなさずと雖、凡そ宇宙の事は一として我研究の資料ならぬはなし、己れは詩人たらんと心掛くるなりと云へば、彼手を拍ちて喜び、ホラチウスが句を朗誦し、我琴を以てヨヰスの神の龜甲琴に比したり。
忽ちサンタ我前に來て云ふやう。さては終に生捕られ給ひしよ。おん身等の物語は、定めてセソストリス時代の事なるべし。(希臘傳説に見えたる埃及王の名なり。前十四五紀の間の名ある王二人の上を混じて説けり。)客人には現世の用事あり。かしこに少き貴婦人の敵手なくて寂しげなるあり。願はくは誘ひ出して舞の群に入り給へとなり。われ逡巡して、否われは舞ふこと能はず、曾て舞ひしことなしと答ふれば、サンタ重ねて、家のあるじたる我身おん身に請はゞ奈何といふ。われ。まことに濟まぬ事ながら、われ若し強ひて踊り出でば、おのれ一人跌き轉ぶのみならず、敵手の貴婦人をさへ拉き倒すならん。夫人打ち笑ひて、そは好き見ものなるべしといひつゝ、フエデリゴの方に進み近づき、直ちに伴ひて舞の群に入りぬ。小男は我を顧みて、氣輕なる女なり、されど貌は醜からず、さは思ひ給はずやといふに、我はまことに仰の如く、めでたき姿なりと讚め稱へき。此よりいかなる話の運なりしか知らねど、我等二人は忽ち又古のエトルリヤ人(昔羅馬の北に住みし民)の遺しゝ陶器の事を論ぜざるべからざることゝなりぬ。彼は此地の聚珍館内なる瓶又は壺の數々を擧げて、これに畫きし畫工に説き及ぼし、次いでその畫工の技巧を辯明したり。此等の陶畫は、皆濕に乘じて筆を用ゐるものなれば、一點一畫と雖、漫然これを下すべきにあらずなど云へり。彼は猶其詳なるを教へんために、不日我を聚珍館に連れ往かんと約せり。
夫人は再び我前に來て、さては論文はまだ結局とならぬにや、以下次號とし給へと呼び、急に我手を把りて拉き去りつゝ、聲を低うして云ふやう。おん身は餘りに人好きにはあらずや。我夫はいつも此の如くなれば、うるさき時は忍びて聽き給ふには及ばず。おん身の兎角沈み勝になり給ふは惡しき事なり。人々と共に樂み給へ。いざ我身おん相手となるべければ、何にても語り聞せ給へ。こゝに來給ひてより、何をか見給ひし、何をか聞き給ひし、何をか最もめでたしと思ひ給ひしといふ。われ。兼ておん身の告げ給ひしに違はず、拿破里はいとめでたき地なり。今日の午過ぎなりき。獨り歩みてポジリツポの巖窟に往きしに、葡萄の林の繁れる間に古寺の址あり。そこに貧しき人住めり。可哀げなる子供あまた連れたる母はなほ美しき女なりき。我は女の注ぎくれたる葡萄酒を飮みて、暫くそこに憩ひしが、その情その景、さながらに詩の如くなりきと語りぬ。夫人は示指を竪てゝ、笑みつゝ我顏を打守り、油斷のならぬ事かな、さるいちはやき風流をし給ふにこそ、否々、面をあかめ給ふことかは、君の齡にては、精進日の説法聞きて心を安じ給ふべきにはあらぬものをとさゝやきぬ。
夫婦の上にて、此夕わが知ることを得たるところは、いと少かりき。されどサンタが性の拿破里婦人の特色と覺しく、語を出すに輕快にして直截なる、人に接するに自然らしく情ありげなるは、深く我心に銘せり。その夫は博學の人と見えたり。共に聚珍館に遊ばんには、これに増す人あるべからず。
われは次第に足近く彼家に出入するやうになりぬ。サンタの待遇は漸く厚く親くなりて、われは早くも心の底を打明けて此婦人に語りぬ。後に思へば、われは世馴れぬ節多く、男女の間の事などに昧きは、赤子に異ならぬ程なれば、サンタの如き女に近づくことの、多少の危險あるべきを知るに由なかりしなり。サンタが夫は卑しき饒舌家ならずして、まことに學殖ある人なりしこと、此往來の間に明になりぬ。
或日われはサンタに語るに、アヌンチヤタと別れし時の事を以てせり。サンタは我を慰めて、ベルナルドオの心ざまを難じ、又アヌンチヤタの性をさへ貶め言へり。そのベルナルドオを難ずる詞は、多少我創痍に灌ぐ藥油となりたれども、アヌンチヤタを貶むる詞は、わが容易く首肯し難きところなりき。
サンタのいふやう。彼女優をばわれも屡見き。舞臺に上る身としては、丈餘りに低く、肌餘りに痩せたりき。拿破里にありても、若き人々の崇拜尋常ならざりしが、そは聲の好かりしためなり。アヌンチヤタが聲は人を空想界に誘ひ行く力ありき。而してその小く痩せたる身も亦空想界に屬するものゝ如くなりしなり。おん身若し我言を非へりとし給はゞ、そは猶肉身なくて此世に在らんを好しとし給ふごとくならん。假令われ男に生るとも、抱かば折るべき女には懸想せざるべしといへり。われは覺えず失笑せり。想ふにサンタは話の理に墜つるを嫌ふ性なれば、始より我を失笑せしめんとて此説をなしゝならんか。奈何といふにサンタもアヌンチヤタが品性の高尚なると才藝の人に優れたるとをば一々認むといひたればなり。
或時われは詩稿を懷にして往きぬ。こは拿破里に來てよりの近業にて、獄中のタツソオ、托鉢僧など題せる短篇の外、無題一首ありき。われは愛情の犧牲なり。わが曾て敬し曾て愛しつる影像は、皆碎けて塵となり、わが寄邊なき靈魂は其間に漂へり。われはサンタに向ひ居て詩稿を讀み始めしに、未だ一篇を終らずして、情迫り心激し、われは鳴咽して聲を續ぐことを得ざりき。サンタは我手を握りて、我と共に泣きぬ。わがサンタに親むことは、此より舊に倍したり。
サンタの家は我第二の故郷となりぬ。われは日ごとにサンタと相見て、日ごとに又その相見ることの晩きを恨みつ。この婦人の家にあるさまを見るに、其戲謔も愛すべく其氣儘も愛すべし。これをアヌンチヤタの一種近づくべからず褻るべからざる所ありしに比ぶれば、固より及ぶべくもあらねど、かの捉へ難き過去の幻影には、最早この身近き現在の形相を斥くる力なかりしなり。
或時我は又サンタと對坐して語れり。夫人。近ごろポジリツポの眺好き家と顏好き女とを尋ね給ひしか。われ。否、前後二たび往きしのみ。夫人。女は最早餘程おん身になじみしならん。子供は案内者に雇はれ、主人は漁に出でゝ在らざりしにはあらずや。用心し給へ、拿破里の海の底は、やがて地獄なりといへば。われ。否、我心を引くものは唯景色のみなり。かの賤女いかに美しとて、決して我を誘ひ寄すること能はざるべし。夫人。吾友よ、われは明におん身の心を知れり。曩にはその心に初戀の充したるため、些の餘地だになかりき。われは君が初戀を陋しとせざるべし。されどその敵手なる女の、君の直きが如く直からざりしは、爭ふべからざる事實なるべし。否、我話の腰を折り給ふな。さてその初戀の眞の價は兎まれ、角まれ、その君が心に充したるもの、今や無慙にも引き放ちて棄てられ、その跡は空虚になりぬ。この空虚は何物もて填むべきか。君は昔こそ書を讀み空想に耽りて自ら足れりとし給ひけめ、彼女優の一たび君を現實世界に引き出したる上は、君も亦我等と同じく血あり肉ある人となり給ひて、その血その肉はその本來の權利を求めでは止まざるべし。少壯幾時かある。男兒何の敢てすべからざる事かあらん。されば我に物隱さんとし給ふには及ばざるにあらずや。われ。おん説の前半は、げにさもあるべく思はれて、空虚の事などは首肯しても好し。されどそを填めん策をば未だ講ぜしことあらず。夫人。さらば君は猶我説を問はんとし給ふか。君の既に一たび空想を出でながら、猶再びこれに還りて、一個の空想人物とならんとし給ふが怪しきなり。アヌンチヤタは君が理想の女ならずや。高尚なる人物ならずや。それすら空想人物のアントニオの君を棄てゝ、人柄下りたるベルナルドオを取りしなり。アヌンチヤタも男欲しかりしなり。斯く言ひ掛けて、サンタは愛らしき聲して笑ひ、おん身の餘りに罪なき性なるため、我に女の口より言ひ難き事さへ言はしめ給ふこそ憎けれとて、指もて我頬を彈きたり。
旅店に還りて獨り思ふに、サンタの我を評する言は、昔ベルナルドオの我を評せし言と同じ。此頃又フエデリゴの話を聞きしに、その羅馬にありし日の經歴には、我の夢にだに知らざるやうなることもありて、賤しきマリウチアさへその事に與れりといふ。世の人はわが厭ひおそるゝところのものを悦び樂むにや。アヌンチヤタの我を棄てゝベルナルドオを取りしなどは、現にもこれを證して餘あるが如くなり。果して然らばアヌンチヤタは我感情を愛して我意志を嫌ひしにやあらん。あらず、わが意志の闕乏を嫌ひしにやあらん、いと覺束なく心許なき事にこそ。
絶交書
拿破里に來てより既に一月を經ぬ。さるにアヌンチヤタとベルナルドオとの上に就きては、何の聞くところもあらず。或夕一封の書は到りぬ。何人のいかなる便するにかと、打ち返してこれを見るに、印はボルゲエゼ家の印にして、筆は主公の筆なり。われは心に聖母を祈りつゝ、開いてこれを讀みたり。其文に曰く。
御書状拜讀仕候。素と拙者の貴君の御世話可致と決心候節、貴君の爲めに謀候は、當地に於いて正當なる教育を受けられ、社會に益ある一人物となられ候樣にと希望候儀に有之候。然處貴君の行跡全く此希望と相反候は、今更是非なき次第と諦念候より外無之候。當初御萱堂不幸之砌、存寄らざる儀とは申ながら、拙者の身上共禍因と連係候故、報謝の一端にもと志候御世話も、此の如く相終候上は、最早債を償ひ劵を折候と同じく、何の恩讐も無之、一切事濟と看做候て宜かるべしと存候。然上は即興詩人と爲り藝人と爲りて公衆の前に出でられ候とも、拙者に於いて故障等可申には無之候。唯此際申入置度は、後日貴君の拙者一家に於ける從來の關係等、一切口外下さる間敷儀に御座候。生涯當家の恩義忘却致さずとは先年度々申聞けられ候處に有之候へども、拙者に報ずる所以の最大事件たる學問修行をば塵芥の如く棄てられ候て、今は其最小事件即ち拙者を呼ぶに恩人を以てせられ候儀さへ、拙者の心に屑とせざるものと成果候段、歎息の外無之候。草々不宣。
われは血の胸に迫るを覺えて、兩手は力なく膝の上に垂れたり。泣かば心鎭まるべけれども涙出でず、祈らば力着くべけれども語出でず。我は悶絶せる人の如く、頭を卓上に支へて坐すること良久しかりしが、其間何の思ふところもあらざりき。われは痛苦をだに明には覺えざりしなり。只だ心の底には言ふべからざる寂しさを感じて、今は聖母さへ世の人と同じく我を見放し給ふかと疑ひおもへり。
フエデリゴはこゝに來ぬ。進みて我手を握りて云ふやう。病めるか、アントニオ。獨り物思ふは惡しき事なり。汝はアヌンチヤタを失ひて不幸なりといへど、我は汝のアヌンチヤタを得て幸なるべかりしや否やを知らず。我經歴に徴するに、大抵わが遭逢せし所は、後に顧みるにわが最も宜しき所なりし也。然れども運命の人を引きすは、間頗る手荒きものにて、人はこれを痛苦とし不幸とするなりといふ。我は詞なくて、卓上の書状を指し、友のこれを讀む間、これに背きて涙を拂ひつ。友は我肩を撫でゝ、泣くが好し、泣かば心落着くべしと云へり。暫しありて友は我に、此書状を見たる後、既に思ひ定むる所ありやと問ひたり。此時われは忽ち思ひ付くよしありて、友に向ひて語り出でぬ。聞け吾友、われは僧とならんとす。我は幼きより聖母に仕へたるが、今思へば淺からぬ縁ありしならん。聖母の慈悲は廣大なれば、縱ひ一たび我を棄て給ふとも、いかでか我懺悔を聞き給はざることあらん。われは空想人物にて、汝等と同じからず。世間に立ち交るとも、何の益かあるべき。若かじ、今の機到り縁熟せるを幸として、平和を寺院の中に求めんには。友。おろかなり、アントニオ。否運に遭ひて志を屈せずしてこそ人たる甲斐はあれ。汝の氣力あり技倆あるを、傲慢なる羅馬の貴人に見せよ、世間に見せよ。詩人は賤しき業にあらず。汝は才あり學あればこそ、詩人とならんとは思ひ立ちしなれ。汝が前途は多望なり。されどわれおもふに、わが斯く辭を費すはいたづら事にはあらずや。汝が僧とならんといふは、けふの黄昏の暗黒なる思案にて、あすは旭日の光に觸れて泡沫のごとく消え去るべきものにはあらずや。兎まれ角まれ、汝が病をばわが手ぬかりにて長じたりと覺し、汝は獨り籠り居て蟲をおこしたるならん。あすは車一輛倩ひて、エルコラノ、ポムペイに往き、それよりヱズヰオの山に登るべし。先づ今宵は大路まで出でゝ、面白く時を過さん。世の中は驅足して行く如し。而して人々のおのが荷を負ひたり。鉛の重さなるもあり。翫具と一般なるもあり。友は斯く語りつゝ我を促し立てゝ出で行かんとせり。嗚呼、我にも猶此の如く慰め呉るゝ友あるこそ嬉しけれ。我は默して帽を戴き、友の後に跟きて出でぬ。
好機會
戸を出づれば小屋掛の小劇場より賑かなる音樂の聲聞ゆ。われ等二人は群集の間に立ちてその劇場の状を看たり。夫婦と覺しき男女、表をのみ飾りたる衣を纏ひて板敷の上に立ちたるが、客を喚ぶことの忙しさに、聲は全く嗄れたり。色蒼ざめたる一童子「ピエロオ」(滑稽役)の服を着けて、悲しげに「ヰオリノ」彈けば、姉妹なるべし、少女二人のこれを繞りて踊るを見る。哀なるかな此人々。その運命のはかなきこと我と同じきなるべし。我は大息を抑へて友の肩に倚りたり。友は慰めて云ふやう。物思も好き程にせよ。暫くこの邊を漫歩して、汝が目の赤きを風に吹き消させ、さて共にマレツチイ夫人の許に往かん。夫人は汝と共に笑ひ共に泣きて、汝が厭ふをも知らぬなるべし。こは我が能くせざるところにして夫人の能くするところなり。いざ/\と勸めつゝ、友は我を拉きて街上を行き巡り、遂に博士の家に入りぬ。
夫人は出で迎へて、好くこそ來給ひたれ、君等の定の日を待たで來給はんは何時なるべきと、兼ねてより思ひ居たりといふ。友。わがアントニオは又例の物の哀といふものに襲はれ居れば、そを少し爽かなる方に向はせんは、おん宅ならではと思ひて參りしなり。明日は共にエルコラノとポムペイとに往きて、ヱズヰオの山にも登らんとす。折好く噴火の壯觀あれかしと願ふのみといふ。博士聞きて友に對ひて云ふやう。そはいと好き消遣の法なり。われも暇あらば共にこそ往かまほしけれ。ヱズヰオに登らんは煩はしけれど、ポムペイの發掘の近状を見んこと面白かるべし。われはかしこより彩色の硝子器數種を得たれば、この頃そを時代別にして小論文一篇を作りぬ。今君に見せて、彩色に關する二三の疑を質さばやと思ふなり。アントニオ君はしばし妻の許に居給へ。後には集りて一瓶の「フアレルノ」(フアレルナに産する葡萄酒)を傾け、ホラチウスが詩を歌はんと云ふ。かくて主人は友を延いて入り、我をばサンタ夫人の許に留め置きぬ。
夫人。君は又新しき詩を作り給ひしならん。君が面を見るにその經營慘憺とやらんいふことの痕深く刻まれたる如きを覺ゆるなり。さきにはタツソオの詩を誦して聞せ給ひしが、その句は今も我懷に往來して、時ありては獨り涙を墮すことあり。そはわが泣蟲なるためにはあらず。など少しく氣を霽やかにして我面を見て面白き事を語り聞せ給はざる。尚默して居給ふか。若し言ふべきことなくば、わがこの新しき衣をだに譽め給へ。好く似合ひたるにあらずや。體にひたと着きてめでたからずや。詩人はかゝる些細なる事をも心に留めでは叶はぬものなり。我姿のすらりと痩せて「ピニヨロ」の木の如くなるを見給はずや。われ。そは直ちに心付き候ひぬ。夫人。おん身はまことに世辭好き人なり。我姿はいつもの通りなり。衣は緩く包みし袱の如し。否々、面を赤うし給ふことかは。おん身も年若き男達の癖をばえ逃れ給はずと思はる。今少し多く女子に交り給へ。われ等はおん身を教育すべし。おん身の友と我夫とは、今その考古學の深みに嵌まり居て、身動きだにせざるならん。いざ共に「フアレルノ」を飮まん。後には人々と同じく改めて杯を把り給ひても好しといふ。夫人に斯く勸められて、われは急に酒飮むことを辭み、世の常の物語せばやと、一言二言いひ試みしが、胸の憂に詞淀みて、いかにも心苦しければ、夫人よ恕し給へ、われは今快からず、さるを強ひて物語せば、そは徒におん身を惱ますに近からんと云ひつゝ、起ちて帽を取らんとせしに、夫人は忽ち我手を把りて再び椅子に着かしめ、優しく我顏を目守りて云ふやう。今は歸し參らせじ。おん身は何事にか遭ひ給ひしならん。心を隔て給ふことかは。わが氣輕なる詞つきは、おん身の心を傷つけたらんも計られねど、そは稟賦なれば、是非なし。われはまことにおん身の上を氣遣へり。何事にか遭ひ給ひしならば、包まずわれに語り給へ。故里の文をや得給ひし。ベルナルドオが創のためにみまかりしにはあらずやと云ふ。初めわれは主公の書を得たることを此人に告げん心なかりしが、斯く問はれて心弱く、有の儘に物語りぬ。さて詞を續ぎて、われは全く世に棄てられたり、世には一人の猶我を愛するものなしと欷歔して叫びし時、否、アントニオと云ふ聲耳に響きて、われは温き掌の我額を撫で、忽又熱き唇の其上に觸るゝを覺えき。否、アントニオ猶おん身を愛する人あり。おん身は善き人なり、可哀き人なり。夫人はかく言ひつゝ、もろ手もて我頭を抱き、その頬は我耳の邊に觸れたり。我血は湧き返りて、渾身震ひ氣息塞がりたり。此時人の足音して一間の扉は外より開かれ、主人はフエデリゴと共に入り來りぬ。サンタ夫人は徐に友を顧みて、好き處に來給ひたり、アントニオ君は熱を患へ給ふにやあらん、心地惡しとのたまひつゝ、忽ち青くなり又赤くなり給ふ故、安き心はあらざりきなど云ひ、又我に向ひて、いかに、今は前の如くにはあらざるならんと云ふ。その面持すこしも常に殊ならず。われは心の底に、言ふべからざる羞と憤とを覺えて、口に一語をも出すこと能はざりき。博士は例の古語を引きて、客人心地はいかなるにか、クピド(愛の神)の磨く箭にや中り給ひしなどいひつゝ、われ等に酒を勸めたり。夫人はわれと杯を打せて、意味ありげなる目を我面に注ぎ、これを乾さばや、好機會のためにと云ふに、我友點頭きてげに好機會は必ず來べきものぞ、屈せずして待つが丈夫の事なりと云ふ。この時博士も亦杯を擧げて、さらば我もその好機會のために飮まんと云ひぬ。夫人は高く笑ひて手もて我頬を撫でたり。
古市