23話 即興詩人(23)
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サンタのわれに優しきことは昔に變らず。されど人なき處にてこれと相見んことの影護たくて、若しフエデリゴの共に往かざるときは、必ず人の先づ集ひたらん頃を待ちて、始ておとなふこととなしつ。現にあやしきものは人の心なり。曾て心にだに留めざりし人と、ゆくりなく浮名立てらるゝときは、その人はそもいかなる人にかと疑ふより、これに心付くるやうになり、心付けて見るに隨ひて、美しくもおもはれ慕はしくもおもはるゝことありと聞く。我が夫人に於けるも亦これに似たるなるべし。前の事ありしより、我が夫人を見る目は昔に同じからで、その豐なる肌、媚ある振舞の胸騷の種となりそめしぞうたてき。
我がナポリに來てより早や二月とはなりぬ。次の日曜日はわが「サン、カルロ」の大劇場に出づべき期なり。其日の興行はセヰルラの剃手にて、その末折の終りてより、我即興詩は始まるべしとぞ掟てられし。番付には流石にわが實の苗字をしるさんことの恥かしくて、假にチエンチイと名告りたり。この運命の定まるべき日の、切に待たるゝと共に、あるときは其成功の覺束なき心地せられて、熱病む人の如くなることあり。けふも博士の家をおとづれたれど、われは人々の背後にかくれて物言ふことも稀なりき。フエデリゴは我が物思はしげなるを見ていふやう。いかに心地や惡しき。われとても同じさまなり。こは火山の所爲にて、この郷の空氣の惡しくなれるならん。ヱズヰオの噴火は次第に熾なり。熔巖の流は早く麓に到りて、トルレ、デル、アヌンチヤタの方へ向へりと聞く。今宵は激しき音の聞ゆるならん。空氣には灰多く雜れり。山に近き處にては、木々の梢皆灰に掩はれたり。巓の上は黒雲覆ひ重りて、爆發の度ごとに青き《ほのほ》その中に立ち昇れりといふ。サンタは色蒼く、瞳常ならず耀けるが、友の詞を聞きていふやう。われも熱に罹れりと覺ゆ。されど日曜日には病を力めて往くべし。友のためには命をさへ輕んずべし。その翌日熱に苦めらるゝこと前に倍すとも、そは顧みるべき事ならず。友は嬉しとおもふや、あらずや、そは知るべきならねどなど、心ありげに云へり。
われは日ごとに公苑に往き戲園に入り、又心安からぬまゝに寺院を尋ねて、聖母の足の下に俯することあり。頬燃え胸跳るばかりなる怖ろしき誘惑に想ひ到れば、懺悔の念轉深く、志を遂げ功を成さんと欲する大いなる企圖を顧み思へば、祈祷の心愈切なり。されど我靈は我肉と鬪へり。わが心機の一轉すべき期は、想ふに日曜日にあるならん。われは慰藉を得ずして、空しく聖母の膝下を走り出でぬ。
一たび偕に嚢家(博奕場)に往かずや、いかなる境界をも詩人は知らざるべからずとは、吾友フエデリゴの曾て云ひしところなり。されど友は我を伴ひしことなく、我も亦獨り往かん心を生ずることなかりき。こは見んことの願はしからざるにあらず、心の怯れたるなり。むかしベルナルドオの我にいひしことあり。汝はドメニカに育てられ、「ジエスヰタ」派の學校に人となりて、その血中には山羊の乳汁雜れり。されば汝は臆病なりといひき。當時われはその無禮を怒りしが、今思ふに此言は幾分の理なきにあらず。われまことに詩人となりて、善く社會の状態を歌はんには、先づかゝる怯懦の心を棄てざるべからず。わが此念をなしゝは、夕ぐれに此市に聞えたる嚢家の門を過ぐる時なりき。これぞ我膽を試みるべき好き機會なるべき、自ら博奕せでもあるべし、後に相識れる人々に語るとも、必ず咎むるものはあらじなど、自ら問ひ自ら答へて、騷ぐ胸を押し鎭めつゝ門に入りぬ。こゝには嚴かなる裝したる門者立てり。兩邊に燈を點じたる石階を登れば、前房あり。僮僕あまた走り迎へて、我帽と杖とを受取り、我が爲めに正面なる扉を排開したり。
戸内には燈明き室あまたあり。室ごとに大卓幾箇か据ゑたるを、男女打雜りたる客圍み坐せり。われは勇を鼓して先づ最も戸に近き一室を大股に歩み過ぎしに、諸人は顧みんとだにせざりき。卓の上には堆く金貨を積みたり。我目に留まりしは、十年前までは美しかりけんと思はるゝ、さたすぎたる婦人の服飾美しく面に紅粉を施せるが、痩せたる掌に骨牌緊しく握り持ちて、鷙鳥の如き眼を卓上の黄金に注ぎたるなり。若く美しき女子も二人三人見えたるが、その周匝には少年紳士群り立ちて、何事をか語るさまなりき。老若いづれはあれど、皆嘗て能く人の心を動しゝ人の、今は他の心文牌に目を注ぐやうになりしなるべし。
稍狭き室に紅緑に染め分けたる一卓あり。客は柱文銀(「コロンナアトオ」といふ、その文樣に依りて名づく、我二圓十五錢許に當る)一塊若くは數塊を一色の上に置く。球ありて此卓上を走り、その留まる處の色は、賭者をして倍價の銀を贏ち得しむ。傍より覗ふに、その速なることは我脈搏と同じく、黄白の堆は忽ち卓に上り又忽ち卓を下る。われは覺えず兜兒を搜りて一塊の柱文銀を取り、漫然卓上に擲ちたるに、銀は紅色の上に駐まれり。監者は我面を注視して、其色の意に適へりや否やを問ふものゝ如し。われは又覺えず頷きたり。球は走り、我銀は二塊となりぬ。われはこれを收むるを愧ぢて、銀を其處に放置せり。球は走り又走りて、銀の數は漸く加りぬ。運命は我に與するにやあらん。銀の嵩は次第に大いになりて、金貨さへその間に輝けり。われは喉の燃ゆるが如きを覺えたれば、葡萄酒一杯を買ひてこれに灌ぎつ。黄白の山はみる/\我前に聳えたり。忽ち球は我色に背きて、監者は冷かに我銀の山を撈ひ取りぬ。われは夢の醒めたる如くなりき。我がまことに失ひしは柱文銀一つのみと、獨り自ら慰めて次の室に入りぬ。
こゝには數人の少女あり。中なる一人の姿貌は宛然たるアヌンチヤタなるが、只だ身幹高く稍肥えたるを異なりとす。われは暫くこれに注目せしに、少女は我前に歩み寄りて、傍なる小卓を指し、おん敵手にはなるまじけれどと耳語きたり。わが輕く辭みて數歩を退き去るを、少女は訝かしげに見送り居たり。
奧の詰なる室には、少年紳士等打寄りて撞球戲をなせり。婦人も幾人か立ち雜りたるに、紳士中には上衣を脱ぎたるあり。われは初め此社會の風儀のかくまで亂れたるをば想ひ測らざりしなり。入口の戸に近く、此方に背を向けて撞杖を揮へる丈高き一男子あり。今の撞きざまや巧なりけん、人々喝采せしに、前に我に骨牌を勸めし少女も彼男子の面を覗きて、笑みつゝ何事をかさゝやきたり。男は振り向きざまにその頬に接吻し、女は嬌嗔してその男を打てり。われは遙に彼男の横顏を望み見て慄慴せり。そはその餘りにベルナルドオに肖たるが爲めなり。われは進みてこれに近づくべき膽力なかりき。されどその眞のベルナルドオなりや否やを知らんことの願はしければ、傍にほの暗き室の戸の開きありたるを見て、我より窺ふべく彼より見るべからざらしめんために、壁に沿ひて徐に歩み、そとこれに進み入れり。天井には紅白の硝子燈を弔りたれど、わざと明闇相半して處々蔭多からしめたり。室は假の庭園なり。薄片鐵を塗りて葉となしたる蔓艸は、幾箇のさゝやかなる亭に纏ひ附きて、その間には巧に盆栽の橘柚等を排べたり。亭の前なる梢には剥製の鸚鵡の止まりたるあり。冷なる風は窓より入りて、自奏器の樂聲人の眠を催さんとす。
わが此裝置を一瞥し畢りし時、彼のベルナルドオに肖たる男はこなたに向ひて足の運び輕げに歩み來たり。われは思慮を費すに遑あらずして、近き亭の内に濳みしに、男は面に笑を湛へて閾上に立ち留まりぬ。その面は恰も我方へ眞向になりたるが、われはそのまがふ方なきベルナルドオなることを認め得たり。渠は隣なる亭に歩み入り、長椅に身を投げ掛けて、微かに口笛を鳴し居たり。我胸裏には萬感叢起せり。ベルナルドオこゝに在り。我と他と咫尺す。われはかく思ふと共に、身うちの悉く震ひわなゝくを覺えて、力なく亭内なる長椅の上に坐したり。花卉の薫、幽かなる樂聲、暗き燈火、軟なる長椅は我を夢の世界に誘ひ去らんとす。現に夢の世界ならでは、この人に邂逅すべくもあらぬ心地ぞする。少焉ありて前のアヌンチヤタに似たる少女は此室に入り、將に進みて我が居る亭に入らんとす。われは心にいたく驚きて、身内の血の湧き立つを覺えき。その時ベルナルドオは忽ち聲朗かに歌ひはじめたり。少女は聲をしるべに隣の亭に入りぬ。衣の戰ぎと共に接吻の聲我耳を襲へり。此聲は我心を焦し爛かせり。嗚呼アヌンチヤタは我を去りて此輕薄男子に就きしなり。この男子アヌンチヤタを獲てより幾時をか經し。而るに其唇は早く既にこの淤泥もて捏ね成したる妖姫の身に觸るゝなり。われは此室を馳せ出で、此家を馳せ出でたり。我胸は怒と悲とのために裂けんとす。此夜は曉近うして纔にまどろむことを得たり。
我が「サン、カルロ」の劇場に登るべき日は明日となりぬ。これを待つ疑懼の情と、さきの夜戀の敵に出逢ひたる驚愕の念とは我をして暫くも安んずること能はざらしむ。わが聖母其他の諸聖を祈る心の切なりしこと此時に過ぐるはなかりき。われは寺院に往きて、彼の救世者流血の身に擬したる麪包を乞ひ受け、その奇しき力の我を清淨にし我を康強にせんことを祷りぬ。尊き麪包は果して我に多少の安堵を與へぬ。されどこゝに最も心にかゝる一事あり。そはアヌンチヤタの此地にあるにはあらずや、ベルナルドオはこれに隨ひて來たるにはあらずやといふ疑問なりき。既にしてフエデリゴは我が爲めに偵知して、アヌンチヤタのこゝにあらず、ベルナルドオの四日前に單身こゝに到りしを報ず。友は綿密に市の來賓簿を閲しくれたるなり。サンタの熱は未だ痊えず、されど明日の興行には必ず往かんと誓へり。ヱズヰオは火を噴き灰を雨らすること故の如し。而して我名を載せたる番付は早く通衢に貼り出されたり。
初舞臺
日暮れて劇場の馬車の我を載せ行きしは、樂劇の幕の既に開きたる後なりき。若し運命の女神にして、剪刀を手にして此車中に座したらんには、恐らくは我は、いざ、截れと呼ぶことを得しならん。われは只だ神を頼みて餘念なかりき。
場内の逍遙場には俳優と文士と打雜りたる一群ありき。中には我と同業なる即興詩人さへありて、其名をサンチイニイと云ふ。平素人に佛蘭西語を教ふ。われはその群に近づきたり。會話は甚だ輕く、交ふるに笑謔を以てす。セヰルラの剃手の曲の爲めに登場する俳優は、乍ち去り乍ち來り、演戲のその心を擾さゞること尋常の社交舞に異ならず。舞臺はその定住の地なればさもあるべし。
サンチイニイの云ふやう。吾等は君に難題を與ふべし。譬へば殼硬き胡桃の拆き難きが如し。されど君は能く拆き能く解き給ふならん。われも猶初めて登場せし時の戰慄の状を記せり。されど我智は我に祕訣を授けたり。そは閨情、懷古、伊太利風土の美、藝術、詩賦等、何物にも附會し易きものあるを用ゐ、又人の喝采を博すべき段をば先づ作りて諳んじ置くことを得る事なりと云ふ。われ絶て此種の準備なしと答へしに、サンチイニイ頭を掉りて、否、そは隱し給ふなり、要するに君の如き怜悧なる人には此業いと易しと耳語けり。
剃手の曲は終りて、われは獨り廣闊なる舞臺の上に立てり。座長は笑を帶びて我顏を打目守り、斷頭臺は築かれたりと耳語きて、道具方に相圖せり。幕は開きたり。斯て此大劇場の觀棚に對して立てる時、わが視る所は譬へば黒洞々たる大坑に臨める如く、僅に伶人席の最前列と高き觀棚の左右の端となる人の頭を辨ずることを得るのみ。濃く温なる空氣は漲り來りて我面を撲てり。われは我精神の此の如く安く夷なるべきをば期せざりき。その状態は固より興奮せり。而れどもその諸機に觸觸」は底本では「 觸」]し易き性は十分に備はりたり。われは自家の精神作用の緊張を覺ゆると共に、又其明徹を覺えたり。猶晴れたる冬の日の空氣の極めて冷に兼ねて極めて明なるがごとくなるべし。
看客は片紙に題を記して出し、警吏これを檢して、その法律に抵觸せざるを認めたる後、われに交付す。われは數題中に就いて其一を簡み取る自由あり。初なる一紙には侍奉紳士と題せり。こは人妻に事ふる男を謂ふ。中世士風の一變したるものなるべし。されどわれは未だ深く心をこれに留めしことなし。(原註。「イル、カワリエル、セルヱンテ」又「チチスベオ」、今侍奉紳士と翻す。此俗本とジエノワ府商賈より出づ。その行販して郷を離るゝもの婦を一友に托す。これを侍奉紳士といふ。初め僧に托するを常とせしが、後又俗士を擇む。侍奉紳士は婦の早起盥漱する時より、深更寢に就く時に至るまで、其身邊に在りて奉侍す。他婦を顧みることを容さず、聞く侍奉紳士中褻に及ばざるもの往々にして有り。嘗て一男子の歿するや、其誄辭中侍奉紳士となりて責を負ひ任を全うすといふ語ありきと。)われは此俗を歌ふ一曲の人口に膾炙するものあるを知れど、急にこれに依りて思を搆ふること能はず、(曲とは「フエミナ、ヂ、コスツメ、ヂ、マニエレ」と題するものを謂ふ、「ソネツトオ」なり、ミユルレルの羅馬と其士女との卷中に收めたり。)望を第二紙に屬してこれを開きたり。紙上にはカプリと書せり。是れ亦わが爲めの難題なり。われは拿破里よりその山脈の美しきを賞しつれども、未だ一たびも此島に航せしことあらず。若し二者中一を取らば、猶侍奉紳士をこそ辭を措き易しとせめ。われは第三紙を開きたり。題して拿破里の窟墓といふ。これも亦我未知の境なり。されど窟墓の一語は忽ち少時の怖ろしき經歴を想ひ起す媒となりぬ。フエデリゴとの漫歩より地下に路を失ひたる時の心の周章など、悉く目前に浮びぬ。われは直ちに絃を撥きて歌ひ出でぬ。章句は自らにして成りぬ。われは唯だ自家少時の經歴を語りしのみ、唯だ羅馬の地下窟を以て拿破里の地下窟となしゝのみ。即興詩の末解は、一たび失ひつる絲の端を再び探り得たる喜を敍したり。喝采はあまたゝび起りぬ。われは脈絡中に三鞭酒の循るが如き感をなしたり。
われは第二曲の題として蜃氣樓を得たり。こは拿破里又シチリアの水濱にて屡見るゝものといへど、われは未だ嘗て見しことあらず。唯だ此重樓複閣の奧には、我に親しき神女棲み給ふ。これをフアンタジア(空想)の君とはいふなり。われは唯だ平生夢裏に遊べる境界を歌はんのみ。その中には同じ神女の宮殿あり、苑囿あり。われは急に我資材を引纏めて、一の布局を定め、一の物語となしたり。歌ひ出づるに從ひて、新しき思想は多く來り加はりぬ。先づ敍したるは荒廢せる一寺院なりき。景をポジリツポに取りて、わざと其名をば擧げざりき。簷傾き廊朽ちて、今や漁父の栖家となりぬ。聖像を燒き附けたる窓の下に床ありて、一童子臥したり。月あかくいと靜けき夜、美しき童女來りおとづれぬ。その美しさは譬へんに物なく、その身の輕きことそよ吹く風に殊ならず。兩の肩には五彩燦然たる翼生ひたり。二人は共に嬉み遊べり。少女は漁家の子を引きて、緑深き葡萄園に往き、又近きわたりの山に分け入るに、まだ見ぬ景色いと多く、殊に山腹の自ら闢けて、その中にめでたき壁畫と數多き贄卓とある寺院の見えたるなど、言へば世の常なり。或るときは共に舟に棹して青海原を渡り、烟立つヱズヰオの山に漕ぎ寄せつるに、山は全く水晶より成れりと覺しく、巖の底なる洪爐中に、烟渦卷き火燃え上るさま掌に指すが如くなり。或るときは共に地下の古市に遊ぶに、康衢屋舍悉く存じて、往來織るが如く、その殷富豐盛なること、書讀む人の遺蹟を見て説き聞かするところに増したり。少女は嘗て其羽を脱ぎ卸して、その童子の肩に結び、いざ共に空に翔らんといふ。おのれは風なす輕き身なれば、羽なきと羽あると殊ならずとなり。橘柚檸檬の林を見下し、高くは山巓の雲を踏み、低くは水草茂れる沼澤の上を飛びしときは、終に茫漠たる平野の正中なる羅馬の都城に至りぬ。鏡の如き蒼海を脚下に見、カプリの島の外遠く翔りて、夕陽の雲の奧深く入りしときは、忽ち粉彫墻の前に横はるを見て、これは何ぞと問ひしに、少女答へて、母君の築き給ひし城よと云ひぬ。少女は童子と樂しき日をこの城の内に送りしこと數なりき。童子の齡漸く長ずるに及びて、少女の訪ひ來ること漸く稀になり、はてはをり/\葡萄棚の葉の間又は柑子の樹の梢の隙より、美しき目もてそとさし覗くのみとなりぬ。童子はこれを見るごとに戀しく懷かしきこと限なく、人知らぬ愛に胸を苦めたりき。漁父は童子を伴ひて海に往き、艫を搖し帆を揚げ、暴風と爭ひ怒濤と鬪ふことを教へつ。年長けて後、この少年の今は影だに見せぬ昔の友を懷ふ情は愈深くのみなりゆきぬ。月清く波靜なる夜半に、獨り舟中にあるときは、ともすれば艫を搖す手のおのづから休み、澄み渡りて底深く生ふる藻のゆらめくさへ見ゆる水にきと目を注けて、瞬もせず打目守ることあり。かゝる時は昔の少女、その嬌眸を《みひら》きて水底より覗き、或は頷き或は招けり。とある朝漁村の男女あまた岸邊に集ひぬ。そは旭日の波間より出でんとする時、一箇の奇しく珍らしき島國のカプリに近き處に湧き出でたればなり。飛簷傑閣隙間なく立ち並びて、その翳なきこと珠玉の如く、その光あること金銀の如く、紫雲棚引き星月麗れり。現にこの一幅の畫圖の美しさは、譬へば長虹を截ちてこれを彩りたる如し。蜃氣樓よと漁父等は叫びて、相指して嬉み笑へり。彼の漁父の子のみは獨り笑はざりき。知らずや、かの樓閣はわが昔少女と共に遊び暮しゝ處なるを。懷舊の念しきりにして、戀慕の情止むことなく、雙眸涙に曇る時、島國は忽ち滅えたり。月あかき宵の事なりき。島國は又湧き出でぬ。忽ち一隻の舟ありて、漁父等の立てる岬の下より、弦を離れし征箭の如く、波平かなる海原を漕ぎ出で、かの怪しき島國の方に隱れぬ。黒雲空を蔽ひて、海面には暗緑なる大波を起し、潮水倒立して一條の巨柱を成せり。須臾にして雲斂まり月清く、海面復た平かになりぬ。されど小舟は見えざりき。彼漁父の子も亦あらずなりぬ。歌ひ畢るとき、喝采の聲前に倍し、我膽力は漸く大に、我興會は漸く高し。
第三曲の題はタツソオなりき。われは一たびタツソオたりしことあり。レオノオレは即ちアヌンチヤタなり。我等はフエルララ宮中に相見たり。われは囹圄の苦を嘗め、懷裡に死を藏して又自由の身となり、波立てる海を隔てゝソルレントオより拿破里を望み、また聖オノフリイ寺の樹の下に坐し、戴冠式の鐘聲カピトリウム街頭に起るを聞けり。されど冥使早く至りて其冠をわれに授けつ。是れ不死不滅の冠なりき。思想の急流は我を漂し去りて、我心跳は常に倍せり。
最後の一曲はサツフオオの死を題とす。嫉妬の苦も亦我が自ら味ひたるところなり。アヌンチヤタが痍負ひたるベルナルドオに吝まざりし接吻は、今憶ふも猶胸焦がる。サツフオオの美はアヌンチヤタに似て、その戀情の苦は我に似たり。波濤はこの可憐なる佳人を覆ひ了んぬ。(十六世紀の伊太利詩人タツソオと前七世紀の希臘女詩人サツフオオとの傳は今煩を憚りて悉く註せず。)看客は皆泣けり。拍手の聲は狂瀾怒濤の如く、幕一たび墮ちて後、われは二たび幕の外に呼び出されぬ。
喜は身に滿ち兼ねて胸を壓せり。舞臺を下りて、人々の來り賀するに逢ひし時、われは痙攣のさましたる啼泣を發したり。此夕サンチイニイ、フエデリゴ及二三の俳優は我が爲めに小筵を開けり。我心は嬉みたれど我舌は緘ぼれたりき。フエデリゴ打興じて曰ふやう。此男は一の明珠なり。その一失は第二のヨゼツフたるにあり。(ヨゼツフは童貞女の夫にして耶蘇の義父なり。)盍ぞ薔薇を摘まざる、その凋落せざるひまに。
夜更けて後客舍に歸り、聖母と救世主との我を棄て給はざりしを謝して、いと穩なる夢を結びつ。
人火天火