即興詩人

34話 即興詩人(34)

4,785字 約10分 2005年9月18日 公開

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 羅馬より(もたら)したる紹介状は、我をして相識を得しめ、我をして所謂朋友あらしめたり。人々は我を「アバテ」と喚べり。我言の善きをば人皆褒め、我(ざえ)をば人皆稱せり。羅馬なる恩人は常に我に不快なる事を告げ、中にはことさらに我に快からざるべき事どもを探り(もと)めて、そを我に告ぐる如くなりしに、今はさる詞を耳にすることなし。羅馬にては常に長上にのみ交ることゝて、フラミニアの姫の情あるすら、我をして抑壓の苦を忘れしむること能はざりしに、今は心にさる負荷(おひに)を覺ゆることなし。苦言を聞かざるは、信ある友なきなりといへば、こゝには信ある友は絶て無きなるべし。

 われは大統領(ドオジエ)(たち)輪奐(りんくわん)の美を(たづ)ねて、その華麗を極めたる(むな)しき殿堂を(へめぐ)り、おそろしき(いき)地獄の圖ある鞠問所(きくもんじよ)を觀き。われは彼四面皆(ふさが)りたる橋の、小舟通ふ溝渠の上に架せられたるを渡りぬ。是れ館より牢獄に往く道にして、名づけて歎息橋と曰ふとぞ。橋に接する處は即ち牢井(らうせい)なり。(わたどの)に點じたる燈火(ともしび)は僅かに狹き鐵格(てつがう)を穿ちて、最上層の(ひとや)を照し出せり。此層の如きは、これを下層に比するときは、猶晴やかなる(へや)と稱すべきならん。(うるほ)ひて(きのこ)を生じたる床は、《はるか》に溝渠の水面の下にあり。あはれ、此房の壁は幾何(いくばく)の人の歎息と叫喚とを聞きつる。われは慴然(せふぜん)として肌膚(きふ)(あは)を生ずるを覺え、急に舟を呼んで薄赤いろなる古宮殿、獅子を刻める石柱の前を過ぎ、鹹澤(かんたく)の方に向ひぬ。舟の指すところは即ち所謂岸區(リド)なりき。

 われは岸區に近づくとき、何物をか見し。ここには一の大いなる墓田ありき。外國人(とつくにびと)と新教徒とは、この水と水とに挾まれたる一帶の土の、殆ど時々刻々洗ひ去らるゝ(さま)をなせる處に埋めらるゝなり。白き人骨は(いさご)の表に(あらは)れて、これが爲めに(こく)するものは、只だ浪の音あるのみ。

 漁父の危きを冒して沖に出でたるとき、その妻そのいひなづけの妻などの、坐して夫の舟の歸るを待つは、此岸區なりといふ。颶風(ぐふう)の勢少しく(くじ)けたるとき、こゝに坐したる女子(をみなご)の、彼恢復せられたるエルザレム中の歌を歌ひ、耳を傾けて夫の聲のこれに應ずるや否やを(うかゞ)ひしこと幾度ぞ。さるをその(なつ)かしき夫の聲の終に應ずることなく、可憐の女子の獨り不言の海に對して口は復た歌ふこと能はず、目は空しく沙上の髑髏(されかうべ)を見、耳は徒らに岸打浪(きしうつなみ)の音を聞きて、暮色の漸く死せる古都を(おほ)ふを覺えしこと又幾度ぞ。

 この暗澹たる畫圖は我心目に上りて消えず、我情調はこれに一層の悲慘の色を添へんとせり。わが對するところの自然は、無常と歴劫(れきごふ)との觀を()き起すこと、一の寺院の如くなりき。フラミニアの姫の詞は、此時(はし)なく憶ひ出されぬ。詩人は神の預言者にあらずや。何故に詩人は神の徳を頌せんことを勉めざる。嗚呼、我は忽ち此詞の眞理なることを感得せり。不滅なる詩人の心は不滅なる神をこそ詩料とすべきなれ。目前の榮華は泡沫の五彩の色を現ずるに異ならずして、その生ずる時はやがてその滅する時なり。われは忽ち興到り氣(ふる)ふを覺えしに、忽ち又興散じて氣衰ふるを覺え、悄然として舟に上り、大海に臨める岸區(リド)に着きぬ。

 海はやゝ浪立てり。われは佇立(ちよりつ)してアマルフイイの(いりえ)を憶ひ起しつゝ、目を轉じて身邊を顧みれば、波のもて來し藻草と小石との間に坐して、草畫を作れる男あり。われは其姿に(ちと)の見おぼえあるをもて、(しづか)にこれに近づくほどに男は身を起して此方(こなた)に向へり。こは我がヱネチアに來てよりの新相識の一人なる貴族の少年にて名をポツジヨといふものなりき。

 ポツジヨのいふやう。こゝにて君と相見んとは思ひ掛けざりき。この怒り易く(たの)み難きハドリアの海の、能く君を招き致したるは、唯だその紅波白浪の美あるがためか、そも/\別に美なるものありて、この岸區に住めるにはあらざるかといひぬ。我等は互に進み寄りて手を握りつ。

 人の語るを聞くに、ポツジヨは畫才ありて資力なき人なり。その人に對する言語動作は活溌にして、間々放縱なるかとさへ疑はるゝ節あれども、まことはいみじき厭世家なり。言ふところはドン・ホアンを(あざむ)蕩子(たうし)なる如くにして、まことは(サン)アントニウスの誘惑を峻拒(しゆんきよ)する氣概あり。無邪氣なること赤子の如く、胸中一事を包藏するに堪へざるものに似て、智を(たの)める士流は遂にその底蘊(ていうん)を窮むること能はず。こは深き憂に(あた)れるが爲めなるべけれど、その憂は貧か戀か、そも/\別に尋常(よのつね)ならざる祕密あるか。これを知るもの絶て無しとぞ。われは人の若語(しかかた)るを聞きて、かねてよりポツジヨに親まんことを願ひしかば、今ゆくりなくこれに逢ひて、心にこの邂逅を喜び、早く胸の狹霧(さぎり)のこれがために晴るゝを覺えき。

 ポツジヨは海を指ざしてかゝる青く波立てる大面積は羅馬の無き所なり、おほよそ地上の美なるもの海に()くはなかるべし、(むべ)なり海はアフロヂテの母にしてと云ひさし、少し笑ひて、又ヱネチア歴代の大統領の未亡人なりといへり。われ。海を愛する心は、ヱネチアの人殊に深かるべき(ことわり)あり。海は己れが母なるヱネチアの母にして、己れを愛撫し己れを游嬉せしむる祖母なればなり。ホツジヨ。その氣高かりし海の(むすめ)の今は頭を()れたるぞ哀なる。われ。フランツ帝の下にありて幸ありとはいふべからざるか。ポツジヨ。われは政治を解せず。ヱネチア人は今も不平を説くことを(もち)ゐざるなるべし。されどわが解するところのものは美妙なり。陸上宮殿の柱像(カリアチデス)たらんは、海の女王たらんことの崇高なるには()かず。おもふに君の美妙を崇拜し給ふこと我に殊ならざるべければ、君はかしこより來る彼美(かのび)の呼び迎ふるをも(いな)み給はぬならん。こは識る所の酒亭(オステリア)の娘なり。共に往き給はずやといふ。われはポツジヨと少女(をとめ)に誘はれて、海に(のぞ)める小家に入りぬ。酒は(うま)し。友は善く談ぜり。誰かポツジヨが軽快なる辯と怡悦(いえつ)の色とを見て、その厭世の客たるを知り得ん。我は共に坐すること二時間ばかりなりしに、舟人は急に我を呼びて歸途に就かんことを促せり。こは颶風(ぐふう)(しるし)ありて、岸區(リド)とヱネチアとの間なる波は、最早小舟を危うするに足るが故なりと云へり。ポツジヨは耳を(そばだ)てたり。何とか云ふ。颶風は我が久しく觀んことを願ひしところなり。「アバテ」も暫く我と共に留まり給へ。日の暮るゝまでには()ぐべし。(もし)凪がずば、枕をこの(かや)屋根の下に安くして、波の音を聞くこと、昔子もり歌を聞きしが如くせんといふ。我は舟人を顧みて、舟を要せば別に雇ふべければ、汝達は去留自在にせよといひて、暇を取らせつ。

 須臾(しゆゆ)にして波濤洶々(きよう/\)の音漸く高く、風力の衝突は頻りに全屋を(うごか)せり。我とポツジヨとは(とも)に戸外に出でゝ瞻望(せんばう)したり。時に夕陽は震怒したる海の暗緑なる水を射て、大波の起る處雪花亂れ(ひるがへ)れり。地平線に近き邊には、層雲(たい)を成して、稻妻の其間より閃發(せんぱつ)せるさま、幾箇の火山の噴坑を開けるに似たり。我等は忽ち二三の舟の紙上の黒點の如く彼雲に映ずるを見しが、忽ち又之を失へり。岸を()む水は、石に觸れて倒立し、鹹沫(しぶき)は飛んで二人の面を()てり。ポツジヨの興は風浪の高きに從ひて高く、掌を()ちて哄笑し、海に對して快哉(くわいさい)を連呼せり。此興は我に感じ傳はりて、我は胸中の苦悶の天地の忿怒に壓倒せらるゝを覺え、亦ポツジヨの聲に應じて叫びぬ。

 暮色は急に襲ひ至りぬ。我等は(あづまや)に入りて、(たうろ)の女をして良酒を供せしめ、續けさまに數杯を傾けて、此自然の活劇を(もてあそ)べり。忽ちポツジヨの聲を放ちて歌ふを聞きつ。其曲は嘗て此地に來りしとき舟中にありて聞きしと同じき戀の歌なり。われ杯を擧げて、ヱネチアの美人の健康のために飮まんと云へば、ポツジヨ、さらば我は羅馬の美人のために飮まんと云ふ。若し相識らぬ人の、我等の狂態を見たらんには、定めて尋常時(つねのとき)に及びて行樂する(ともがら)となすなるべし。ポツジヨのいふやう。女子の美は羅馬に()くはなし。君はいかにおもひ給ふか。(はゞか)ることなく答へ給へ。われ。そは我が首肯する所なり。ポツジヨ。さもあるべし。されど伊太利第一の美人は此ヱネチアにこそあれ。憾むらくは君未だ市長(ボデスタ)の女を見給はず。清楚なること此の如きは、世の絶て無くして僅に有るところにして、これをや精神上の美とは云ふべき。若しカノワにして此女を識りたらましかば、その三美(ハリテス)の像の最も少きをば、必ず此女の姿によりて摸し成ししならん。(カノワは彫匠(てうしやう)なり。ポツサニヨに生れヱネチアに歿す。三美の像は獨逸ミユンヘンに在り。)われは嘗て晩餐式ありしとき、寺院にて見、又聖摩西(サン、モセス)の劇場にて一たび見たり。その高根の花に似て、仰ぎ看るだに容易(たやす)からぬを恨むものは、獨り我のみにはあらず。おほよそヱネチアの少年紳士にして同じ恨を抱かぬはあらざるならん。只だ人々と我と相異なるは、彼は懸想(けさう)し我は懸想せざるのみ。我俗眼もて見れば、彼人は餘りに天人めきたり。されど天人は崇拜の對象とすべきならん。「アバテ」はいかに思ひ給ふといふ。われは此語を聞いて、フラミニアの事を思ひ出し、喜の色は我面より消え失せたり。ポツジヨ。酒は好し。風波は我(えん)の爲めに歌舞す。いかなれば君(うれひ)の色を見せ給ふぞ。われ。市長(ボデスタ)は客を招き筵を張ることありや。ポツジヨ。稀にそのことなきにあらず。されど招請(せうせい)(つゝし)むこといと(おごそか)なり。(いはん)や彼人は物に(おそ)るゝこと鹿子(かのこ)の如く、同じ席に(つらな)るものもたやすく近づくこと能はざるを奈何せん。われは必ずしもかの人心より此の如しと説かず。そは人にめづらしがられんとてかく振舞ふ女も少からねばなり。そが上に彼人の身上には明白ならざる處なきにしもあらず。わが聞くところに依れば、市長に二人の妹ありて、皆久しく遠國に住めりき。その最も(わか)き方の妹は希臘人に嫁ぎたりしに、その夫婦の間に彼の()しき少女はまうけられぬといふ。今一人の妹は猶處子(しよし)なり、しかも老いたる處子なり。四とせ前の頃彼の少女を伴ひて歸り來りしは、此の老處子に他ならざりき。

 夜の如き闇黒は急に酒亭(オステリア)を襲ひて、ポツジヨが話の腰を折りたり。あなやと驚く(ひま)もあらせず、赫然(かくぜん)たる電光は身邊を(めぐ)り、次いで雷聲大に震ひ、我等二人をして覺えず首を()れて、十字を空に畫かしめつ。

 酒亭の女主人(をみなあるじ)色を變じて馳せ來りて云ふやう。氣の毒なることこそ出來(いできた)り候ひぬれ。岸區(リド)(すぐ)れたる舟人六人未だ海より歸らずして、就中(なかんづく)憐むべきアニエエゼは子供五人と共に岸に坐して待てり。いかになり行くことならん。只だ聖母(マドンナ)の御惠を祈らんより外(すべ)なしといひぬ。忽ち歌頌の聲はわれ等の耳に入れり。戸を出でゝ覗へば、彼の激浪倒立すること十丈なる岸頭に、一群の女子小兒の立てるあり。小兒等は十字架を棒げ持てり。群のうちに一人の年少(わか)き女の、地に坐して海上を凝視せるあり。この女は赤子に乳房を(ふく)ませたるに、別に年稍長ぜる一兒の膝に枕したるさへありき。忽ち一道の雷火下り射ると共に、颶風は引き去らんと欲する(さま)をなせり。地平線には小き稻妻亂れ起りて、暗碧なる浪の(さき)なる雪花はほの/″\と白み來れり。彼女は俄に蹶起(けつき)して、舟はかしこにと呼べり。われ等はその指す方に一の黒點あるを認め得たり。黒點は次第に(あざや)かになりぬ。時に一人の老漁ありて、(かち)いろなる無庇帽(つばなしばうし)を戴き指を組み合せて立ちたりしに、不意にあなやと叫べり。聲未だ(をは)らざるに、我等は黒點の泡立てる巨濤の蔭に隱るゝを見たり。果せるかな老漁の目は我を欺かざりき。一群の人は周章の色を現せり。天の漸く明かに、海の漸く靜に、舟人遭難の事の漸く確實になりゆくと共に、周章の色は加はり來れり。小兒は捧げ持ちたりし十字架を地に(ゆだ)ねて、泣き(さけ)びつゝ母に(すが)りぬ。その時老漁は十字架を地より拾ひて、救世主の足に接吻し、更に高くこれを《さゝ》げて口に聖母(マドンナ)の御名を唱へき。

 半夜に至りて天に纖雲なく、皎月(けうげつ)はヱネチアと岸區(リド)との間なる風なき水を照せり。われはポツジヨと舟を(やと)ひて岸區を離れたり。そは留まりて彼の五子の母を慰藉し、又これを救恤(きうじゆつ)するに由なかりしが爲めなり。

   感動

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