34話 即興詩人(34)
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羅馬より齎したる紹介状は、我をして相識を得しめ、我をして所謂朋友あらしめたり。人々は我を「アバテ」と喚べり。我言の善きをば人皆褒め、我才をば人皆稱せり。羅馬なる恩人は常に我に不快なる事を告げ、中にはことさらに我に快からざるべき事どもを探り覓めて、そを我に告ぐる如くなりしに、今はさる詞を耳にすることなし。羅馬にては常に長上にのみ交ることゝて、フラミニアの姫の情あるすら、我をして抑壓の苦を忘れしむること能はざりしに、今は心にさる負荷を覺ゆることなし。苦言を聞かざるは、信ある友なきなりといへば、こゝには信ある友は絶て無きなるべし。
われは大統領の館の輪奐の美を討ねて、その華麗を極めたる空しき殿堂を經り、おそろしき活地獄の圖ある鞠問所を觀き。われは彼四面皆塞りたる橋の、小舟通ふ溝渠の上に架せられたるを渡りぬ。是れ館より牢獄に往く道にして、名づけて歎息橋と曰ふとぞ。橋に接する處は即ち牢井なり。廊に點じたる燈火は僅かに狹き鐵格を穿ちて、最上層の獄を照し出せり。此層の如きは、これを下層に比するときは、猶晴やかなる房と稱すべきならん。濕ひて菌を生じたる床は、《はるか》に溝渠の水面の下にあり。あはれ、此房の壁は幾何の人の歎息と叫喚とを聞きつる。われは慴然として肌膚の粟を生ずるを覺え、急に舟を呼んで薄赤いろなる古宮殿、獅子を刻める石柱の前を過ぎ、鹹澤の方に向ひぬ。舟の指すところは即ち所謂岸區なりき。
われは岸區に近づくとき、何物をか見し。ここには一の大いなる墓田ありき。外國人と新教徒とは、この水と水とに挾まれたる一帶の土の、殆ど時々刻々洗ひ去らるゝ状をなせる處に埋めらるゝなり。白き人骨は沙の表に露れて、これが爲めに哭するものは、只だ浪の音あるのみ。
漁父の危きを冒して沖に出でたるとき、その妻そのいひなづけの妻などの、坐して夫の舟の歸るを待つは、此岸區なりといふ。颶風の勢少しく挫けたるとき、こゝに坐したる女子の、彼恢復せられたるエルザレム中の歌を歌ひ、耳を傾けて夫の聲のこれに應ずるや否やを覗ひしこと幾度ぞ。さるをその懷かしき夫の聲の終に應ずることなく、可憐の女子の獨り不言の海に對して口は復た歌ふこと能はず、目は空しく沙上の髑髏を見、耳は徒らに岸打浪の音を聞きて、暮色の漸く死せる古都を掩ふを覺えしこと又幾度ぞ。
この暗澹たる畫圖は我心目に上りて消えず、我情調はこれに一層の悲慘の色を添へんとせり。わが對するところの自然は、無常と歴劫との觀を惹き起すこと、一の寺院の如くなりき。フラミニアの姫の詞は、此時端なく憶ひ出されぬ。詩人は神の預言者にあらずや。何故に詩人は神の徳を頌せんことを勉めざる。嗚呼、我は忽ち此詞の眞理なることを感得せり。不滅なる詩人の心は不滅なる神をこそ詩料とすべきなれ。目前の榮華は泡沫の五彩の色を現ずるに異ならずして、その生ずる時はやがてその滅する時なり。われは忽ち興到り氣奮ふを覺えしに、忽ち又興散じて氣衰ふるを覺え、悄然として舟に上り、大海に臨める岸區に着きぬ。
海はやゝ浪立てり。われは佇立してアマルフイイの灣を憶ひ起しつゝ、目を轉じて身邊を顧みれば、波のもて來し藻草と小石との間に坐して、草畫を作れる男あり。われは其姿に些の見おぼえあるをもて、徐にこれに近づくほどに男は身を起して此方に向へり。こは我がヱネチアに來てよりの新相識の一人なる貴族の少年にて名をポツジヨといふものなりき。
ポツジヨのいふやう。こゝにて君と相見んとは思ひ掛けざりき。この怒り易く恃み難きハドリアの海の、能く君を招き致したるは、唯だその紅波白浪の美あるがためか、そも/\別に美なるものありて、この岸區に住めるにはあらざるかといひぬ。我等は互に進み寄りて手を握りつ。
人の語るを聞くに、ポツジヨは畫才ありて資力なき人なり。その人に對する言語動作は活溌にして、間々放縱なるかとさへ疑はるゝ節あれども、まことはいみじき厭世家なり。言ふところはドン・ホアンを欺く蕩子なる如くにして、まことは聖アントニウスの誘惑を峻拒する氣概あり。無邪氣なること赤子の如く、胸中一事を包藏するに堪へざるものに似て、智を恃める士流は遂にその底蘊を窮むること能はず。こは深き憂に中れるが爲めなるべけれど、その憂は貧か戀か、そも/\別に尋常ならざる祕密あるか。これを知るもの絶て無しとぞ。われは人の若語るを聞きて、かねてよりポツジヨに親まんことを願ひしかば、今ゆくりなくこれに逢ひて、心にこの邂逅を喜び、早く胸の狹霧のこれがために晴るゝを覺えき。
ポツジヨは海を指ざしてかゝる青く波立てる大面積は羅馬の無き所なり、おほよそ地上の美なるもの海に若くはなかるべし、宜なり海はアフロヂテの母にしてと云ひさし、少し笑ひて、又ヱネチア歴代の大統領の未亡人なりといへり。われ。海を愛する心は、ヱネチアの人殊に深かるべき理あり。海は己れが母なるヱネチアの母にして、己れを愛撫し己れを游嬉せしむる祖母なればなり。ホツジヨ。その氣高かりし海の女の今は頭を低れたるぞ哀なる。われ。フランツ帝の下にありて幸ありとはいふべからざるか。ポツジヨ。われは政治を解せず。ヱネチア人は今も不平を説くことを須ゐざるなるべし。されどわが解するところのものは美妙なり。陸上宮殿の柱像たらんは、海の女王たらんことの崇高なるには若かず。おもふに君の美妙を崇拜し給ふこと我に殊ならざるべければ、君はかしこより來る彼美の呼び迎ふるをも辭み給はぬならん。こは識る所の酒亭の娘なり。共に往き給はずやといふ。われはポツジヨと少女に誘はれて、海に枕める小家に入りぬ。酒は旨し。友は善く談ぜり。誰かポツジヨが軽快なる辯と怡悦の色とを見て、その厭世の客たるを知り得ん。我は共に坐すること二時間ばかりなりしに、舟人は急に我を呼びて歸途に就かんことを促せり。こは颶風の候ありて、岸區とヱネチアとの間なる波は、最早小舟を危うするに足るが故なりと云へり。ポツジヨは耳を欹てたり。何とか云ふ。颶風は我が久しく觀んことを願ひしところなり。「アバテ」も暫く我と共に留まり給へ。日の暮るゝまでには凪ぐべし。若凪がずば、枕をこの茅屋根の下に安くして、波の音を聞くこと、昔子もり歌を聞きしが如くせんといふ。我は舟人を顧みて、舟を要せば別に雇ふべければ、汝達は去留自在にせよといひて、暇を取らせつ。
須臾にして波濤洶々の音漸く高く、風力の衝突は頻りに全屋を撼せり。我とポツジヨとは偕に戸外に出でゝ瞻望したり。時に夕陽は震怒したる海の暗緑なる水を射て、大波の起る處雪花亂れ翻れり。地平線に近き邊には、層雲堆を成して、稻妻の其間より閃發せるさま、幾箇の火山の噴坑を開けるに似たり。我等は忽ち二三の舟の紙上の黒點の如く彼雲に映ずるを見しが、忽ち又之を失へり。岸を噬む水は、石に觸れて倒立し、鹹沫は飛んで二人の面を撲てり。ポツジヨの興は風浪の高きに從ひて高く、掌を抵ちて哄笑し、海に對して快哉を連呼せり。此興は我に感じ傳はりて、我は胸中の苦悶の天地の忿怒に壓倒せらるゝを覺え、亦ポツジヨの聲に應じて叫びぬ。
暮色は急に襲ひ至りぬ。我等は亭に入りて、當の女をして良酒を供せしめ、續けさまに數杯を傾けて、此自然の活劇を翫べり。忽ちポツジヨの聲を放ちて歌ふを聞きつ。其曲は嘗て此地に來りしとき舟中にありて聞きしと同じき戀の歌なり。われ杯を擧げて、ヱネチアの美人の健康のために飮まんと云へば、ポツジヨ、さらば我は羅馬の美人のために飮まんと云ふ。若し相識らぬ人の、我等の狂態を見たらんには、定めて尋常時に及びて行樂する徒となすなるべし。ポツジヨのいふやう。女子の美は羅馬に若くはなし。君はいかにおもひ給ふか。憚ることなく答へ給へ。われ。そは我が首肯する所なり。ポツジヨ。さもあるべし。されど伊太利第一の美人は此ヱネチアにこそあれ。憾むらくは君未だ市長の女を見給はず。清楚なること此の如きは、世の絶て無くして僅に有るところにして、これをや精神上の美とは云ふべき。若しカノワにして此女を識りたらましかば、その三美の像の最も少きをば、必ず此女の姿によりて摸し成ししならん。(カノワは彫匠なり。ポツサニヨに生れヱネチアに歿す。三美の像は獨逸ミユンヘンに在り。)われは嘗て晩餐式ありしとき、寺院にて見、又聖摩西の劇場にて一たび見たり。その高根の花に似て、仰ぎ看るだに容易からぬを恨むものは、獨り我のみにはあらず。おほよそヱネチアの少年紳士にして同じ恨を抱かぬはあらざるならん。只だ人々と我と相異なるは、彼は懸想し我は懸想せざるのみ。我俗眼もて見れば、彼人は餘りに天人めきたり。されど天人は崇拜の對象とすべきならん。「アバテ」はいかに思ひ給ふといふ。われは此語を聞いて、フラミニアの事を思ひ出し、喜の色は我面より消え失せたり。ポツジヨ。酒は好し。風波は我筵の爲めに歌舞す。いかなれば君愁の色を見せ給ふぞ。われ。市長は客を招き筵を張ることありや。ポツジヨ。稀にそのことなきにあらず。されど招請を慎むこといと嚴なり。矧や彼人は物に怯るゝこと鹿子の如く、同じ席に列るものもたやすく近づくこと能はざるを奈何せん。われは必ずしもかの人心より此の如しと説かず。そは人にめづらしがられんとてかく振舞ふ女も少からねばなり。そが上に彼人の身上には明白ならざる處なきにしもあらず。わが聞くところに依れば、市長に二人の妹ありて、皆久しく遠國に住めりき。その最も少き方の妹は希臘人に嫁ぎたりしに、その夫婦の間に彼の奇しき少女はまうけられぬといふ。今一人の妹は猶處子なり、しかも老いたる處子なり。四とせ前の頃彼の少女を伴ひて歸り來りしは、此の老處子に他ならざりき。
夜の如き闇黒は急に酒亭を襲ひて、ポツジヨが話の腰を折りたり。あなやと驚く隙もあらせず、赫然たる電光は身邊を繞り、次いで雷聲大に震ひ、我等二人をして覺えず首を低れて、十字を空に畫かしめつ。
酒亭の女主人色を變じて馳せ來りて云ふやう。氣の毒なることこそ出來り候ひぬれ。岸區の優れたる舟人六人未だ海より歸らずして、就中憐むべきアニエエゼは子供五人と共に岸に坐して待てり。いかになり行くことならん。只だ聖母の御惠を祈らんより外術なしといひぬ。忽ち歌頌の聲はわれ等の耳に入れり。戸を出でゝ覗へば、彼の激浪倒立すること十丈なる岸頭に、一群の女子小兒の立てるあり。小兒等は十字架を棒げ持てり。群のうちに一人の年少き女の、地に坐して海上を凝視せるあり。この女は赤子に乳房を銜ませたるに、別に年稍長ぜる一兒の膝に枕したるさへありき。忽ち一道の雷火下り射ると共に、颶風は引き去らんと欲する状をなせり。地平線には小き稻妻亂れ起りて、暗碧なる浪の尖なる雪花はほの/″\と白み來れり。彼女は俄に蹶起して、舟はかしこにと呼べり。われ等はその指す方に一の黒點あるを認め得たり。黒點は次第に鮮かになりぬ。時に一人の老漁ありて、褐いろなる無庇帽を戴き指を組み合せて立ちたりしに、不意にあなやと叫べり。聲未だ畢らざるに、我等は黒點の泡立てる巨濤の蔭に隱るゝを見たり。果せるかな老漁の目は我を欺かざりき。一群の人は周章の色を現せり。天の漸く明かに、海の漸く靜に、舟人遭難の事の漸く確實になりゆくと共に、周章の色は加はり來れり。小兒は捧げ持ちたりし十字架を地に委ねて、泣き號びつゝ母に縋りぬ。その時老漁は十字架を地より拾ひて、救世主の足に接吻し、更に高くこれを《さゝ》げて口に聖母の御名を唱へき。
半夜に至りて天に纖雲なく、皎月はヱネチアと岸區との間なる風なき水を照せり。われはポツジヨと舟を倩ひて岸區を離れたり。そは留まりて彼の五子の母を慰藉し、又これを救恤するに由なかりしが爲めなり。
感動