妖星人R

2話 カニ怪人

4,648字 約9分 2019年7月28日 公開

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 そんなさなかの、ある夜のことです。千葉県の銚子(ちょうし)にちかいSという漁師町に、ふしぎなことがおこりました。

 午前三時ごろ、朝のはやい漁師たちも、まだおきない、真夜中に、海のほうでおそろしい音がしたのです。

 町の人は、みんな目をさましましたが、なんの音だかわかりませんでした。軍艦(ぐんかん)にのって戦争にいったことのある老人は、大きな砲弾(ほうだん)が海におちて爆発した音に、にているといいました。しかしいまごろ、こんなところへ砲弾をうちこんでくるわけがありません。

 朝になって、船をだしてみますと、海岸から一キロほどいった海面が、一面に赤黒くにごっていることがわかりました。そのへんに、なにか大きなものが、おちたにちがいありません。しかし、ふかい海ですから、なにがおちたか、きゅうに、しらべることもできません。大きないん石でもおちたのではないかということで、うやむやにおわってしまいました。

 別所次郎(べっしょじろう)君はS町の漁師の子で、小学校六年生でした。おとうさんや、にいさんは、朝の四時ごろには、もう船にのって漁にでかけるので、次郎君も早起きです。朝早く、町からすこしはなれたところにある、岩山の上へいって、朝日ののぼるのを見るのがだいすきでした。あのおそろしい音のしたあくる朝も、次郎君は、その岩山の上に立って、太平洋の水平線をみつめていました。

 水平線には、雲がながくたなびいて、それがまっかにそまっています。太陽が、いま、のぼろうとしているのです。

 雲のあいだから、もえるような金色の太陽がのぞきました。そして、みるみる大きなまるい姿をあらわしてきます。あたりが、にわかにあかるくなってきました。

 頭のうえには、Rすい星が、まだぼんやりと、ひかっていました。さっきまでは、はっきり見えていたのが、太陽の光にけされて、だんだん、うすらいでいくのです。

 岩山のきゅうながけの下をのぞいてみると、ドドドン、ドドドンと波がうちよせて、白いあわをたてています。

 ふと気がつくと、岩山の下のほうが、なにかモヤモヤとうごいているようにおもわれました。

「へんだなあ、岩がうごくはずがないが。」

とおもって、よく見ると、それは、たくさんのカニが、岩はだをのぼってくるのでした。大きいのや、小さいのや、何十ぴきというカニが、むらがって、のぼってくるのです。

 次郎君は、こんなにたくさんのカニを見たのは、はじめてでした。ウジャウジャと、八本の足をうごかして、のぼってくるのを見ていると、なにかわるいことのまえぶれのようで、おそろしくなってきます。

 カニどもは、もう岩山の上まで、のぼりついてきました。そして、次郎君の立っている足のほうへ、ゾロゾロとはいよってくるのです。

 そのときです。

 次郎君は、岩山の下の海面に、へんなものを見ました。たくさんのカニは、やっぱり、なにかのまえぶれだったのです。そのものは、あわだつ海面からヌーッと、青黒い姿をあらわしました。

 それは大きな海ガメのこうらのように見えました。青銅色(せいどうしょく)をした海ガメです。

 それが、だんだんあらわれてくると、青黒いこうらの下に、ピカピカ光る、二つのまるいものが見えました。黄色く電灯のようにひかっているのです。あっ、目です。怪物の二つの目です。

 次郎君は「キャッ。」といってかけだしました。岩山からとびおりて、ちかくの森の中へ、いちもくさんに、にげこみました。それが、うちにかえる近道だったからです。

 そのとき、怪物は、水面から全身をあらわしていました。頭は巨大なカニの形をしています。そこに二つの目がひかっているのです。頭の下に胸のようなものがあって、そこからカニのはさみににた、二本の腕が、ニューッとでています。そして、二本の足があって立ってあるくらしいのです。全身青黒くて、青銅でできているようなかんじです。

 怪物はおそろしい(はや)さで、岩山の上にのぼりつきました。そして、次郎君が森の中へにげこんでいくのをみつけると、パッと四つんばいになって、そのあとをおいました。その速いこと。巨大なカニが、えものをおっかけるのと、そっくりです。

 次郎君は、森の中へにげこみながら、うしろをふりむきました。あっ、怪物がおそろしい速さで、ちかづいてきます。

 もうだめだとおもいました。気がとおくなりそうです。足がうごかなくなって、グタグタと、ひざをついてしまいました。

「アナタ、ニンゲンデスカ。」

 へんてこな声が、耳のそばで、きこえました。「あなた人間ですか。」ときいているのです。怪物がものをいったのです。それにしても、「人間ですか。」なんて、なんというへんな聞きかたでしょう。

 つむっていた目を、おもいきってひらいてみると、すぐ目の前に、あのいやらしい青黒いカニのおばけが、立ちはだかっていました。

 おそろしい目が黄色くひかっていますが、べつに、くいついてくるようすもなく、「人間ですか。」なんて、まぬけたことをいっているので、いくらか安心しました。

「アナタ、ニンゲンデスカ。」

 カニのおばけは、また、おなじことをくりかえしました。ばかばかしくても、こたえないわけにはいきません。

「そうです。人間です。」

 次郎君は、勇気をだして、大きな声で、こたえました。

「ココハ、チキュウノ、ニホンデスカ。」

 地球の日本ですか、ときくのです。これもへんな聞きかたです。

「そうです。日本です。」

「トウキョウデスカ。」

「ちがいます。東京は、ずっととおくです。」

 すると、カニのおばけは、どこからか、一枚の銀色にひかった紙のようなものを、とりだしました。胸のへんに、そういうものを、いれておく場所があるのでしょう。

 その紙には、日本の地図が書いてありました。地図には、こまかい字のようなものが、いっぱい、書きいれてあるのですが、一度も見たことのない字ですから、次郎君には、さっぱりわかりません。

「ココハ、ドコデスカ。」

 カニの怪物は、地図を次郎君の目の前にさしだして、たずねました。

 次郎君は、あいてが、おとなしいことがわかったので、安心して、地図をよく見て、銚子のところを、ゆびさしてみせました。

「チョウシデスカ。トウキョウハ、ココデスカ。」

 怪人は、地図の東京のところを、大きなはさみで、さししめしました。

「そうです。」

 それを聞くと、怪人は大きなカニの頭を、ガクンガクンと、うなずかせて、そのまま、たちさろうとします。

 次郎君は、もうすっかり、安心していましたから、怪人をよびとめました。

「まってください。あなたは、いったい、なにものですか。」

「ナニモノ?」

 怪人は、ギラギラ光る二つの目で、こちらをにらみつけました。

「どこからきたのですか。」

「アソコカラキマシタ。」

 怪人は、大きなはさみのある手で、空をゆびさしました。それは、ちょうどRすい星のへんです。

「チキュウノニンゲン、アレRスイセイトイウ。ワタシ、Rスイセイカラキタノデス。ワタシノナマエモ、Rトシテクダサイ。」

 怪人は、はさみで地面にRという字を書いてみせました。

「コノジ、ニホンノジデナイ。イギリス、アメリカノジデス。」

 怪人の書いたRという字は、へんな形をしていました。上のまるいところがまるでカニのこうらのようにふくらんで、カニ怪人の頭にそっくりです。Rの下の二本の棒は、カニ怪人の足のようです。自分の姿をあらわすためにわざと、そんなふうに書いたのかもしれません。

「Rすい星には、あなたのような生きものが、たくさんすんでいるのですか。」

「タクサンイマス。シカシ、アレハスイセイデハナイ。ウチュウノ、ノリモノデス。トオイトオイ、ホシカラキタノデス。ワタシ、ニホンヘオリタ。イギリス、アメリカ、ソビエトヘオリタノモアル。」

 やっぱり、あれは宇宙船だったのです。そこから、カニ怪人のはいったロケットのようなものをうちだして、地球へやってきたのでしょう。真夜中の、あのおそろしい音は、そのロケットのようなものが、海へおちた音にちがいありません。

 しかし、次郎君には、ふにおちないことが、たくさんあります。

「そんなとおい星の生きものに、どうして日本語がはなせるのですか。」

 まるで先生に質問するような口調でたずねました。

「ワタシ、ニホンゴ、イギリスゴ、ロシアゴ、ミナワカリマス。ワタシノホシデハ、ウチュウノコト、ミナ、シラベテ、ワカッテイルノデス、ワタシ、チキュウノニンゲンヨリ、百バイ、カシコイ。チキュウノニンゲンノ、デキナイコト、デキル。コノチズヲミナサイ。コレモ、ワタシノホシデ、コシラエタノデス。」

 次郎君は、びっくりしてしまいました。とおいとおい星で、地球のことをすっかりしらべて、日本地図までつくり、日本語も英語もロシア語も話せるというのですから、まるで神さまのような知恵です。

 ひろい宇宙には、こんなに進歩した生物もいたのかと、おったまげてしまいました。こんなカニのおばけみたいな、みにくい姿をしているくせに、その知恵は、地球のどんな学者だって、あしもとへもよりつけないのです。

「日本でなにをするのですか。だれにあいたいのですか。」

 次郎君は、こんな知恵のあるやつが、地球を征服にきたのだったら、たいへんだとおもったので、それとなくたずねてみました。

「ニホンハ、ビジュツノクニトワカッテイル。ワタシ、ニホンノビジュツヒン、アツメテ、モッテイク。ニンゲンモ、モッテイクダロウ。」

「えっ、だまってもっていくのですか。日本には警察というものがあって、そんなことゆるしませんよ。」

「ケイサツ、シッテイマス。ダマッテ、モッテイク、ドロボウデスネ。ワタシ、ドロボウシマス。ケイサツ、コワクナイ。ワタシ百バイノチエアル。」

 とんでもないことを、いいだしました。日本の美術品をぬすんでいくというのです。こんな知恵のある怪物なら、どんな美術品でも、わけなくぬすみだすにちがいありません。次郎君は、

「これはたいへんだ。すぐにこのことを学校の先生にしらせなければいけない。」

とおもいました。

「ワタシノコト、ダレニモイッテハイケナイ。ワカリマシタカ。イッタラ、アナタ、ホシヘ、ツレテイクヨ。」

 カニ怪人は、ひらべったいカニのこうらのおくののどで、ケタケタとわらいました。そして、また四つんばいになって、あの岩山のほうへ、おそろしい速さでかけだしていきました。次郎君は、ぼんやりして、そのおそろしい姿を、見おくっていましたが、怪物のかげは、たちまち岩山のむこうに、きえさってしまいました。

 海の底にあるロケットのような乗り物にもどって、それで東京港までいくつもりかもしれません。あれほど進んだ知恵をもっているのですから、ロケットはそのまま潜航艇(せんこうてい)としてつかえるように、できているのかもしれません。

 次郎君は夢を見たような気持でした。あれがほんとうのできごとだったのかしら。まだねむっていて、夢を見ているのではないだろうかと、うたがってみましたが、どうも夢ではなさそうです。それから、いそいで学校の先生のうちへかけつけました。先生は庭で顔をあらっているところでした。

「先生、たいへんです。」

 次郎君は、いきせききって、カニ怪人のことをはなしました。

「アハハハ……、きみはなにをいっているんだ。夢でも見たんだろう。そんなばかなことがあってたまるか。」

 先生は、とりあってくれません。

「それじゃあ、あれはやっぱり、夢だったのかしら。」

 次郎君は、自信がなくなってきました。

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