海城発電

2話

1,504字 約3分 2016年9月1日 公開

読み方を変える
字の大きさ
行の間隔
1行の長さ
書体
配色
組み方

 時に海野は面を正し、(いまし)むるがごとき口気(くちぶり)もて、

「おい、それでは済むまい。よしんば、吾々(われわれ)同胞が、君に白状をしろと謂ったからッて、日本人だ。むざむざ饒舌(しゃべ)るという法はあるまいじゃないか、骨が砂利になろうとままよ。それをそうやすやすと、知ってれば白状したものをなんのッて、面と向って吾々に謂われた道理か。え? どうだ。謂われた義理ではなかろうでないか。」

 看護員は身を斜めにして、椅子に片手を投懸けつつ、手にせる鉛筆を(もてあそ)びて、

「いや、しかし大きにそうかも知れません。」

 と片頬(かたほ)を見せて横を向きぬ。

 海野は《みは》りたる(まなこ)をもて、避けし看護員の(おもて)を追いたり。

「何だ、そうかも知れません? これ、無責任の言語を吐いちゃあ不可(いかん)ぞ。」

 またじりりと詰寄りぬ。看護員はやや俯向(うつむ)きつ。手なる鉛筆の(さき)()めて、筒服(ズボン)の膝に落書しながら、

「無責任? そうですか。」

 (かれ)は少しも逆らわず、はた意に介せる(さま)も無し。

 百人長は(おおい)()きて、

「ただ(そうですか)では済まん。様子に寄ってはこれ、きっと吾々に心得がある。しっかり性根を据えて返答せないか。」

「どんな心得があるのです。」

 看護員は顔を上げて、(きっ)と海野に眼を合せぬ。

「一体、自分が通行をしておる処を、何か待伏(まちぶせ)でもなすったようでしたな。貴下方大勢で、自分を担ぐようにして、此家(ここ)引込(ひっこ)んだはどういうわけです。」

 海野は今この反問に張合を得たりけむ、肩を(ゆす)りて気兢(きお)いかかれり。

「うむ、聞きたいことがあるからだ。心得はある。心得はあるが、まず聞くことを聞いてからのこととしよう。」

「は、それでは何か誰ぞの吩附(いいつけ)ででもあるのですか。」

 海野は傲然(ごうぜん)として、

「誰が人に頼まれるもんか。(おれ)了簡(りょうけん)で吾が聞くんだ。」

 看護員はそとその耳を傾けたり。

「じゃあ貴下方に、(ひと)を尋問する権利があるので?」

 百人長は面を赤うし、

(さえず)るない!」

 と一声高く、頭がちに一()しつ。驚破(すわ)と謂わば飛蒐(とびかか)らんず、気勢(きおい)激しき軍夫等を一わたりずらりと見渡し、その眼を看護員に睨返(ねめかえ)して、

「権利は無いが、腕力じゃ!」

「え、腕力?」

 看護員はひしひしとその身を擁せる浅黄の半被(はっぴ)股引(ももひき)の、雨風に色()せたる、たとえば囚徒の幽霊のごとき、数個(すか)の物体を《みま》わして、秀でたる眉を(ひそ)めつ。

「解りました。で、そのお聞きになろうというのは?」

「知れてる! 先刻(さっき)から謂う通りだ。なぜ、君には国家という観念が無いのか。痛いめを見るがつらいから、敵に白状をしようと思う。その精神が解らない。(いや、そうかも知れません)なんざ、無責任極まるでないか。そんなぬらくらじゃ了見せんぞ、しっかりと返答しろ。」

 咄々(とつとつ)迫る百人長は太き仕込杖(しこみづえ)を手にしたり。

「それでどう謂えば無責任にならないです?」

「自分でその罪を償うのだ。」

「それではどうして償いましょう。」

「敵状を謂え! 敵状を。」

 と海野は少しく色(とけ)てどかと身重げに椅子に()れり。

「聞けば、君が、不思議に敵陣から帰って来て、係りの将校が、君の捕虜になっていた間の経歴に就いて、尋問があった時、特に敵情を語れという、命令があったそうだが、どういうものか君は、知らない、存じませんの一点張で押通(おっとお)して、つまりそれなりで済んだというが。え、君、二月も敵陣に居て、敵兵の看護をしたというでないか。それで、懇篤(こんとく)で、親切で、大層奴等のために尽力をしたそうで、敵将が君を帰す時、感謝状を送ったそうだ。その位信任をされておれば、いろいろ内幕も聞いたろう、また、ただ見たばかりでも大概は知れそうなもんだ。知ってて謂わないのはどういう訳だ。あんまり愛国心がないではないか。」

「いえ、全く、聞いたのは呻吟声(うめきごえ)ばかりで、見たのは繃帯(ほうたい)ばかりです。」

目次に戻る

目次