おれは二十面相だ

16話 消えたゾウ

2,569字 約5分 2018年10月21日 公開

読み方を変える
字の大きさ
行の間隔
1行の長さ
書体
配色
組み方

 しかし、時はたっていきました。あと、もう五分で十時です。

 四分、三分、二分……。ああ、その長かったこと!

 とうとう一分前になりました。

 チクタク、チクタク、腕時計の秒をきざむ音が耳につきます。あと、六十秒で十時なのです。

 三人とも、まっさおになっていました。まるで、死刑の時がせまってくるような恐ろしさです。

 二十秒、十秒……。

「あっ、あと五秒です。」

 山口青年が、気でもちがったような、とんきょうな声をたてました。

 そういううちに、ああ、ついに、十時きっかりになりました。

「十時です。……あいつは、とうとう、やってこなかったですね。」

 恩田さんが、ほっと、ためいきをついて、ひとりごとのように言いました。

「もう、十時一分すぎました。あいつは、約束を守らなかった。恩田さん、われわれの勝ちですね。」

 松波博士もうれしそうです。

「ワハハ……。ざまあみろ。二十面相のやつ、とうとう、手も足も出なかったじゃないか。あいつの負けですよ。ワハハハ、こいつはおかしい。」

 山口青年が、またもや、気ちがいのように、わめくのでした。

 すると、その時です。

「おれは、負けなかったよ。」

 どこからか、気味のわるい声がひびいてきました。

 思わず、三人は顔を見合わせました。

 ああ、あいつは、やっぱり、部屋の中へしのびこんでいたのでしょうか。

「きさま、どこにいるんだっ! なんといったって、きさまの負けだぞっ。金庫は、一度も開かなかったじゃないか。とびらを開かないで、どうして中のものが、取りだせるのだ。

 真珠のゾウは、金庫の中に、ちゃんとはいっている。きさまの負けだっ!」

 山口青年が、空中を見すえながらさけびました。

「ウフフ……、とびらを開かないでも、とりだせるかもしれないよ。おれは、魔法つかいだからな。とにかく、金庫の中を調べてみるがいい。ゾウがまだあるかどうかね。」

 恩田さんは、それを聞くと、心配のあまり金庫の前にとんでいって、暗号錠をまわそうとしました。

「あっ、待ってください。あいつの手かもしれません。あけないほうがいいと思います。」

 山口青年が、恩田さんの手をひっぱって、とめました。

「おい、おい、なにを言っているんだ。今、なん時だと思うね。もう十時十分すぎだぜ。おれは十時と言ったら、十時かっきりだ。十分もすぎてからぬすむなんて、そんなまぬけなことはしないよ。まあ、ためしに金庫をあけてみたまえ。ゾウがはいっていたら、おなぐさみだよ。」

 また、あやしい声です。さっきは、部屋の右のすみから聞こえてきたのが、こんどは、左のすみからです。目に見えないやつは、かってに部屋の中を歩きまわっているらしいのです。

 そうまで言われては、開いてみないわけにはいきません。

「よし、それじゃあ、金庫をあけますよ。ふたりとも、わたしのそばによって、ゾウを守ってください。あいつが、横から手だしができないようにね。」

 恩田さんが金庫に近づくと、松波博士も、山口青年も、そのうしろからついていきました。

 暗号錠のダイヤルがまわされ、とびらがゆっくり開かれていきます。

 あっ、なんでしょう? へんな音がしました。プスッというような音です。鉄のとびらが、きしんだのでしょうか……。

 恩田さんが、あやしんで、開く手をとめました。

「あけてごらんなさい。ためらっていても、しかたがありません。」

 博士が口ぞえをしたので、恩田さんは、ぜんぶとびらを開きました。

「やっ、ないっ。ゾウがなくなっているぞっ。」

 恩田さんが、さけびました。

 さっきまであったゾウが、かき消すように、なくなっているのです。

 松波博士も山口青年も、からっぽの金庫の中をのぞきこみました。なにもないのです。

 博士は、キョロキョロと、部屋の中を見まわしました。

「ふしぎだ、今の間に、透明人間が持っていったとしても、ゾウの姿は見えるはずです。自分のからだでない物まで消すことはできないはずです。エジプトの巻き物の時でも、巻き物だけは目に見えた。それが、人間の手首といっしょに、空中を飛んでいった。ところが、今はなにも飛ばなかった。ゾウは、まったく消えてしまったのです。」

 これは、いったいどうしたことでしょう。一度も開かなかった金庫の中から、三人が見はっている前で、あの真珠のゾウが、なくなってしまったのです。

「アハハ……、おどろいたか。おれは、どんなふしぎでも、やってみせるのだ。魔法つかいだからな。真珠のゾウは、たしかにちょうだいした。おれの美術館に、またひとつ宝物がふえたのだ。」

 そして、目に見えないやつは、どこにも出入り口のない地下室から、ゆうれいのように、外へ出ていったらしく思われました。

「ちくしょうめっ。」

 山口青年は、くやしまぎれに、階段をかけあがって、その上にしまっている板戸に、ぶつかっていきました。

 しかし、そこには、だれもいません。どこか、部屋の外の遠くのほうから、かすかに、笑い声が聞こえてくるばかりです。

 山口青年は、すごすごともどってきました。そして、三人は、ぼんやりと顔を見合わせて、つっ立っているばかりです。

 その時、階段の上の板戸を、コツコツと、たたく音が聞こえてきました。

 だれでしょう。刑事が、あいずをしているのかもしれません。

「なんのご用ですか? あやしいやつが出ていくのを見ませんでしたか?」

 恩田さんは、板戸の下までのぼって、大声に聞きかえしました。

 板戸の上から、かすかな声がします。

「なにも見ません。宝物は、だいじょうぶですか?」

 もう、とられてしまったのですから、板戸をしめておくことはありません。

 五人の刑事が、どやどやと、下へおりてきました。そして、恩田さんから、ゾウが消えてしまったと聞くと、みんな、あっけにとられるばかりでした。

「おや、きみはどうして、ここへはいってきたのだ。あっちへ行っていなさい。」

 刑事のひとりが、しかるように言いました。みんなのうしろに、かわいい女中さんが立っていたからです。

「この子はいいんですよ。きみ、なにか、わたしに言いたいことがあるのかね。」

 恩田さんは、この女中さんが、小林少年の変装だということを、知っていたからです。

「ええ、ちょっと、お話がありますの。」

 ああ、小林君は、これから、なにを言いだすのでしょうか?

目次に戻る

目次