23話 モリス・マアテルリンク 俊傑
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「智慧」は山嶽の中腹に坐して、
山川の白波
左に折れ、
右に外れ、
谷間の岩を縫ひつ、絡ひつ、
流るるを見て、
分別らしき眼差に、不安の色を浮べたれど、
井然たる山下の村落に、
軛に繋がれたる牛馬の
列も亂さず、靜かに勞作に向ふを見ては、
「智慧」の腦中に築かれたる宮殿に、
炬火の焔、沈として、平安は復り來りぬ。
平靜なる山川の景に、何の變化も無し。
人もし仰いで高きを望まば、
「智慧」は徐ろに手を擧げて、
著るき山路を指すを知らむ。
唯ひとりかの炎々たる熱望を抱きて、
一たび昇るとも、又更に高く昇らむとする人、
かの金色の眩暈を避け難き人は、
其精神の聲のみを聞きて、毫も他を聞かず。
其大飛躍に足代となるものは喜悦なり、
危きを冒し、難きに就く沈痛の喜悦なり。
飄逸にして且活躍を好む其心は、
大風の黒き喇叭のいと微かなる音をだに逸せず。
斯る人は人生の戰鬪を一の祝祭とす、
そこには人、群を成して行かず、ひとり行くを悦ぶ。
眼もくらむ深雪の光、
白妙の劍が峰を被ふ葬衣、
かじかむ指を噛み、張りつむる胸を毟る。
大風の擦子、極寒の萬力、
岩より岩へ轉ずる雪なだれ、
是等のものも終に止めえじ、
かの肅々として頑強に巓を極めむとする歩を。
しかすがに樂しきは谷底の命かな。
人の姿、人の聲、
藺を席とし、日光を敷石としたる室、
砂石の甕、木づくりの古椅子。
週の日はすべて
勞作と辛苦との淺黒き藪に暮しつ。
日曜のたび毎に
紅白の花をかざして、
朝には御堂の鐘の聲を聽く。
夕されば、少女の姿、つねよりも艶めきて、
口ふるれば、耻らひて身は竦めども、
かたくなに否むとに非らず、忽ちに諾なふもよし。
されど、かの絶壁の細道をたどりて
徐ろにのぼりゆく人々は、
喜悦に醉ひ、未來に醉ひ、
人里を思ひ出づる歌聲に耳をも假さず、
孤獨なるその振舞を世の人の顧みずとも何かあらむ、
天に向ひ、無限に向ひ、今開く此戸よりして、
後の世は擧りて必らず續かむと、
わが夢の終をも問はず、
巓の金の照しと白雪と蹈み轟かし、
いや高き光を、空に仰ぎつつ、
築き上げたる熱望と意志との巖。