7話 ジュル・ラフォルグ 月光
読み方を変える
字の大きさ
行の間隔
1行の長さ
書体
配色
読み上げの速さ
組み方
とてもあの星には住まへないと思ふと、
まるで鳩尾でも、どやされたやうだ。
ああ月は美しいな、あのしんとした中空を
夏八月の良夜に乘つきつて。
帆柱なんぞはうつちやつて、ふらりふらりと
轉けてゆく、雲のまつ黒けの崖下を。
ああ往つてみたいな、無暗に往つてみたいな、
尊いあすこの水盤へ乘つてみたなら嘸よからう。
お月さまは盲だ、險難至極な燈臺だ。
哀れなる哉、イカルスが幾人も來ておつこちる。
自殺者の眼のやうに、死つてござるお月樣、
吾等疲勞者大會の議長の席につきたまへ。
冷たい頭腦で遠慮無く散々貶して貰ひませう、
とても癒らぬ官僚主義で、つるつる禿げた凡骨を。
これが最後の睡眠劑か、どれひとつその丸藥を
どうか世間の石頭へも頒けて呑ませてやりたいものだ。
どりや袍を甲斐甲斐しくも、きりりと羽織つたお月さま、
愛の冷きつた世でござる、何卒箙の矢をとつて、
よつぴき引いて、ひようと放ち、この世に住まふ翅無の
人間どもの心中に情の種を植ゑたまへ。
大洪水に洗はれて、さつぱりとしたお月さま、
解熱の効あるその光、今夜ここへもさして來て、
寢臺に一杯漲れよ、さるほどに小生も
この浮世から手を洗ふべく候。