海潮音

32話 ロバアト・ブラウニング 至上善

1,169字 約2分 2011年2月20日 公開

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蜜蜂の(ふくろ)にみてる一歳(ひとゝせ)(にほひ)も、花も、

寶玉の底に光れる鑛山(かなやま)の富も、不思議も、

阿古屋貝(あこやがひ)(うつ)(かく)せるわだつみの(かげ)も、光も、

(にほひ)、花、陰、光、富、不思議、(およ)ぶべしやは、

  (ぎよく)よりも輝く(まこと)

  (たま)よりも澄みたる信義、

天地(あめつち)にこよなき(まこと)()みわたる(いち)の信義は

  をとめごの清きくちづけ。

ブラウニングの樂天説は、既に二十歳の作「ポオリイン」に顯れ、「ピパ」の歌、「神、そらにしろしめす、すべて世は事も無し」といふ句に綜合せられたれど、一生の述作皆人間終極の幸福を豫言する點に於て一致し「アソランドオ」絶筆の結句に至るまで、彼は有神論、靈魂不滅説に信を失はざりき。此詩人の宗教は基督教を元としたる「愛」の信仰にして、尋常宗門の繩墨を脱し、教外の諸法に對しては極めて宏量なる態度を持せり。神を信じ、其愛と其力とを信じ、之を信仰の基として、人間恩愛の神聖を認め、精進の理想を妄なりとせず、藝術科學の大法を疑はず、又人心に善惡の奮鬪爭鬩あるを、却て進歩の動機なりと思惟せり。而してあらゆる宗教の教義には重を措かず、たゞ基督の出現を以て説明すべからざる一の神祕となせるのみ。曰く、宗教にして、若し、萬世不易の形を取り、萬人の爲め、豫め、劃然として具へられたらむには、精神界の進歩は直に止りて、厭ふべき凝滯はやがて來らむ。人間の信仰は定かならぬこそをかしけれ、教法に完了といふ義ある可からずと。されば信教の自由を説きて、寛容の精神を述べたるもの、「聖十字架祭」の如きあり。殊に晩年に莅みて、教法の形式、制限を脱却すること益著るく、全人類に亘れる博愛同情の精神愈盛なりしかど、一生の確信は終始毫も渝ること無かりき。人心の憧がれ向ふ高大の理想は神の愛なりといふ中心思想を基として、幾多の傑作あり。「クレオン」には、藝術美に倦みたる希臘詩人の永生に對する熱望の悲音を聞くべく、「ソオル」には、事業の永續に不老不死の影ばかりなるを喜ぶ事の果敢なき夢なるを説きて、更に個人の不滅を斷言す。「亞剌比亞の醫師カアシッシュの不思議なる醫術上の經驗」といふ尺牘體には、基督教の原始に遡りて、意外の側面に信仰の光明を窺ひ、「沙漠の臨終」には神の權化を目撃せし聖約翰の遺言を耳にし得べし。然れども是等の信仰は、盲目なる狂熱の獨斷にあらず、皆冷靜の理路を辿り、若しくは、精練、微を穿てる懷疑の坩堝を經たるものにして「監督ブルウグラムの護法論」「フェリシュタアの念想」等之を證す。之を綜ぶるに、ブラウニングの信仰は、精神の難關を凌ぎ、疑惑を排除して、光明の世界に達したるものにして永年の大信は世を終るまで動かざりき。「ラ、セイジヤス」の秀什、この想を述べて餘あり、又、千八百六十四年の詩集に收めたる「瞻望」の歌と、千八百八十九年の詩集「アソランドオ」の絶筆とは此詩人が宗教觀の根本思想を包含す。

譯者

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