2話 怪塔王(2)
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帆村探偵と一彦は、一歩一歩怪塔の入口に近づきました。そしてもう一歩で、入口の扉に手が届くというところまで近づいたそのときでありました。突然あたまの上から、破鐘のような声がおちてきました。
「こーら、誰だ。また二人づれで来やがったな」
その声は、あまりに不意であり、そして大きかったものですから、こちらの二人は思わずその場に木のようにかたくなってしまいました。
「ねえ、おじさん、どうしよう」
「うむ」
帆村は唸るばかりでありました。
するとつづいて、塔の上からまた破鐘のような声がひびいてきました。
「まだぐずぐずしているのか。まごまごしているとこんどは本当に毒ガスをひっかけるぞ」
そういう声は、たしかにこの前の怪塔王の罵り声でありました。そして本当に毒ガスがでてきたのでもありましょうか、塔の上に別の赤い灯がつきました。
「おい、一彦君。残念だが引きかえそう」
と、帆村は無念そうにいいました。
「おじさん、やっぱり退却するの」
「うん、どうも仕方がないよ。折角鍵まで用意してきたけれど、これじゃ深入りしない方が後のためになる。さあ一、二、三で駈けだそう。走るときは真直に走っちゃ駄目だよ。鋸の歯のようにときどき方向を急にかえて走るんだぜ。そうしないと、塔の上から射撃されるおそれがある」
と、帆村の注意は、どこまでも行きとどいていました。
こうして帆村と一彦とは、折角怪塔まで近づきながら、遂に怪塔王に気づかれてしまって、残念ながら引きかえすこととなりました。
二人は、この失敗にそのまま勇気をくじいてしまうでしょうか。
不思議な木箱
1
さて、その翌日の夜のことでありました。
怪塔のあたりはいつものように闇の中に沈んで、三階目の窓に黄いろい灯のついていることも、昨日のとおりでありました。
その夜も更けて、時刻はもう十二時ちかくでもありましたろうか。
ちょうどそのとき、塔の向こうから、車の轍の音がごとごと聞えてきました。
そのうちに塔の前に姿をあらわしたのは、大きな木箱を積んだ馬車でありました。馭者は台の上にのっていましたが、酒にでも酔っているらしく、妙な声ではな唄をうたっていました。車をひっぱる痩馬は、この酔払い馭者に迷惑そうに、とぼとぼとついていきます。
「こーら、老いぼれ馬め、もっとさっさと歩くんだ。俺さまの手にある鞭の強いことを、手前は知らないな」
ぴしりと鞭は、空中に鳴りました。
痩馬は、痛さにたえかねたらしく、ひひんと嘶いて急に駈けだしました。そのとき、車の上から、積んでいた木箱がつづいて二つ、がたんと地上に転げおちました。それは馬車が急に走りだしたせいでありましょう。
木箱二つが、砂の上に転がりおちたことを馭者は知らないようでありました。彼はなにかわけのわからぬことをわめきながら、かわいそうな痩馬に、ぴしぴしと鞭を加えて走らせていきます。そしてそのまま闇の中に見えなくなってしまいました。
砂上にのこされた木箱二つ。いつ誰が拾いにきてくれますやら。
この木箱の落ちたところは、ちょうど例の怪塔の扉の前でありました。怪塔王は、この木箱を室のうちから見たのか見なかったのかわかりません。
それから二十分もたってのちのことでありました。もう誰にも忘れられたような二つの木箱が、そのとき不思議にも砂の上をしずかにはいだしました。まるで木箱が生き物になったようです。一体これはどうしたというのでありましょうか。
2
怪塔王は塔の中で一体なにをしていたのでしょうか。
怪塔王は、そのとき寝床のなかにあの変な顔をうずめてぐうぐうと眠っていました。怪塔王は、夜が更けると一度すこしのあいだ寝ることにしています。二時間ほど眠ると、こんどはまた起出して、夜中から朝がたまで仕事をするのです。これを怪塔王の間眠と申します。
しかし塔の前で、馬車の上から大きな木箱が、がらがらずどんと大きな音をたてて地面の上に転げおちたその地響に、ふと目をさましました。
「な、なんだろう。軍艦のやつめ、大砲をうちだしたかな」
と、寝床から起きあがって、テレビジョンを壁にうつしてみました。
このテレビジョンの器械には、自動車のハンドルみたいなものがついていて、これを廻すとレンズがうごきます。そのレンズの向いた方角なら、どこでも塔の外の景色が思いのままに壁にうつるのでありました。
昼間だけではありません。夜間でもはっきりうつります。テレビジョン器械は、人間の眼よりもはるかに感じがするどく、人間の眼にみえないものでも器械の力でよく壁にうつしだすのです。
怪塔王は、レンズを軍艦の方にむけ、壁に夜の海面の光景をうつしだしました。軍艦が大砲をうつと大砲の煙が出ているはずです。そう思って怪塔王が見てみましたが、一向煙もあがっていません。
「じゃあ何の音だろう」
と、怪塔王は不思議がってテレビジョンを方々へまわしてみましたが、なんの変ったこともありません。ただ塔の前に、大きな木箱が二つ落ちているばかりでした。そして積荷をおとした馬車が向こうへゆくのも見えます。
「なんだ、ばかばかしい。あの箱が落ちた音だったか。ああねむいねむい」
と、怪塔王はまた寝床にもぐりました。
3
二つの木箱がそろそろと塔の入口にむかって匍いだしたときには、怪塔王はテレビジョンを消して、もう寝床の中にはいったあとでありました。
もっと永く起きていれば、このそろそろ動く怪しい木箱が目にうつったかも知れないのです。怪塔王にとっては珍しい大失敗でした。
二つの木箱は、塔の入口にぴったりとよりそいました。
すると木箱はすうと持ちあがり、箱の下に二本の足がにょきりと生えました。二つの箱ともそうなのでしたが、一方の箱の足は長く、もう一つの箱の足は短くて細くありました。
そのうちに、長い足の生えた木箱の横腹に、円い穴がぽかりとあきました。
しばらくすると、その穴の中から一本の手がにゅうと出てきました。
その手は、しきりに入口の扉をさぐっています。よく見ると、その手は大きな鍵をにぎっているではありませんか。大きい鍵です。もし近づいてよく見た人があったら、その鍵の握りのところに猿の彫りものがついているのがわかったでしょう――といってくれば、この箱から生えている手の持主が何者であるか、そろそろおわかりになったでしょう。
そうです。この大きな箱の中には、帆村荘六探偵がはいっていました。そしてもう一つの小さい箱の中には一彦少年がはいっていました。
二人は、怪塔王の目をくらますために、こうして底のない箱にはいったり、馬車をやとったりしたのでありました。
いまや、鍵を握った帆村探偵の手は、鍵穴にとどきました。鍵はすいこまれるように鍵穴にはいりました。
「さあしめた!」
鍵をまわすと、がちゃりと錠は外れました。二人はもう大よろこびです。かぶっていた箱を表に放りだすと、すばやく塔の中にとびこみ、ぴたりと入口をしめました。
はじめてはいった怪塔の中!
螺旋階段
1
怪塔の中は、まっくらです。
帆村探偵と一彦少年とは、用意にもってきた懐中電灯をぱっとつけました。あたりを照らしてみるとそこはまるで物置のように、なんだか訳のわからぬ機械が、いくつもいくつも壊れたままに積みかさねてありました。
「おじさん、これは何の機械だろうね」
と、一彦はそっと帆村の腕をひっぱって、たずねました。
「ふうん、この機械かね。はっきりわからないけれど、こっちにあるのは、電気を起す機械だし、それからまたあそこにあるのは、どう考えても圧搾空気を入れるいれものだねえ。そのほかいろいろなものがある。どれもみな壊れているようだ。なぜこんなものを集めてあるのかなあ」
と、帆村はふしぎでしかたがないという風に、頭をふりました。
そのうちに目にはいったのは、この円い缶詰のなかにはいったような部屋の真中についている螺旋階段でした。
螺旋階段というのは、普通の階段のようにまっすぐではなく、ぐるぐるとねじれている狭い階段のことです。
二人はそれをつたって、二階へあがっていきました。
この二階もまっくらですが、懐中電灯で照らしてみますと、ここはたいへんきちんとしていまして、黒ぬりの美しい配電盤や、そのほか複雑な機械がずらりと並んでいました。
「ここは何をするところなの」
「さあおじさんにはわからないよ。しかしまるで軍艦の機関室みたいだね」
「塔の中に、軍艦の機関室があるなんて、変だね」
「うむ変だねえ。なにか訳があるのにちがいない――さあ、いよいよこの上に怪塔王がいる部屋があるのにちがいない。一彦、しっかりするんだよ」
と、帆村探偵は一彦をはげまし、三階につづく螺旋階段の手すりに手をかけました。
2
怪塔王の部屋は、いよいよこの階段を一つのぼれば、そこにあるのです。帆村探偵もさすがにのぼせ気味で、息づかいもあらくなってまいりました。一彦少年はというと、これは体をちぢめて、鼠をねらう子猫のようなかっこうに見えました。
足音をしのばせながら、螺旋階段を一段ずつのぼっていく二人のひたいには、いつしかあぶら汗がねっとりとにじみでました。帆村の右手には、愛用のコルト製のピストルがしっかとにぎられています。一彦少年は、一たばの綱をもって、いつでもぱっと投げられるようにと身がまえをしていました。
まっさきに立っている帆村が、下をむいて手で合図をいたしました。
(おい一彦君、いよいよ階段をのぼりきるぞ。怪塔王はすぐそこにいるんだ。かくごはいいか)
と、いったような意味をこめて、いよいよ最後の決心をかためさせたのです。勇ましいといっても一彦はほんの少年です。ついて来るといって聞かないので、やむをえず一しょにつれてきましたが、これからさきの危険をおもうとき、帆村おじさんの心配はひととおりではありません。
帆村探偵は、階段のすき間から、そっと三階の様子をうかがいました。
部屋のなかには、弱いスタンドが一つ、ほのあかるい光を放っているだけでありました。円形になった室内には、たくさんの本棚がならんでいます。テーブルの上には、わけのわからない機械が組立中のまま放りぱなしになっています。また高い脚のある寝台も見えました。
帆村は、一彦に合図をして、じっと耳をすませました。どこからか、ごうごうという鼾のおとがきこえてまいります。
(しめた、怪塔王は、あの寝台のうえで眠っているんだな)
よし、それなら飛びこむのは今だと、帆村はにっこり笑い、一彦をそばへ招くと、そっと耳うちをしました。
3
帆村探偵は、階段の「最後の段」をおどりこえ、床の上にえいと飛びあがりました。そしてさっと照らしつけた手提電灯は、怪塔王のねむる寝台の上へ――
「あっ!」
帆村は思わず、足を一歩うしろにひきました。なぜって、彼は寝台の上にかかっている薄い羽蒲団の間から怪塔王の目がじっとこっちをにらんでいるのを発見したからです。はじめて見る怪塔王の顔――ああ、なんという変な顔もあったものでしょう。
帆村はピストルを怪塔王の目に狙をつけ、もし相手がうごけば、すぐさま引金をひく決心をしていました。
ところが、ごうごうごうと、どこからか、たしかに寝息らしいものが聞えてきます。
(変だな)
すると後からついてきた少年が、寝台をゆびさし、
「おじさん。怪塔王は目をあけたまま眠っているんだよ」
「ふーむ、そうかね」
ほんの僅かの話声でありましたが、それが人間ぎらいの怪塔王の耳に入ると、彼はがばと寝台から跳ねおきました。
「ああーっ、よく眠った」
と、両手をあげたところを、帆村が、
「動くな。動くとうつぞ。手をあげたままでいろ。下すとうつぞ」
と叫べば、怪塔王ははじめて気がついて、はっと首をすくめました。そしてあの滑稽な顔を、そろそろと帆村の方に向け、
「お前は誰じゃ――おや、いつも塔の前でうろうろしていた奴じゃな。うん、子供もついて来ている。それでこの俺さまをとっちめたつもりでいるのだろうが、それはたいへんな間違だぞ。あっはっはっ」
と、怪塔王の声が、にくにくしげに、室内にひびきわたりました。
4
「おれの寝ているところへ、踏みこんでくるとは、さても太い奴じゃ。あっはっはっ」
と、怪塔王は寝床の上にあぐらをかいて、大笑いをしました。
「なにをいう。貴様の悪だくみはもうすっかり種があがっているぞ。おとなしくしろ」
と、帆村探偵がピストルをかざすと、
「なんだ、そんなピストルでおれを脅そうというのか。貴様はよっぽど大馬鹿者だぞ。おれは、やろうと思えば、帝国の最新鋭艦でも、なんの苦もなく坐礁させるという恐しい力をもっているのだ。そんなピストルぐらい何がこわいものか」
帆村探偵も、一彦も、これを聞いて、胸をつかれたようにはっとしました。「淡路」の坐礁事件につきどうしてそんな怪事がおこったかと苦心してしらべていた矢さきに、怪塔王が自分でもって、「あれはわしがやったのだ」と白状したのですから、そのおどろきといったらいいようもありません。
「な、なにをいう。嘘だ嘘だ。自分でもって、そんな大それたことをやったなどというはずがない」
と、帆村が叫べば、
「うふふ」
と、怪塔王は気味わるく笑って、
「なにもわしが喋ったとて、そう驚くことはないじゃないか、これはせめて貴様たちの冥途のみやげにと思って、聞かせてやったばかりよ」
「えっ、冥途のみやげにとは――僕は貴様などに降参したおぼえはないぞ」
すると怪塔王は、又おかしくてたまらぬという風にからから笑い、
「なんだな、貴様たちは一度この塔へはいればもう二度と外へは出られないということを知らないのだな。わっはっはっ」
一彦はこれを聞くと、もうたまらなくなって帆村の腰にしがみつきました。
帆村は危険とみて、ピストルをとりなおすなり、寝床の上にのばしている怪塔王の足をめがけて、ピストルの引金をえいっとひきました。
5
怪塔王をねらって、帆村がピストルの引金をひくと、轟然一発、弾丸は怪塔王の足をぷつりとうちぬいた――かと思いのほか、案にたがって怪塔王は煙の間から顔を出して、にやにやと笑っています。
「おや、これはいけない」
と、つづいてまた一発!
しかし怪塔王はつづいてにやにや笑っているばかりです。
三発目を、帆村が撃とうとすると、怪塔王は手をあげてとめました。
「これ、無駄にたまをつかうなよ」
「なにっ!」
「なにもかにもないよ。ほら見るがいい、貴様のうったピストルのたまは、こんなところに宙ぶらりんになっているじゃないか」
そういって怪塔王は、寝床の上から長い指を帆村の方にむけました。
はじめのうちは、帆村には、何のことやら、さっぱりわけがわかりませんでしたが、よくよく怪塔王の指さしたところを見ると、なるほど奇怪にも二発の弾丸がまさしく宙ぶらりんになっています。それはちょうど、帆村と怪塔王との向きあった真中のところです。二発の弾丸は下にもおちず、お行儀よく頭をそろえて向こうを向いているではありませんか。
「おじさん、怪塔王は魔法をつかっているのだよ」
と、一彦が早口で帆村にささやきました。
「あっはっはっ、そのちんぴら小僧は魔術といったな。魔術なんて下品なものではない。これこそ、わしの得意とする磁力術じゃ」
磁力術? 磁力術とはなんのことでしょう。鉄をすいつける磁石の力のことらしいのですが、そんな強い磁石があるのでしょうか。
「ほら見なさい。貴様のうったたまは、わしがつくってある目にみえない磁力壁をとおりぬけることができんのじゃよ。さあどうだ、降参するか」
6
あまりにも不思議な怪塔王の力に、帆村も一彦も、ぼんやりしてしまいました。ピストルを撃っても、弾丸が途中で壁の中に埋まったように停ってしまうのですから、ピストルなんか何の役にもたちません。
軍艦淡路をひきよせたというのも、これと同じ力をつかったのだと、怪塔王は秘密をもらしましたが、なんという恐しい力があったものでしょう。またここはなんという気味のわるい塔でありましょう。
といって、帆村も一彦も、ここで怪塔王に降参するつもりはありません。そんな女々しい考はすこしも持っていません。力のあらん限り、どこまでもこの怪人をやっつけなければならぬと、かたく決心をしていました。
「ははあ、二人ともむずかしい顔をしているじゃないか。まだ何か、わしに手向かう方法はないかと考えているのだな。あっはっはっ、そうはいかないよ。こんどは、わしがお前たちを片づけてしまう順番だ。覚悟をするがいい」
というと、怪塔王は寝台を向こうへ下りようとして、後向きとなりました。
(今だ!)
帆村探偵は、大胆にも怪塔王がうしろを向いたすきをのがすことなく、うしろから、「やっ」と掛声して飛びつきました。
「な、なにをする」
怪塔王はせせら笑いました。そして後をむき、片手をのばすと、帆村をどしんとつきとばしました。
「あっ――」
怪塔王の力のおそろしさといったら、まるで自動車に跳ねとばされたような気がしました。
さすがの帆村も、ころころと転がって、うしろの壁にどしんとつきあたりました。
するとそれが合図でもあるかのように、がちゃんと大きな音がして、天井からなにか黒い大きいものがどっと落ちて来ました。帆村は一彦の名を呼びました。そして二人は抱きついたまま、思わず首をちぢめました。
鉄の檻
1
天井からおちて来た黒い大きいものは、一体なんであったでしょうか。怪塔の正体はいよいよ出でて、怪また怪です。
「あっ、これは鉄の檻だ!」
帆村は身のまわりを見まわして、びっくりしました。天井からおちて来たのは、実に鉄の檻でした。
それは天井から床までとどく鉄の棒が、さしわたし五メートルもある円形に並んでいる鉄の檻でありました。
こうなると、出ようとしても出られません。鉄の檻を、もう一度天井にひきあげてもらわないかぎり、この檻から外に出ることはできないように思われます。
ピストルをうっても、もう怪塔王にはとどかないし、その上、おもいがけない鉄の檻にとりかこまれたのですから、帆村も一彦も手も足もでません。
「一彦君、ここへはいるのには、もっとよく調べてからにすればよかったね。これでは、僕たちは、怪塔王につかまるためにわざわざやってきたようなものだ」
といえば、一彦少年は思いのほか元気な顔をあげて、
「おじさん、だめだなあ。こんなになってからいくら弱音をはいても、なんにもならないじゃないか。それよりは元気を出して考えるんだよ。一生懸命になって考えると、またすてきなことがみつかるよ」
「よく言った、一彦君。おじさんが弱音をはいたのはわるかった。さあ元気を出して、怪塔王とたたかうぞ」
すると近くでくすくす笑う声がしました。はっと目をあげてみると、それは怪塔王が檻の中をのぞきこみながら、心地よげに笑っているのでありました。
「あっはっはっ、なにをいっているか。お前たちは、もうこの塔から出られないのだ。あきらめるがよい」
2
「なんといおうと、この塔からりっぱに出ていってみせるぞ」
帆村探偵は、鉄の檻のなかから、怪塔王をじっと睨みつけました。
「ほう、それは勇ましいことだ。じゃあ、まあよく考えてみるがいいさ。これからお前たちを、考えるのにはもってこいという場所へおくってやろう」
考えるのにはもってこいの場所?
それは一体どんなところなのでしょうか。
怪塔王は、にやりと笑うと、また寝台のところへ歩いていって、後向きになりました。
「あっ、わかった。あそこに秘密のボタンがあるのだ」
と一彦が叫びました。
「秘密のボタン――そうかもしれない」
と、帆村は檻につかまって、怪塔王の背中をじろじろみつめています。
秘密のボタンをおしたので、この檻が天井から下りて来たのでしょう。発射されたピストルの弾丸が空中でとまるのも、その秘密ボタンをおしたためでしょうか。さて今度、怪塔王はどんなボタンをおすつもりなのでしょうか。
「あっはっはっ」
と、寝台にとりついている怪塔王が、二人の方をむいて笑いました。
「なにを――」
と、帆村と一彦とが、睨みかえしました。
そのとき、二人の立っている床がごくんと揺れたかと思うと、ああら不思議、そのまますうっと下にさがりはじめました。まるでエレベーターで下りるような工合です。
「あっ、僕たちをどうするのだ」
と叫んだが、もうどうにもなりません。二人の立っている床は、どんどん下って、やがて十四五メートル下のまっくらな部屋へおりていって、止りました。どうやら、三階から一階へおりたらしいのです。
「あっ、止った」
「まっくらで、なにも見えない」
「手提電灯をつけてみよう」
帆村は、ポケットから手提電灯を出すと、かちりとスイッチをひねりました。
3
手提電灯は、ぱっと真暗の一階をてらしました。
「おじさん、ここはやっぱり一階だよ」
と一彦少年が叫びました。そうです、たしかに見覚えのある倉庫のような一階に違いありません。
帆村探偵は無言で、じっとあたりを見廻していました。
「帆村おじさん、この鉄の檻から出る工夫はないの」
「うむ、鉄の檻ではどうもならないね」
と、いいながら、探偵は鉄の檻が床についているあたりに手提電灯をさしつけてみていましたが、そのとき何を思ったか、一彦少年の腕をぎゅっと握りました。
「一彦君。大きな声を出しちゃいけないよ」
と、まず注意をあたえてから、
「ほら、ここをごらん」
と、帆村が指したところを見ると、鉄の檻が床から二十センチメートルばかり浮いているのです。
一彦は、早くもこの意味をさとって、おどろきの声をだすまいと口に手をあてました。
「ほう、床に転がっているこの丸太ん棒が邪魔をしているから、檻が床までぴったり下らないのだ。これは天の助だ。一彦君、君は小さいから、この檻と床との隙間をくぐって檻から這出してごらん」
「ええ、僕、やってみる!」
一彦は、すぐさま床に仰むけに寝ころぶと、頭の方からそっと檻の下を這出しました。あぶないことです。もしもこのとき丸太ん棒が鉄の檻から外れるようなことがあれば、鉄の檻の一番下にはまっている円形の太い台金でもって、一彦のやわらかい体はたちまち胴中から、ちょんぎられてしまうでありましょう。
そんなことがあってはたいへんと、帆村は檻のなかにわずかにはいっている丸太ん棒の端を、力のあらんかぎりおさえていました。
4