大宇宙遠征隊

2話 十五年の行程

2,072字 約4分 2004年4月7日 公開

読み方を変える
字の大きさ
行の間隔
1行の長さ
書体
配色
組み方

「おい、三郎。いつまで、ねているんだい。もういいかげんに、目をさましたらどうだい」

 その声は、ひびの入った竹ぼらをふくと出てくる音に似ていた。そこで三郎は、ようやく釣床(つりどこ)の中で、眼をさましたのだった。すこぶるやかまし屋の艇夫長(ていふちょう)松下梅造(まつしたうめぞう)の声だと分ったから目をさまさないわけにいかなかった。ぐずぐずしていれば、足をもって、逆さまに釣り下げられ、裸にされてしまうおそれがあった。そんな眼にあっては、また大ぜいのものわらいである。

「はい。今おきますよ」

「おきますよ? そのがいけない。はい、おきます――だけでいいんだ。よけいなをつけるない」

(これはいけない!)

 三郎は、あわてて釣床から下に落ちるようにして、おきたのだった。

 はたして、前には、艇夫長松下梅造が、西郷(さいごう)さんの銅像のような胸をはって、釣床ごしに彼の顔をにらみつけていた。

「艇夫長、お早う。もう朝になったのですかい」

「知れたことだ。あと三十分で、お前の交替時間だぞ。時計は、七時半をさしていらあ」

 艇夫長は、そういって、拳固(げんこ)のせなかで、赤い団子鼻(だんごばな)をごしごしとこすった。

 ぷう、ぷう、ぷう。

 知らない人がきいたら、このとき豚の()がないたのかと思うだろう。しかしそのぷうぷうは豚の仔がないたのではなくて、艇夫長の鼻が鳴ったのであった。鼻をこすると、この奇妙な音がするのであった。

(これは、たいへん。艇夫長のごきげんが、きょうはたいへん悪いぞ!)

 三郎は、あわてて、パンツの中へ足をつきこんだ。あまりあわてたので、パンツの片方へ、足を二本ともつきこんだので、彼は身体の中心をうしなって、どすんと(ゆか)にたおれた。たおれる拍子(ひょうし)に、そこにあった気密塗料(きみつとりょう)の缶をけとばしてしまった。缶は、横とびにとんで、艇夫長の()こう(ずね)に、ごつんといやな音をたてて、ぶつかった。

「こらっ、なにをする」

 艇夫長は、顔をたちまち仁王(におう)さまのように、真ッ赤にして、缶をけりかえそうとした。が、とたんに足をとどめて、床から缶をひろいあげた。

「ああ、もったいないことをやるところだった。この一缶が、おれたちの生命(いのち)をすくうこともあるかもしれないのだからなあ。やい、三郎、気をつけろい。ここは、地球の上じゃない。まるで何もない大宇宙の砂漠なんだから……」

 艇夫長は、缶をそっと床の上において、しずかに、(もと)(すみ)へおしやった。大宇宙の長旅にある噴行艇の中では、一滴の塗料、一条の糸も、人命にかかわりのある貴重な物質であった。

「おい、三郎。早く飯を食って、交替時間におくれるな。いいかい、小僧」

「へーい」

 艇夫長は、ようやく腹の虫を自分でおさえて、艇夫寝室を出ていった。

 三郎は、ほっとため息をつきながら、すばやく身じたくをし、それから釣床の中を片づけて交替の艇夫がすぐ(さま)ねられるように用意をした。そして急ぎ足で、小食堂の方へ階段をのぼっていったのだった。

 小食堂には、先におきた艇夫たちと、それから非番の艇夫たちが、卓をかこんで、さかんにぱくついたり、茶をがぶがぶのんだり、それから煙草(たばこ)をぷかぷかふかしたり、まるで場末の小食堂とかわらない風景だった。

 三郎が入っていくと、艇夫たちは、にんまりと眼で笑って、そのまま話をつづけるのだった。三郎は、並べられた朝食に手を出しながら、彼らのいうことを、聞くとはなしに耳をかたむけた。

「……というわけなんだが、なんかいい名前を考えてくれよ」

「そうさなあ。そんなことはわけなしだい。チュウイチてえのはどうだ」

「チュウイチ? どんな字を書くのかね」

「宇宙の宙と、一二三の一よ。つまり宙一というわけだ。お前は、はじめて噴行艇にのって宇宙へのりだしたんだろう。だから、その留守(るす)に生れた子供に宙一とつけるのは、いいじゃないか」

「なるほど、宙一か。よい、いい名前だ。昨夜からおちつかなかったが、これでやっと、気がおちついたぞ」

 と、その艇夫は立ち上る。

「お前、どこへいくんだい」

「知れたことよ。これから無電室へいって、今すぐ家内(かない)のやつを、無電で呼びだしてもらって宙一という名をおしえてやるのさ。説明してやらなくちゃ、うちの家内は、あたまが悪いと来ているから、通じないよ」

「まあ、なんとでもするがいい。ついでに、うちの家内にことづけをして、お前の家内のところへ、子供の誕生の祝物をとどけるようにいってくれ」

「ばかなことをいうな。こっちから、さいそくをする――それではおかしいよ」

「遠慮するようながらでもあるまいに、あははは」

「あははは。とにかくいって来よう」

 艇夫の一人は出ていった。

 あとで仲間の艇夫たちは、顔を見合わせ、

「ああはいったが、すこしは里心(さとごころ)がついているのじゃないかな。つまり、この噴行艇がこんど地球に戻るのは十五年後だから、昨夜生れたあの男の子供が、十五六歳にならなきゃ、わが()の手が(にぎ)れないんだからなあ」

「うむ、まあ、そうだ。だが、そんな話はよそうや。こっちまでが、里心がつくからな」

 十五年後だと、艇夫たちが話をしているところをみると、この噴行艇は、これからずいぶん長い行程をとびつづけるものらしい。

目次に戻る

目次