さいかち淵

1話 八月十三日

2,475字 約5分 2000年4月15日 公開

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 さいかち淵(ぶち)なら、ほんたうにおもしろい。

 しゅっこだって毎日行く。しゅっこは、舜一(しゅんいち)なんだけれども、みんなはいつでもしゅっこといふ。さういはれても、しゅっこは少しも怒らない。だからみんなは、いつでもしゅっこしゅっこといふ。ぼくは、しゅっことは、いちばん仲がいい。けふもいっしょに、出かけて行った。

 ぼくらが、さいかち淵で泳いでゐると、発破(はっぱ)をかけに、大人も来るからおもしろい。今日のひるまもやって来た。

 石神(いしがみ)の庄助(しゃうすけ)がさきに立って、そのあとから、煉瓦場(れんぐわば)の人たちが三人ばかり、肌ぬぎになったり、網を持ったりして、河原のねむの木のとこを、こっちへ来るから、ぼくは、きっと発破だとおもった。しゅっこも、大きな白い石をもって、淵の上のさいかちの木にのぼってゐたが、それを見ると、すぐに、石を淵に落して叫んだ。

「おゝ、発破だぞ。知らないふりしてろ。石とりやめて、早くみんな、下流(しも)へさがれ。」

 そこでみんなは、なるべくそっちを見ないやうにしながら、いっしょに下流(しも)の方へ泳いだ。しゅっこは、木の上で手を額にあてて、もう一度よく見きはめてから、どぶんと逆(さかさ)まに淵へ飛びこんだ。それから水を潜(くぐ)って、一ぺんにみんなへ追ひついた。

 ぼくらは、淵の下流(しも)の、瀬になったところに立った。

「知らないふりして遊んでろ。みんな。」しゅっこが云(い)った。ぼくらは、砥石(といし)をひろったり、せきれいを追ったりして、発破のことなぞ、すこしも気がつかないふりをしてゐた。

 向ふの淵の岸では、庄助が、しばらくあちこち見まはしてから、いきなりあぐらをかいて、砂利の上へ座ってしまった。それからゆっくり、腰からたばこ入れをとって、きせるをくはへて、ぱくぱく煙をふきだした。奇体だと思ってゐたら、また腹かけから、何か出した。

「発破だぞ、発破だぞ。」とぺ吉やみんな叫んだ。しゅっこは、手をふってそれをとめた。庄助は、きせるの火を、しづかにそれへうつした。うしろに居た一人は、すぐ水に入って、網をかまへた。庄助は、まるで電車を運転するときのやうに落ちついて、立って一あし水にはひると、すぐその持ったものを、さいかちの木の下のところへ投げこんだ。するとまもなく、ぼぉといふやうなひどい音がして、水はむくっと盛りあがり、それからしばらく、そこらあたりがきぃんと鳴った。煉瓦場の人たちは、みんな水へ入った。

「さぁ、流れて来るぞ。みんなとれ。」としゅっこが云った。まもなく、小指ぐらゐの茶いろなかじかが、横向きになって流れて来たので、取らうとしたら、うしろのはうで三郎が、まるで瓜(うり)をすするときのやうな声を出した。六寸ぐらゐある鮒(ふな)をとって、顔をまっ赤にしてよろこんでゐたのだった。

「だまってろ、だまってろ。」しゅっこが云った。

 そのとき、向ふの白い河原を、肌ぬぎになったり、シャツだけ着たりした大人や子どもらが、たくさんかけて来た。そのうしろからは、ちゃうど活動写真のやうに、一人の網シャツを着た人が、はだか馬に乗って、まっしぐらに走って来た。みんな発破(はっぱ)の音を聞いて、見に来たのだ。

 庄助(しゃうすけ)は、しばらく腕を組んで、みんなのとるのを見てゐたが、

「さっぱり居なぃな。」と云った。けれども、あんなにとれたらたくさんだ。煉瓦場(れんぐわば)の人たちなんか、三十疋(ぴき)ぐらゐもとったんだから。ぼくらも、一疋か二疋なら誰(たれ)だって拾った。庄助は、だまって、また上流(かみ)へ歩きだした。煉瓦場の人たちもついて行った。網シャツの人は、馬に乗って、またかけて行ったし、子どもらは、ぼくらの仲間にはひらうと、岸に座って待ってゐた。

「発破かけだら、雑魚(ざこ)撒(ま)かせ。」三郎が、河原の砂っぱの上で、ぴょんぴょんはねながら、高く叫んだ。

 ぼくらは、とった魚を、石で囲んで、小さな生洲(いけす)をこしらへて、生き返っても、もう遁(に)げて行かないやうにして、また石取りをはじめた。ほんたうに暑くなって、ねむの木もぐったり見えたし、空もまるで、底なしの淵(ふち)のやうになった。

 そのころ誰かが、

「あ、生洲、打壊(ぶっこは)すとこだぞ。」と叫んだ。見ると、一人の変に鼻の尖(とが)った、洋服を着てわらぢをはいた人が、鉄砲でもない槍(やり)でもない、をかしな光る長いものを、せなかにしょって、手にはステッキみたいな鉄槌(かなづち)をもって、ぼくらの魚を、ぐちゃぐちゃ掻(か)きまはしてゐるのだ。みんな怒って、何か云はうとしてゐるうちに、その人は、びちゃびちゃ岸をあるいて行って、それから淵のすぐ上流(かみ)の浅瀬をこっちへわたらうとした。ぼくらはみんな、さいかちの樹(き)にのぼって見てゐた。ところがその人は、すぐに河をわたるでもなく、いかにもわらぢや脚絆(きゃはん)の汚なくなったのを、そのまゝ洗ふといふふうに、もう何べんも行ったり来たりするもんだから、ぼくらはいよいよ、気持ちが悪くなってきた。そこで、たうとう、しゅっこが云った。

「お、おれ先に叫ぶから、みんなあとから、一二三で叫ぶこだ。いいか。

 あんまり川を濁すなよ、

 いつでも先生(せんせ)云ふでなぃか。一、二ぃ、三。」

「あんまり川を濁すなよ、

 いつでも先生(せんせ)云ふでなぃか。」

 その人は、びっくりしてこっちを見たけれども、何を云ったのか、よくわからないといふやうすだった。そこでぼくらはまた云った。

「あんまり川を濁すなよ、

 いつでも先生(せんせ)、云ふでなぃか。」

 鼻の尖(とが)った人は、すぱすぱと、煙草(たばこ)を吸ふときのやうな口つきで云った。

「この水呑(の)むのか、ここらでは。」

「あんまり川をにごすなよ、

 いつでも先生(せんせ)云ふでなぃか。」

 鼻の尖った人は、少し困ったやうにして、また云った。

「川をあるいてわるいのか。」

「あんまり川をにごすなよ、

 いつでも先生(せんせ)云ふでなぃか。」

 その人は、あわてたのをごまかすやうに、わざとゆっくり、川をわたって、それから、アルプスの探検みたいな姿勢をとりながら、青い粘土と赤砂利の崖(がけ)をななめにのぼって、せなかにしょった長いものをぴかぴかさせながら、上の豆畠(まめばたけ)へはひってしまった。ぼくらも何だか気の毒なやうな、をかしながらんとした気持ちになった。そこで、一人づつ木からはね下りて、河原に泳ぎついて、魚を手拭(てぬぐひ)につつんだり、手にもったりして、家(うち)に帰った。

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