32話 悲壮戯曲の第二部 ファルツの帝都(4)
読み方を変える
この事はおん身能く為し遂げ給はむ。5910
おん身の護の下に置かせ給へ。
「いづれの宝もおん身の手にあれば、
あまねく世の中に用ゐられむ。」
富の神(先触に。)
これはお互に腹を大きくして考えんではならん。
そして出来て来る事は、出来て来させるが好い。5915
一体あなたはえらい度胸のある人ではないか。
この場で今恐ろしい事が出来て来るのだ。
現在の人も後の人も、だと言い消すだろうから、
あなたの記録にしっかり留めて置いて下さい。
先触
(富の神の猶手に持ちたる杖を握りて。)
一寸坊どもがパンの神様をそろそろと5920
火を噴く穴の傍へ連れて行きますね。
深い底から高く涌き上がるかと見ると
またその底までずっと沈んでしまって、
穴の口が暗く開いている。
そうかと思うと、また真っ赤に烹え上がる。5925
パンの神様は平気で立って、
この不思議な有様を見て喜んでおられる。
真珠のような泡が左右へ飛ぶ。
どうして疑わずにこんな事をさせておられるだろう。
穴の中を見ようとして、低く身を屈められる。5930
や。お髯が穴に落ち込んだ。
あの綺麗に剃った腮はどなただろう。
お手で我々にお顔を隠しておられる。
や。大変な事になった。
髯に火が移って舞い上がって来る。5935
被っておられる輪飾に、髪に、お胸に火が移る。
歓楽去って憂愁来るというのがこれだ。
群集が消しに駆け附ける。
しかし誰一人|《ほのお》を免れるものはない。
手に手に打っても叩いても、5940
新しいが燃え立つばかりだ。
火の中に入り乱れて、
仮装の一群は焼けてしまう。
や。口から耳へ囁き交して、
己に聞えて来るのは何事だ。5945
まあ、なんと云う不幸な夜だろう。
こんな歎を己達の上に齎すとは。
誰も聞きたく思わぬ事を、
あすの日は触れ散らすだろう。
兎に角所々で叫ぶ声が聞える。5950
あの御難儀なさるのは「帝」だと。
どうぞ本当でないと好いが。
帝とお側の方々が焼けておいでになる。
樹脂のある小枝で身をよろうて、
吠えるような歌いざまをして、5955
一しょに滅びにおいでになるように、
惑わし奉った奴は咀われておれ。
ああ。歓楽も度を踰えてはならぬと云う
戒を、若いもの共は所詮守ることは出来ないのか。
ああ、全能でおいでなさる通に、君主が5960
全智でおいでなさることは所詮出来ないのか。
もう火が木立に燃え移った。
尖ったの舌で舐めるように
木を結び合せた屋根へ燃え上がる。
仮屋全体の火事になりそうだ。5965
不運はもう十二分だ。
誰が己達を助けてくれるだろう。
さしも一時の盛を極めた、帝王の栄華は
一夜の灰燼になるだろうか。
富の神
もう恐怖も広がって好いだけは広がった。5970
そろそろ救助に掛からせなくてはなるまい。
大地が震い動き、鳴り響くように、
その神聖な杖を衝き立てて貰おう。
おい。そこの広々とした「空」に言うのだが、
一面に冷たい《におい》を漲らせい。5975
水を含んで棚引いている霧を
呼び寄せて、そこらへ漂わせて、
燃えている群集を覆って遣れ。
雲霧は流れて、ざわついて、渦巻いて、
漂いながら滑って、徐かに籠めて、5980
そこでも、ここでも火を消しながら闘ってくれ。
苦艱を緩める力のある、湿ったお前達は、
あの虚妄のの戯を、
熱くない稲妻に変ぜさせてくれ。
悪霊どもがわれ等を侵そうとする時には、5985
魔法が験を見せなくてはならんのだ。