4話 ふしぎ国探検(4)
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その日、東助とヒトミが、ポーデル博士の飛ぶ樽の中へはいってみると、博士は、はだかになって着がえの最中だった。ふしぎなことに、前には羽織や袴がでている。
「先生こんにちは。この羽織や袴をどうなさるのですか」
「やあ、君たち、きましたね。この着物を、わたし、着ます。そして日本人に化けるのです。見ていて下さい」
「日本人に化けてどうするのですか」
「あなたがたを、ふしぎな国へ案内するためです。今日は心霊実験会へつれていきます」
「心霊実験会とは、どんなことをするのですか」
「待って下さい。先に変装をすませますから」
ポーデル博士は、鏡の前へいって、眉を黒く染めたり、高い鼻をおしつけて低くしたり、ひっこんだ目を少し前にだしたり、顔に黄色い顔料をぬったりした。それから袴をつけ、羽織を着た。するとそこにはいつもの博士の姿は消えて、人のいい老日本人がにこにこ笑っているのだった。
「さあ、これでいい。日本人と見えましょう。わたくしは今日は、松永さんという老人に化けました。松永さんは、心霊実験会の会員として知られています。松永老人がいくと、その心霊実験会の方では安心して会場へ入れてくれます。会員でない人がいくと、なかなか入れてくれません。それでわたくし、松永老人に化けました」
「ああ、なるほど」
「私たち子供はいいんですかしら」
「あなたがた二人は、松永老人の孫あります。それなら大丈夫、入場許されます」
「なかなかやかましい会なんですね」
「そうです。心霊が霊媒の身体にのりうつって、ふしぎなことをいたします」
「心霊とは何ですか。霊媒とは何でしょうか」
「心霊とは人間の霊魂のことです。たましい、ともいいます」
「ああ、たましいのことですか。先生、人間が死んでも、たましいは残るのでしょうか」
「さあ、それが問題です。今夜の実験をごらんになれば、それについて一つの答を知ることができましょう」
「たましいなんて、人間が死ねば、一しょになくなってしまうもんだ。たましいがあるなんて、うそだと思うよ」
東助は、心霊の存在をうち消した。
「でも、あたし本当に、人魂がとぶところを見たことがあってよ。あれは四年前の夏だったかしら」
「あれは火の玉で、人間のたましいじゃないよ。ねえ、先生」
「さあ、どうでしょうか」
いつになくポーデル博士は、今日ははっきり答えない。
「先生。霊媒というのは、どんなものですの」
「おお、その霊媒です。霊媒は特別の人間であります。そして心霊と人間との間にいて、連絡をいたします。つまり、じっさいには、心霊が霊媒の身体にのりうつるのです。心霊だけでは、声を発することもできません。ものをいうこともできません。そこで心霊は、霊媒の身体にのりうつり、霊媒ののどと、口とをかりて言葉をつづるのです。ですから霊媒がいてくれないと、わたくしたちは心霊と話をすることができないのです。どうです。お分りになりましたか」
「すると、霊媒人間が、心霊に自分の身体を貸すんですね」
「そうです」
「人間は、誰でも霊媒になれますの」
「いいえ。さっきもいいましたが、特別の人間でないと霊媒になれません。霊媒になれる人は、ごくわずかです。霊媒にも、すぐれた霊媒と、おとった霊媒とがあります。すぐれた霊媒は、心霊がらくにのりうつることができます。のり心地がいいのです」
「特別の人間というと、どんな人でしょう」
「心霊実験会のえらい人は申します。霊媒になれる人は、心霊というもののあることを信じる人、自分の身体から自分のたましいをおいだして、たましいのない空家にすることができる人、それが完全にできる人ほど、上等の霊媒だそうです。さあ、それではそろそろでかけましょう」
名霊媒
松永老人に化けたポーデル博士につれられて、東助とヒトミは、心霊実験会の会場へいった。それは東京の郊外の焼けのこった町の岡の上にある広い邸宅であった。
会員たちは、もうだいぶ集っていた。
「おや松永さん。久しぶりですね」
「おお、これは金光会長さん。今日は孫を二人連れてきましたわい」
「ほう、それはようございました。お孫さんたち、ふしぎなおもしろいことが今日見られますよ」
金光会長は、顔の外までとびだしている白い八字髭をゆりうごかして、東助とヒトミにそういった。この会長は、松永老人がにせ者だということにすこしも気がついてない様子。
「霊媒の、今日の身体の調子はどうですか」
「調子はいいそうですよ。もっとも岩竹さんは、今日は身体の調子が悪いといったことは今までに一度もないですなあ」
「おっしゃるとおりです。岩竹女史ほどのいい霊媒は、ちょっと今までに例がありませんね」
会員たちのこんな話から察すると、この会の霊媒の岩竹女史は、たいへんすぐれた霊媒らしい。
「皆さん。お待たせしました。実験室の用意ができましたから、あちらへどうぞ」
金光会長が一同をよびにきた。十四五名の会員たちは席を立って、奥へ入る。もちろんポーデル博士も、東助とヒトミも、とりすました顔でその中に交っていた。
実験室というのは、十二三坪位の広さの板の間じきのがらんとした部屋だった。手前の方に、会員のすわるための椅子が二十脚ほど馬蹄形にならべてあった。正面の奥、つまり板ばりの壁の前に、電気死刑の椅子のような形のがっちりした肘かけ椅子が一つおいてあり、その左右に小さな角卓子が二つずつあった。その外に、主催者側で使うらしい椅子が四つ五つあった。
壁には、まっ黒なカーテンが、長い裾をひいて、隅々にしばってあった。
と、左手の廊下から、ぞろぞろと四、五人づれの人があらわれた。その中に、ひとりの女性が交っていた。力士のようにふとった大きな婦人で、としの頃は三十をすこしこえていると思われた。ただ顔色がよくない。青ぶくれに近い。それが名霊媒の岩竹女史であることは、会員席からのささやきで知れた。他の男の人たちは、この会の幹部であった。この人たちは、正面の左右に並んだ。
いちばんあとから、白い長髭の会長がはいってきて、障子をしめた。そして正面に立って会員たちにあいさつをした。
「これから第九十九回目の心霊実験会をはじめます。本日は、みなさまのご熱望により、特に岩竹女史においでをねがいまして、有名なるゴングの心霊をここへよびだしていただき、いろいろとめずらしい実験をお頼みしたいと思います。それでは暗室にいたします。なおいつものようにお煙草はおひかえ願います。それから暗黒の中においても、写真撮影と録音とは、絶対におことわりいたします。では幹部の方々。黒幕を三重にはって、この部屋を完全暗室にして下さい」
そこで幹部たちは席を立って、まわりの黒いカーテンを引いて完全暗室にした。
そのとき室内に一つ十燭光の電灯がついた。これは会長がつけたのだ。
「それでは、例によりまして霊媒の岩竹女史を、この椅子にしっかりしばりつけます。会員の方も四五名、ここへおいで下すって手をお貸し下さい」
会長が岩竹女史に対して、うやうやしく礼をした。すると女史はゆうぜんと立上って、中央のおそろしそうな椅子にどっかと腰をかけた。幹部たちは、太い綱を十五、六本、もちだした。
会長が女史に、白い手拭で目かくしをし、その上にさらにゴム布で二重の目かくしをする。そしてうしろへ身を引き、合図の手をあげると、綱をもった幹部と会員とが女史のそばへより、女史の身体や手足を、むごいほどきつく椅子にしばりつける。二重にしばったところもある。両手などはうしろに組合わしてしばった上、さらにそれを椅子の背にしばりつける。
これでは女史は全く身うごきもできないし、さぞ身体が痛いことだろうと思われた。
「これ位でいいでしょう。岩竹先生、痛くありませんか」
「今日はずいぶん、きつくしばりましたねえ」
「すこしゆるめましょうか」
「いや、いいです。もう二三本しばってみて下さい」
また追加の綱でしばった。
「それでは、岩竹先生のお身体を、心霊にひきわたします」
髭の会長は前にでて、女史に向って合掌し、なにか呪文のようなものをいって、えいっと声をかけると、椅子の中の女史は、うーんと呻って、身をうしろへそらせた。
「かかったようです。では電灯を消します。二十分間、おしずかにねがいます」
会長が、ぱちっと電灯のスイッチをひねった。室内はまっくらになった。
怪奇な実験
一座はしずまりかえって、こわいようだ。そのとき会長のおさえつけるような声が闇の中にした。
「どうぞゴングさん。お現われ下さい。心霊ゴングさん。今どこにおられますか」
すると、またうーんとうなる声がして、
「わしは、もうここにきている」
と、いんいんたる声がした。岩竹女史のねむっているあたりだ。東助とヒトミは、急におそろしくなってポーデル博士にすがりついた。
「大丈夫、大丈夫。よく見ておいでなさい」
博士はやさしく肩をなでてくれた。
「もう、おいでになっていましたか。それでは何か見せていただきたいですね」
「よろしい。ラッパをとりよせて、吹いてきかせよう」
ゴングさんの声がしたと思うと、闇の空中にラッパの形をしたものが浮きあがった。全体が青白い光をはなっている。
東助とヒトミは、また博士にすがりついた。
そのラッパは宙をくるくるまわりだした。そのうちに大きく宙をとび始めた。会員の頭の上にもきた。会員の中には、あっとおどろきの声をあげたものもいる。
そのうちにラッパは正面へもどった。あいかわらず宙に浮いている。それが、ぷっぷくぷっぷくと、あやしげな音をたてて鳴りだした。やがてこれはゆれだした。そしてあいかわらずぷっぷくぷっぷくである。
と、とつぜんラッパは消えた。
するとこんどは大きな青い火の玉が二つあらわれた。それがくるくると闇の中をまわりだした。会員の頭の上を輪になってとんだと思うと、見えなくなった。
次はがたんがたんと音がして、小さい卓子が青い光を放って正面にでてきた。その上に、もう一つのテーブルがのった。やはり青い光をはなっている。
「熱帯の島から、蘭をひきぬいてきて、このテーブルの上へおく。熱帯の蘭だ」
ゴングの声だ。ゴングがうなる。と、こつんと音がして、青い蘭のような植物の形があらわれた。
「これが、そうだ。あとで調べてみなさい。まちがいない」
ゴングの声だ。
「わしが、この世にいたときの姿をちょっと見せる。今から約四千年前だ」
すると天井から、すーッと何か降りてきたと思ったら、長い裾をひいた人の形があらわれた。エジプト人であることは一目でわかる。目鼻はぼんやりしている。
「こんどは、にぎやかになる」
ゴングの声に、二つの火の玉に、ラッパに、蘭に小卓子などが、みんなゆらゆらひらひら飛び上り、まい下った。そのふしぎさは、息がつまるようだ。
そのとき、ポーデル博士の低い声が東助の耳にささやいた。
「この眼鏡をかけてごらん。くらやみの中の物が、はっきり見える。これは赤外線眼鏡です。わしは今、ゴングの方へ、誰にも知られないように赤外線灯を照らしています。赤外線だから肉眼では見えない。しかしこの赤外線眼鏡をかけると、よく見えます。早くごらんなさい。何が見えるか。しかし笑ってはいけませんよ」
東助は博士から渡された眼鏡を急いでかけてみた。
おお、これはふしぎ。くらやみの室内が、夕暮ぐらいの明るさで、はっきり見える。
東助はおどろいた。何よりもおどろいたのは、岩竹女史をしばりつけてあった椅子の中に、女史の姿はなかった。そしてその女史は、正面に立ち、両手を自由に使って、二つの火の玉が糸でつりさげられた長い二本の細竹をあやつって、しきりに会員の頭の上でふりまわしていた。
別の男が、やはり同じようにラッパを細竹につってふりまわしていた。そのラッパには長いゴム管がついていた。その男は頬をふくらませて吹いた。するとぷっぷくと音がでた。
もう一人の男は、エジプト人形をつった細竹をもって、ゆらゆらと左右にふっていた。
(ひどいインチキだ。なにが心霊ゴングだ)
と、東助は腹が立った。そのとき博士が眼鏡をかえすようにと、ささやいた。そしてこの会の最後まで、何もしらないことにして、さわいではいけないと注意をあたえた。
この実験会が大成功に終って、ゴングの霊は拍手におくられて消えた。そしてそのあとで会長が電灯をつけた。
すると岩竹女史は、いつの間にか前と同じ形で椅子に厳重にしばりつけられて、ねむっていた。それをよびさまさせるために、髭の会長は、また呪文のようなことをいった。女史は大きな声で、
「ああ、よくねむった。わたしは何かしたでしょうか。何も知らないのです」
としらっぱくれていった。
その会が終っての帰路に、ポーデル博士は東助とヒトミにいった。
「今日のふしぎ国探検は、インチキのふしぎ国探検でありました。あれを、会員のみなさんは、ほんとのふしぎだと思って信じているのです。困ったものですね」
「あんなに霊媒の身体をよく椅子にしばりつけておいたのに、どうして綱をはずして抜けでていたのでしょうか」
「あれは綱ぬけ術という奇術なんです。インチキなしばり方をしてあるのですから、かんたんにぬけたり、またしばられたようなかたちになります」
「あの蘭は、熱帯産のものではなかったのですか」
「あれは本ものです。しかし温室に栽培してあるものを利用したのですよ。やっぱりインチキなやり方です」
四次元世界
このところしばらく、ポーデル博士にゆきあわない東助とヒトミであった。
二人は、この一週間ばかり、毎日のように浮見が原へ通い、博士が樽ロケットに乗って地上へ下りてくるのを待ちうけた。しかしいつも待ちぼうけであった。
「ヒトミちゃん。どうしたんだろうね、ポーデル博士は」
東助は、いつになく博士のあらわれ方がおそいので、ひょっとしたら、あのような神か魔か分らないほどのえらいポーデル博士も肺炎にでもなって、床についてうんうん呻っているのではないかと心配している。
「ほんとに、どうしたんでしょうね。どこかたいへん遠方へ旅行していらして、なかなかここまでおいでになれないのじゃないかしら」
ヒトミは、博士の遠方旅行説をだした。
「でも、博士の樽ロケットはすごいスピードをだすんだから、どんなに遠くへいっても、すぐ引返してこられるはずだものねえ」
「大宇宙のはてへいっていらっしゃるんじゃないかしら。一度あたしたちが、大宇宙のはてはどんなになっているか見たいなあ、といったことがあるでしょう」
「そうだったね。それでもあの樽ロケットに乗って走れば一と月とかからないはずなんだがね」
そういっているとき、二人は空の一角に、かねて聞きおぼえのある音響を耳にした。
「あ、樽ロケットが飛んでいる音だ」
その音は、ちょっとの間にどんどん大きさを増していった。と、二人の前へ、空からどすんと落ちてきたのは、例の樽ロケットであった。胴中がふくれて、あいきょうのある形をしている、その樽だった。上に小さい煙突のようなものがついて、そこから残りの排気らしい煙がすうーッと立ちのぼる。するとその煙の中から、ガウン姿のポーデル博士がひげ面をにこにこして二人の前に立った。
「こんにちは。ヒトミさん。東助さん。おやおや、びっくりしていますね」
「先生。よくきて下さいましたね。ずいぶんおそかったですね」
「先生、ご病気だったんですの」
「ははは。わたくし、病気すること、決してありません。ほほほッ」
「じゃあ、どこか、うんと遠いところへいっておられたのですか」
「大宇宙のはてへいってらしたんですか」
「ちがいます、ちがいます」博士は首を左右にふって「じつは、いずれあなたがたを案内したいと思っていた四次元世界へいっていたのです」
「ああ、四次元世界ですか。あのふしぎな高級な四次元空間の世界ですね。あんなところにいっておられたのですか」
「その何とかの世界は、ここから遠いのですか」
「遠いこともあり、近いこともあります。目の前に、その世界が、この世界と重なりあっている事もあります。とにかくなかなかつかまえるのにむずかしい世界です。わたくし、ここへくるのがおそくなったわけは、四次元世界と、この世界の連絡が切れてしまって、なかなかつながらないため、四次元世界にとり残されていました。ちょうど、海峡をわたるときに、連絡船がなかなかこないために、船つき場で何日も何日も待たされるようなものです」
「ははあ。すると海が荒れて交通が杜絶したようなものですね」
「まあ、そうもいえますね。しかし四次元の世界とこの三次元世界の間には、天候が悪くなってしけになるというようなことはないのです。それはこれからあなたがたがいってみれば、よく分ります」
「あ、先生。あたしたちを、これから四次元世界とかいうところへ連れていって下さるのですか」
「そうですとも。しかし四次元世界だけではなく、二次元世界へも一次元世界へもご案内いたしましょう」
「四次元世界に、二次元世界に、一次元世界ですの。先生、三次元世界へは案内して下さらないのですか」
「ヒトミちゃん。ぼんやりしているね。三次元世界ならポーデル博士に連れていってもらわなくても、ぼくらが勝手にゆける世界なんだもの」
東助があきれたような声でいった。
「あら、ちがうわよ。あたし、まだ三次元世界なんかへいったことはないわ。また、三次元世界へ遠足したという話も聞いたことがないわよ」
「あははは。ヒトミちゃん、あんなことをいっているよ。君はいったことがあるよ」
「ないわよ。ぜったいにないわよ」
「あるともさ。だって三次元世界といえば、横と縦と高さの三つがある世界のことさ。人間のからだでも、木でも、マッチ箱でも、みんな横の寸法と縦の寸法と高さとを測ることができるじゃないか。つまり、ぼくたちの住んでいるこの世界は、三次元世界なのさ」
「あーら、そうかしら。ほんとですか、ポーデル先生」
「そうですとも、ヒトミさん。東助君のいうとおりです。でありますから、ヒトミさんも東助さんも三次元世界に生れた三次元の生物でありまして、今、三次元世界の中に暮しているのであります」
「まあ、おどろきましたわ。あたし三次元世界に住んでいるなんて、始めて気がつきましたわ」
「では、樽の中にはいりましょう。そしておもしろい旅行を始めましょう」
次元のなぞ