透明人間

10話 怪しい客の正体 家具がおどる

2,500字 約5分 2010年8月22日 公開

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 牧師館(ぼくしかん)姿(すがた)のないどろぼうにひっかきまわされていたころ、黒馬旅館(くろうまりょかん)の女あるじホール夫人(ふじん)は、

「おまえさん、起きてくださいよ。ぐずぐずしていてはこまりますよ」

 さかんに亭主(ていしゅ)のホールをたたき起こしていた。二人は、お手伝いのミリーよりも早く起きて、いつものように穴蔵(あなぐら)にしこんだビールにサルサ(こん)からとった(えき)をまぜ、いちだんと(あじ)をよくしようというのだ。

 おかみさんは、まだ寝ぼけまなこをこすっているホールをひったてて、穴蔵(あなぐら)におりていったが、

「おや、サルサ(こん)(えき)のはいったびんを持ってくるのをわすれたよ。ちょいとおまえさん、大いそぎでとってきておくれよ」

「よしきた」

 ホールは気がるにひきうけ、じぶんの部屋(へや)からいいつかったびんをとりだし、穴蔵(あなぐら)へゆく階段(かいだん)をかけおりようとした。

「おやっ! 玄関(げんかん)のとびらのかんぬきがはずれているぞ」

 ホールはびんを片手(かたて)に、ぽかんとドアの前につったって、ゆうべたしかに玄関(げんかん)のドアはしめたはずだ、と思った。

「そうだ。おれがろうそくをもって、うちのやつが家じゅうの戸じまりをしてまわったんだから、まちがいないな。それに、はて、あの(きゃく)部屋(へや)()もあいてたようだったぞ」

 ホールはそのまま、おくへひっかえして、客部屋のドアをおしてみた。(あん)のとおり、ドアは()もなくひらいた。

 (きゃく)姿(すがた)はどこにもみえない。ベッドの中はもぬけのからで、ぬぎちらした(ふく)があたりにちらばっている。ホールは、おかみさんのところにかけおりていった。

「おいおい、ジャニイや、ヘンフリイが言ったとおり、あの客は大悪党(だいあくとう)らしいぜ」

 おかみさんは、それをきくとかんしゃくをおこしてどなった。

「なにをねぼけたことを言ってるのさ。しっかりおしよ」

「ねぼけてなんかいねえよ。(きゃく)部屋(へや)にいねえし、玄関(げんかん)のかんぬきははずれているんだ。が、やつの(ふく)部屋(へや)にほうりだしてあるんだが。とすると、はだかででかけたのかな?」

「おまえさん、それはほんとの話かい?」

「ほんとうとも……(しん)じないなら、おまえ、じぶんの目でみてみな」

 おかみさんは顔いろをかえ、とっとっと階段(かいだん)をのぼっていった。ホールはあとにつづいた。

 穴蔵(あなぐら)階段(かいだん)をのぼって一階にでたときだった。大きなくしゃみが、近くできこえた。

 おかみさんはホールのくしゃみだと思い、ホールはおかみさんのだと考えて、おたがいに気にとめなかった。

「あら、ほんとにいないわ。へんだねえ、どうしたってんだろう」

 おかみさんは、さっさと部屋(へや)にはいりこんで、ベッドにさわりながらさけんだ。

 そのとたん、すぐうしろで、くすんくすん(はな)をすする音がした。おかみさんはすこしも気づかなかった。

「おまえさん、ちょっときてごらんよ。まだ夜あけ前だってのに、このベッドは起きてから一時間もたってるように、すっかりつめたくなってるんだよ」

「どれどれ」

 ホールも、おくればせに近よってきた。

 このときだった。世にもふしぎな、だれに言っても(しん)じてもらえそうもないことが、とつぜんに起こりはじめた。

 まずさいしょは、ふとんがくるくるとまかれ、ぱっとベッドの外にとびだした。つぎには(はしら)にかかっていた帽子(ぼうし)が、きりきりとちゅうに()って、二、三回転(かいてん)したかと思うと、矢のようにおかみさんの顔めがけてぶつかってきた。

「ああっ!」

 おかみさんが帽子(ぼうし)をさけようと、右にむいたとたん、こんどは洗面台(せんめんだい)のスポンジがとんできた。つぎはズボン、そのつぎは(ふく)恐怖(きょうふ)に顔をひきつらして、かの女が部屋(へや)をうろうろと()げまどうと、どこからともなく、からからとあざ(わら)うつめたい声がきこえてきた。

 さいごに、いすがすうっと(ちゅう)にうかんだ。とみるまに、おかみさんめがけて、すごいいきおいで飛んできた。

「たすけてっ!」

 おかみさんは悲鳴(ひめい)をあげて、にげまどった。いすはおかみさんの背中(せなか)にぴたっとくっついた。

「あれっ! たすけて、だれかきて!」

 なきさけぶおかみさんを、いすはぐいぐいとおし、部屋(へや)の外につきだした。ホールは()うようにして、いっしょに外にころがりでた。

 ばたんと、二人のうしろでドアがいきおいよくしまった。

 二人が(いのち)からがら、台所(だいどころ)まで()げのびると、お手伝いのミリーがかけつけてきた。

 やっとこさでじぶんの部屋(へや)におちついたとき、ホール夫人(ふじん)は、うわ言のように、

「ゆうれいだわ、きっとそうだ。そうでなければ、いすやズボンが、まるで生き物のようにとび歩くはずがないわ。ホール、すぐに玄関(げんかん)のかぎをかけてちょうだい。あの男が帰ってきても中へ入れないように、早く、早く」

「ジャニイ、気をしずめなさい。ほら、これをぐっとひと口のんでごらん。ずっと気分(きぶん)がしずまるから」

 ホールがうろうろしながら、気つけ(ぐすり)をおかみさんの口におしあてた。

「へんだ、へんだと思っていたんだけど……やっぱりあの男はわるい魔法(まほう)をつかうんだわ。おっかさんの(だい)からのだいじな家具(かぐ)に、悪霊(あくりょう)をふきこんだんだわ。でなければ、いつもおっかさんが(こし)かけていた、あのなつかしいいすが、わたしに飛びかかってくるはずがないわ」

「さあ、ジャニイ、もうひと口飲みなよ。おまえはえらくこうふんしてるよ」

 ホールが一(しん)になだめた。

 やがて夜がすっかり明けはなれ、明るい太陽(たいよう)の光がまばゆくかがやきはじめると、黒馬旅館(くろうまりょかん)には、鍛冶屋(かじや)のウォッジャーズ、雑貨屋(ざっかや)のハクスターがよび集められた。

 しかし、だれひとり、この奇怪(きかい)な話をきいて、これからどうすればいいか、はっきりと言える者はいなかった。

 相談(そうだん)はおなじところをめぐって、いつまでたってもらちがあかない。

 ついに、ウォッジャーズがホールにむかって、

「これはやはり、おまえが客人(きゃくじん)部屋(へや)にいって、どういうわけでこんな奇怪(きかい)なことが起こったのか、よくよくわけをきかしてもらってくるのが、いちばんいい方法(ほうほう)じゃないかね」

と言いだした。これには、すぐにみんながさんせいして、お人よしのホールは、のこのこと(きゃく)部屋(へや)にでかけていった。

「お客さま、ちょっとうかがわせておもらい(もう)してえだが――」

 ホールがまのびした声をかけた、とたん、

「うるさい、でてゆけ!」

 すさまじい声といっしょに、ホールは(むね)ぐらをどーんとつかれて、ばったりたおれた。

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