10話 怪しい客の正体 家具がおどる
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牧師館が姿のないどろぼうにひっかきまわされていたころ、黒馬旅館の女あるじホール夫人は、
「おまえさん、起きてくださいよ。ぐずぐずしていてはこまりますよ」
さかんに亭主のホールをたたき起こしていた。二人は、お手伝いのミリーよりも早く起きて、いつものように穴蔵にしこんだビールにサルサ根からとった液をまぜ、いちだんと味をよくしようというのだ。
おかみさんは、まだ寝ぼけまなこをこすっているホールをひったてて、穴蔵におりていったが、
「おや、サルサ根の液のはいったびんを持ってくるのをわすれたよ。ちょいとおまえさん、大いそぎでとってきておくれよ」
「よしきた」
ホールは気がるにひきうけ、じぶんの部屋からいいつかったびんをとりだし、穴蔵へゆく階段をかけおりようとした。
「おやっ! 玄関のとびらのかんぬきがはずれているぞ」
ホールはびんを片手に、ぽかんとドアの前につったって、ゆうべたしかに玄関のドアはしめたはずだ、と思った。
「そうだ。おれがろうそくをもって、うちのやつが家じゅうの戸じまりをしてまわったんだから、まちがいないな。それに、はて、あの客の部屋の戸もあいてたようだったぞ」
ホールはそのまま、おくへひっかえして、客部屋のドアをおしてみた。案のとおり、ドアは苦もなくひらいた。
客の姿はどこにもみえない。ベッドの中はもぬけのからで、ぬぎちらした服があたりにちらばっている。ホールは、おかみさんのところにかけおりていった。
「おいおい、ジャニイや、ヘンフリイが言ったとおり、あの客は大悪党らしいぜ」
おかみさんは、それをきくとかんしゃくをおこしてどなった。
「なにをねぼけたことを言ってるのさ。しっかりおしよ」
「ねぼけてなんかいねえよ。客は部屋にいねえし、玄関のかんぬきははずれているんだ。が、やつの服は部屋にほうりだしてあるんだが。とすると、はだかででかけたのかな?」
「おまえさん、それはほんとの話かい?」
「ほんとうとも……信じないなら、おまえ、じぶんの目でみてみな」
おかみさんは顔いろをかえ、とっとっと階段をのぼっていった。ホールはあとにつづいた。
穴蔵の階段をのぼって一階にでたときだった。大きなくしゃみが、近くできこえた。
おかみさんはホールのくしゃみだと思い、ホールはおかみさんのだと考えて、おたがいに気にとめなかった。
「あら、ほんとにいないわ。へんだねえ、どうしたってんだろう」
おかみさんは、さっさと部屋にはいりこんで、ベッドにさわりながらさけんだ。
そのとたん、すぐうしろで、くすんくすん鼻をすする音がした。おかみさんはすこしも気づかなかった。
「おまえさん、ちょっときてごらんよ。まだ夜あけ前だってのに、このベッドは起きてから一時間もたってるように、すっかりつめたくなってるんだよ」
「どれどれ」
ホールも、おくればせに近よってきた。
このときだった。世にもふしぎな、だれに言っても信じてもらえそうもないことが、とつぜんに起こりはじめた。
まずさいしょは、ふとんがくるくるとまかれ、ぱっとベッドの外にとびだした。つぎには柱にかかっていた帽子が、きりきりとちゅうに舞って、二、三回転したかと思うと、矢のようにおかみさんの顔めがけてぶつかってきた。
「ああっ!」
おかみさんが帽子をさけようと、右にむいたとたん、こんどは洗面台のスポンジがとんできた。つぎはズボン、そのつぎは服、恐怖に顔をひきつらして、かの女が部屋をうろうろと逃げまどうと、どこからともなく、からからとあざ笑うつめたい声がきこえてきた。
さいごに、いすがすうっと宙にうかんだ。とみるまに、おかみさんめがけて、すごいいきおいで飛んできた。
「たすけてっ!」
おかみさんは悲鳴をあげて、にげまどった。いすはおかみさんの背中にぴたっとくっついた。
「あれっ! たすけて、だれかきて!」
なきさけぶおかみさんを、いすはぐいぐいとおし、部屋の外につきだした。ホールは這うようにして、いっしょに外にころがりでた。
ばたんと、二人のうしろでドアがいきおいよくしまった。
二人が命からがら、台所まで逃げのびると、お手伝いのミリーがかけつけてきた。
やっとこさでじぶんの部屋におちついたとき、ホール夫人は、うわ言のように、
「ゆうれいだわ、きっとそうだ。そうでなければ、いすやズボンが、まるで生き物のようにとび歩くはずがないわ。ホール、すぐに玄関のかぎをかけてちょうだい。あの男が帰ってきても中へ入れないように、早く、早く」
「ジャニイ、気をしずめなさい。ほら、これをぐっとひと口のんでごらん。ずっと気分がしずまるから」
ホールがうろうろしながら、気つけ薬をおかみさんの口におしあてた。
「へんだ、へんだと思っていたんだけど……やっぱりあの男はわるい魔法をつかうんだわ。おっかさんの代からのだいじな家具に、悪霊をふきこんだんだわ。でなければ、いつもおっかさんが腰かけていた、あのなつかしいいすが、わたしに飛びかかってくるはずがないわ」
「さあ、ジャニイ、もうひと口飲みなよ。おまえはえらくこうふんしてるよ」
ホールが一心になだめた。
やがて夜がすっかり明けはなれ、明るい太陽の光がまばゆくかがやきはじめると、黒馬旅館には、鍛冶屋のウォッジャーズ、雑貨屋のハクスターがよび集められた。
しかし、だれひとり、この奇怪な話をきいて、これからどうすればいいか、はっきりと言える者はいなかった。
相談はおなじところをめぐって、いつまでたってもらちがあかない。
ついに、ウォッジャーズがホールにむかって、
「これはやはり、おまえが客人の部屋にいって、どういうわけでこんな奇怪なことが起こったのか、よくよくわけをきかしてもらってくるのが、いちばんいい方法じゃないかね」
と言いだした。これには、すぐにみんながさんせいして、お人よしのホールは、のこのこと客の部屋にでかけていった。
「お客さま、ちょっとうかがわせておもらい申してえだが――」
ホールがまのびした声をかけた、とたん、
「うるさい、でてゆけ!」
すさまじい声といっしょに、ホールは胸ぐらをどーんとつかれて、ばったりたおれた。