透明人間

2話 黒馬旅館の客 なに者だろう?

1,283字 約3分 2010年8月22日 公開

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 男は、じつによく食べた。

 カーテンをひいて、へやがうす暗くなると、それで安心(あんしん)したのか、食卓(しょくたく)につくと、まるで三日も四日もたべずにいたかのように、(さら)のなかの物をかたっぱしからたいらげていった。

 黒馬旅館(くろうまりょかん)のおかみさんは、なんとも気もちのわるい(きゃく)をとめたもんだと、考えこんでいたが、この男がまさか怪物(かいぶつ)であろうとは気がつかない。ぶっきらぼうで、ぶあいそうな客だとはおもうが、なにしろ先払(さきばら)いで宿料(やどりょう)に二枚の金貨(きんか)をわたしている。わるい気もちはしなかった。

(あの人はかわいそうな人なんだよ、きっと! ひどいけがをしてるらしいよ。どこで、どんなけがをしたか()らないが、かわいそうに……。だけど、ほうたいだらけのまっ(しろ)なあの(かお)には、ぞっとするわ。まるで()けものみたいだもの)

 おかみさんは台所(だいどころ)暖炉(だんろ)の火で、(きゃく)のオーバーや長ぐつをかわかしながら、そんなことを考えていた。

(ナプキンで口をかくしているところをみると、口のまわりに、大けがをしたんだよ。ぞっとしたりしては、気のどくだわ)

 しばらくして、おかみさんが食事(しょくじ)のあと片づけに客室(きゃくしつ)にはいっていくと、客はパイプでたばこをくゆらしていた。顔の下半分(したはんぶん)にはマフラーをまきつけて、パイプを口にさしこむのに、マフラーをゆるめようとはしないで、口もとをかくすようにしてパイプを()っていた。

 暖炉(だんろ)の火が青めがねにうつって、赤々(あかあか)とゆらいでいるが、どんな目をしてこちらを見ているか、とおもうと、やはり、ぶきみさが先に感じられてくるのだった。

 めずらしく、客のほうからしゃべった。

「ブランブルハースト(えき)に、荷物(にもつ)をおいてきたんだが、どうやったら取りよせられるね?」

「おや、それはおこまりでしょう。さあ、この(ゆき)では……それに、こんな田舎(いなか)ですからね。たのむといって、すぐに、人手がいいあんばいにございませんわね」

 男はほうたいだらけの頭で、うなずいていたが、

「こまるなあ。どうしても、きょうじゃあだめかね?」

と言った。

「きょうじゅうには、むりでございますよ」

「あすになるか? なんとか早く、とどけさせる方法はないものかな? 馬車(ばしゃ)ならいってこられそうなものだが……」

 がっかりしたようすで、なおもつづけた。

 おかみさんは、この雪ではとてもだめだろうと、客のようすを(さぐ)るようにながめながら、説明(せつめい)した。

「それがむりなんですよ。このうら山には、とてもけわしい場所がありますんでね、馬車(ばしゃ)なんか通れやしませんよ。去年(きょねん)でしたか、馬車(ばしゃ)がひっくりかえりましてね、お客さんと馬車屋(ばしゃや)()にました。とんだ災難(さいなん)で、まあ、こんな日には、おやめになったほうがようござんすね」

「なるほど、災難って、そういったもんかね」

 男はそれいじょう、たってたのもうとは言わなかった。

「マッチをとってくれんか」

 パイプをマフラーのあいだから口にさしこんで、おかみさんからマッチをうけ取った。そしておかみさんに()をむけると、(まど)ぎわにいって、カーテンのすきまから中庭(なかにわ)(ゆき)をながめたまま、ひとことも口をきこうとはしない。おかみさんは、はっとして、へやをでていった。

 ふしぎな男は、夕がたまで、へやにとじこもっていた。

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