2話 黒馬旅館の客 なに者だろう?
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男は、じつによく食べた。
カーテンをひいて、へやがうす暗くなると、それで安心したのか、食卓につくと、まるで三日も四日もたべずにいたかのように、皿のなかの物をかたっぱしからたいらげていった。
黒馬旅館のおかみさんは、なんとも気もちのわるい客をとめたもんだと、考えこんでいたが、この男がまさか怪物であろうとは気がつかない。ぶっきらぼうで、ぶあいそうな客だとはおもうが、なにしろ先払いで宿料に二枚の金貨をわたしている。わるい気もちはしなかった。
(あの人はかわいそうな人なんだよ、きっと! ひどいけがをしてるらしいよ。どこで、どんなけがをしたか知らないが、かわいそうに……。だけど、ほうたいだらけのまっ白なあの顔には、ぞっとするわ。まるで化けものみたいだもの)
おかみさんは台所の暖炉の火で、客のオーバーや長ぐつをかわかしながら、そんなことを考えていた。
(ナプキンで口をかくしているところをみると、口のまわりに、大けがをしたんだよ。ぞっとしたりしては、気のどくだわ)
しばらくして、おかみさんが食事のあと片づけに客室にはいっていくと、客はパイプでたばこをくゆらしていた。顔の下半分にはマフラーをまきつけて、パイプを口にさしこむのに、マフラーをゆるめようとはしないで、口もとをかくすようにしてパイプを吸っていた。
暖炉の火が青めがねにうつって、赤々とゆらいでいるが、どんな目をしてこちらを見ているか、とおもうと、やはり、ぶきみさが先に感じられてくるのだった。
めずらしく、客のほうからしゃべった。
「ブランブルハースト駅に、荷物をおいてきたんだが、どうやったら取りよせられるね?」
「おや、それはおこまりでしょう。さあ、この雪では……それに、こんな田舎ですからね。たのむといって、すぐに、人手がいいあんばいにございませんわね」
男はほうたいだらけの頭で、うなずいていたが、
「こまるなあ。どうしても、きょうじゃあだめかね?」
と言った。
「きょうじゅうには、むりでございますよ」
「あすになるか? なんとか早く、とどけさせる方法はないものかな? 馬車ならいってこられそうなものだが……」
がっかりしたようすで、なおもつづけた。
おかみさんは、この雪ではとてもだめだろうと、客のようすを探るようにながめながら、説明した。
「それがむりなんですよ。このうら山には、とてもけわしい場所がありますんでね、馬車なんか通れやしませんよ。去年でしたか、馬車がひっくりかえりましてね、お客さんと馬車屋が死にました。とんだ災難で、まあ、こんな日には、おやめになったほうがようござんすね」
「なるほど、災難って、そういったもんかね」
男はそれいじょう、たってたのもうとは言わなかった。
「マッチをとってくれんか」
パイプをマフラーのあいだから口にさしこんで、おかみさんからマッチをうけ取った。そしておかみさんに背をむけると、窓ぎわにいって、カーテンのすきまから中庭の雪をながめたまま、ひとことも口をきこうとはしない。おかみさんは、はっとして、へやをでていった。
ふしぎな男は、夕がたまで、へやにとじこもっていた。