27話 恐るべき発見 研究の鬼
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ケンプ博士もだまりこんで、じっとナイト・ガウンだけの人間を見つめていた。
ながい間、なんの物音もしなかった。
ふと、透明人間が口をひらいた。
「金がなければ、ぼくの研究をつづけることはできない。やむをえず、おやじの金を盗んでしまったんだ……」
「おとうさんの金を盗んだって……きみが?」
「うん、ところがそのお金は、おやじのものではなかったんだ――。そして……おやじはそのために自殺をしてしまったんだ」
ケンプ博士は、くらい目つきで、透明人間をみつめた。
「ぼくのそのころ、チェジルストウの家をひきはらって、ロンドンのポートランド街にもどっていた。部屋をかりてすんでいたんだ。おやじの金をぬすんで、いろいろな実験にいるものを買いととのえたので、ぼくの研究は気もちがいいほど具合よくすすんでいったんだ」
ケンプ博士はうなずいた。そして心のなかで、
(なんというつめたい男だろう。やつは研究の鬼になってしまったんだ。やつの心には、もうあたたかい人間の血が通っていないのかもしれない。おそろしいことだ)
と考えていた。が、透明人間は博士の心のなかのことなどは気にもかけず、
「おやじの葬式は風のつめたい、さむい寒い日だったよ。ぼくはおやじがさびしい丘の中腹にほうむられるのをみても、考えるのはただ研究のことばかりで、さびしいとも悲しいとも思わなかったんだ。葬式をすませてじぶんの部屋にかえってきたときには、はじめて生きているかいがあると思ったよ。ぼくはむちゅうになって研究にとりかかった」
透明人間は、ふと口をつむぐと、くらい顔ですわりこんでいる博士に、
「きみ、つかれたのかい? 顔いろがさえないようだ」
「いや、なんでもない。さあ、つづけたまえ。それからどうなったんだ」
「そのときすでに研究は、九分どおりできあがっていたんだ。その大体のことは、浮浪者がもち逃げしたノートに、暗号をつかって書いてある。あいつめ、おれのノートを取りやがって……どんなことをしてもとりかえしてやるぞ。うらぎったやつには、思いしらせてやる!」
透明人間はあの浮浪者のことを思いだし、研究の話をするのもわすれて、さんざんにののしりはじめた。すると、博士が、
「研究のほうのことをきかせてくれたまえ。そしてどうなったんだい?」
「ついに待ちのぞんでいた日がきたんだ。その日の実験には白い羊毛を使ってみたんだ。実験はうまくいって、白い羊毛がじっと息をころしてみつめているぼくの目のまえで、けむりのように色がしだいにうすくなり、やがて、すーっと消えていってしまったんだ。その光景は、なんともいいようのないくらい、ぶきみなものだったよ」
「それで……」
「白い羊毛がすっかり消えて、ぼくの目に見えなくなったときには、まるで信じられない気がしたよ。ぼくはそっと、羊毛をおいたあたりをさわってみた。すると、どうだ! やはり羊毛はまえとおなじ場所に、ちゃんとあるんだ。そのときのぼくの気もちといったら、うれしいような、気味のわるいような、変な気もちだったよ」
ケンプ博士は口のなかで、そっとつぶやいた。
「信じられん話だが………うそではなさそうだ」
そして透明人間に、ひとやすみしないかと言い、ポケットからたばこをとりだした。
透明人間は一本ぬきとると、火をつけて口にくわえた。と言っても、やはり空中にたばこがういているように見えるだけである。
「つぎの研究には、ねこをつかったんだ」
「生きてるねこをかい?」
「もちろんさ。そのねこは階下にすむ、ひとり者の老婆のかわいがっているねこなんだ。ぼくは血のいろをうすめる薬やらそのほかの薬やらを、苦心してそのねこにのませたんだ。そして薬で、ねこを眠らせておいた。ねこがつぎに目をさましたときには、羊毛とおなじように、けむりのようにきえていたんだ」
「ねこが透明になってしまったって……?」
「そうだ。もっともすこし失敗したところもあって、うまく消えうせてはしまわなかったがね。うまくいかなかったところは、ひとみと爪だ。ねこは薬をのませると同時に、ひもでしばって逃げださぬようにしておいたんだ。そのうちに気をとりもどして、起きあがったときには、からだはかんぜんに消え、ふたつのほそい目と爪だけが、部屋のなかにゆうれいのように浮いていたんだ」
「ぶきみな話だ! それに、ねこがかわいそうじゃないか」
ケンプ博士は、とがめるように言った。
「持主の老婆が、ねこを探しにきて、『わたしのねこが、こちらにきているでしょう。たしかになき声がしていましたよ』と、がなりたて、部屋の中をじろじろとのぞきこんだが、ねこはクロロフォルムでねむらせてあったので、見つかるはずはない。うさんくさそうになんどもながめまわしてから、やっとひきあげていったよ。おかしかったねえ」
「透明になってしまったねこは、その後、どうしたんだね」
「さあ、どうしたかね。透明になると、ひどくあつかいにくくてね。つかまえようとしてもつかまえることができない。そして、にゃあにゃあ、なきつづけているので、とうとう、うるさくなって、窓をあけてそとへ追いだしてやったよ」
「すると透明ねこは、いまでもどこかをさまよっているというわけだね」
「生きていればね。だが、おそらく死んでいるだろう。目に見えないねこに、えさをやる人もいないだろうからね」
「そうか、かわいそうに……」
博士は、なんにもないところに、ねこの丸いひとみがふたつ、みどり色にひかり、かなしそうに食べ物をもとめてなく声だけがきこえる光景を、ありありと思いうかべて身ぶるいした。
「ぶきみなことだ!」