透明人間

27話 恐るべき発見 研究の鬼

2,283字 約5分 2010年8月22日 公開

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 ケンプ博士(はくし)もだまりこんで、じっとナイト・ガウンだけの人間(にんげん)を見つめていた。

 ながい間、なんの物音もしなかった。

 ふと、透明人間(とうめいにんげん)が口をひらいた。

「金がなければ、ぼくの研究(けんきゅう)をつづけることはできない。やむをえず、おやじの(かね)(ぬす)んでしまったんだ……」

「おとうさんの金を盗んだって……きみが?」

「うん、ところがそのお金は、おやじのものではなかったんだ――。そして……おやじはそのために自殺(じさつ)をしてしまったんだ」

 ケンプ博士は、くらい目つきで、透明人間(とうめいにんげん)をみつめた。

「ぼくのそのころ、チェジルストウの家をひきはらって、ロンドンのポートランド(がい)にもどっていた。部屋(へや)をかりてすんでいたんだ。おやじの金をぬすんで、いろいろな実験(じっけん)にいるものを買いととのえたので、ぼくの研究(けんきゅう)は気もちがいいほど具合よくすすんでいったんだ」

 ケンプ博士はうなずいた。そして心のなかで、

(なんというつめたい男だろう。やつは研究の(おに)になってしまったんだ。やつの心には、もうあたたかい人間の()が通っていないのかもしれない。おそろしいことだ)

と考えていた。が、透明人間は博士(はくし)の心のなかのことなどは気にもかけず、

「おやじの葬式(そうしき)は風のつめたい、さむい寒い日だったよ。ぼくはおやじがさびしい(おか)中腹(ちゅうふく)にほうむられるのをみても、考えるのはただ研究(けんきゅう)のことばかりで、さびしいとも(かな)しいとも思わなかったんだ。葬式(そうしき)をすませてじぶんの部屋(へや)にかえってきたときには、はじめて生きているかいがあると思ったよ。ぼくはむちゅうになって研究(けんきゅう)にとりかかった」

 透明人間(とうめいにんげん)は、ふと口をつむぐと、くらい顔ですわりこんでいる博士(はくし)に、

「きみ、つかれたのかい? 顔いろがさえないようだ」

「いや、なんでもない。さあ、つづけたまえ。それからどうなったんだ」

「そのときすでに研究(けんきゅう)は、九()どおりできあがっていたんだ。その大体(だいたい)のことは、浮浪者(ふろうしゃ)がもち()げしたノートに、暗号(あんごう)をつかって書いてある。あいつめ、おれのノートを取りやがって……どんなことをしてもとりかえしてやるぞ。うらぎったやつには、思いしらせてやる!」

 透明人間(とうめいにんげん)はあの浮浪者(ふろうしゃ)のことを思いだし、研究の話をするのもわすれて、さんざんにののしりはじめた。すると、博士(はくし)が、

研究(けんきゅう)のほうのことをきかせてくれたまえ。そしてどうなったんだい?」

「ついに待ちのぞんでいた日がきたんだ。その日の実験(じっけん)には白い羊毛(ようもう)を使ってみたんだ。実験(じっけん)はうまくいって、白い羊毛がじっと(いき)をころしてみつめているぼくの目のまえで、けむりのように色がしだいにうすくなり、やがて、すーっと()えていってしまったんだ。その光景(こうけい)は、なんともいいようのないくらい、ぶきみなものだったよ」

「それで……」

「白い羊毛(ようもう)がすっかり()えて、ぼくの目に見えなくなったときには、まるで(しん)じられない気がしたよ。ぼくはそっと、羊毛(ようもう)をおいたあたりをさわってみた。すると、どうだ! やはり羊毛(ようもう)はまえとおなじ場所に、ちゃんとあるんだ。そのときのぼくの気もちといったら、うれしいような、気味(きみ)のわるいような、(へん)な気もちだったよ」

 ケンプ博士(はくし)は口のなかで、そっとつぶやいた。

(しん)じられん話だが………うそではなさそうだ」

 そして透明人間(とうめいにんげん)に、ひとやすみしないかと()い、ポケットからたばこをとりだした。

 透明人間は一本ぬきとると、火をつけて口にくわえた。と言っても、やはり空中(くうちゅう)にたばこがういているように見えるだけである。

「つぎの研究には、ねこをつかったんだ」

「生きてるねこをかい?」

「もちろんさ。そのねこは階下(かいか)にすむ、ひとり(もの)老婆(ろうば)のかわいがっているねこなんだ。ぼくは()のいろをうすめる(くすり)やらそのほかの薬やらを、苦心(くしん)してそのねこにのませたんだ。そして(くすり)で、ねこを(ねむ)らせておいた。ねこがつぎに目をさましたときには、羊毛とおなじように、けむりのようにきえていたんだ」

「ねこが透明(とうめい)になってしまったって……?」

「そうだ。もっともすこし失敗(しっぱい)したところもあって、うまく()えうせてはしまわなかったがね。うまくいかなかったところは、ひとみと(つめ)だ。ねこは(くすり)をのませると同時(どうじ)に、ひもでしばって()げださぬようにしておいたんだ。そのうちに気をとりもどして、起きあがったときには、からだはかんぜんに()え、ふたつのほそい目と(つめ)だけが、部屋のなかにゆうれいのように()いていたんだ」

「ぶきみな話だ! それに、ねこがかわいそうじゃないか」

 ケンプ博士(はくし)は、とがめるように言った。

持主(もちぬし)老婆(ろうば)が、ねこを(さが)しにきて、『わたしのねこが、こちらにきているでしょう。たしかになき声がしていましたよ』と、がなりたて、部屋(へや)の中をじろじろとのぞきこんだが、ねこはクロロフォルムでねむらせてあったので、見つかるはずはない。うさんくさそうになんどもながめまわしてから、やっとひきあげていったよ。おかしかったねえ」

透明(とうめい)になってしまったねこは、その()、どうしたんだね」

「さあ、どうしたかね。透明(とうめい)になると、ひどくあつかいにくくてね。つかまえようとしてもつかまえることができない。そして、にゃあにゃあ、なきつづけているので、とうとう、うるさくなって、(まど)をあけてそとへ追いだしてやったよ」

「すると透明(とうめい)ねこは、いまでもどこかをさまよっているというわけだね」

()きていればね。だが、おそらく()んでいるだろう。目に見えないねこに、えさをやる人もいないだろうからね」

「そうか、かわいそうに……」

 博士(はくし)は、なんにもないところに、ねこの(まる)いひとみがふたつ、みどり色にひかり、かなしそうに食べ物をもとめてなく声だけがきこえる光景(こうけい)を、ありありと思いうかべて身ぶるいした。

「ぶきみなことだ!」

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