31話 うらぎられた透明人間 悪魔と天使
読み方を変える
「ところで、きみはこれから、どうするつもりだい? なんのために、このバードック町にやってきたんだ?」
はじめに下宿で放火、つぎに、古着屋でおそろしい殺人をやりかけている。よくもわずかの間に、とんでもないことを仕出かしたものだと、むかしの友人のかわりはてた異様なすがたをながめながら、ケンプ博士がたずねた。
「うん。ぼくがここにきたのは、国外にのがれたかったからさ。はだかで暮らすのには、イギリスはまだ、寒すぎるよ。洋服をきればすぐ人にあやしまれて、追いまわされるし、ぼくは、もっと暖かい地方へいってしまいたいと思って、この港町へきたのだ」
「それで?」
「ここからは、フランス行きの便船がでる。フランスへわたり、汽車でスペインへいって、そこからアフリカのアルジェリアへいくつもりだ。アルジェリアなら、姿をけしてはだかで暮らしても、いっこう寒くはないだろうからね」
「アフリカにいくのか?」
「そうだ。ぼくの秘密がしれてしまったからには、もう、どうしようもない……。ところが、それには、ぼくひとりではやれないのだ。ぼくが荷物をもって歩くわけにはいかない。そうすると、このまえの金貨が空中をとぶような騒ぎになって、すぐ、大さわぎになってしまうんだ。そこで、あの浮浪者をやとったんだが、だいじな研究ノートと金をもって、にげてしまった」
「浮浪者は警察にいるよ」
「えっ、あいつが……」
透明人間が、すっくと立ちあがった。
そのとき、玄関のベルがなった。
ベルの音をききつけると、透明人間はケンプ博士から二、三歩とびさって、
「あれは、なんだ?」
と、するどく言いはなった。
「なにも聞こえないが……」
「いや、二階へあがってくる足音だ」
「気のせいだよ」
警官がきたことを、あいてにさとられまいとして、ケンプ博士は、おだやかに言った。
「ちょっと見てくる」
博士がとめようとしたが、透明人間はドアに近づいていった。
すると、博士がドアを背にして、その前に立ちふさがった。
「なんだ、きみは! じゃまをするのか」
入口に近づけまいとする博士から、ぱっと跳びのいて、透明人間は身がまえた。
「おれをだましたな!」
その声は、怒りにふるえていた。
「警官をよびやがって、よくも裏切ったな……裏切り者め!」
透明人間はガウンの前をひらくと、すばやく、下に着ているものを脱ぎはじめた。
この男を、この部屋から外に出してはならない。博士はドアを後ろ手に開いて廊下にとびだし、バタンと閉めた。カギがない。透明人間が内側から開けようとして、博士がにぎる把手をひねった。その力は、ものすごく強かった。博士はドアを開けさせまいとして、奮闘した。ドアのすき間からガウンの腕がのびた。博士はのどを絞めつけられ、把手をはなした。博士はガウンの怪物に突きとばされた。
博士からの手紙で、いそいで駆けつけた、バードックの警察署長アダイ警部は、玄関からホールを通って階段をのぼりかけたところで、目に見えない怪物と戦っている博士を見て、立ちすくんでしまった。
「なんだ?」
怪物と戦う博士は、倒されたり起きあがったりしながら、二階の廊下から階段のおどり場へのがれてきた。怪物のガウンが宙を飛んできて、博士におそいかかって倒した。目の前のできごとに、びっくりしている署長を、ガウンの化けものがなぐり倒した。
起きあがろうとする署長を、怪物は階段から下にけり落として、動けなくしてしまった。階下には応援の警官が二人いた。二人はあわてて、宙を飛ぶガウンを追いまわした。追いまわすうち、ガウンは一階のホールの天井へパッと舞いあがったかと思うと、落ちてきて、そのまま、へなへなっと動かなくなった。
玄関のドアが、人影もないのに開いて、バタンと閉まった。
署長は起きあがったが、顔をしかめて、また、へなへなとすわった。そこへ、透明人間との格闘で傷だからけの顔となった博士が、ふらふらになって階段を降りてきて、くやしそうに言った。
「しくじった。にげてしまった」