34話 うらぎられた透明人間 透明人間の最期
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きんちょうのうちに一夜があけたが、なにごともなかった。町に透明人間があらわれた話はなく、ケンプ博士の屋敷にも、透明人間は近づいてこなかった。
その朝もぶじに過ぎて、おそい昼の食事を博士がしていたときである。一通の手紙が舞いこんできた。切手を貼らないので、郵税二ペンスの不足となっている。透明人間からのものだ。消印はヒントンディーン局。どこかで紙を盗んで書いて、ポストに投げこんだものとみえる。
――よくも裏切って、おれを苦しめたな。こんどは、かならず、きさまを殺してやる!
差出人の名は書いてないが、透明人間、すなわちグリッフィンからの手紙にちがいなかった。
消印のヒントンディーン局のある町からここまで、一時間あれば、やってこられる道のりである。博士は食事をやめて、窓ぎわに寄って外を見た。それから家政婦にいいつけて、家じゅうの窓や戸のカギを調べさせた。どこにも手落ちはなく、透明人間が忍びこむすきは、どこにもない。そこへ警察署長が、しんぱいしてやってきた。玄関のドアを開くのも、人ひとりがやっと通れるくらいの細目にして、署長を入れる用心ぶかさで、博士は署長を中にいれると、透明人間からの手紙をわたして見せた。
「あなたをねらって、ここへ……」
「かならずきますよ。もう、そのへんをうろついてるかも知れません」
博士がそう言ったとき、ガチャーンと、ガラスが砕ける音が、二階のどこかでした。
「二階の窓だ!」
ポケットにかくしておいた銀色の小型ピストルをにぎって、博士は二階にかけあがった。署長がそのあとにつづいた。書斎にかけこむと、庭に面した三つの窓のうち二つが、めちゃくちゃにガラスをたたき割られていて、床いちめんに、ガラスの破片がちらばっていた。
ケンプ博士は、まだ破られていない三つ目の窓に目をはしらせると、ピストルをぶっ放した。ガラスはたまに撃ちぬかれてひび割れ、三角状の破片となって内側へ落ちた。
「やつがいましたか」
署長が目を大きくしてきいた。
「いや、ここまでは登ってこられませんよ。ねんのために、ぶっ放したのです」
ドスン……と階下で破目板をたたき破る音がした。つづいて、窓ガラスがやぶられた。しかし、一階の窓には、のこらず鎧戸がつけてある。かんたんには侵入できないだろう。
「警察犬をつれてきましょう。用意してあるんです。十分とかかりません」
署長はケンプ博士からピストルを借りて、外にでた。ところが、アダイ署長が芝生の上を門に近づいて、中ほどにきたときである。目に見えない怪物が、署長を襲った。
はじめ、いきなりなぐり倒された。署長がピストルで応戦した。起きあがったが、けり倒されてピストルを奪われ、手をあげて家のほうへ歩きだしたが、ピストルを取り返そうとして射ち倒されてしまった。ピストルは透明人間の手にわたったのである。二人の警官が、かけつけてきた。博士は用心ぶかく二人をなかにいれた。そのときはもう、裏にまわった透明人間が、物置から探しだした手斧で、ガンガン、台所のドアを叩きこわしてるところだった。
「あれは?」
「透明人間だ。ピストルを持っている。残りのたまは二発……署長は射たれた」
おどろく警官に説明して、博士は火かき棒を手にして、台所に向かった。それに二人の警官も火かき棒を持って、あとにつづいた。
ガンガン………バリバリッと、がんじょうなドアは叩きやぶられ、見えない手が突きだしたピストルが、博士めがけて、二度、火を噴いた。博士と警官二人は広いホールに逃げて、ホールに入ってくる透明人間を包囲するように身がまえ、火かき棒を前に突きだして敵を待った。
そこへ、手斧が頭上の高さに回転しながら、ホールに飛びこんできた。大乱闘となった。
「ケンプ! きさまと勝負だ」
怒りにふるえる声がした。警官のひとりが、くるいまわる手斧を、火かき棒でたたき落とした。もう一人の警官は見えない足で、け倒された。そのあいだにケンプ博士は、窓から庭へとび降り、町に向かって走った。それに気がついた透明人間は、警官をなぐり倒すと、ちくしょう! とさけんで、ケンプ博士のあとを追った。別荘がつづく高台をかけ抜けると、町へ下るながい坂になっている。町へにげれば、追ってくる透明人間を、そこで捕えることができると博士は考えていた。はだしの足音が、すぐうしろに追っている。
博士は走って走って、まっ青になって走った。砂利や石ころが、ごろごろしている道をえらんで走った。透明人間との間が少しはなれた。やっと、町の入口に走りついた。
「透明人間がきたぞーっ」
さけびながら博士は、町の大通りを、鉄道馬車の駅のほうへ走った。駅の前に広場がある。その広場には砂利の山があり、シャベルを持った工夫がはたらいていた。
「透明人間だ、にがすな」
手に手に棒をにぎりしめた町の人が、わっと飛びだしてきて、博士のゆくての道をふさいだ。
「裏切りやがったな!」
透明人間がま近にきたな、と感じた瞬間、ケンプ博士は、したたかに顎に一撃をくらった。倒れたところを脾腹をけられ、つづいて胸を重いものがおさえつけ、のどをしめつけられた。
工夫の一人が、博士の上になっている透明人間のせなかを、シャベルでなぐりつけた。手ごたえがあった。また、なぐった。すると、こんどは博士が上になり、警官もくわわって、透明人間の手や足をおさえつけた。姿を見せない透明人間が、ぐったりとなった。博士のあいずで、みんな手をひいて立ちあがった。
「あっ?」
群衆に囲まれた広場の、博士の足もとの地上に、はじめはかすかに、それから少しずつ……半透明の人の形をした物が姿をあらわし、まもなく、若い男の裸の傷だらけの体がよこたわっているのが、見えてきた。透明人間グリッフィンの最期である。(おわり)