透明人間

34話 うらぎられた透明人間 透明人間の最期

2,362字 約5分 2010年8月22日 公開

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 きんちょうのうちに一夜があけたが、なにごともなかった。町に透明人間(とうめいにんげん)があらわれた話はなく、ケンプ博士(はくし)屋敷(やしき)にも、透明人間は近づいてこなかった。

 その朝もぶじに過ぎて、おそい昼の食事を博士がしていたときである。一(つう)の手紙が()いこんできた。切手(きって)()らないので、郵税(ゆうぜい)二ペンスの不足(ふそく)となっている。透明人間からのものだ。消印(けしん)はヒントンディーン(きょく)。どこかで紙を(ぬす)んで書いて、ポストに投げこんだものとみえる。

 ――よくも裏切(うらぎ)って、おれを苦しめたな。こんどは、かならず、きさまを(ころ)してやる!

 差出人(さしだしにん)の名は書いてないが、透明人間、すなわちグリッフィンからの手紙にちがいなかった。

 消印のヒントンディーン局のある町からここまで、一時間あれば、やってこられる道のりである。博士(はくし)は食事をやめて、(まど)ぎわに寄って外を見た。それから家政婦(かせいふ)にいいつけて、家じゅうの窓や戸のカギを調べさせた。どこにも手落ちはなく、透明人間が(しの)びこむすきは、どこにもない。そこへ警察署長(けいさつしょちょう)が、しんぱいしてやってきた。玄関(げんかん)のドアを開くのも、人ひとりがやっと通れるくらいの細目(ほそめ)にして、署長を入れる用心ぶかさで、博士は署長を中にいれると、透明人間(とうめいにんげん)からの手紙をわたして見せた。

「あなたをねらって、ここへ……」

「かならずきますよ。もう、そのへんをうろついてるかも知れません」

 博士(はくし)がそう言ったとき、ガチャーンと、ガラスが(くだ)ける音が、二階のどこかでした。

「二階の(まど)だ!」

 ポケットにかくしておいた銀色の小型(こがた)ピストルをにぎって、博士は二階にかけあがった。署長がそのあとにつづいた。書斎(しょさい)にかけこむと、庭に(めん)した三つの窓のうち二つが、めちゃくちゃにガラスをたたき()られていて、(ゆか)いちめんに、ガラスの破片(はへん)がちらばっていた。

 ケンプ博士(はくし)は、まだ(やぶ)られていない三つ目の(まど)に目をはしらせると、ピストルをぶっ(ぱな)した。ガラスはたま()ちぬかれてひび割れ、三角状(かくじょう)破片(はへん)となって内側へ落ちた。

「やつがいましたか」

 署長(しょちょう)が目を大きくしてきいた。

「いや、ここまでは(のぼ)ってこられませんよ。ねんのために、ぶっ(ぱな)したのです」

 ドスン……と階下(かいか)破目板(はめいた)をたたき(やぶ)る音がした。つづいて、(まど)ガラスがやぶられた。しかし、一階の窓には、のこらず鎧戸(よろいど)がつけてある。かんたんには侵入(しんにゅう)できないだろう。

警察犬(けいさつけん)をつれてきましょう。用意してあるんです。十分とかかりません」

 署長(しょちょう)はケンプ博士(はくし)からピストルを()りて、外にでた。ところが、アダイ署長が芝生(しばふ)の上を門に近づいて、中ほどにきたときである。目に見えない怪物(かいぶつ)が、署長を(おそ)った。

 はじめ、いきなりなぐり倒された。署長がピストルで応戦(おうせん)した。起きあがったが、けり倒されてピストルを(うば)われ、手をあげて家のほうへ歩きだしたが、ピストルを取り返そうとして射ち倒されてしまった。ピストルは透明人間(とうめいにんげん)の手にわたったのである。二人の警官(けいかん)が、かけつけてきた。博士(はくし)は用心ぶかく二人をなかにいれた。そのときはもう、(うら)にまわった透明人間が、物置(ものおき)から(さが)しだした手斧(ておの)で、ガンガン、台所(だいどころ)のドアを(たた)きこわしてるところだった。

「あれは?」

透明人間(とうめいにんげん)だ。ピストルを持っている。残りのたまは二発……署長(しょちょう)()たれた」

 おどろく警官(けいかん)説明(せつめい)して、博士(はくし)は火かき(ぼう)を手にして、台所に向かった。それに二人の警官も火かき棒を持って、あとにつづいた。

 ガンガン………バリバリッと、がんじょうなドアは(たた)きやぶられ、見えない手が突きだしたピストルが、博士めがけて、二度、火を()いた。博士と警官二人は広いホールに逃げて、ホールに入ってくる透明人間を包囲(ほうい)するように()がまえ、火かき棒を前に突きだして敵を待った。

 そこへ、手斧(ておの)が頭上の高さに回転(かいてん)しながら、ホールに飛びこんできた。大乱闘(だいらんとう)となった。

「ケンプ! きさまと勝負(しょうぶ)だ」

 (いか)りにふるえる声がした。警官(けいかん)のひとりが、くるいまわる手斧を、火かき棒でたたき落とした。もう一人の警官は見えない足で、け(たお)された。そのあいだにケンプ博士(はくし)は、(まど)から庭へとび降り、町に向かって走った。それに気がついた透明人間(とうめいにんげん)は、警官(けいかん)をなぐり倒すと、ちくしょう! とさけんで、ケンプ博士のあとを追った。別荘(べっそう)がつづく高台(たかだい)をかけ抜けると、町へ下るながい坂になっている。町へにげれば、追ってくる透明人間を、そこで(とら)えることができると博士は考えていた。はだしの足音が、すぐうしろに追っている。

 博士は走って走って、まっ青になって走った。砂利(じゃり)や石ころが、ごろごろしている道をえらんで走った。透明人間との間が少しはなれた。やっと、町の入口に走りついた。

「透明人間がきたぞーっ」

 さけびながら博士は、町の大通りを、鉄道馬車(てつどうばしゃ)(えき)のほうへ走った。駅の前に広場がある。その広場には砂利の山があり、シャベルを持った工夫(こうふ)がはたらいていた。

透明人間(とうめいにんげん)だ、にがすな」

 手に手に棒をにぎりしめた町の人が、わっと飛びだしてきて、博士のゆくての道をふさいだ。

裏切(うらぎ)りやがったな!」

 透明人間がま近にきたな、と感じた瞬間(しゅんかん)、ケンプ博士は、したたかに(あご)に一(げき)をくらった。倒れたところを脾腹(ひばら)をけられ、つづいて胸を重いものがおさえつけ、のどをしめつけられた。

 工夫(こうふ)の一人が、博士(はくし)の上になっている透明人間のせなかを、シャベルでなぐりつけた。手ごたえがあった。また、なぐった。すると、こんどは博士が上になり、警官(けいかん)もくわわって、透明人間の手や足をおさえつけた。姿(すがた)を見せない透明人間が、ぐったりとなった。博士のあいずで、みんな手をひいて立ちあがった。

「あっ?」

 群衆(ぐんしゅう)に囲まれた広場の、博士(はくし)の足もとの地上に、はじめはかすかに、それから少しずつ……半透明(はんとうめい)の人の形をした物が姿をあらわし、まもなく、若い男の(はだか)(きず)だらけの(からだ)がよこたわっているのが、見えてきた。透明人間グリッフィンの最期(さいご)である。(おわり)

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