2話 第二場
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都電南千住涙橋附近の横町。十一月頃の夜十一時過。柳の立木。後一面の黒幕。下手寄りに年五十がらみのおでんや屋台を出している。電車従業員らしき制服制帽の男二人屋台の前に立ち、
男の一 オイ会計だ。みんなでいくらだ。いいよ。君。今夜は僕が出しとくから。いいと言うのに。
おでんや 三百七拾円になります。
男の二 イヤ君に出さしちゃ済まない。三百七拾円だな。ああ君。僕に払わしてくれ。(ト百円札を出す。)
おでんや ヘエ参拾円のおつり。毎度ありがとう御ざい。
ト二人の客なお暫く争いながら上手に入る。街娼鈴代。年二十位。洋装外套。ハンドバッグを提げ上手より出るとその後より汚れた作業服の職工酔いながら、
職工 姐さん。ちょいとねえさん。
ト呼びかける。鈴代一寸振返り知らぬ顔にて下手へ行きかける。
職工 一人歩きは危険だぜ。送ってッてやろう。
鈴代 いいえ。いいんですよ。家はすぐそこですから。
職工 遠慮するな。一しょに行こう。(ト手を取ろうとする。)
鈴代 何するんだよ。この人ア。
ト突き飛す。職工よろけて倒れる。鈴代おでん屋の灯を見てかけ寄り、
鈴代 おじさんおじさん。
職工 よくも人を突飛ばしたな。承知しねえぞ。
おでんや 店の邪魔だ。止しなさい。
職工 この野郎。承知しねえぞ。
ト立ちかかって見たがおでん屋の姿に、
職工 この野郎。この野郎。
ト呼びながら下手へ入る。
おでんや 馬鹿野郎。おとといお出でだ。
鈴代 おじさん。すみません。何かおいしそうな物。取って下さいな。
おでんや アイヨ。今夜アいつもより早かないか。
鈴代 早いかも知れないわ。宵の口に狩込があったらしいんだよ。こんな晩はどうせろくな事アありゃしないからね。好加減にして切上げてしまったのさ。
おでんや 今夜はこの辺も馬鹿に静だよ。景気のわるい晩はどこも同じだと見えるな。
鈴代 お天気も毎日毎日はっきりしないわね。
おでんや 一日いいかと思うとすぐまた降りだからね。今夜アおいらもそろそろ仕舞おうかと思っていたのよ。ハイお茶。ぬるいかも知れねえよ。
鈴代 ありがとう。(ト一口飲み)ぬるいわ。もう少しわかしてよ。
ト茶を捨る。この前より第一場の斎藤下手より出でそっとあたりの様子を窺い上手へ行きかけ、鈴代の捨てる茶をズボンに掛けられ、
斎藤 おい、気をつけろ。
鈴代 アラ、御免なさい。
ト二人顔を見合せ、
斎藤 鈴坊じゃねえか。
鈴代 アラ斎さん。まア久振ねえ。どうして。
斎藤 どうもしねえよ。相変らずだ。(ト鈴代の様子を眺め、)お前も相変らずらしいじゃねえか。
鈴代 そうよ。今時分こんなとこうろうろしてるんだから。気まりが悪りいわ。
斎藤 それァおれの方で言うこった。あの時分にゃ、お前にもとんだ心配をさせたが、やっぱりヤクザは止められねえのよ。今夜ここで会ったなア、やっぱり縁があったんだ。東京にゃうろうろして居られねえからどっか遠くへ、草鞋をはこうと思ってるのよ。さっきも後をつけられて、すんでの事に喰い込むところよ。じゃア、あばよ。
鈴代 兄さん。気をつけてね。
斎藤 お前も身体大事にしなよ。あんまり丈夫な方じゃねえからな。
鈴代 ええ。ありがとう。(トじっと思入。行きかける男を引止め、)兄さん。一寸待ってよ。
斎藤 何だ。何か用か。
鈴代 兄さん。わたしの外套引掛けておいでよ。今夜あたい達の方も狩込があったし、世間がそうぞうしいようだから、用心した方がいいよ。この外套貸すからパンパンに化けておいで。その方がいいよ。
ト鈴代緑色の外套をぬいで男に着せ頭巾を冠せてやる。
斎藤 でも、お前。困るだろう。外套がなかったら。
鈴代 まだそう寒かないから。そんな事心配しないでもいいよ。
斎藤 すまねえな。じゃ借りて行こう。
鈴代 兄さん。すっかりパンパンだよ。そんなら大丈夫だよ。
斎藤 じゃ、あばよ。
鈴代 気をつけてね。
ト男の後姿を見送っている。下手より艶歌師二人(福井松田)手風琴ギタラを弾き「湯の町エレジイ」か何かを唄いながら出る。
福井 伊豆の山々月あはく
あかりにむせぶ湯のけむり
あゝ初恋の
君をたづねて今宵また
ギターつまびく旅の鳥
トおでんやの店先に立寄り、
福井 おじさん。今晩。
おでんや 今晩。お前さん達も大分早いね。
松田 たまにゃ怠けたくなるよ。一杯つけてくんな。オヤ鈴代さんじゃないか。この間から、逢ったらお礼をしようしようと思っていたんだ。
鈴代 アラ何のお礼なの。
福井 あの晩。傘を貸してもらったお礼だよ。おいら達の家業は毎晩この通のお荷物だから。雨に逢っちゃ往生さ。何かいいもの、そう言いなさいよ。
鈴代 ええ。ありがとう。でも、わたしお腹一ぱいだから。
松田 遠慮しないでよ。食べたくなければ一杯どうだい。
鈴代 お酒駄目よ。じゃ勝手に食るわ。(ト鍋の中の物を取り)わたしも実は会いたかったのよ。兄さん達に会ったら聞いてみたいと思ってた事があるのよ。
福井 どんな事だい。
鈴代 わたし、兄さん達の御仲間になって見たいと思っていたんだけど。わたしでもできるか知ら。
福井 何だと思ったら。おいら達の仲間入をして門附になろうッて言うのか。
鈴代 ええ。この商売していりゃどうにかお金にゃ困らないのよ。だけど身体が心配だしね。いつまでも長くやっていられる商売じゃないからね。そうかといって、女給やダンサーになるには衣裳がいるでしょう。だから兄さん達に相談して唄でやって行けるもんなら、やって見たいと思ってたのよ。
福井 そうか。それァいい考だ。おいら達も初は乞食か何かになった気でやり始めたんだがね。やって見ると思ったより収入はあるしね。なかなか面白いんだ。鈴代さんが仲間に入ってくれりゃ、野郎二人きりよりずっと景気が好くなる。なア松ちゃん。
松田 そうとも。女が入ればどんな晩でもあふれる心配はねえよ。
福井 じゃ。鈴代さん。ここで一曲やって御覧よ。いいも悪いも、やって見なくッちゃ話ができないからな。
松田 何がいいんだ。鈴ちゃんの一番好きな唄。一番お得意な唄は何だい。
鈴代 じゃ、気まりが悪いけど。わたし。「夜ごとの溜息。」あれがいいわ。
松田 よしきた。「夜毎の溜息。」はいよ。
鈴代 染めるルージユも誰故に。
街の酒場をわたり鳥
こんな女になりながら。チヨイト
なんであなたと逢へませう。
許してね許して。
あなた浮世だわ。
福井 いい声だ。申分なしだ。
松田 流しながら出かけよう。
鈴代 アラ。今夜からもう始めるの。
松田 善は急げさ。
ト三人つづいて次の一節を合唱しながら下手に入る。
三人 はなれ/″\の淋しさに
いつか迷うた恋の道……。
おでんや オイ忘れもの。会計だよ。
ト追いかけて下手に入る。
舞台暗転。