とむらい機関車

2話 とむらい機関車(2)

2,240字 約4分 2008年12月13日 公開

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 お懐しいオサセン様。

 (わたし)は、十方舎の一人娘トヨでご座います。この手紙を貴男(あなた)がおヨミになる頃には、もう妾は少しも恥かしい事を知らない国へ行っております。だから妾は、どんな事でも申上げられると思います。どうぞ私の話を、お聞き下さい。

 妾は、子供の頃からふしあわせでご座いました。妾の家にはあまりお金がありませんでしたので、妾の父や母は、妾をヨソの子供さん達の様にしあわせにはしてくれませんでした。だから妾は恰度いまから四年前の十九の年に、ふとした事から右足に小さなキズをした時にも充分に医者にかかる事も出来ませんでした。するとそのキズからバイキンが入って、妾はタンドクと言う病気にかかりました。でもおどろいて医者にかかりましたのでその病気はまもなく治りましたが、又半年程すると、今度はサイハツタンドクと言う、先の病気とよく似た病気にかかりました。今度はなかなか治りませんでした。そして妾は、ゾウヒビョウと言う恐ろしい病気に続けてかかってしまい、妾の両脚はとてもとても人様に見せられない様な、それはそれはみにくいものになってしまいました。医者は死ぬ様な事はないが、元の通りには治らないと言いました。そして毎年春や秋が近づくと、妾の両脚は、一層ひどくはれるのでご座います。

 お懐しいオサセン様。

 なんと言う妾はふしあわせな女でしょう。妾は父や母をノロいたくなりました。でもその頃から、父や母の妾に対するたいどは、ガラリと変りました。

 父はもう夢中で、妾を何より大事にしてくれる様になりました。母は、毎日毎日妾に対してすまないすまないと、気狂いの様に言っておりました。ああそして、本当に母は気狂いになってしまいました。

 それは恰度三年前の、冷い雨の降る秋の夜の事でした。気の狂った母は裸足のままで家を飛び出して、とうとう陸橋の下で汽車にひかれて死んでしまったのです。

 でもお懐しいオサセン様。

 その時の汽車の運テン手が、貴男(あなた)だったのでご座います。そして、なんと言う貴男は親切なおかたでしょう。妾の母のタマシイのために、貴男は花環をたむけて下さいました。そしてそれから後も、時々人をひく度に、妾の家へ花環を買いに来られました。なんと言う美しいお心でしょう。

 でもああお懐しいオサセン様。

 妾は始めて貴男をお店で見たその時から、貴男がとてもとても大好きになってしまって、ホンの少しの間でも貴男をわすれる事が出来なくなってしまったのでございます。間もなく父は、妾の気持に気づきました。そしてもうその頃では、夢中で妾を大事にしていてくれましたので、時たま貴男が花環を買いに来て下さると、父は出来るだけ手間をとって貴男の花環をこしらえる様にさえしてくれました。

 でも恋しいオサセン様。

 妾はみにくい体を持っておりますので、貴男のお(そば)へそれ以上に近づく事の出来ないのをだんだん不平に思う様になり、そして日ましに気が短かくなって我ままになり、一年に二、三度位しか花環を買いに来て下さらない貴男のおすがたを見るために、いくたび父を門口に立たせた事でしょう。でも毎日毎日奥の間の障子のかげから顔だけ出して、貴男の来られるのをいつまでも待ち続けている妾を見兼ねたのか、とうとう父は恰度いまからひと月程前、B町へ毎シュウ草花を買いに行く度に、なんでも大変キキメのある神様へオガンをかけて来る様に約束してくれました。するとどうでしょう。その大変キキメのある神様は哀れな妾のねがいをお聞き下さって、日ヨウ日毎に貴男にお眼にかかれる様にして下さいました。ああその頃の妾は、なんと言うしあわせ者でしたでしょう。毎日毎日唄を唄ったり、父とユカイに話をしたり……。

 でも、それはホンのつかのまの事で、この前の日ヨウ日には、もう貴男はおいでになりませんでした。そして何事があったのか父はもうバチが当るからオガンをかけるのはイヤだと言いだして、だから今夜も花だけ買って早く帰って来てしまいました。そしておさえ切れなくなった妾は、とうとう父とみにくい口あらそいを始めたのでご座います。

 そしてああ恋しいオサセン様。

 とうとう妾は、恰度手に持っていた棺板に穴をあけるヨツメ・キリで、あやまって父を殺してしまったのでご座います。

 妾は、もう生きているノゾミをなくしてしまいました。妾は、この手紙を抱いて、貴男のお手にかかって母のいる国へ行きます。妾の家のお店に、妾がこの手紙をかいてから、急いでこしらえた花環がご座います。どうぞその花環を、哀れな妾のために汽車へ吊してやって下さい。

  三月十七日夜

十方舎のトヨより

 ……やれやれ、お読みになりましたかな……いや、手紙(そこ)にも書いてあります様に、助役の一行が十方舎へ乗込んだ時には、もうその娘の親爺は、脇腹から心臓めがけて大きな(きり)を突立てられたまま、造りかかりの棺桶の中へノメリ込む様にして冷くなっていましたよ……

 いや、学生さん――

 ……これで、何故私が鉄道稼ぎを退職(やめ)る様な気持になったか、そして又何故毎年三月十八日、つまり十方舎の娘の命日に、こうしてH市の共同墓地へ墓参りに出掛けるか、お判りになった事と思います……え? ああそうそう……もうとッくにお判りの事と思いますが、実はこの私が、「葬式(とむらい)機関車」の「オサ泉」事、長田泉三なんです……いやどうも、永々と喋らして頂きましたな……どうやら、ボツボツH駅に近づいたようです……では、これで失礼いたします。

(「ぷろふいる」昭和九年九月号)

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