6話 恐竜島(6)
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「さあ、出かけましょうか」
玉太郎は、二人の映画班の方へ声をかけた。
「いや、ちょっとまった。隊長が、まだ崖をのぼり切っていないから……」
監督ケンは、そういって、崖のところへ出て、下をのぞきこんだ。
「おーい、隊長。ロープでも下ろしてやろうかね」
ケンは、がむしゃらのようでいて、細心であり、親切であった。
下では、伯爵が何かいったが、玉太郎には聞きとれなかった。
「ダビット。手をかせ」
ケンは、腰につけていたロープをほどくと、一はしをダビットにわたした。わたされた方は、それを胴中に結びつけると、うしろへ下って椰子の木にだきついた。カメラはそばの雑草の上へそっとおいた。
「オー、ケー」
ダビット技師が、うなずいていった。
「よし、分った」ケンはロープを巻いたやつを軽くふりまわしはじめた。
「おーい、隊長。今いくよ」
伯爵が上をむいた。そこへロープは、ぴゅーっとでていった。ケンが右腕をすばやく引く。するとロープのはしの輪が、うまく伯爵の上半身をとらえた。
「あげるよ」
ケンは下へ、そういってから、うしろのダビットへ合図をする。
そこで二人は、呼吸を合わせてロープをたぐった。玉太郎もうしろへまわって、ロープのはしをにぎった。
やがて伯爵隊長の帽子が見え、それからふとったからだが現われた。
「やれやれ、助かった。どうもありがとう」
伯爵は、地面に膝をつき、胸をおさえた。彼の背中で、自動銃がゆれた。
一息いれるために、ケンとダビットは煙草に火をつけた。伯爵にもすすめたが、彼はそれをことわって、腰にさげていた水筒から少しばかり液体をコップの形をしたふたにとって、口の中へほうりこんで、目をぱちぱちさせた。強いブランデー酒らしい。
ケンは、玉太郎へ、チュインガムをくれた。ポチにも、ポケットから四角なかたそうなビスケットを出して……。
「ねえ、隊長。恐竜てえのは、猛獣の部類なのかね。それとも馬や水牛なみかね」
監督ケンが、たずねた。
「君の知りたがっているのは、恐竜が人間を見たらたべてしまうかどうかということかな」
伯爵は二杯目をつぎながら、相手にたずねた。
「そうだ。そのことだ。それを知っていないと、これから恐竜とのつきあいにさしつかえるからね」
「そのことだが、恐竜は猛獣のように荒々しいともいえるし、そうでもないともいえるし」
「なんだ、それじゃ、どっちだかはっきりしないじゃないか」
「いや、はっきりしていることはしているのだ。つまり相手によりけりなんだ。自分の気にいらない相手だと、くい殺してしまうし、自分の好きな相手なら、羊のようにおとなしい」
「恐竜は、好ききらいの標準をどこにおいているんだろうね」
「まず、虫が好くやつは好きさ。虫が好かんやつはきらいさ」
「それはそうだろうが、もっとはっきりと区別できないかな」
ケンは伯爵の返答にしびれをきらす。
「わしの経験では、或る種のエンジンの音をたいへんきらうようだ。ほら、昨日シー・タイガ号が恐竜におそわれて、あのとおりひどいことになったが、あれは恐竜がエンジンの音が大きらいであるという証明になると思う」
「好きなエンジンもあるんだろうか」
ケンは、ダビットが手にしている撮影機へ目をはしらせる。この撮影機の中にバネがあって、撮影をはじめるとそのバネが中で車をまわすが、そのときにさらさらと、エンジンのような音を出す。だからケンは、急に心配になった。
「鍛冶屋のとんてんかんというあの音は好きらしい。蓄音器のレコードにあるじゃないか。“森の鍛冶屋”というのがね」
「それはエンジンの音ではないよ」
「飛行機のエンジンの音が問題だ。こいつはまだためしたことがないから分らない。そうそう、原地人の音楽も、恐竜は好きだね。あのどんどこどんどこと鳴る太鼓の音。あれが鳴っている間は、恐竜はおとなしいね」
伯爵隊長の話は、どこまでいってもきりがない。とにかく恐竜は、音響に敏感で、好きな音ときらいな音とがあるという伯爵の結論は、ほんとうらしい。
「さあ、みなさん。出かけましょうよ」
玉太郎は、一同をうながした。
「ああ、出かけようぜ」
監督ケンが、ダビット技師に合図をおくって、煙草をすった。
伯爵隊長も、大切な酒入りの水筒を背中の方へまわしてひょろひょろと立ち上った。
旧火口か
一行は、ついに問題の崖上の密林の中へ足をふみこんだ。
せんとうは、もちろん玉太郎の愛犬ポチであった。ポチも一行にだいぶんなれて、むやみにほえなくなった。
「玉ちゃん。あまり前進しすぎると、あぶないよ」
うしろから監督ケンが注意をする。
そのうしろには、ダビット技師が、手持撮影機をさげ、のびあがるようにして前方のくらがりをのぞきこんで歩く。
そのうしろに、伯爵隊長が、猟銃を小脇にかかえて、おそるおそるついて来る。
「あッ、大きな穴がある。噴火孔みたいな大きな穴が……」
玉太郎が、おどろいて立ちどまると、前方をさす。
「おお。やっぱりそうだ。あれは恐竜の巣の出入口なんだろう。おい、ダビット。カメラ用意だぞ」
「あいよ」
伯爵団長が大きな声をあげた。
「ふしぎだ。この前来たときには、こんな穴はなかったのに……」
彼は顔一面にふきだした玉なす汗をぬぐおうともせず、目をみはった。
「え、この前には、こんな穴はなかったんですか」
玉太郎が、きいた。少年は、仲よしのラツールが今ゆくえが知れないので、彼の運命がいいか悪いかを考えて、すべてのことが一々気になってしようがなかった。
「この前、わたしたちがここを通ったときにはね、ここらあたりは赤土の小山だったがね、たしかに、穴なんかなかった」
「じゃあ、いつの間にか、その小山が陥没して穴になったんでしょうか」
「そうとしか思えないね。まさか道をまちがえたわけではないだろう」
玉太郎と伯爵隊長が、大穴のできた原因について話し合っている間に、監督ケンは、穴のふちをのりこえて、斜面をそろそろ下へ下りて行く。ポチは、いそいそと先に立っている。ダビット技師は、撮影機を大事そうに頭上高くさしあげて、こわごわ下る。
「深い穴がある。木や草がたおれている。たしかにこれは恐竜の出入りする穴だぞ」
ケンは、昂奮してさけぶ。
玉太郎も、伯爵をうながして、穴の中へ下りはじめた。
「ふーン。このにおいだて。これが恐竜のにおいなんだ」
伯爵が、首をふって立ちどまった。
なにか特別のにおいが、さっきから玉太郎の鼻をついていた。生ぐさいような、鼻の中をしげきするようないやなにおいだった。
はっくしょい!
伯爵が大きくくさめをした。
するとそのくさめがケンとダビットにうつった。最後に玉太郎も、くしんと、かわいいくさめをした。
「くさめの競争か。これはどうしたわけだろう」
監督ケンがにが笑いをした。
「思い出したぞ。このにおいは、附近に恐竜の雌がいるということを物語っているんだ。警戒したがいい」
伯爵が、顔をこわばらせていった。
「えっ、恐竜にも雌がいるのかい」
ケンが、調子はずれな声をあげた。
「あはは、あたり前のことを。あははは」
ダビット技師が、ふきだして笑う。
「笑いごとじゃない。先へ行く人は、大警戒をしなされ。はっくしょい」
伯爵は、うしろで又大きなくさめを一つ。
穴をしたへおりるほど、砂がくずれ、枯れた草木がゆくてをさえぎり、前進に骨がおれる。が、誰もこのへんでもときた方へ引返そうなどと弱音をふく者はなかった。そうでもあろう。こわいとか危険だとか恐ろしいとかいっているものの、万里の波濤をのりこえて恐竜探検にここまでやってきた一行のことであるから、一刻も早く恐竜にはっきり面会したくてたまらない人々ばかりだった。
「おや、こんなものがひっかかっているぞ。カーキー色の上衣の袖らしい」
監督ケンが、岩と倒れた木の間を抜けようとしたときに、木の枝に、それがひっかかっているのを見つけたのだ。
玉太郎は、それを聞くと、ぎくりとした。すぐさま彼はケンのそばへすべりおりていって、それを見た。
「あ、これはラツールおじさんの服だ」
袖のところに、ペンとフランスの三色旗を組合わせたぬいとりがあったから、それはうたがう余地がなかった。
「ラツールおじさんは、やっぱりここを下へ下りていったんだな」
下りていって、それからどうしたのであろう。その消息は不明であるが、玉太郎は安否を知りたい人のあとについて今おいかけていることはまちがいないと知り、元気をくわえたのであった。
恐ろしい発見
下へゆくほど穴の直径は大きくなった。
たしかに噴火孔のあとである。
だが、下へ下りるほど、空気は冷え冷えとして、この島のどこよりも暑さがしのぎよかった。
旧火山跡にはちがいないが、かなり古い火口らしい。
やがて火口底らしいものが見えた。
この穴は、まっすぐにはいっていないで、直径が大きくなりだしたあたりから、やや横にはい出して、大きなトンネルのようになっていた。だから別にロープをぶら下げて伝い下りをしないでも、火口底へ下りることができた。
あたりは急にうす暗くなった。
穴の奥はまっくらで、いよいよ気味がわるい。四本の探検灯が、ぶっちがう。それが不安を大きくする。
「いよいよ、この奥に恐竜夫人が寝こんでいらっしゃるだろうが、みんなよういはいいかね」
いつの間にかリーダーとなった監督ケンが一同をふりかえる。
「オー、ケー」
「注意しとくが、ピストルも銃も、いよいよというときでないと撃たないことだね。恐竜をびっくりさせることは、できるだけよしたがいいからね」
「よし、わかった」
伯爵隊長の注意は、すなおに聞きいれられた。そして一行は、冷え冷えとした土の壁にからだをこすりつけるようにして、前進していった。
「おや、どこからか風が吹いて来る」
玉太郎が、一大発見をした。
「おお、そうだ。たしかに風が通っていく」
「やっぱり生ぐさい風だね」
「いや、さっきの生ぐさい風とはすこしちがうようだ」
監督ケンが、首をひねる。
「恐竜の呼吸がここまでとどいているんじゃないかね。すると、われわれは恐竜夫人がくわッとあいた口の前へ出ていて、たべられる直前にいるのじゃないかね」
ダビット技師がふるえ声を出す。
「大丈夫でしょう。ポチがおとなしくしているから、まだ危険はせまっていないようですよ」
玉太郎は自信のあるところをのべた。
「そうかしら。あの犬ころの頭脳は、ほんとうに信頼するに足るんかね」
技師が、まじめな顔をして、玉太郎にたずねた。
「まあ、信頼するに足りますよ」
「まあ――とは気にいらないね。あの犬は気がへんになることもあるのかね」
「そうですね。このごろ、時によると、急にさわぎ出すんです」
玉太郎は、この前、汽船の上でポチが見えない何物かにむかってほえたてたことを思い出したのだ。
「おーい、早くこい。光がさしこんでいるところが見つかった」
前方で監督ケンの声が、強くコダマをして聞えた。今までは、大したはんきょうもなかったところを見ると、監督ケンの立っているところあたりは壁体の性質が急にちがってきたのであろうと、玉太郎は思った。冷え冷えとした気候が、少年の頭脳のはたらきを、久しぶりにかいふくしたように思われた。
快報だ。
この噴火口のとちゅうにおいて、横穴があって、それが外まで抜けて、日の光がさしこんでいるのであろうと、誰もが思った。
一同は足をはやめて、監督ケンの立っているところへ急いだ。
「うわーッ。すごい……」
悲鳴ににたケンのさけび声に、一同はおどろかされた。
「おーい。来るのは、ちょっと待て」
ケンがそういった。
「どうしたんだ」
ダビット技師が、おそるおそる聞いた。
「どうしたといって、恐竜が、たくさんいるんだ。ええと五頭、いや六頭もいるんだぞ。目をまわさない用意が出来た上でないと、ここまで来て下をのぞいてはいけないよ」
六頭の恐竜がいるという。それが白日の光をあびて集まっているのでもあろうか。
「えええッ」
「うーむ」
と、つづく三人は、恐怖にあおざめ、思わず互いにすがりついた。
はたして、その向うには、どんなすさまじい光景が待っているであろうか。
恐竜の洞窟
なにがすごいといっても、こんなすごい光景は見たことは、玉太郎にとって、はじめてのことだった。
いや、玉太郎だけのことではあるまい。大胆なアメリカの映画監督のケンもダビットも、すっかり顔色をかえてしまい、しばらくその場に立ちすくんで、ひとことも口がきけなくなったことによっても知れる。
年をとったセキストン伯爵にいたっては、もう立ってはいられず、四つんばいになって岩にかじりつき、わなわなとふるえている。しかし伯爵は、ふるえながらも、岩のむこうを熱心にのぞきこんでいる。こわいもの見たさとは、この場の伯爵のことであろう。
四人の探検者の心を、かくも恐怖のどん底においこんでしまったすごい光景とは、いったいどんなものであったか。
それは、一言でいいあらわすなら、彼ら四人は、とつぜん「恐竜の洞窟」の見下せる場所へ出たのであった。
四人がかたまっている足もとには、岩があったが、そのむこうは、大きな空間がひらけていて、明るく光線もさしこんでいた。それは巨大なる洞窟であった。そして洞窟の天井にあたるところが、どこかわれ目があって、そこから熱帯の強い日光がさしこんで、洞窟内を照らしているのだった。
洞窟の中は、一面に青黒い海水がひたしていた。そしてその海水の中に、巨大なる恐竜が、すくなくとも四頭、遊んでいたのである。
一頭の恐竜でも、ぞおーッとするところへ、このふしぎな洞窟を発見し、その中に四頭もの恐竜が一つところへ集っているのを見たのだから、一同が死人のように青ざめたのもむりはなかろう。
その恐竜どもは、玉太郎たちが近づいたのに気がついていないようであった。それは彼らにとって幸いであった。もし恐竜がそれに気がつき、玉太郎たちを攻撃しようと思ったら、それはちょっと長い首をのばして、崖の上にいる玉太郎を一なめにすればよかった。また、玉太郎たちがにげだしたら、恐竜はひょいと洞窟の底を蹴って崖のうえにとびあがり、地下道を追いかければ、わけなく人間どもをとりおさえることができるのであった。
が、四頭の恐竜どもは、たがいに仲よくふざけていて、玉太郎たちには気がついていないようであった。
玉太郎は、ようやく心臓のどきどきするのをすこしくしずめることができた。そしてこの怪奇にぜっする恐竜洞を一そう心をおちつけてながめた。
見れば見るほど、天下の奇景であった。岩山がうまくより集って、偉大なる巣窟をつくっている。日は明るくさしこみ、そして洞窟の中をひたしている海水は、外洋に通じているようであった。そのしょうこには、海水は周期的に波立ち、波紋がひろがった。波は玉太郎の見ているところの方へ打ちよせて来る。してみれば、波がはいりこむ入口はこの洞窟の奥まったところにあるらしい。
そういえば、奥の方で、ときに美しい虹が見えることがあった。
恐竜が遊んでいる洞窟の中には、海水ばかりではなく、方々に赤黒い岩が水面より頭を出していて、まるで多島海の模型のように見えた。その岩は、海水にいつもざあざあと洗われているものもあれば、水面より何メートルもとび出して、どうだ、おれは高いだろうと、いばっているように見えるのもあった。
怪鳥が、しきりに洞窟内をとびまわっていた。そしてぎゃあぎゃあきみのわるい声で泣いた。
玉太郎が、この奇景に見とれていると、彼のそばへ、誰かしきりに身体をすりよせてくる者があった。玉太郎は、その者のために、横へおされて、姿勢をかえないと落ちるおそれがあるのに気がついた。「何者か、この無遠慮な人は」とふりかえると、なんのこと、それは探検隊長のセキストン伯爵だった。
(あ、この老人も、こわがっているんだな)と、玉太郎はちょっとおかしくなった。伯爵は、こわいものだから、玉太郎の体をかげに利用して、こわごわ岩鼻のむこうを眺めようとしているのであろうと、玉太郎は初めはそう思ったのだ。
ところが、それにしてはへんなところがあるのに、玉太郎は気がついた。というのは、伯爵の両眼は、くわッと大きくむかれていた。まばたきもしない。前方の一つところを、じいッと見つめているのだった。
その視線をたどってみると、どうやら伯爵の視線は、洞窟の海水のひたしている中央部あたりにつきささっているらしい。恐竜は、一頭は岩の上にはい上っているが、他の三頭はもっと左側へよったところで、あいかわらずふざけていたから、伯爵は恐竜を見つめているのではない。
なにごとだろう。伯爵は、何を考え、何をしようとしているのか。
伯爵の昂奮
玉太郎はじっと伯爵の動作を、それとなく注意していた。
伯爵は、何ものかにつかれた人のように、そばに玉太郎がいるのにも気がつかないらしく見えた。その伯爵は、急に一声うなると、岩のうえに腹ばったまま、筒型の望遠鏡をとりだして、目にあてた。そして前より熱心に、洞窟の多島海のまん中あたりを見つめているのであった。
(なんだろう。伯爵は、ひじょうに自分の気になるものをさがしているらしい。なにをさがしているのだろうか。この前この島へ来てここへ残していった探検隊員をさがしているのではなかろうか。それとも、恐竜よりも、もっと珍らしい前世紀の動物をさがしているのであろうか)
玉太郎は、いろいろと考えまわしたが、すぐにこの答えは出なかった。
「ううん、そんなはずはない」
伯爵は、ひくい声で、苦しそうにつぶやいた。
「伯爵。どうしたんです。なにをさがしているんですか」
玉太郎は、ついに伯爵にたずねた。
すると伯爵は、くわっと眼をむき、大口をあいて、玉太郎から身をひき、にらみつけた。その顔付きは、玉太郎がこれまで一度も見たことのないおそろしい形相だった。
「ああーッ。君なんか、君なんかの知ったことではない」
伯爵はいつもの伯爵とは別人のように、ごうまんな態度でいいはなった。そしてまた望遠鏡をとりあげて、洞窟のまん中あたりをさがしにかかるのだった。
そのとき、洞窟の中で、荒々しい羽ばたきをしてしきりに上になり下になり、たたかっている怪鳥が二羽あったが、それがそのとき、たがいにくちばしでかみあったまま、洞窟の天井から下へ、石のように落ちて来た。そしてあっという間に、一つの平らな岩の上で昼寝をしていたらしい一頭の恐竜に、どさりとぶつかった。
怪鳥は絹をさくようなさけび声をあげるし、恐竜もまただしぬけのしょうとつにびっくりしたと見え、巨体をゆすると、ざんぶりと海水の中へ身を投げた。そのあたりが、きらきらと、まぶしく光った。それは、海水の飛沫が、日に照りはえたようでもあったが、それにしては、あまりに強い光のように思われた。しかしそのきらきらきらは、恐竜がそれまでに腹ばいになっていた岩の上で特にきらきらきらとかがやいたように見えた。
「ううーッ。あれだ」
伯爵がしゃがれ声でさけんだ。しかしそのことばの意味は、玉太郎には通じなかった。玉太郎は、老伯爵がいよいよきみょうなうなり声をあげるので気味がわるくなり、どうしたのですかと、又たずねた。
「どうもしない。どうもしない。君、君なんかには絶対に関係ないことだ」
伯爵は、口ごもりながら、そうべんかいして、玉太郎をぐっとにらみつけた。
「そんならいいですが、あなたはなぜ、さっきから昂奮していらっしゃるんですか、伯爵」
玉太郎は、そういわないで、いられなかった。
「伯爵? あ、そうか。なに、わしが昂奮しているって、……あははは、とんでもない。わしは北氷洋の氷魂のように冷静だ」
なんだかわけのわからぬことを伯爵はさけんで、やっぱり昂奮していた。しかし彼は自分の昂奮を極力他人に知られたくないようすであった。とにかく、そのとき以来、伯爵は急にじょうきげんにかわったことはたしかであった。いったい何がこの老人を、こんなにうれしがらせているのであろうか。
「伯爵。その望遠鏡を、ちょっとぼくにかして下さいな」
「この望遠鏡を!」伯爵は、起きなおって例の望遠鏡をしっかり胸にだいた。「とんでもない。これは大事なものだ。貸すことはできない。ぜったい出来ない」
伯爵のようすは、いよいよただごとではなかった。玉太郎は、自分の方の味方をふやすために、あたりを見まわして、ケンとダビットの姿をもとめた。
と、その二人は、岩頭からのりだすようにして、しきりに恐竜の生態を映画にとっていて、ほかのことはぜんぜん注意をはらっていなかった。それもむりではない。さっき第一回の撮影に大失敗し、そのあと突然ふってわいたすばらしい恐竜洞の光景をつかまえ、今こそすばらしい機会だ、思う存分フィルムへとってしまえと、二人の映画人は夢中になっているのだった。
玉太郎は急に自分ひとりがそこにとりのこされているような気がして、おもしろくなかった。
彼は、愛犬ポチのことを思い出した。ポチを呼ぶために、口笛を吹こうとしたが、その直前に思いとどまった。恐竜は口笛がきらいなんではなかったか。口笛を吹いて、せっかくおとなしくしている恐竜をよび、巨獣どもを怒らせてはたいへんだ。
口笛を吹くのをやめたかわりに、玉太郎は岩鼻から前半身をのりだして、崖の下をながめた。
下はすごい岩壁であり、そしてやはりひたひたと海水に洗われていた。
「おや、あそこの岩に、人が倒れている」
玉太郎は、重大なることを発見した。その岩壁はまん中あたりでちょっと段になっていたが、その段の上に、誰か倒れているのであった。
「あ、ラツールさんだ。ラツールのおじさんだ。みんな来て下さい」
玉太郎は昂奮した。下をさしながら、彼はどなった。その声は、わんわんと大きく洞窟をゆすぶってひびきわたった。四頭の恐竜が、鎌首をもたげて、じろりと、こっちを見た。
冒険救助作業