妖虫

12話 魔法の杖

2,408字 約5分 2021年10月21日 公開

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 時間を比べると、偽物の三笠龍介が相川邸を訪れた少し前、穴蔵にとじこめられた、三笠探偵と相川守の間には、脱出の工作が進行していた。

「ですが、そんな小っぽけな道具で、どうしてこの地下室が抜け出せるのですか」

 暗闇の中から、守青年の声がいぶかしげに訊ねた。

 豆の様な、併し非常に光力の強い懐中電燈が、探偵の七つ道具の容器を照らしていた。その円光の中に三笠氏の皺くちゃな指が問題の銀色に光る円筒形の金属をおもちゃにしていた。

「種を明かせばナアンダという様なものさ。しかし、これがあるばかりに、全く不可能に見える穴蔵の脱出が、可能になるんじゃから、不思議じゃて」

 老探偵は舞台の手品師の様に勿体(もったい)ぶった。

「若しや、それはダイナマイトじゃないのですか」

「アハハハ――、爆薬なんか使ったら、わし達が木端微塵(こっぱみじん)じゃ。マアよく考えて見給え。ここを抜け出す唯一の手段は、わし達が落ちて来たあの天井の陥穽(おとしあな)の蓋を開くことじゃ。その蓋を内部から開く唯一の方法は、ホラ、あすこに見えている()(がね)を、グッと四十五度丈け廻すことじゃ。すると支えがなくなって、蝶番(ちょうつがい)になった板が、自然に下って、あとに出入口の穴があくという訳だよ。分ったかね」

「ですが、あの高い天井の留金をどうして廻すのです。その銀色の道具を投げつけるのですか」

「わしは石投げの名人じゃない。よし命中しても、そんなことで留金は廻らんて」

「じゃ、どうするのです」

 守は、この一刻を争う場合、老探偵の余りの落ちつき振りに、もうイライラしていた。

「それはね、手品師の方で魔法のステッキと云われている、ごくありふれた道具なのだよ。これをごらん、僅か二寸程の筒が、引っぱれば引っぱる丈け、どこまでも伸びて来るのだ。一尺、二尺、三尺とね」

 あっけにとられた守の前に、見る見る、闇にも光る一丈程の銀色の竿(さお)が出来上った。竿の先端(さき)には、股になった金属の(つの)が生えている。それが指の代理を勤めようという訳だ。

 だが、金属が(あめ)の様に伸びる道理はない。それには仕掛けがあるのだ。ちょっと見たのでは小さな一箇の円筒に過ぎないが、その実は薄い鋼鉄の筒を幾十箇となく重ね合せたもので、筒と筒とにピッチリ締まる留め金がついていて、内側の筒を引き出すに従って留め金がかかり、元に戻らぬ仕掛けになっている。

「君は、写真器の三脚に、これと似た仕掛けのものがあるのを見たことがあるじゃろう。もっと手近な例では、旅行用の伸び縮みする金属のコップだ。登山家などが使っているあれだよ。この魔法の杖はあの仕掛けを極度に利用して、良質の鋼鉄を使い、微妙な細工を施したものに過ぎないのだ。ハハハ……、どうじゃね。何でもない思いつきが、ひどく調法するではないか。わしはこの様な魔法の道具を色々と工夫して用意しているのだよ。七つ道具さえあれば、三笠龍介の字引きに『不可能』という字はない訳じゃて、ハハハ……」

 守が命ぜられるままに、懐中電燈を持って、天井の陥穽の蓋を照らしていると、老探偵は、支那の大道(だいどう)手品師の様な恰好で、銀の竿をあやつり、巧みにそこの留金を廻して、蝶番の板を開いてしまった。

 それから、竿の先に絹糸の繩梯子の鈎を引かけると、又もや無類の器用さで、その鈎を天井の陥穽の縁へシッカリ喰い込ませた。

「サア、愈々穴蔵におさらばだ。わしが先に昇って様子を見るから、君はあとから来給え」

 繩梯子と云っても、三笠氏のは普通の梯子型ではなくて、一尺置き程に、金属の(かん)を結びつけて足がかりとした、一本の紐に過ぎないのだから、昇るのにもコツがあって、なかなかむずかしいのだが、老探偵は一匹の猿の様に、スルスルと、見事に昇って行った。

 上から合図があったので、守も真似をして、やっとの思いでよじ昇ったが、見ると、探偵は書斎のドアを烈しく叩いている。曲者が外から鍵をかけて立去ったのだ。

 暫く叩き続けていると、三笠氏の助手の拳闘選手みたいな男が、ドアを開いてくれたが、老主人を一目見て、頓狂な声を立てた。

「ヤ、ヤ、先生ですか。さっきお出かけになった先生が、どうしてこんな所に、それに、ドアには一体誰が鍵をかけたのでしょう。……先生ですか、本当に先生ですか」

 彼は狐にでもつままれた様な顔をして、胡散(うさん)らしく三笠氏を見上げ見おろすのだ。

「馬鹿め」老探偵はいきなり呶鳴りつけた。「貴様の目はどこに着いているのだ。わしの顔を忘れたのか。さっき出て行った奴が本当のわしで、このわしが偽物だとでも云うのか」

「オヤッ、すると、さっきの奴は、先生の変装をしていたのですか。畜生め、それで読めた。あいついやに不機嫌で、僕の方を見ない様にばかりしていたが、変装を見破られるのが怖かったのだな」

「今更何をグズグズ云っているのだ。それにしても、お前はこの方を案内したって云うじゃないか。お客さんを置いてけぼりにして、主人が外出すると思うのか」

 きめつけられた助手先生は、頭を()きながら、お人好しに笑った。

「イヤ、(はか)られたわい。偽物の奴が、出がけに、お客さまはさっきお帰りになった。なんて、嘘をつきやがったものですから、つい……」

「済んだことはいい。わし達はすぐ出かけるから、今度は十分注意して留守番するんだぞ。いいか」

 老探偵は、まるで子供を叱る様に云いつけて置いて、守青年を促して外へ出た。

「これから、あいつを追っかけて、間に合うでしょうか」

 守が不安らしく訊ねると、探偵はやっぱり落ちつき払って答えた。

「それは臨機応変じゃ。無論手遅れということはない。まだまだ最後の土壇場(どたんば)までには、余る程時間がある。わしの智恵が七つ道具の考案ばかりだと思っては、大きな間違いですぞ。頭の中にも、智恵のカラクリや七つ道具が、ちゃんと用意してあるのじゃ。ナンノ、赤蠍(ごと)き虫けらにひけをとってよいものか」

 この年になってもまだ稚気(ちき)を失わぬ、それ(ゆえ)にこそ珍重すべき老人が、子供らしく見得(みえ)を切った。

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